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第9章 下級吸血鬼
第110話 下級吸血鬼と講義

「さて、諸君。魔術を使うのに、何が必要か分かるか?」


 ロレーヌの家のリビングで、一枚の大きな板を前に棒を持ちながら、ロレーヌはそう、俺たちに尋ねた。

 俺たち――つまりは、俺、レント・ファイナと、アリゼである。

 アリゼは、正式に魔術師として、また冒険者としての修行をすることが先日決まったわけだが、その第一日目が今日始まる、というわけだ。

 それは理解できるにしても、じゃあなんでお前までいるのか、と尋ねる者もいるだろう。

 その理由は簡単だ。

 今、ロレーヌが話しているのは魔術についての基礎に関する話だ。

 アリゼは魔力を持ち、魔術師としての修行を積むわけだから、当然の話だが、魔術師としての才能があるのは何もアリゼだけではない。

 俺にだってあるのだ。

 もちろん、以前の俺にはそんなものはなかった。

 低級の攻撃魔術すら発動させることが出来ず、ちょろちょろ水を出したりするくらいが関の山だったくらいだ。

 以前なら、魔術師としての才能が有ります、なんて口が裂けても言うことが出来なかっただろう。

 しかし今は違う。

 俺の魔力は当時とは比較できないほどに伸びている。

 十分に魔術師として魔術を行使できるくらいにである。

 そして、そうであるにも関わらず、魔術が使えないのは、魔術の理屈や実践がないから、というだけなので、学べば身に着けられるはずだ。

 

 そう思った俺は、アリゼに教えるついでに俺にも教えてくれ、とロレーヌに頼んだのである。

 そうしたら、彼女は「授業料二倍な」と言って、快く引き受けてくれた。

 ……快く引き受けてくれたのだ!

 まぁ、別に俺の授業料だけ二倍とる、と言う話ではなく、アリゼの分と自分の分、両方しっかり払えと言う意味なので正当な対価の要求であるからいいのだが、ここで結構家政婦しているのでその分割引とかないのかなとちょっとだけ思わないでもない。

 居候している身で言えたことじゃないか。

 そもそも、まともに魔術を身に着けようと思ったら、高名な魔術師に弟子入りするか、魔術学院に行く、の二択にほとんど限られるのだ。

 どちらを選ぶにしても金貨数十枚を積むしかなく、そのことを考えるとロレーヌの料金は極めて低廉で良心的である。

 むしろ破格だ。

 つまりすでに割引されていると受け取ればいいと言うことかな……。

 

 ともかく、そんなわけで、今、俺とアリゼはロレーヌの《第一回魔術師講義~ゴブリンでも分かる魔術の使い方~》を受けているところだ。

 そしてそんなロレーヌの質問に答えるべく、俺が口を開こうとすると、


「はい!」


 と、隣から元気のいい声と共に挙手されたのが見えた。

 アリゼの手である。

 それをロレーヌは手に持っている細長い棒で指して、


「はい、アリゼくん」


 と指名した。

 アリゼは椅子から立ち上がり、滔々と質問に対する答えを披露する。


「はい。魔術を使うためには、《魔力》が必要です!」


「よくできました。座ってよろしい」


 ……どうやら俺は出遅れたようである。

 別に答えが分かっていなかったわけではない。

 分かっていたけれど、挙手するタイミングがずれただけだ。

 そうなんだ。

 ロレーヌは続ける。


「今、アリゼが言ったように、魔術を使うためにはまず、魔力が必要なのは常識だ。もちろん、沢山魔力があったからと言って必ずしも強力な魔術師になれるというわけでもないのだが、強い魔術師になりたいなら、出来るだけたくさんの魔力を持っていることが望ましい。その理由は……」


「はいはい! はいっ!」


 ロレーヌが途中で言葉を切って、俺たちを見たので、俺は必死に声を張り上げて手を上げる。

 横をちらりと見ると、アリゼが「……大人げなくない?」とぼそぼそ言っているが、そんなことは知ったことではない。

 俺は負けず嫌いなのだ。

 一度負けたら、次は負けないのだ。

 ロレーヌは俺の挙手を見、さらにアリゼとアイコンタクトをしてからため息を吐いて、


「……はい、レントくん」


 と呆れたように言った。

 俺は望んでいたその指名に、堂々と返答する。


「持っている魔力が小さいと、使える魔術の種類が著しく限られるからです。たとえば、生活魔術と呼ばれる、ひどく矮小な魔術だけしか使えず、攻撃魔術の一切を発動できない、という場合も少なくありません……昔の俺みたいに」


「はい、正解。良かったな、レント」


 投げやりにロレーヌが褒める。

 それから、俺が最後にぼそりと付け加えた一言に、アリゼは、


「えっ? 本当? レントって昔から何でも出来たんじゃないんだ」


 と驚いた顔をする。

 ……一体俺に対してどんな超人イメージを持っているのだろう?


 ちなみにアリゼには敬語はしなくていいと言ったのでこんな口調だ。

 ロレーヌもやめろと言っているのでこの授業中以外は普通に喋っている。

 しかし、勉強している間だけは、先生と呼び、敬語で話すように、という妙な規則を設けられてこんな口調なのだ。

 なぜか俺も強制された。

 ロレーヌが言うには、彼女の故郷の学び舎だとこれが普通らしい。

 ヤーラン王国だとどうなんだろうな?

 学院は行ったことないから分からないが……冒険者組合(ギルド)の講習なんかだと誰も敬語なんて使わないし、新鮮な感じはする。


「別になんでも出来たわけじゃないし、今だって大したことは出来ないぞ」


 アリゼに俺が否定気味にそう言うと、ロレーヌもそれに頷きつつ、


「レントは出来ることは出来るんだが、出来ないことは徹底的に出来ない奴だからな。今はかなり色々なことが出来るようになってきているみたいだが……それでもどこか抜けているところがあるのは理解できるだろう? まぁ、冒険者しているときはそういうところは、あまり見せないのだけどな」


 そう補充した。

 アリゼは意外そうな顔で、へぇ、と頷いているが、ふと不思議に思ったことがあったようで、ロレーヌに質問する。


「そう言えば、レント、昔の自分は生活魔術しか使えなかったって言ってたけど……」


 この疑問にはロレーヌが答える。


「それは事実だな。レントは確かに、つい最近まで、大した魔術は使えなかった。魔力は基本的に成長期を過ぎたら増減しないものだからな。ただ、例外もあって、何かのきっかけで急に魔力が増える、という場合も存在しないではないんだ」


 隠した方がいいことなのかもしれないが、そうなるとなんで俺がこの講義を受けているんだと言う話になる。

 早いうちに、それには理由があるのだと言っておいた方が良いという、ロレーヌの判断だった。


「それってどういう場合ですか?」


 俺が最近まで大した魔力がなかった、と言う事実に特に奇妙なものを感じなかったらしいアリゼが続けてそう尋ねると、ロレーヌは答える。


「一概には言えないが、例としては、特殊な霊薬を口にしたり、強力な魔物を討伐したりした場合かな。神霊の加護で、ということもないではない。物騒なのだと、悪魔に何かと引き換えでもらう、というのもある」


 そう、魔力は基本的に一度固定するとずっと増減はしないものだが、特殊な方法によって増やすことも可能なのだ。

 しかし、知られているいずれの方法も実現するには多大なコストがかかり、かつ運に左右されるものばかりなのだ。

 魔力増加の霊薬など、そうそう手に入れられるものではなく、オークションに出れば際限なく値段が釣り上げられていくものだし、魔力を増加させるような魔物と言えば、伝説に名前が出てくるような類の化け物ばかり、神霊の加護など運でしかないし、悪魔との契約など命がいくつあっても足りない。

 俺だって生きているときに魔力を増やせるなら増やしたかったが、どれもそう簡単に出来ることではなかったのだ。

 それにやっても、僅かにしか増加しない、ということもありうる。

 正攻法で頑張るのが一番堅実なのだ。

 堅実にやって、結果喰われて死んだのは笑い話だが。


「俺の場合は何かやったわけじゃないが、急に増えてな。運が良かったと思っているよ」


 アリゼにそう説明する。

 別にこれもまた、ない話ではない。

 だから話の辻褄は一応合うのだ。

 アリゼも、そこまで魔術師について詳しいわけではないので、


「そうなんだ……だから、今一緒に勉強しているってわけね」


 なるほど、と言って納得したようである。

 いずれ俺のことを何かおかしい、と気づく日も来るかもしれないが、そのときは改めて説明すればいいだろう。


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