「それは痛いですか……?」
怯えながらそう尋ねるアリゼに呆れた顔をしたロレーヌが言う。
「……全く痛みなどない。他人の魔力を流されるわけだから押し込まれるような違和感はあるだろうが、苦痛というほどでもないだろう。なんというかな……少し息を止めているときのような感じとでもいえばいいだろうか。まぁ、心配するほどでもないということだ」
アリゼはこの説明にほっとしたようで、
「でしたら、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
そんなアリゼにロレーヌは、
「ふむ。では手を出せ」
「はい」
アリゼが差し出した手を、ロレーヌが掴み、言う。
「……では、ここから魔力を流していくが、覚悟はいいか?」
「はい……あの、ふと思ったんですけど、魔術を受ければいいって言っていましたけど、付与魔術とかじゃダメなんですか?」
アリゼが疑問を口にしたので、ロレーヌは答える。
「いや、ダメではない。ただ、魔術師が弟子に魔力を自覚させるために、わざわざその方法を選択する利点がないんだ。さっき言った魔術を受ける、はあくまで魔術師がいない場合の方法の話だからな」
「ええと、つまり……?」
「魔術を受ける方法を選んだ場合、体内魔力は荒波のように乱れる。魔力の扱いを知らないが、魔力を潜在的に持っている者に付与魔術をかけた場合、同様のことが起こる。するとどうなるかというと……体中に苦痛が走り、気持ちが悪くなる。さらに、その状態が数日続く羽目になる……レントもそれを味わったはずだ。そうだな?」
ロレーヌの質問に俺は頷いて答える。
「正直、死んだ方がマシだと思えるほどきついぞ。もう二度とやりたくない」
本当に、真実俺はそう思った。
意識もうろうとしていて、時間感覚もかなり希薄で、永遠に続くかと思うほどに苦痛が続くのだ。
あんなのは何度も味わいたいなどと思えるわけがない。
「……その方法がいいというのなら、付与魔術をかけてもいいぞ?」
ロレーヌがアリゼにそう尋ねれば、アリゼは慌てて強く首を振って、
「い、いえ! 普通の方法でお願いします!」
と叫ぶ。
当然だ。
好き好んであんなことをやる奴なんて滅多にいない。
俺だって好きでやったわけじゃない……本当だぞ?
ただ、他に方法がなかっただけで。
魔術師はただの村人からすれば信じられないほどの金を要求するし、魔術師と言えないほどの魔力持ちだとて、やはり金銭を求めるからな。
自分だけの力で魔力を自覚できるようにしようと思ったら、それくらいしかできなかったという話である。
「ま、そうだろうな……では、今度こそ魔力を流そう。しっかりと集中して、体の中に走る違和感を感じ取るんだぞ」
「はい……っ!?」
アリゼが頷いた直後、ロレーヌはぎゅっとアリゼの手を強く握った。
その瞬間、アリゼは目を見開く。
それだけでわかった。
才能があるって、こういうことなのだろうなぁと。
うらやましいなぁと。
つまりは……。
「……どうだ、分かるか?」
ロレーヌがアリゼの手を握ったまま、そう尋ねると、アリゼは頷いて答える。
「はい……分かります。なんだか……どろどろしたものが体の中に流れているみたいな……」
その答えに、ロレーヌは目を瞠って、
「かなり魔力があるから早いだろうとは思っていたが……ここまでとはな。そうだ、それが魔力だ。今は私が無理やり流して動かしているわけだが、自分の意志でそれを操ることは出来るか?」
「……ちょっと、難しいです……」
額に脂汗を浮かせながら、アリゼがそう答えた。
どうにか体の中の魔力を動かそうと必死のようだが、そう簡単なことではないようだ。
俺はそんなアリゼの様子を見ながら、自分の体の中にある魔力をふぉんふぉん動かす。
おなか辺りにあるそれを引っ張り出して腕まで伸ばしたり、体の線に沿ってぐるぐる動かしたり……もう、超余裕である。
当たり前だ。
なにせ、年季が違う。
十年以上も付き合って来た力で、かつ、俺は魔力量がそもそも酷く小さかった。
魔力は、それが自らの体の中にあると自覚するのは多いほどいいとされているが、それを意思に沿って操ることについては、むしろ少ない方が楽だと言われている。
パンパンにつまった袋の中にあるものの位置を動かすより、スカスカの袋の中の方が動かしやすいのだ。
だから俺は魔力の自覚が出来た後は、至極簡単に動かすことが出来たし、その感覚を磨き続けた結果、未だにそのまま楽に操れているわけだ。
ただ、これが出来たからと言って魔術師として優れている、という話には直結しない。
体の好きな位置から魔術が出せるし、威力調整も容易になり、かつ魔術の構成も速くなると言われているが、それだけだ。
強い魔術を使うためにはやはり、魔力量が不可欠なのだ。
まぁ、しかし女性には割と重宝されるとは言われている。
なにせ、好きなところから魔術が出せるわけで、初歩の初歩の魔術は、水を出す魔術である。
目からちょろちょろ水を出すとウソ泣きが簡単に出来るのだ。
だから、割とこの技術については女性の方がうまかったりする……怖い話だ。
「……そろそろ、一回休むか」
ロレーヌがアリゼの様子を見て、そう言った。
ロレーヌが魔力の供給を止め、手を離すと、アリゼは息を乱し、がくりとその場に膝をつく。
苦痛ではないにしろ、決して楽な行為ではないということだ。
それに、他人の魔力を体に流しても死にはしないが、あまり一度に長時間流し続けるのはやはり体によくはない。
本来、これは休み休み何度もやって、数日かけて身に着けるものなのだから。
しかし、アリゼはすでに魔力自体の感覚はつかめているようで、これはかなり優秀であると言えるだろう。
「大丈夫か? 今日のところはこれでいったん止めておくか?」
ロレーヌがアリゼにそう尋ねる。
息も少し落ち着いてきているが、決して楽そうではなく、汗はまだ流れている。
ちょっと我慢しすぎたらしい。
アリゼはロレーヌの質問に少し悩みつつ、答える。
「こ、これ……どれくらい、やったら……?」
「慣れるかって? それはもちろん、とりあえず体内の魔力を自由に操れるようになったらだな。それが出来ない限りは、私が魔力を流してきっかけをつかんでもらうしかないから、苦しいままだぞ」
「そんな……」
相当に辛いらしく、その顔は結構な絶望に満ちている。
ロレーヌはそんなアリゼに微笑みつつ、
「別に今日一日で覚えろってわけじゃない。もともと数日かける予定だったんだ。だから……」
今日のところはここで終わりでもいいぞ、と言いかけているところで、俺は魔術でもって自分の指先に小さな火をぽっと灯す。
さらに、反対の手からは水をちょろちょろ出してみせた。
その上で、アリゼの方をじーっと見つめてみた。簡単だなぁ、というような雰囲気で。
アリゼがそんな俺を見ながら、
「……あれ、出来るように、なるには、どれくらいかかり、ますか?」
と息が切れつつもちょっとイラッとした態度で尋ねた。
どうやら俺の態度がかなり挑発的に見えたようだ。
確かに、若干踊りながらやっているのでそう見えたかもしれない。
別にわざとじゃないぞ。
ロレーヌはそんな俺を呆れた顔で見ながら、
「レント……煽るのはやめろ……」
と低い声で言い、アリゼには優しげな声で、
「すぐに出来るようになるぞ。あんなの簡単だからな」
と、俺の十年間の努力をさらっと否定した。
実際、簡単なのは否めない。
今なら体中から噴水を出せそうな気がする。
初歩の魔術であるから、規模はこれ以上大きくならないのだが、魔力に飽かせて、数だけは増やせるだろう。
やってみようかな……と思ったところで、アリゼが立ち上がり、言う。
「だったら、あれが出来るようになるまで、頑張ります!」
その様子はかなり奮起したらしく、やる気に満ちていた。
疲れてはいるが、気合で乗り切ろうという根性を感じる。
ロレーヌはそんなアリゼを見て笑い、
「そうか……じゃあ、もう少し頑張ってみるか」
そう言って、俺の方を見てふっと微笑んでから、再度アリゼの手を取り、魔力を流し始めたのだった。
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