「……リリアン様、治癒術師のウンベルト様と薬師のノーマン様がお会いしたいとのことで、お連れしました。中に入ってもよろしいでしょうか」
扉の向こうから、アリゼの声がそう言った。
リリアンは俺とロレーヌの顔を見て、
「しかし今は……」
と言いかけたが、俺とロレーヌは首を振って、
「俺は以前会ったことがある。入れても構わない」
「私も構いません。もし邪魔であれば下がります」
と言った。
かなり空気の読めない行動を得意とする俺とロレーヌであるが、読もうと思えば読めるのである。
普段は意識的に読まないだけだ。
……そうなのだ。
「……そうですか? では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか。おそらく、私の体のことでお話があるのだと思いますから……」
治癒術師であるウンベルトはそもそも最近体調の思わしくないリリアンを診ていた人間であるし、薬師のノーマンは彼の知人だ。
それを考えると、なぜここに来たのかは簡単に推測できる、というわけだろう。
「では、お入り」
リリアンがそう言ってアリゼとウンベルト、それにノーマンを招き入れる。
見覚えのある細身中年と小太りの青年が、アリゼに続いて入って来た。
俺とロレーヌを見て少し驚いたような顔をしているが、以前にしっかりあっているのですぐにその表情は微笑みに変わる。
都合、この部屋にリリアン以外に五人の人間がいることになり、かなり手狭になった。
椅子はそもそも三つしかなく、俺とロレーヌがたった今入って来たウンベルトとノーマンに譲ろうとすると、それに気づいたアリゼが、
「椅子を持ってまいります!」
と慌てていって、部屋を出ていく。
その勢いに少し驚いた俺たちは、譲ろうとして立ち上がった体勢のまま停止し、またウンベルトとノーマンは固辞しようと手を上げようとしたところで止まった。
妙な空気が広がるが、その空気はリリアンが打破してくれる。
「……はぁ、慌ただしい子だこと……。皆さん、本当に申し訳ありません。私の教育が行き届きませんで……」
がっくりとした様子でリリアンがそう言うが、皆、ふっと苦笑しただけで特に怒りはしない。
アリゼは十二歳前後の少女であり、本来これだけ出来るだけでも十分なのだから。
そもそも俺は自分がそのくらいだったときのことを思い起こせば、とても怒れないし、表情を見る限り、ロレーヌもそんな苦い記憶を思い出しているような雰囲気がする。
他の二人にしても、似たような気持ちであることは顔を見ればわかった。
まぁ、余程厳しく養育されない限り、十二くらいの子供に完璧な礼儀など持てるはずもない。
椅子に気が付いて即座に取りに行こうとするだけ、むしろ良くできている。
「いいえ、お気になさらずに。我々の子供の頃よりはずっとましなようですからな」
そう言って鷹揚に笑ったのは、治癒術師のウンベルトである。
見た目通りにかなり物慣れた様子の男であり、無精ひげが生えている姿はどこか冒険者の方に近い雰囲気がする。
街中に施療院を作り、そこで市民に治癒術を提供しているということだが、以前は冒険者だったのかもしれないという気すらする。
「そう言っていただけるとありがたいですが……他の皆さんは……」
とウンベルト以外の三人をリリアンは見たが、全員似たような気持ちなのはさっきのとおりである。
曖昧な苦笑を浮かべ、同じですよ、と示した。
「……まぁ、誰しも子供の頃はあんなものでしょうね。私も似たようなものでした。それで、あの、ご用件の方は……。こんな風に、まとめて応対するような形で非常に申し訳ないのですが、こちらのお二人には許可をいただきまして。もしかして私の体のことでしょうか?」
リリアンがかいつまんで今の状況を説明しつつ質問すると、ウンベルトとノーマンも理解したようだ。
ただ、
「あぁ、そうだ。同席することについても、我々としても特に問題はない。ただ、少し話が長くなる可能性はあるから、先にそちらのご用件を済まされても構わないのだが……」
ウンベルトがそう俺たちに言い、このままでは大人の譲り合いが延々と続きそうだなと思ったのか、ロレーヌが、
「いえ、多少時間をとりそうなのはこちらも同じなので……それに、もしもお二人のご用件がリリアン殿の体調に関することであるなら、我々のする話とも無関係ではないですから。むしろ一緒に話を聞かせていただけるとありがたいのですが」
と言う。
事実、アリゼが冒険者になりたい、という話をしたのはリリアンの病を治したいというのがまず、最初にあったからで、アリゼの将来の話をするのならばリリアンの病についてまず話をした方が分かりやすいだろう。
それに、ウンベルトとノーマンはリリアンのために薬を持ってきたはずだ。
それを飲み、病気を治せる目途が立っていることを知らせてからの方が進めやすい話もあるだろう。
ロレーヌの言葉に、リリアンはよく意味が理解できないのか、不思議そうな貌をしていたが、ウンベルトとノーマンはそれでロレーヌが色々と事情を知っていることを察したようで、
「我々はリリアン殿が認めるのであればそれで問題はない。貴方の近頃の体調不良の理由について、この二人が知ることになるが、リリアン殿、どうか?」
ウンベルトがそう尋ねたが、リリアンはその点について特に問題は感じていないようだ。
頷いて、
「よく、事態が把握できてはいないのですが……必要であるのならば別に構いませんよ。どうぞ、お話を始めてくださいな」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
「まずは、リリアン殿の体の話だが……驚かずに聞いてほしい。貴方は《邪気蓄積症》に侵されている」
ウンベルトが単刀直入にそう言った。
まどろっこしいことが嫌いなのか、むしろじわじわと遠まわしに言う方がショックが大きいと言う判断なのか、はっきりと言う。
《邪気蓄積症》という病気の存在について、俺はアリゼに教えられるまで知らなかったくらいだが、聖気を頻繁に使うものにとっては有名な病名なのかもしれない。
なぜなら、ウンベルトの口から病名を聞いた瞬間、リリアンの顔から血の気が引いていったからだ。
……それだけ深刻な病気と言うことかな。
今日明日死ぬわけではないということなのでそこまでではないような気もするが……いや、五年十年で死ぬ可能性が高いということならやっぱり恐怖だな。
そんなリリアンの反応はウンベルトは予測していたからこそ、驚かないで聞け、ということだったのだが、だったら先に治療法があることを言うべきだったと思うけどな。
いや、治療法があることは知っているけど、そのためには《竜血花》が必要だから、高価過ぎて手が出ない、というところまで想像したのかもしれない。
「……それでは、私の命は……《竜血花》なんて手に入れようが……それではこの孤児院はどうなって……」
とぶつぶつ言っているあたり、やはりそれは正解だろう。
しばらくして、リリアンは何かを振り切る様に首を振って、
「申し訳ありません。取り乱しました。それで、私はあとどれくらい生きられるのでしょうか? 孤児院の引継ぎを東天教本部にしなければ……」
まだ顔は青白いながらも、気丈に顔を上げ、しっかりとした声でそう尋ねるリリアンは立派な人であった。
しかし、その心配はいらないのだ。
ウンベルトは、首を振って言う。
「だから、驚かずに聞いてほしいと言ったのだ。そもそも話はまだ終わっていないぞ。貴方の病気は治る。だから心配することはない」
その言葉に、リリアンの瞳はあっけにとられたように見開かれた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。