「やり方、ですか……」
そんなものがあるのか。
聖気の扱いについては本能的に分かるそれ以外は俺には分からない。
だから、そんなことが出来るのかどうかも判別は出来ない……。
が、このニヴだけが出来る、と言っているのだから、聖気の扱いに習熟していたとしても、本当かどうかは分からない、のかもしれない。
隣のミュリアスの表情を見てみると、若干疑わしそうと言うか、本当ですか?と今にでも言い出しそうな顔をしている。
……この二人は別に仲がいいわけではないのかな。
ニヴの方が呼んだようだが、別に誰か指定して呼んだ、という訳でもないのかもしれない。
俺の言葉にニヴは、
「ええ、やり方です。これで私は百発百中の
これは……どうなんだ?
バレてるのかバレてないのか全く判別がつかない。
すでにやっている?
いや、だとしたらすでに捕えるか殺しにかかっているはずだ。
ニヴ・マリスの牙と爪は
ということは、やはり、まだバレてはいないのか……。
ただ、疑われている、というのは考えられる。
その上で探られている、とも。
そうなると……その
悩んでいると、俺のそんな葛藤を分かってか分からないでか、ニヴは言う。
「お、疑ってますね? いやいや、気持ちは分かりますよ。なにせ、最初は誰も信じてはくれませんでしたし。
笑いながら言っているが、絵面を想像すると確かに酷いな。
街中で通行人にいきなり攻撃、惨殺では殺人鬼扱いも仕方あるまい。
ニヴからすれば、
捕まるな。
「……ということで、お疑いでしたら一度、試してみますか? 結構珍しい経験だと思うんですよね。なんだかんだ言って、聖気の祝福と似たようなものですし、普通の方にやるとだいたい喜んでもらえるんですよ。やはり一般人にとって、聖気はありがたいもの、幸福を招くものと捉えられることが多いですから。その割に宗教団体の神官たちは出し渋ってあまり人に祝福なんてかけないので、私の仕事もやりやすい……いやいや、ロベリア教批判じゃないですからね?」
途中から話がずれ始めたあたりから、ニヴの隣のミュリアスの顔が徐々に不機嫌そうに染まっていった。
ぱっと見では分からないくらいだが、明らかに温度が下がったような顔に変わっていったのだ。
まぁ、ニヴは否定したが、どう聞いたって宗教批判だからな。
特にロベリア教は聖気の祝福なんて、聖女なりなんなりが慰問に訪れたときなど特別な時以外は寄進しないとかけてくれないものだ。
なんだか金に汚いんだよな……聖水のことを考えたって。
しかし、その代わりロベリア教の神官たちには強力な聖気使いが多かったりする。
十分な給料を提供してくれるから、ということだろうか?
東天教なんかは爪に火を点す生活をしないとならないから……まぁ、それでも強力な聖気使いが全くいないというわけではないのは、人の本性が決して悪に偏っているわけではない証明なのだろうが。
「……試す、と言っても……なんだか怖いのですが」
俺がニヴの提案にそう言う。
その意味するところは、単純にバレたらヤバいぜ!ピンチだぜ!ということに他ならないが、ニヴはそうは捉えなかったようだ。
「あぁ、すみません。私、あんまり人に信用されなくて……こんな軽薄な奴なんてそうそう簡単には信じられませんよね? 分かります分かります。しかし……力だけは本当なんですよ。と言っても……うーん、あ、シャールさん、やってみます? なんだか興味深そうなお顔をされてますよ?」
と、立って話を聞いていた商人シャールに尋ねる。
特に出しゃばらずにいたのは、俺とニヴたちとの話を邪魔しないための配慮だったのだろう。
そもそも、ニヴが俺に会いたい、と言ったからこんなことになっているのだ。
話が弾んでいる以上、口を挟まなくてもいい、という判断だったのかもしれない。
まぁ、弾んでいると言うよりニヴがとにかく話すのだけど。
話を振られたシャールは、別にそんな顔してないわ、とでも言いたげに眉根を顰めるが、
「ほら、聖気の祝福を受けた! とか言えば、これからの商売にもいい影響があるかもしれませんし、それにしばらくは魔物も寄ってきませんよ? それに私、ロベリア教とは違って寄進とか求めませんから、タダです! 結構お得だと思うのですけど」
と押し売りのように話を続ける。
シャールも特に彼女の話に乗り気、というわけではなかっただろうが、この感じでは乗るまで終わらないのだろう、と察したらしく、
「……分かりました。本当に苦痛はないのですな?」
と念を押して受け入れる。
ニヴはその質問に頷いて、
「ええ、貴方が
と、最後の一言を尋ねたときだけ、その瞳の輝きが違った。
心の奥底まで貫き通すような恐ろしい眼だ。
先ほどまでの軽薄さなど一切ない。
言葉にも軽さが感じられなかった。
なるほど、これが
シャールもそんな彼女の表情に一瞬息を呑んだようだが、すぐに、
「当然ですな。永遠の命は欲しいと思いますが、魔のモノに身を落としてまで手に入れたいとは、私は思いませぬ。滅びるときは、人の身のまま、安らかに神の御許へ、と考えております。……まぁ、素直にそこへ行けるほど、綺麗な身でもありませんが」
と苦笑するように言った。
いやぁ……魔のモノに身を落としちゃってごめんなさい。
わざとじゃないんだ。そして人間に戻りたいんだ。
だからなんていうかセーフだよね?
人の誇りとかそんな感じの方向では。
と俺は心の中で思った。
シャールの言葉にニヴは、
「商人ですもんね。これだけ大きい店を構えるには色々とあったでしょう。けれど、それくらいでこっち来んなというほど神様の懐は狭くないんじゃないですかね。ね、ミュリアスさま」
と横を見る。
ミュリアスはそんなニヴの信仰心が希薄なのかそれとも心の底から信じているのか分からない妙な質問に、何とも言えない顔で、
「……神の御心は私などには計れません。ただ、神は、救いを求める者には、それを隔てなくお与えになります」
「ですって」
とってつけたようなニヴの言葉である。
シャールは苦笑したが、まぁ、いいかと思ったのだろう。
「では、お願いしましょう。先ほどの言葉からして、宣伝に利用しても構わんのですな?
そう尋ねたのは、彼女が聖気使いであることがあまり知られていないからだろう。
隠しているのでは、ということで聞いたのだ。
ニヴは、
「ぜんぜん構いません。別に隠してないですからね。知ってる人は知ってるでしょうし。同意も得られたところで、行きますよ?」
「ええ、どうぞ」
そして、シャールはニヴの前に跪く。
それは、ロベリア教における、聖気の祝福を受けるときの、正式な作法だった。
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