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第9章 下級吸血鬼
第113話 下級吸血鬼と初歩魔術

「うう……」


 アリゼがうなりながら自分の人差し指の指先に魔力を集中させようと意識している。

 基本的に、魔力は慣れさえすれば、体のどこからでも出せる。

 しかし、一番出しやすいのはどうしても手からである。

 手のひらとか指先とか、そういうところから魔力が放出されるイメージが一番、人には思い浮かべやすいからだ、とか、最も魔力を通しやすいのが手のひらだからだ、とか色々な説明がされるが、とりあえずそれは事実だ。

 俺としては、目から魔術を出す変わった魔術師を一人、知っているので、イメージ説の方を支持したい。

 手から出せないわけではないのに、なぜわざわざそんな出し方をするのかと聞いたら、かっこいいだろ、と頭のおかしい答えが返ってきたことを俺は忘れない。


「うむ、悪くないな……しっかり魔力を動かすことが出来ている。まだまだ、量としては多くはないが……これだけ魔力を集められたなら、初歩の生活魔術程度であれば発動させられるかもしれんな」


 ロレーヌがそう言ったところで、アリゼは、


「くっ……はぁ、はぁ……」


 と、集中力が途切れ、指先に集めていた魔力も霧散させてしまった。


「大丈夫か? 今度こそ本当に厳しいと思うが……」


 ロレーヌが、地面に突っ伏しながら息を切らせているアリゼに心配げにそう尋ねる。

 先ほどはせいぜい、短い距離を二、三度全力で走った程度の疲労だったが、今は街の周囲を何周もしたかのような、限界にほど近い疲れを感じているように見えるからこその言葉だろう。

 いきなり初日から無理させているような気がするが、むしろ最初だからこそ厳しくしているのかもしれない。

 こうやって、ただ魔術を学んでいるだけならこれほどまでに限界に近付くことはないが、アリゼは冒険者になるのだ。

 たとえ冒険者の中では比較的体力が少なくても務めることが出来る魔術師とはいえ、それでも一般人に比べれば化け物に等しい体力を持っていなければ簡単に死んでしまうものである。

 こうやって学者をしながら、たまに自分の気が向いた時に依頼を受けるような生活をしているロレーヌですら、腕相撲をすれば街の荒くれ程度に負けることはまず、ない。

 冒険者とは、かなり厳しい肉体労働者なのである。

 まぁ、単純に鍛えてそこまでなれたというより、魔物を倒してその力を吸収し続けた結果なのだが。


「だ、大丈夫です……レントの……レントのあれを出来るようになるまでは頑張るんです……」


 ずっとロレーヌの背後で水を出し続ける俺を鋭い眼で見ながら、アリゼはそう言った。

 見上げた根性である。

 俺が彼女の立場だったら、今日のところはこの辺で、と言ってしまうことだろう。

 そんなアリゼにロレーヌは、


「……別に構わないが、本当に無理しなくていいんだぞ? レントは明らかに挑発しているだけだからな……これでこいつは訓練やら修行については鬼のように厳しい。それだけ疲れていてもアリゼはまだ頑張れると思って煽っているんだろうが……」


 ……そんなつもりはないぞ?

 たぶん。

 人間、やればできるものだ。


 アリゼはロレーヌの言葉に笑って、


「分かってます。私もそんなに怒っているわけでもないし……でも、実際、まだ頑張れるし、あれ、今日中に出来るようになるのは無理じゃないんでしょう?」


「まぁな。レントも流石に無理難題を示したりはしない。あと少し、と言ったところだ。それが出来たら本当に今日は終わりでいい」


「なら、やります――次はどうすればいいんですか?」


 アリゼの質問にロレーヌは、よし、と頷いて答える。


「次が、レントの使っているあれだ。つまり、一般的に《魔術》と言われたときにイメージされるものだな。やり方にはいくつかあって、詠唱、短縮詠唱、無詠唱だな。意味は分かるか?」


 アリゼは少し首を傾げて、答える。


「意味はなんとなく分かりますけど……」


 正確な意味は分からない、と言う顔だ。

 まぁ、当たり前である。

 ロレーヌもそれは分かっていて、


「そうだろうな。というわけで、ここはさっきから煽り続けているレントに責任をとって実践してもらおうじゃないか。――レント、しっかりと詠唱は覚えているよな?」


 にやりと笑って俺の方を見て、そう要求した。

 

 ◇◆◇◆◇


「……」


 部屋の中、真ん中に立つ俺を、アリゼとロレーヌが注目している。

 もちろん、俺が初歩魔術を使うのを観察するためだ。

 銅級とはいえ、ベテラン冒険者たる俺の使う、非常に滑らかかつ自然な魔術を教材にするのは極めて正しいことだと言えるだろう。


 ……不安だ。

 いや、普通に魔術を使うことは出来る。

 それはさっき、アリゼに見せびらかすように魔術を使い続けたことからも分かるだろう。

 問題は、ロレーヌの要求である。

 つまりは詠唱だ。

 基本的に俺はあまり呪文の詠唱をしない。

 全くしないわけではないが、教科書通りというか、普通の詠唱がうろ覚えなのである。

 魔術は慣れれば詠唱を短くできるし、頑張れば無詠唱にも出来る。

 俺は十年、二、三個だけの魔術をえんえんと毎日使い続けたからな。

 それだけなら完全無詠唱で使えるという訳だ。

 そして、本来の呪文は遥か記憶のかなたに……。

 それをロレーヌは知っていて、あんな言い方をしたわけで……。


「……あー……“火よ、我が魔力を糧にして、ここに顕現せよ……《点火アリュマージュ》”」


 唱え終わると、俺の指先にぽっ、と小さな火が点った。

 まぁ、この結果は当たり前だ。

 この魔術は十年俺の野宿を支え続けてくれた超高性能魔術の一つである。

 簡単に使用できて当たり前なのだ。

 問題は、詠唱がこれで正しいのか、である。

 たぶん、合っていると思うが……細かいところが不安だ。

 火だっけ? 炎だっけ? なんかもう少し付け足しがあったような気も……顕現もなぁ……現れよだったような気も……うーん。


 そんな気持ちが顔ならぬ雰囲気に出ていたのか、ロレーヌは特に何も言わずに面白そうな視線で俺を見ている。

 不安だ。

 アリゼは感心したような顔で俺を見ていて、先達の威厳を示せたような気がする……詠唱が合っていれば。

 それから、酷く不安になるような微妙な時間、黙っていたロレーヌは、ふっ、と息を吐いて、


「……意外に覚えていたな? それでいい。よくできている」


 と微笑みながら言ってくれた。

 それでやっと安心できた俺は、息を吐く。


「……凄い不安だったよ……まぁ、合ってたならいい。アリゼは出来そうか?」


 流石に挑発し続けたので、俺からの質問にもイラッとされるかなと思ったが、アリゼは、


「うーん、出来るのかな? やっぱりレントは凄いなって思ったけど……」


 そう言った。

 全くわだかまりはないらしい。

 俺とアリゼ、どちらが大人なのかわからない。

 いや、明らかに俺の方が子供だろうな。

 分かってる。


 ロレーヌはそんなやり取りを聞き、アリゼにいう。


「出来るだろうさ。コツは……色々あるが、これはレントに聞いた方が良いかもな。初歩魔術については、あいつの方が達人だから」


 魔術の練度は、その威力や滑らかさに直結する。

 延々と初歩魔術ばかり使い続けた俺は、おそらく初歩魔術の技量についてはロレーヌを上回っていると言っていいだろう。

 アリゼは、俺の方を見て、何かアドバイスは、と目で聞いてきたので、俺は言う。


「一点に魔力を集めること、集めた魔力を安定して保つこと、それにどういう結果が起こるのか、明確に頭にイメージすることだな。これは他の魔術にも共通しているから、意識しておいて損はないはずだぞ……たぶん」


 俺は初歩魔術しか使えない。

 だから他の高度な魔術については実感を伴っては話せないが、そういう風に言われていることは知っている。

 ロレーヌも頷いて、


「レントの話は正しい。それを意識しながらやれば、他の魔術にも応用できるだろう。まぁ、他にも色々とコツはあるが……とりあえずは実践してみるのが分かりやすい。まずは、詠唱を覚えて、唱えてみよう。出来るか?」


 そう言ったので、アリゼは頷いて立ち上がった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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