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第9章 下級吸血鬼
第109話 下級吸血鬼と許可

「……ど、どうしたのですか? 何か、あったのですか!?」


 リリアンがぼろぼろ泣いている様子を見て、自分のいない間に何かとんでもないことが起こったのかもしれない、と思ったらしい。 

 アリゼは酷く慌てた様子でそう叫びながら部屋の中に入って来る。

 ……椅子は廊下に置きっぱなしのようだった。

 まぁ、この状況では仕方ないだろう。


 アリゼの言葉に、リリアンが嗚咽を抑えつつ言う。


「アリゼ……それはこちらの台詞ですよ。貴女は……私に内緒で一体何をしていたのですか……」


 その台詞に、アリゼは周囲にいる俺たちを見回して、状況を察したらしい。

 申し訳なさそうな声で、


「あぁ……ばれてしまったのですね……。申し訳ありませんでした。あの、でも、私たち、どうしても、リリアン様に元気になってほしくて……」


 とぽつりぽつりと話し始めた。

 俺はアリゼが黙って行動していたことに、リリアンは怒るかもしれない、と思ったが、その予測は外れる。

 リリアンはアリゼの言葉にふっと笑い、


「分かっておりますよ。別に責めているわけではありません……私は、なんだかとても恵まれているようです。普通なら、どれだけ頑張っても《邪気蓄積症》の治療薬など手に入るものではないのですから。教会の聖気持ちの間では、何よりも恐れられている病です。それなのに……」


「……それは、天使さまのお導きです。今まで、ずっと、この孤児院のために頑張ってこられたリリアン様のために、奇跡を下さったんです……」


 しみじみと言ったリリアンに、アリゼの方が泣き出しそうな顔でそう言った。

 しかしリリアンは、


「私がしてきたことなど、当たり前のことに過ぎません。このようなことになったのは、天使さまのお導きかもしれませんが、何よりも、アリゼ、貴女がそのために頑張って、レントさんが《竜血花》を採取してきてくれ、ウンベルトとノーマンが薬を用意してくれたからです。私はそのことに、深い感謝を覚えてやみません……本当に、ありがとうございます。アリゼ、それに皆さん……」


 そう言って、また何かこみ上げてくるものがあったのか、リリアンは涙を流し始めたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「レント! レント! 次は私がやってもいい?」


「次は俺だぞ!」


「えー! 約束したのは私が先だもん!」


 孤児院の中にある小さな聖堂、その空中を飛び回る飛空艇の姿を見上げる者たちがいた。

 俺とロレーヌ、それに孤児院の子供たちである。

 俺が飛ばしているときよりもかなり不安定で、ぶれた飛び方をしている飛空艇であるが、しっかりと空中に浮き、操縦者の意志に従っていることは、壁や天井にぶつからずに飛んでいることからも理解できた。

 操縦器コントローラーを持っているのは、孤児院の子供の一人だ。

 五歳くらいの男の子で、俺が手持無沙汰に飛空艇をここで飛ばし始めたのを羨ましそうに見ていたので、少し貸しているのである。

 彼らには魔力はないが、すでに俺が十分に充てんしてあるので、操縦器コントローラーさえ持っていれば飛ばせるのだ。


 ちなみに、なんでこんなところでこんなことをしているのかというと、リリアンが、ウンベルトとノーマンが一通り薬の服用の注意事項について話し、帰宅した後、アリゼと二人きりで話がしたいから、少しだけ外で待っていてもらえないか、と言ったからだ。

 俺とロレーヌがリリアンに提案した、アリゼ冒険者兼魔術師兼学者計画をとりあえず俺たち抜きで話そうと言うのだろう。

 まぁ、即決できるようなことではないことは分かる。

 数日時間を……と言われてもおかしくはないと思っていたくらいだ。

 しかし、意外にも話す時間はそれほど長くなくていいと言われた。

 理由を聞けば、リリアンから見て俺とロレーヌは少し変わってはいるが、悪人ではないと分かるからそこまで怪しんでいないからだ、と言う。

 ただ本当に、アリゼに覚悟や将来の展望があるのかどうかを聞きたいだけのようだ。

 それにしても、

 

 ……変わってはいる?


 聞き捨てならないな、と一瞬思ったが、ロレーヌがそそくさと、では、孤児院の中にある聖堂で待っていることにしよう、と言って俺を引っ張って部屋を出てしまったのでその発言について詳しいことは話せていない。

 その言葉の意味、しっかりと尋ねたかったなぁ、どういう意味なのかなぁ、と心の底から思わないでもないが、仕方がない。

 あの二人には確かに会話が必要だろう。


「……しかし、いいのか? あれはお前にとって大事なものではなかったか」


 ロレーヌがびゅんびゅん飛ぶ飛空艇を見ながら、そう呟く。

 まぁ、確かにあれは俺にとって非常に重要なものだが、別に誰にも触らせたくないというわけではないのだ。

 むしろ、皆とあれを操る楽しさを共有したい……そういうものである。

 しかし、複数ないとそういうことはなかなかできないし、人に触らせて盗まれるのも嫌だ。

 そう言う心配がなく、皆で楽しめている今の状況は、むしろ歓迎すべきものであった。

 だから、


「いいんだよ。みんな楽しそうだろ?」


 操縦器コントローラーを次々に回しながら飛空艇を操る子供たちに視線をやりながらそう言った。

 ロレーヌはそれを見て頷き、


「……まぁな。しかし……許可は出ると思うか?」


 そう言う。

 後の方の言葉は、話を変えたのだろう。

 何の話かと言えば、それはもちろん、アリゼの冒険者話のことである。


「出るんじゃないか? なんだかんだ言って、孤児ってのは就ける職業が限られているからな……賢く、努力できる孤児はそのまま神官や僧侶になれるらしいが、大半は自分で仕事を見つけて来なきゃならない。アリゼはまだ若いが、あと二、三年もすれば仕事を探し始めなきゃならない年齢だからな。それが少し早まるだけなんだから……」


 俺の言葉に、ロレーヌは孤児院の子供の置かれている状況の厳しさを改めて感じたのか、少しだけ悲痛な顔をした。

 けれどすぐに首を振って頷き、


「……そうだな」


 と、しみじみとした声で言った。

 それから、聖堂の入り口の扉が開く音がしたので振り返る。


「……お、来たようだぞ」


 ロレーヌが言った通り、そこにはリリアンとアリゼがいた。

 リリアンの方が立ち歩いていることが意外だったが、彼女は近づいてきて言う。


「……薬を飲んだところ、みるみるうちに体の怠さが抜けたのです。聖気も戻ってきていて……これなら働けますわ」


 と笑顔で言った。

 良いことであるが、これに横に立っているアリゼが、


「リリアン様! まだまだ本調子ではないのですから、しばらくは無理をせず、孤児院の運営は私たちに任せておいてください」


 と小言を言う。

 これではどちらが孤児院長なのか分からないが、リリアンはそれに笑って、


「ふふ……それならしばらくはお言葉に甘えようかしら。でも、アリゼ。貴女はこれからこのお二人に冒険者として、魔術師として、学者として鍛えてもらうのでしょう? なら、一人で抱え込むのは貴方も避けなければだめよ。他のみんなにも頼らなければ」


 と言う。

 その言葉を聞いて、俺とロレーヌは安心する。

 どうやら、弟子入りの許可は出たらしいな、と理解できたからだ。

 アリゼは、それから改めて、俺たちに向き直り、


「あの、そういうことですので、レントさん、ロレーヌさん、これからどうぞよろしくお願いします。私、精一杯頑張りますので」


 そう言って頭を下げた。

 

「こちらこそよろしく頼む。共に魔術と学問の道を突き進もう」


 ロレーヌがそう言ったので、俺も続いた。


「俺もよろしく頼む……なぁ、冒険者になるんだよな? そうだよな?」


 そう確認せずにいられなかったのは、仕方のないことだと思う。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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