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第9章 下級吸血鬼
第125話 下級吸血鬼と灌木

 それにしても数が多い。

 二、三匹ならある程度の余裕を持ってさばけただろうが、十匹近いのではないだろうか。

 そんな数の魔猿(ケセム・コフ)が木々の間を縦横無尽に駆け巡り、次々と襲い掛かってくるものだから対応に困る。

 森の中での戦闘は別に初めてというわけではないが、俺が探索したことのある森など、せいぜいがゴブリンかスライム、最悪でも豚鬼オークが出現する程度のものでしかなく、こんな風に蔓や枝を自由に利用して襲い掛かってくるタイプの魔物とはあまり戦ったことがなかったからだ。

 もちろん、ここに来るにあたって、魔猿(ケセム・コフ)の情報についても色々と集めてはいたが、実際に見るのとただ書籍の文章の羅列を見るのとでは雲泥の差だと言うことを思い知る。

 

 まず、場所がつかみにくい。

 視覚でどうにか探そうとしても木の影や枝の裏をちょろちょろしているのですぐに見失ってしまう。

 本当なら魔力や気でもってその位置を探すのが正しいのだろうが……そういった魔力の扱いは俺はまだ、修行中であるし、気も基本的技術のみ身に付けているだけで周囲の状況を感覚を広げて察知するような方法は学ぶ前に才能の枯渇でもって脱落している。

 聖気はそういう意味ではまるで役に立たないし……。

 もう単純に気配を感じてどうにか頑張るしかないだろう。

 近づいてきた魔猿(ケセム・コフ)を間一髪で避け、剣を振るうもその挙動は極めて不規則で掴みにくい。

 蔓にぶら下がっているのがイライラする。

 火をつけてやろうか?

 いやいや……それをやって山火事になったら俺が火葬されてしまう。

 また骨に戻るのは嫌なのだ。


 素直に伸びている蔓を掴まれないように地道に切り落としていくしかあるまい。

 間断なく襲われながらだとかなり辛いが……仕方がない。

 せめて向こうの連携をもっと散らせたら、と思うが、俺には難しいだろう。

 木をよじ登っても追いつけるはずもないし……と悩んでいると、


「ヂュッ!」


 と、鳴き声がして、エーデルが両足に魔力を込め、木をひっかきながら物凄い速度で登りだした。

 あんなこと出来るのか、と俺は驚く。

 なぜかと言えば、俺は出来ないからだ。

 魔力を足に込めてもあそこまで器用に駆け上がるのは難しい。

 おそらくは木を強化した爪で素早くえぐることでとっかかりを得てあの速度を出しているのだろうが、俺が同じことをやると木が凹み、数段上った時点で華奢な木なら割れてしまうだろう。

 体の小さいエーデルだから出来る方法だった。


 それから、俺が地上で魔猿ケセム・コフたちの襲撃を避けつつ、地味に蔓を切り落としていると、


「……キィッ!」「キキッ!」


 という甲高い鳴き声が上空から聞こえてきて、直後、地面にぼとりと魔猿(ケセム・コフ)が落ちてきた。

 その体にはひっかき傷がたくさん刻まれており、明らかにエーデルにやられたものだろうと分かる。

 ただ、致命傷にまではなっていないようで、地面に体を叩きつけられながらも急いで木を登ろうと立ち上がるが、そんな隙を俺が見逃すわけもない。

 即座に飛び掛かって袈裟斬りにしていく。

 さほど気を遣って切らないのは、魔猿(ケセム・コフ)はあまり有用な素材がとれないからだ。

 皮は薄く、毛皮としてもとげとげしていて需要がない。

 食用としても味が悪く、せいぜい魔石が採れる程度だ。

 魔猿(ケセム・コフ)の魔石は心臓の横にあり、そこさえ傷つけなければ採取には問題ない。

 そのため、これだけ適当に、かつ大きな傷をつけても問題にはならないのだ。


 次々に落ちてくる魔猿(ケセム・コフ)をさほどの労力をかけずに止めを刺していき、そしてついに一匹も落ちて来なくなった辺りで、エーデルが上から降ってくるように落ちてきた。

 どすり、と少し重い音がしたが、怪我はないようである。

 丸々としていて、結構な量の脂肪が身に付いているからクッションになったのかもしれなかった。

 まぁ、無事なら何よりだ。

 何が起こっているのかさっぱり見えなかったからな……。


 一応、聞いてみれば案の定、上で魔猿(ケセム・コフ)を相手に大立ち回りを披露していたらしい。

 まるで見えなかったが、落ちてきた魔猿(ケセム・コフ)たちの怪我の程度を見ればかなり頑張って戦ったことが分かる。

 ソロで戦っているとこういう役割分担が出来なかったから、敵の性質によってはかなり助かる。

 もちろん、これから何があるかわからないから、こういうときにも一人でもなんとかできるように訓練しておかなければならないけどな。


 さて、解体だ。

 今回は魔石を採るだけなので、すぐ終わる。

 十匹程度だが、そこまで大きなものではないので嵩張ることもないだろう。

 しかし、こんなに魔猿(ケセム・コフ)が何度も沢山出てきてはたまらないな。

 エーデルに周囲を警戒させて、出来るだけ魔猿(ケセム・コフ)が出現しない道のりを選んで歩くことにしようと思った。


 ◇◆◇◆◇


 灌木霊シュラブス・エントを探さなければならない。

 それが、アリゼと、俺が短杖ワンドを作るために必要な素材その一だからだ。

 魔石はたった今、確保した魔猿ケセム・コフのものを使えばいい。

 欲を言うならもう少し質のいいものが欲しいが……なにせ、魔猿(ケセム・コフ)の魔石は《新月の迷宮》第三階層で採取できるものとしては小さ目で濁っており質が良くない。

 探せばもっといいものがあるはずだ。

 ただ、短杖ワンドの持ち手部分の素材になる灌木霊(シュラブス・エント)とは出来れば別の魔物の魔石がいいと言われてしまったからな……。

 錬金術的に、短杖ワンドの杖頭につける魔石と、持ち手部分の素材は別にした方が魔力の増幅と制御がしやすくなるらしい。

 同じだと魔力が偏って扱いにくい杖になりがちだ、という話だった。

 もちろん、バランスのいい杖にするためにはしっかりとした製作者の調整が必要だが、アリゼと俺にはその調整の仕方も含めて教えるつもりだから、別々の魔物から素材を集めてもらわないと余計困ると言うことだった。

 場合によっては偏った性質の杖もいいが、とりあえずは基本からだ、ということらしい。

 

 そうなると……うーん。

 三階層だと難しいかもな。

 もう一階層、あとで頑張ってみるか、と思った俺である。


 しかし、灌木霊シュラブス・エントが見つからない。

 戦う相手として難しいのはもちろんだが、灌木霊(シュラブス・エント)はそもそも見つけるのも難しい。

 森の中だと特に、である。

 森の木々に紛れて、どれが灌木霊(シュラブス・エント)なのか分からないからだ。

 それもそのはず、灌木霊(シュラブス・エント)とは、森に生える木々に魔力が凝ることによって発生する魔物であり、本来はただの木なのである。

 そのため、見分けようとしても見分けられるものではない。なにせ、同じものなのだから。

 ただ、魔力が凝っているわけだから、熟練の魔術師の目には違いが分かるようだが、俺には当然それはまだ、出来ない。

 あとは、魔道具屋などで販売している、魔力を少しだけ視覚化してくれるメガネを使うくらいしか方法がないが、あれは高い上にほとんど使い捨てだ。

 一日程度で効果が切れるというふざけた仕様で、そんなものに金を払う気にはなれない。

 結果として探すのに難儀しているわけで、買っとけばよかったと絶賛後悔中なわけだが……。

 まぁ、今更の話だ。

 俺は最後の一つ、一番メジャーで、かつ安全性に疑問符のつく方法を試しているところだった。

 それはつまり、それっぽい灌木をべしべし叩く、という方法である。


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