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第9章 下級吸血鬼
第147話 下級吸血鬼と炎

 ニヴはそして、跪いたシャールの頭上に手のひらを、水を掬うような形にして掲げた。

 そこに徐々に聖気が集まっていくのが見える。

 魔力は全然見えないが、聖気は感覚的に集中しているのが分かるんだよな……。

 まぁ、あまり離れると無理なのだけれども、これくらいの距離なら普通に分かる。

 

 それにしても、かなりの量の聖気だ。

 俺だったらもう枯渇してそうなくらいの量である。

 ニヴ・マリスは名誉男爵の地位はあるにしても、なんだかんだ言って結局は身分としてはただの冒険者な訳だが、そんな在野の存在がこれほどの聖気を持っていることなどあるものなのだな。

 ふつう、これだけの聖気を持っていたら、どこかしらの宗教団体か、聖騎士団かに勧誘され、破格の条件を提示されて所属するのが普通だろう。

 それをしないのは、何か個人的な信念があるからなのかな……吸血鬼ヴァンパイア狩りにそれだけこだわっている、ということか。


 掲げたニヴの手に、ぽっ、と小さな火が灯った。

 普通の火ではない。

 白くゆらゆらと燃える、不思議な炎だ。

 そしてそれが聖気の塊であることが、俺には分かる。


「……《聖炎》ですよ。聖気使いの中でも、膨大な聖気を持ち、その扱いに習熟した者にのみ宿る神の炎です」


 と、隣から説明がなされる。

 見てみると、ミュリアスがそこにいて、不思議そうな目でニヴの灯した《聖炎》を見ていた。


「なぜあれで吸血鬼ヴァンパイアの判別が……?」


 彼女だけ使える、という話だったが、ミュリアスの言い方からすると他にも使える者はいるようだったからこその質問だった。

 これにミュリアスは、


「《聖炎》は得た加護によって効果、使い方が千差万別なのです。ニヴ様の《聖炎》は……吸血鬼ヴァンパイア探しに特化している、ということなのかもしれません……」


 と、断定は避けながら説明してくれた。

 俺も頑張ればいつか使えるようになるのかな。

 それで何か特別な力を得たりとかできるのだろうか。

 ……俺が使ったら出張肥料に特化するのかもしれない気もしないでもないが……。

 そういえば、と思い尋ねる。


「……ミュリアス様もお使いに?」


「私にはとてもではないですが無理です。聖気の量も、また技術もまだまだ拙いものですから」


「ロベリア教にはあれを使える人はどのくらい……?」


「それは……あまり外部の方に説明することではありませんね」


 少し悩んで、ミュリアスはそう言った。

 あまり聞いていいことではないらしい。

 しかし、ミュリアスは、ただ、と付け加えて、


「……ロベリア教に限らず、あれを扱える人はほとんどいません。各団体に、二、三人いればいい方、とだけ」


 と説明してくれた。

 他の団体のことを言っているようでいて、ロベリア教のことも言っているわけだ。

 ギリギリの説明だな。

 ニヴとのやりとりを聞く限り、かなり四角四面っぽい人に思えていたが、意外とそこまで信仰心でガチガチになっているタイプではないのかもしれない。

 まぁ、そんな深く信仰していなくても、あれだけあてこすりのように文句を言われ続ければ流石にイラッとはするか。

 言い方もあれだったしな。


 そんなことを考えているうち、ニヴの抱える白い炎は大きくなっていき、天井手前までの大きさになる。

 シャールがそれを見たら目を見開いて驚くだろうが、今、彼は目をつぶっている。

 そのことが救いだろう。

 あんな炎が頭の上で燃えていたら死ぬと思うぞ、普通。

 しかし、この距離でもあそこまで巨大な炎があれば、焼けるほど熱くて不思議ではないはずだが、全く熱は感じない。

 炎が焼いているように見える天井も、まるで焦げる様子などない。

 普通の炎とは、性質が全く違うのかもしれない。


 それから《聖炎》は、ニヴがその両手を、水を流すように少しずつ下に開いていくと、シャールに向かって零れ落ち始めた。


 燃える!


 と思ってしまう光景だが、白い炎はシャールを焼かずに、ただ照らし、そして包み込むように触れると、静かに消える。

 次々とそんなことが繰り返され、そしてすべての白い炎が落ち終わると、辺りはまるで今まで何もなかったかのように、しん、と静まり返っていた。

 

 それから、


「……シャールさんは、吸血鬼ヴァンパイアではないようですね! では次です!」


 と言って、ニヴは俺に視線を合わせて叫んだ。

 シャールはそう言われて目を開け、ほっとしたように息を吐いている。


 それにしても、流れ作業のように言うな!

 と突っ込みたくなったが、そんなことを出来る相手ではない。

 というかそこまでの余裕は正直ない。


 どうすりゃいいんだ。

 逃げられないのか……。

 

 あぁ、そういえば。

 と思い、俺はニヴに尋ねる。


「……先ほどその力を受けると、魔物が寄ってこない、というお話をされていましたね?」


「ええ、まぁ」


「私は冒険者なので、それでは困るので、ちょっと遠慮を……」


 良い言い訳である、と思っての言葉だったが、即座に、


「あぁ、お気になさらず。そうならないようにも出来ますから」


 と言い返された。

 全力で気にしたいのに、それを許してくれるつもりはないようだ。

 けれど、俺はそれでもあきらめないで言い募る。


「……最初だったら良かったのですが、今、あれを見てから受ける度胸は……」


 別におかしくはない言い訳であろう。

 誰だって、きっと安全だと思っていてもどう見ても炎にしか見えないものに焼かれたい人間などいるはずがない。

 しかし、ニヴは、


「お気持ちは分かりますが……うーん、なんだか、先ほどから妙に避けますね? 何か疚しいところでも?」


 と首を傾げ、目を爛々と輝かせて聞いてきた。

 あの目は、先ほどシャールに吸血鬼ヴァンパイアかどうか尋ねた時のそれと同じだ。

 正直、ぎくり、という擬音が頭の中に鳴り響く。

 しかし、表情には出さない。

 出さずに、


「そんなつもりはないですよ。ただ、私は怖いなってだけなんです」


 バレるのが。

 とは言えない。

 だから単純に、火が怖い、で通じたはずだ。


 これにはニヴも納得のようで、


「……まぁ、それはおかしくはないですね……じゃあ、そうですね。今日はやめておきましょうかね……ってなりませんよ、はい、いきますよ!」


 と、いきなりこちらに向かって手を向け、そこから白炎を放ち始めた。

 それらはすべて俺に向かって襲い掛かってくる。

 やばい、と思って避けようとしたが、流石に金級である。

 その狙いはすべて正確極まりなく、すべて命中してしまった。

 自分の技量と身体能力の低さに涙が出る。

 これでも人間離れしている方なのだが、白金プラチナ間際の金級の前にはその辺の鼠も同じだった。

 先ほどのシャールにやった方法では、通行人なんかにかけようとしても無理だろう、と思っていたが、こういうやり方もあるのかとある意味で納得が胸の中に広がる。

 危険な状況の中、何を感心しているのだろうと思うが……それとこれとは話は別だ。


 しかし、焼ける焼ける。

 周りでゆらゆら白い炎が上がっているのが見える。

 俺を包み込んでいるのだろう。

 これで俺は吸血鬼ヴァンパイアと判別されてしまうのだろうか?

 そうなったらいろんな人に迷惑が……。

 などと色々な感情が胸の中を行き過ぎる。

 

 けれど、


「……なんともないな。というか、熱くない……」


 意外にも、何も問題ない。

 いや、俺がそう感じてるだけなのかもしれないが、少なくとも目に見えて問題になるところはないように思えた。

 これは……いけたんじゃないか?

 賭けに勝った感じがするぞ。


 しかし、燃えても熱くないのは、シャールの燃える光景を見ていればまぁ、そりゃそうだろうという感じなのだが、改めて自分で体験してみるとやはり不思議極まりない。

 強いて言えば、熱いと言うよりくすぐったいかな。

 体中を弄られているような感じがする。

 大丈夫そう、と思うと余裕が出てきて、楽しめるようにすらなってきた。

 自分の体の中にある聖気も、なんだか活性化しているような気すらする。

 気のせいかな?

 しばらくこのままでもいいかもしれないなぁ……。

 と、なんだかお風呂にでも入っているような気分になって来たくらいだ。

 しかし、やはり永遠には続かないようで……。


 しばらくすると俺の体中を撫でるようなその感覚も徐々に消えていった。

 もちろん、炎もである。 


 それから、俺を覆う白い炎が完全に消滅し、特に問題がないことを確認したニヴは、俺をまっすぐに見つめつつ、言った。


「……レントさんも、吸血鬼ヴァンパイアではないようですね!」


 吸血鬼ヴァンパイアだよ!

 と突っ込めたらどれだけ気分がいいだろうか。

 その直後、死が待っているのだとしてもやってみたくなる状況がここにはあった。


 もちろん、そんなわけには行かないが。

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