狩り終えた
その味の程は折り紙付きだ。
本来なら、もう二、三階層進んだところでないと出遭えない存在である。
それだけになぜ、ここに三体だけとはいえ出現したのか疑問だが……。
まぁ、ない話ではない。
俺のように
身に付けている武具の類は、そこらで死んだ冒険者から剥ぎ取ったのだろう。
解体するためにすべての武具を取り払う訳だが、見れば継ぎはぎの跡や穴の空いた箇所が地味に存在しているのが分かった。
存在進化でないなら、下の階層から登って来た、という可能性もないではない。
しかし、こちらの方はむしろ可能性が低い。
なぜかというと、迷宮の魔物というのは基本的に遠く離れた階層に移動することはないからだ。
階層、という考え方自体、人が決めた基準であり、考え方によってどこで区切るかは分かれてしまうが、この魔物の挙動もその判断基準に入れられる。
縄張り意識なのか、それ以外の理由なのかは分からないが、迷宮の魔物は一定範囲内の中で行動し続け、その外へ出ることはないのである。
特に、階段などの明確な仕切りがあると、まるで魔物はそれが見えていないかのように行動することがよくあるのだ。
《新月の迷宮》の
もちろん例外はあって、たまに、そう言った仕切りや階段を越えて、自分の本来生息する階層から別の階層へと移動することがある。
もしかしたら、今回出遭ったあいつらもそれかもしれない、という気がした。
まぁ、だからと言ってどうという話でもないが……。
《氾濫》とか《大波》とか言われる迷宮の魔物が迷宮の外へと溢れてくる現象でも起こらない限りは、急いで報告する必要はないからだ。
まぁ、そういう別階層への魔物の移動は《氾濫》や《大波》の前兆であると言われることもあるし、一部それは事実であるため、戻ったら一応報告しておくのが良識的な冒険者だろうが。
シェイラに後で言っておけばいいだろう。
ただ、切羽詰った状況ではないのは確かだ。
なにせ、本当に《氾濫》が近いなら、この程度じゃすまないしな。
十年、二十年に一度起こると言われているが、以前起こった時は俺は街の防衛に参加したくらいで、迷宮周辺までは行かなかったから詳しい状況については後で少し聞いたくらいだ。
ただ、それによると、かなり下の階層の魔物が一階層にまで出張ってきていたようで、それから大体二日くらい経ってから《氾濫》が起こったと言う話だ。
つまり、今の状況なら、たとえ《氾濫》の前兆であるとしても、一週間、いや、ひと月くらいは余裕があると思っていい。
もしそうなったとしても、その時はマルトの皆と協力して挑めば大した被害にはならないはずだ。
少なくとも、以前のはそうやって乗り越えたのだから。
今俺がすべきは、あくまで素材集めである。
アリゼのための武具……。
そのために、ロレーヌが頼んできたのは、三階層以上に生息する魔物の魔石と、
魔術媒体にも色々と種類があるが、やはり有名どころは
そのため、初心者のうちはこれで十分のはずだ。
いずれは身に着けるタイプの魔術媒体――指輪や腕輪などが必要になってくるだろうが、これらは作ろうとすると結構な金額がかかってくる上、非常に微細な加工能力が必要になってくるので、今はまだいいだろうというのがロレーヌの言葉だった。
弟子にしたとは言え、絶対に冒険者になれるとも決まっているわけではない。
これ以上の借金を背負わせるわけにはいかないのだ。
その点、三階層程度の魔石と
問題があるとすれば、俺に
なにせ、一度もまともに挑んだことがない相手だ。
ここに来るにあたって、ロレーヌの家で資料を調べられるだけ調べ、分からないところはロレーヌに尋ねたが、それでも中々難しそうな相手だ、というのが正直なところだった。
まぁ、それでも俺には
そんなことを考えながら
魔石をとり、自分が食べたい部位と高く売れる部位を厳選して葉に巻いて魔法の袋に突っ込んでいく。
あまり入れすぎると後々、
必要な素材をすべて回収し終わったところで、
「エーデル、行くぞ」
俺はそう言って、迷宮を再度、歩き出す。
次は三階層だ。
気を引き締めて進まなければ……。
そう思って。
◇◆◇◆◇
「……二階層の夜よりも面倒くさいかもな」
三階層への階段を下りて、直後目に入ったのは、大量の木々であった。
空から光が差しているということは、空を見上げれば草葉に隠れているとはいえ、小さな光がちらちらと覗くことから理解できた。
けれど、俺とエーデルが進む地上を照らしているのはせいぜいが小さな松明程度に過ぎない明かりで、周囲は酷く暗い。
高く伸びすぎた木々が、本来空から地上を照らすべき光のほとんどすべてを遮っているからに他ならなかった。
とは言え、それだけであったら夜目の利く俺とエーデルにとっては大したものではない。
問題は、木々の枝や葉が、縦横無尽に走っていて、明るい暗いとは関係なく、視界がそれらで遮られていることだった。
流石に夜目が効くと言っても、物理的に視界を封じられてはどうしようもない。
一応、生き物の温度を視認できる特殊な視界も持っているのだが、この階層においてはそんな特殊な視界もそれほど役には立たなそうだ。
「ききっ!!」
と鳴き声がしたので、剣を抜いて後ずさると、たった今、俺がいた場所に向かって上から何かが降って来た。
見れば、それは猿だ。
細い体型の、あまり大きくない、
この階層に数多く存在する、一階層におけるスライムやゴブリンに相当する魔物だ。
しかし、弱いかと言われると、そんなことはない。
三階層になると、魔物の方も狡猾になってきて、単純にまっすぐ戦えばいい、というわけにはいかなくなってくるからだ。
「……おっと!」
剣を構えて目の前の
振り返るとそこには別の
失敗したのを理解するやするすると昇っていき、すぐに見えなくなる。
周囲に気配をたくさん感じる。
どうやら、一匹で向かってきているわけではないな、とそれで分かった。
「エーデル、気を付けろよ」
俺がそう言えば、お前もな、と返ってくる。
鼠なんてここの猿にとっては餌に過ぎないような気がするが、随分と頼もしい返事だなと思った。
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