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第9章 下級吸血鬼
第148話 下級吸血鬼と大商会のしがらみ

「……ふむ、質問なのですが、一体いま、何が行われたのですかな? レント殿が突然慌てておかしな動きをし始めたようにしか見えなかったのですが……」


 と、シャールが重々しい顔で尋ねてきた。

 俺が、突然慌てて?

 いやいや、そりゃ、燃やされそうになったら慌てるのでは……。

 シャール的には逃げるようなものでもないという認識なのだろうか。

 そう思っていると、ニヴが、


「レントさんには聖気の祝福が見えるのですよ。ですから、避けたのです」

 

 と言った。

 つまり、シャールには見えない、ということか。

 あのでっかい白い《聖炎》も?

 どうしてか、と思っていると、ニヴがシャールに説明している間に、耳元でミュリアスがひそひそと囁き声で教えてくれる。


「……《聖炎》は、いわば聖気の塊です。聖気の素養のない人間には見えません。もちろん、見えるようにも出来なくはないのですが、基本的には見ようとしても無理なのです。したがって先ほどの一幕は、シャール様にはレントさんがドタバタと一人で踊っていたかの如く見えたでしょう」


 と衝撃的な内容である。

 どこが衝撃的かと言えば、俺が一人で踊り始めたように認識されているということだ。

 《聖炎》が聖気の素養のない人間に見えないと言うのは……まぁ、魔力のことを考えるとそこまで不思議ではないからな。

 そんなことより、変な奴として認識されてしまった方が由々しき事態である。


「……とまぁ、そういうわけで、シャールさんもレントさんも、吸血鬼ヴァンパイアの疑いは晴れました。ご協力、ありがとうございます」


 ニヴのシャールへの説明が終わったようだ。

 内容的には、見えなかったかもしれないが、聖気での祝福は二人とも終わり、そして問題なかった、という話だ。

 それにしてもシャールはともかく俺は一切協力するなんて言っていないのだが……。

 そう思って不満そうな空気感がニヴに伝わったのだろう。

 ニヴは、首を横に振って少しだけ不服そうに答える。


「仕方がないじゃないですか。レントさんが聖気の素養のある人だとは、私、ここに来るまで知りませんでしたからね。本当ならこっそり《聖炎》にくべて確認を終えて何もなかったような顔で帰るか、吸血鬼ヴァンパイア発見、殺害、の予定でした。そうできなかったのは……事前の情報収集不足でもありますが、そんな特殊な力を冒険者なのに使えるレベルで持ってるのが悪いです」


 と断定されてしまう。

 酷い話だ。

 自分が一番イレギュラーな能力を持っているくせに、俺のせいにするなと。

 まぁ、確かに冒険者で聖気を実用レベルで持ってる奴はほとんどいないだろうけどな。

 それくらいあれば、聖騎士団などに所属したいと思うのが普通だからだ。給料と立場がいいから。

 しかし、聖気がなかったら、俺は気づかない内にすべてバレて、いつの間にか心臓に杭を打ち込まれていた可能性があるわけか。

 あぁ、あのとき祠修理しといてよかったな……今度、また、祠を掃除しに行こうかな。お陰で助かりましたって。


 というか、ニヴはそういうことが出来るから街中で吸血鬼ヴァンパイア探しなんて出来るわけだ。

 最初からもう少し考えてみるべきだったな。

 いくらニヴでも、街中で人を燃やしながら吸血鬼ヴァンパイア探しをするほど頭がおかしくはないと。

 ……実にやりそうだけど。

 人を燃やしながら哄笑を上げて笑っている様子がありありと頭の中に思い浮かぶ。似合うな。

 いや、流石に偏見の目で見過ぎか。

 まだ知り合って一時間も経っていないのに。

 それなのに大分キャラが立ちすぎているニヴが悪いのだが。

 まぁ、現実にはやらないとはっきりしたけどな。


「……ふむ、詳しいことは私にはよくわかりませんでしたが、つまり、レント殿が危機感を感じるようなことをニヴ様はなさったということですか?」


 シャールがそう尋ねた。

 その表情は若干、怒りが籠もっているようなものである。

 はて、何に怒りを覚えているのか……。

 さっぱり分からず俺が首を傾げていると、


吸血鬼ヴァンパイアでさえなければ、問題のないものでしたので私としては危険に晒したつもりはありませんでしたが……レントさんの反応を見るに、そう感じさせる結果になってしまいましたね。それについてはお二人に謝罪します。特にシャールさんには無理を言いましたし」


 ニヴがそう言った。

 どういうことか、と思っているとこれもミュリアスが説明してくれる。


「……おそらく、私を連れてきてロベリア教の威光を間接的に利用しようとしたことを言っているのだと思います。商人にとって、ロベリア教は……言いにくいことですが、非常に逆らい難い相手ですので。ここ、ヤーランにおいてはさほどの影響力を持っていませんが、ロベリア教は世界的に根を張る巨大団体です。ありとあらゆるところに信者がおり……そういうところで色々と手を回されたら、シャール様のような国際的に活動されている商人の方には……生命を断たれるような結果を招くことも難しいことではありません」


 この説明にニヴは感心したような顔をして、


「まさかミュリアス様にそんな説明をしていただけるとは思ってもみませんでしたよ。がっつりロベリア教だけ信じて生きてるタイプかと思ってました」


 という。

 さらに俺に向き直って、


「……そういう訳ですから、シャールさんをあまり責めないでくださいね。彼的には、私をレントさんに会わせることも出来れば避けたかったはずです。お願いしたとき、のらりくらりとかわされ続けましたから。仕方なく、ロベリア教に対する私の伝手をいくつか挙げて、頼んだ次第です。それでも危害を加えるような真似はしない、させないと約束させられましたが。それに加えて、本当なら、私たち、レントさんだけで会いたいなぁ、という希望もしていたのです。もしレントさんが吸血鬼ヴァンパイアならば、人目に触れないところで確定させ、滅ぼそうと考えて。まぁ、流石にそこまで説明はしませんでしたし、ちょっとだけ内緒で話したいことがある、とだけ伝えたのですが、シャールさんも何か不穏なものを感じてはいたのでしょうね。私、有名ですし。だからか、私たちとレントさんだけで会うことは認められないと言われてしまって……結果として、彼はここにいるのです。つまり商会の長が身を張って顧客を守ろうとしているわけで、そこそこいい人だと思いますよ、顔の割に」


 と言った。

 意外である。

 その威厳に満ち溢れた顔に、大らかそうで、親しみを感じやすい表情を浮かべていながら、その実、その裏では策謀を練り続けているような商人にありがちなタイプに見えていたが、その根本は善良な商人だったようだ。

 だから繁盛しているのかな?

 まぁ、商品は質も品ぞろえもいいし、このご時世、ただ儲けだけ求めるタイプなら、もっと色々と削るところだろう。

 それをしていないところに、努力の感じられる店であった。

 

 シャールの顔を見ると、バツの悪そうな顔というか、申し訳なさそうな表情をしている。


「この人の言うことは事実ですか?」


 俺がそう尋ねると、


「……事実だ。私にはこれ以上、どうしようもなかった。私一人の問題なら何とでも出来ただろうが……店を盾に取られては……従業員やその家族もいる。私には店を守る義務がある。ただ、顧客を守る義務もあるのだ。だから私はここにいる」


 と、言葉少なに肯定した。

 俺が吸血鬼ヴァンパイアでさえなければ問題なかったわけで、別にそこまで頑張らなくてもいいような……と俺は思うが、それが彼の商人としての矜持なのかもしれない。

 まぁ、葛藤の末とは言え、やっていることは俺を差し出したようなものだからな。

 一緒に断頭台に上がったような状況だとは言え、申し訳なさはあるのかもしれなかった。

 それが故の、最初に会った時のいきなりの好条件提示だったのだろうな……。

 俺について詳しく調べていたのは、俺の出自がどうしても気になったと言うよりは、ここで何が起こっても後々対応できるようにかな?

 ……葬式の手配をしに行くつもりだったとしたら面白いんだが。

 もう死んでるしな。冗談にもならないか。

 実際は、家族がいて、俺に何かが起こったら、説明できるようならしに行こうとしていたのかもしれない。

 まぁ、ただの推測だが、今ではシャールはそれくらいしてくれそうな気はしていた。

 一歩間違えたらシャールも殺されてそうだしな……。

 ニヴはたとえ一瞬でも吸血鬼ヴァンパイアを庇う者を許しそうな感じはしない。

 なんでそこまでというくらいに嫌ってるのが分かる。


 しかし、ここまでの話で思ったのは……。

 俺はニヴに向き直って尋ねる。


「大体のことは分かりましたけど、なんだか、私のことを物凄く吸血鬼ヴァンパイアだと疑ってませんでしたか? ご協力したわけではないですが、結果的にそうではないと証明されたわけですし、もし何か理由があるなら説明くらいはほしいのですが……」


 正しくないのに、そう証明されてしまった。

 これは俺にとってとても都合が良い結果で終わったわけだが、もしあるのなら、理由くらいは知っておきたい。

 そうでないと、また何か起こるかもしれないしなぁ。

 俺の運の悪さは折り紙付きである。

 確認しなかったことが遠因になって、泥沼に足を踏み入れたくはない。


「ええ、もちろん。貴方にはそれを聞く権利があるでしょうからね。それに、私からも少しお願いがあるのです。シャールさんに言った、有力な冒険者と知己を得ておきたい、というのは全くの嘘という訳ではないのですよ」


 そう言って、ニヴは説明を始めた。


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