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第9章 下級吸血鬼
第115話 下級吸血鬼と懐

 アリゼに冒険者としての修行をさせる、とはいうものの、そのために必要なものは色々ある。

 ロレーヌの行った魔術師の修行では、とりあえず、本人の体と、ロレーヌの知識の集大成である教科書があればそれでよかったわけだが、冒険者の修行にはどうしても色々な道具が必要だ。

 アリゼは魔力を持っているから、その気になれば魔術だけで戦ってもいいが、冒険者というのはそこまで甘いものではない。

 もしも魔力が枯渇したり、魔術を無効化したり弾き返したりする魔物が出現した場合には、他の手段を持っていなければ詰む。

 そのため、たとえ魔術師であってもある程度の体術と武術は身に付けておく必要がある。

 ロレーヌも魔術が使えない場合に備えて、一応の武術の心得はある。

 だから、アリゼにも何か身に付けさせる必要があるのだ。

 それに加えて、冒険者の修行は実際に自分の目で迷宮など街の外の魔物の出現する地域に行って、素材の在処や採取の仕方などを学んでいく必要がある。

 本で知識を得ることも大事だが、実際にやってみなければその知識の活用方法がよくわからないまま冒険者をすることになり、結果的にかなり非効率なことになりうる。

 そう言った理由から、アリゼにはどう考えても武具が必要だった。

 しかし、孤児院で生きてきた彼女に、個人的に所有しているものなどほとんどなく、当然、武具など持っているはずがない。

 俺の方で準備するしかないだろう。

 そのためには金が必要だ。

 もちろん、まだ駆け出し以下に過ぎないアリゼに、高価な武具は必要ないだろう。

 必要なくても贈ってもいいが、それこそそういう施しは受けない、というタイプであるアリゼはやると言っても首を振るだろう。

 武具を買うなら、それも含めて、俺からの借金ということにすると言い出すだろうというのは容易に想像がつく。

 だから、今の彼女に必要にして十分な性能と価格の武具を購入することになるはずだ。

 

 しかし、当然そのためには先立つものが必要で、今の俺の持ち合わせはちょっと心もとない。

 ラウラの依頼はまだ片づけていないから報酬はもらっていないし、今まで得た報酬や素材の売却代金は、ほとんど自分の武具に費やしてしまった。

 大きめの魔法の袋を借りたのもかなり痛手だったし、その上、調子に乗って飛空艇模型用のケースまで買ってしまったのは少し無駄遣いだったかもと思わないでもない。

 こんな状態では、当たり前だがアリゼに武具を買ってやることも、ロレーヌに二人分の授業料を支払うことも厳しいということになってしまう。


 けれど、そんな俺には金策についてしっかりとしたあてがあった。

 まだ、売却金額がはっきりしていない素材があるではないか。

 つまりは、《タラスク》のことである。


 先ほど、冒険者組合(ギルド)から連絡が来て、タラスクのことで話があるということだった。

 おそらくは査定と売却が終わった、ということだろう。

 これで俺の懐の寒さは解消される。

 そう思って、るんるん気分で俺はロレーヌに手を振り、家を出る。


「……査定と売却が終わったという話なら、そうはっきり言うのではないか? 話がある、というのは何かちょっと違う気がするが……まぁ、気を付けていって来い」


 と不吉なことを言われたが、まぁ、そんなのは気のせいだろう。

 俺はそう思うことにして、冒険者組合(ギルド)に向かった。


 ◇◆◇◆◇


「あ、レントさん!」


 冒険者組合(ギルド)に入ると同時に、シェイラが受付からそう、声を上げた。

 どうやら俺を待っていたらしく、手招きしている。

 こっちに来い、ということのようだ。

 いやはや、売却価格はどれくらいになったんだろうな……。

 かなりの金額になるはずだが。


 そう楽しみに思って、俺はシェイラに近づく。

 そして、言った。


「シェイラ、タラスクが売れたんだろう? どうだったんだ」


 すると、シェイラは驚いた顔で、


「……あれ? レントさん、随分と言葉が流暢に……」


 そう言った。

 言われて、俺はシェイラにまだ進化後の姿を見せていないことを思い出す。

 彼女の中では、俺はまだ歩く死体だ。

 俺は仮面の形を顔全体を覆うものではなく、顔の下半分を覆う形にして、帽子を取って見せる。

 すると、シェイラは目を見開いて、


「えっ、レントさん、もしかして……進化、出来たんですか?」


 進化、の言葉についてはひそひそとした小さな囁き声で言ってくれたシェイラである。

 俺はそれに頷いて答える。


「ああ。つい先日な。ロレーヌによると、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアの一種みたいだ。見た目はもう、ほとんど人間と変わらないはずだ……ちょっと青白いけど」


 俺の説明に、シェイラは、ははぁ、と驚きつつも、ふんふんと頷いて、


「……確かに、ちょっと顔色が悪い感じはありますけど、以前のレントさんの顔と同じですね……肌はすごい綺麗ですけど」


「それはロレーヌにも言われたな……妙な副産物だ」


「うーん、それを見るとレントさんみたいになりたいなとちょっとだけ、思ってしまいそうです」


 やはり、女性にとってたまご肌は永遠の課題らしく、シェイラは悩みつつもそう言った。

 しかし俺は首を振って言う。


「やめておけ。骨から始まるんだぞ」


 そう、俺みたいになるにはまず、そこから始めなければならない。

 もしかしたら別の方法もあるかもしれないが、少なくとも俺はそれを知らない。

 その上で、それほどうまく動かないカタカタした体で魔物を倒し続け、乾いた死体、肉の着いた死体、と進化した上で、吸血鬼ヴァンパイアの血液をゲットして飲まなければならないのだ。

 相当に難しいことだというのがそれだけでも分かる。

 俺の場合は、単純に運がよかっただけで、実力を持ってそれを行おうとしたら、相当な力が初めからないと厳しいだろう。

 シェイラもそれはよく理解しているようで、


「分かってますよ。流石になれるけどどうする? と聞かれたらちょっと……ってなりますから」


 そう答えた。

 それから、


「あ、そうだ。もうほとんど人間と変わらないということでしたら、名前と登録についてはどうされますか? 元通り、レント・ファイナとしてやっていくのか、レント・ヴィヴィエとしてやっていくのか……」


 と尋ねてきた。

 確かにそういう問題もあったな。

 しかしこれに対する答えは、今のところ一つだ。


「とりあえずは、レント・ヴィヴィエでやっていくよ」


 すぐにそう答えた俺に、シェイラは首を傾げて尋ねる。


「どうしてですか?」


「理由は簡単だ。この仮面が外れないからだよ……。レント・ファイナだったら、なんで急にそんなもの付け始めてるんだって話になってしまうしな。それに実力も大分上がってる。どうしてそうなったんだと聞かれると……今は色々と説明が難しい」


 もちろん、魔物になったんだ、と言えれば一発なのだが、納得は得られても討伐は免れないだろうから、それは当然却下である。

 少なくとも、はっきりと人間だ、と言えない限りは、この都市マルトに於いて、レント・ファイナは名乗るのは難しいように思う。

 あまりにも知り合いが多すぎるのだ。

 

「なるほど……でしたら、これから依頼を受けられるときは、そのように処理しておきますね……ところで、今日お呼びした目的なのですが」


「あぁ、タラスクの事だろ? 高く売れたんだろうなぁ……」


 わくわくしながらそう言った俺に、シェイラは、


「え? いえ、まだ売れてませんよ。そうじゃなくて、ご相談があって。とりあえず、解体所の方へ」


 ときょとんとした顔で言った。

 ……俺の懐は?

 そう思ったが、勝手に早とちりしたのは俺である。

 特に言及することは出来ずに、


「あ、あぁ……」


 と頷いて、立ち上がり、歩き出したシェイラの後ろを、少しだけがっかりした気分でついていき始めたのだった。


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