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第9章 下級吸血鬼
第123話 下級吸血鬼と豚鬼兵士

 豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)、それは豚鬼オークの上位個体であり、通常豚鬼(ノーマル・オーク)よりも一回り大きな体と、金属製の武具を持っていることがその基本的な特徴とする魔物の一種である。

 金属製の武具を持っている豚鬼(オーク)は他に、豚鬼王(オーク・キング)豚鬼将軍(オーク・ジェネラル)などもいるのだが、そう言った個体は迷宮の低階層にはまず出現しない上、持っている武具の質が違う。

 エーデルの周囲を囲んでいる豚鬼オークたちの武具は、確かに金属製のものではあるが、青銅のものや鉄製のものが入り混じった雑多な品で、作りもそれほど複雑なものではない。

 それに比べ、豚鬼将軍(オーク・ジェネラル)などは場合によっては神銀(ミスリル)製の武具を持っていることもあるというのだから、恐ろしい。

 それこそ、冒険者で言うなら白金プラチナ級が必要になってくるほどの化け物だ。

 それに加え、豚鬼オークの上位個体は、下位個体を統率する能力を持っていて、位階が上がるにつれてその支配力を及ぼせる相手の質、数ともに増えていく。

 豚鬼王(オーク・キング)ともなると、その地に存在するすべての豚鬼(オーク)を統率できるというのだから、恐ろしいことこの上ない。

 

 もちろん、豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)にもそのような支配力はあるのだが、彼らが支配できるのは通常豚鬼(ノーマル・オーク)のみであり、数もせいぜい一体につき、数体が限界だと言われている。

 それでも三匹いれば十数体は統率できることになるのだから、甘く見ていい相手でもない。

 しかも、彼らの泣き声は仲間を呼ぶもので、遠くまで届くために倒すのに時間をかけると命取りになるのだ。


「……エーデル!」


 だから俺は、そんな豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)に囲まれているエーデルを発見すると少し考えた後に、そう叫んで剣を抜き、走り寄った。

 その意味は自明で、出来るだけ素早く倒そう、と考えたからに他ならない。

 それはエーデルにも思念で伝わり、


「ヂュヂュッ!」


 と一鳴きして、俺が絞りを緩めた力を吸収していく。

 全く手加減なく力を奪っていくので、もう少し遠慮しろ……と思うも、この状況ではそんなことをしている余裕がないと言うのも分かる。


 俺と、エーデル、その気配が突然変わったことに気づいたのか、エーデルを獲物としてしか見ていなかった豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)たちの雰囲気がふっと変わり、身構え始める。

 しかし、遅い。


 すでに直前まで迫っていた俺は、三匹の豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)の中でも最も偉そうな個体の首筋を狙って剣を振るう。

 ほとんど不意打ちに等しい攻撃で、しかし、それでもその豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)は反応して、手に持った剣を振り上げ、俺の一撃を防いだ。

 

 ――やるな。


 と思ったし、速攻で勝負を決めるという訳にはいかなさそうだな、と感じないでもなかったが、しかし、それはあくまで俺が一人で戦っているのならの話だ。

 俺の方を向いて、俺の剣に気を取られたその豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)は次の瞬間、呆けた顔をした。

 なぜなら、視界が俺の方に向いていたはずなのに、気づいたら体が空中に投げ出されるような格好で、空を見ていたからだ。

 どうしてそんなことになったのかと言えば、それは、エーデルがその豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)の足に突っ込み、転ばせたからに他ならない。

 人を凌駕する巨体と、金属製の武具を得た代償に、その体は酷く重く、支えを失った瞬間に面白いくらい簡単に倒れたのだ。

 そのまま地面に頭をぶつけ、このままではまずい、とその豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)は考え、身を起こしたようだが、そのときにはすでに俺の剣が彼の首筋直前に迫っていた。

 先ほどとは体勢が異なるうえ、剣の握りも甘く、即座に剣を滑り込ませることも出来ずに、豚鬼兵士オーク・ソルジャーの首を俺の剣が綺麗に断ち切った。

 飛んでいく首、噴き出す血液。

 

 それを見ながら、あぁ、あれもあれで美味しいんだよな、勿体ないな、と思うが、ここで戦闘を中座してごくごく飲むわけにもいかない。


 それに、ここまででほんの十数秒だが、他の二体の豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)はすぐに事態を認識して襲い掛かろうとしてきた。

 ただ、たった今倒した個体こそが、この三人組を統率している個体だったのだろう。

 俺とエーデル、どちらを狙うべきか悩み、各々別々の方を狙って突っ込んできた。

 これは、俺たちにとっては非常に都合のいい挙動に他ならない。

 単純な腕力よりかは速さや工夫を重視して戦っている俺や、元々体躯の小さなエーデルにとって、単純な質量で攻めて来られるのが一番嫌だからだ。

 一匹しか向かってこないなら、いくらでも戦いようがあり、一人でも何とかすることは可能である。


 向かってきた豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)は剣を掲げているが、俺はその懐に近づき、まず手元を狙って一撃入れる。

 金属製の小手を嵌めているため、切り落とす、というわけにはいかなかったが、その衝撃は豚鬼兵士(オーク・ソルジャーの剣を取り落とさせることに成功する。

 慌てて拾おうとする豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)であるが、そんなことをさせるつもりは俺にはない。

 二撃目を打ち込むべく剣を引き、豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)に向かって突き出す。

 しかし、流石に豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)も武器を拾う隙を狙ってくることは想像がついたようで、仰け反る様にしてその突きは避けられた。

 俺を馬鹿にしたように笑う豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)

 けれど、その動きは豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)にとってはあまりいい手ではなかったように思う。

 豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)が体を戻そうとしている間に、俺は剣を思い切り蹴飛ばしたからだ。

 きれいにまっすぐ飛んでいった剣は、そのままエーデルが対峙している豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)の背中に突き刺さる。


「ぷぎぃ!」


 と痛みに苦しむ声が聞こえ、またエーデルから、よくやった、という思念が飛んでくる。

 お前は俺の上官か。

 いや、それはいい。


 ともかく、完全な無手になってしまった豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)は、けれどそれでも戦う気概をその拳を握り、ファイティングポーズをとることで示す。

 豚の癖に、見上げた戦士魂だった。

 まぁ、だからと言って手加減はしないのだが。


 俺は、そんな豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)にためらいなく突っ込んでいき、剣を振りかぶる。

 もはや防御するための剣はなく、手甲でもってどうにかしようとしていたが、絶対的にリーチが足りない。

 俺の剣は豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)の脳天を思い切り叩き割ることに成功する。

 飛び散る脳漿に、これが美味しいと言う人もいるんだよなぁ、と思ったが、そこまで気を遣って戦うのは難しかったので仕方がない。

 強化をもっと上げれば行けただろうが、今日の探索はここで終わりというわけではないのだ。

 一匹目については脳みそも食べられる状態で残っているので、それで許してもらおう……。


 それにしても、魔物の生命力というのは強く、脳天を叩き割られてもまだ、動いている。

 流石に俺に攻撃を加えるような判断能力はもはやのこっていないようだが、滅茶苦茶な挙動で暴れまわっている。

 とどめを、と思い、俺は剣に気を込めた。

 やはり、首を切り離すのが一番、動きを止めるのによく、俺はそのように剣を振るう。

 

 ――終わったな。


 やはり、通常豚鬼(ノーマル・オーク)を倒すようにはいかなかったが、それでもかなり成長してきていると言えるだろう。

 余裕を持って豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)を倒せる日が来るなんて、望んではいても、昔の俺では信じられなかっただろう。


 ――ずがっ!


 と大きな音が鳴り、少し離れた場所でエーデルが豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)に止めを刺していた。

 俺の先ほどのお願いが効いたのか、回転体当たりではなく、魔術による斬撃で首を切り落としていた。

 ぐらりと倒れて、しっかりと命が断たれたことを示している。


 ……小鼠(プチ・スリ)豚鬼兵士(オーク・ソルジャー)を倒す、なんて話も信じられなかっただろうなぁ。

 俺はその光景を見て、そんな風にも思ったのだった。


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