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第9章 下級吸血鬼
第144話 下級吸血鬼と商会の主

「……失礼する」


 そう言って部屋に入って来たのは、恰幅のいい一人の男性であった。

 いかにも商人風の鮮やかな色合いの使われた緩い衣装と、全体から感じられる大らかそうな雰囲気がなるほど、大商会の会頭だな、という雰囲気だった。

 予測に過ぎなかったが、やはりそれは正しかったようで、


「貴方があのタラスクを狩ったという冒険者、レント・ヴィヴィエ殿か……この度は無理を言って、本当に申し訳ない。私がこのステノ商会の会頭、シャール・ステノだ。今回のことの埋め合わせは、我が商会の商品の割引や、その他、商会として便宜を図ることでしていきたいと考えている……」


 そう言って頭を下げた。

 いきなりそこまで俺にとって有益な条件を出してくるのは、本当に申し訳ないと思ってのことなのか、それとも何か他に思惑があるのかと怪しんでしまうほどだ。ふつう、こういったことは徐々にお互い探り合いながら決めていくもので、以前、俺が珍品を見つけて商会に売りつけに行ったときは大概がそうだった。

 それなのに……。

 タラスクという品が品だからなのか、それとも、タラスクを欲しいと言った人物がよほどの相手なのか……。

 どちらにしろ、全く気が抜けなさそうだな、とげんなりした思いを覚えた俺だった。

 しかし、そんな感情を表には出さずに、俺は仮面を顔の上半分だけを覆う形にして、笑いかけながら言う。


「……銅級冒険者、レント・ヴィヴィエです。以後、お見知りおきを。それで、今回のことについてですが……それほど謝ってもらうほどのことでもありませんよ。ここに来たのは、自分で決めたことですから。私が苦労して討伐したタラスクをオークションで推測される落札価格の倍額で引き取ってくださると言うのですから、これを喜ばない冒険者はまず、いないでしょうし。私としては小躍りしたい気分ですよ」


 最後に付け加えた一言に、シャールはふっと笑って、


「……意外に、剽軽ひょうきんで話の出来る方なのだな? 噂を聞くに、もっとこう、固い人物だと予想していたのだが……」


 そう言った。

 なんとなく、聞き捨てならない言葉である。

 そもそも、俺の噂ってどこで流れているんだ。

 気になって、尋ねる。


「ええと、どこでどのような噂が? 正直、自分が周りからどのように見えているのか、自覚があまりないもので……」


 レント・ファイナだったころは割とあったのだが、今はなぁ。

 接触する人間の数がかなり少ないのだ。

 ロレーヌやクロープたちくらいで、その他の一般的な冒険者たちと話すことはあまりない。

 せいぜい、落とし物を拾って手渡したりとかしたくらいか?

 それでも最低限の会話しかしていないが。

 あまり長く話してボロが出るとまずいからな……。


 シャールは、


「ふむ……商人としてはあまりそういう情報を人に開示するのは褒められたことではないのだが、今回は完全にこちらの我儘だ。便宜を図る、とも言ったことであるし、教えよう」


 と意外にも親切にいう。

 シャールは続ける。


「と言っても、正直なところ、レント殿の話を集めるのは意外と骨でな。冒険者でいらっしゃることは簡単に分かったが、どんな人物か知るものはほとんどいなかった。ただ、皆、口をそろえて言うことには、《恐ろしい奴だ》という話だった」


「それは、どういう……?」


「貴方は銅級冒険者であるわけだが、ほとんど誰とも話さない。それだけに、無口で不愛想な人物だと認識されているようだが、迷宮などで見かけると、その技の冴えはとてもではないが銅級程度に収まるものではない、と」


 なるほど、たまに冒険者とはすれ違っているし、戦っている横を通りがかられたことも何度もあるからな。

 お互い、基本的に手出しは無用という迷宮の掟に従って関わらないわけだが、それでもちらりと見られたことは結構あるわけだ。

 場合によってはじっくり観戦されたこともある。

 まぁ、よろしくはないが絶対にダメという訳でもない。

 邪魔しない限りは咎められない行為だ。

 そういうことをしていた冒険者たちから話を集めたのだろう。

 しかし、無口で不愛想か。

 まぁ、冒険者組合(ギルド)ではシェイラとしか話さないし、大体ぼそぼそ喋っているからな。

 解体場ではダリオとくらいしか話さないし……。

 うーん、俺って友達いない奴みたいじゃないか?

 実際、いないんだけど。

 はっきり友達!って言えるのは、ロレーヌくらいしか……。

 あんまり深く考えるのはやめよう。寂しくなる。

 昔は俺だって一杯友達がいたんだい。


「なんだか随分と褒められているみたいですが、それほどでもないと思いますよ。俺くらいの腕の者は、そこらにたくさんいますからね……」


 別に謙遜でもなんでもない。

 実際、俺の腕を客観的に計測したら、銀級下位程度ではないだろうか?

 色々と切り札をいくつか持っていて、それが俺の実力を瞬間的にそれ以上に底上げしているときはあるかもしれないが、普段は……。

 それでも、レント・ファイナだったときと比べると、雲泥の差で、これからも強くなれるという確信が持てているので幸せなことであるが。

 そう思っていった言葉に、シャールも頷いた。


「それは確かにそのような話を言っていたな。だが、非常に無駄が少ない、とも言っていた。ただ強いのではなく、隙が無いと。負けない戦いが出来る奴だ、と。それに加えて、噴き出す執念が人間離れしている、とも」


 負けない戦い……死にそうになったら逃げるような戦い方はしているかもしれないが、それが意外と評価されているようだ。

 執念はそうか?という感じだ。

 一生懸命頑張ってはいるつもりだけど、そんなにそんなもの出してるつもりはないんだけどな……。

 人間離れは、まぁ……人間じゃないんで、と言えればどれだけウケがとれるかというのを試してみたい衝動に一瞬かられるが、それをやると終わりである。

 いくら剽軽と言われてもそこまで剽軽にはなれない。

 

「うーん……総じて考えると、臆病でなんだか危険そうな人物、というところではありませんか? ……評価していただける部分がないような」


「なぜ、そんな捉え方になるのだ……まぁ、いいだろう。そういうことにしておこう。ただ、いくら調べても分からなかったことがある」


 額を抑えながら首を振ったシャールが、ふと言った言葉に俺は首を傾げる


「はて? なんでしょう?」


「貴方の出自だ。いや、レルムッド帝国の人間だ、とは一応分かったのだが……それ以上はな。どこの出身か、お聞きしても?」


 ……いや、俺って帝国の人間だったっけ?

 とか言いたくなるが、この辺りはロレーヌとシェイラが色々とやってくれたことを聞いているのであまり驚きはしない。

 冒険者組合(ギルド)の記録はシェイラが、細かい足取りについてはロレーヌが伝手を使って細工してくれているのだ。

 なぜ帝国の出身になっているかと言えば、対外的に俺はロレーヌの親戚であるからだ。

 冒険者はおかしな出自の人間が多い職業である。

 単純に探ってくる相手は適当にあしらえば良かったが、商人相手となるとそうはいかない。

 多少怪しくてもそこまで調べる人間はさほど多くないと思っていたが、念のため色々やっていて良かった……。

 ついでに今日、商人が相手ということで、ここに来るにあたってロレーヌと考えた一応の細かい設定もあった。

 だから俺は言う。


「特に隠すことでもありませんし……レルムッドの機械都市アーヴァンの出ですよ。ご存知ですか?」


 俺は知らない。

 行ったこともない。

 が、知識はロレーヌが帝国のことを語るついでに話してくれたので分かる。 

 魔道具や機械が発達している都市であり、鉄と油と魔術の街だと言う話だ。

 そこら中に魔工や機械工がいて、日夜、新たな製品を作るべく働いているのだと言う。

 場所柄、手に職をつけたいと考える者が集まりやすく、そのせいかはわからないが下働きの孤児も多いようだ。

 他所のスラムなどから、アーヴァンに来れば何かしら食べる手段が得られると集まるらしい。

 俺は、そんな孤児の一人だった、という設定である。

 そんな説明を、ロレーヌに聞いたアーヴァンの雰囲気や匂いが伝わる描写と共に伝えると、シャールは納得したらしい。


「……なるほど。そういうことだったか」


 そう言った。

 本当に納得しているかどうかは、その表情からうかがい知ることは出来ない。

 ただ、一応の説得力は感じてくれたように思う。

 質問にもいくつか答えたし、致命的な間違いはなかったはずだしな……。

 たぶん。

 あとでロレーヌにその答えで大丈夫だったか聞いてみよう。

 それから、シャールは、


「色々と長く話してしまったが、楽しかった。人となりも大体分かったことであるし、そろそろ時間だ。今回話を持ってきた相手方があと数分で到着するが、よろしいか?」


 そう言った。


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