「ええ、先ほど見て、確認しましたが、アリゼには才能が有ります。魔術師になれる才能が」
ロレーヌがリリアンにそう、答える。
ちなみに一般的には、何もしていない状態を見ただけで潜在魔力量を看破することは出来ない。
しかし、熟練の魔術師であれば可能だ。
他人の魔力量を測ることの出来る魔術、というものがあるからだ。
ロレーヌがわざわざここに来て、アリゼと顔を合わせたのはそのためでもある。
もちろん、俺は使えない。
今はもう、魔力量は十分に魔術師になれるくらいはあるのだが、魔術はそもそも理屈や構成を学ばなければ使えるものではない。
俺は自分のかつての魔力量でも使える最低限の魔術のそれだけを学び、未だに使っているだけなのだ。
まともに魔術を使おうと思うのなら、俺もまた、これから勉強する必要があるというわけだ。
「魔術師に……確かに魔力はあると言う話でしたが、魔力量の方は……」
しっかり測ったことは無かったのだろう。
魔力はあっても魔術師になれるほどではない、というのが大半だということもあるし、そもそも魔力を測るためには熟練の魔術師か、そのための魔道具が必要である。
どちらも活用するためには金銭を払わなければならないが、高価なのだ。
ギリギリの生活をしている孤児院で支払える金額ではない。
ロレーヌも本来、金をとるべきであるのだが、自分の技術を継げる弟子を探す魔術師もいることだし、そういう場合には自己都合だから金をとったりはしないものだ。
今回はそういうわけではないが、ロレーヌの中ではそんなものだろう、という意識でいるのは先日の話し合いでなんとなく分かる。
本人が払いたいと言ったら止めはしないが、その場合も俺からの貸しということになるだろうから結局問題はないのだが。
「勝手ながら、先ほど応接室で話しているときに測らせてもらいました。十分な力があると思います。正確にどれほどか、というのは専用の魔道具にかける必要があります。しかし私見ですが、努力すれば宮廷魔術師くらいは目指せるでしょう」
と軽い様子で驚くべきことを言った。
魔力がある、とは言っていたが、流石にそこまでとは考えていなかった。
宮廷魔術師、というのはヤーラン王国においては魔術師の最高峰である。
王に直接仕え侍る強力な魔術師たち、彼らを宮廷魔術師と呼ぶわけだが、なるためには当然大きな潜在魔力と強力かつ正確な魔術行使能力、そして魔術についての深い知識が必要であり、魔術師ならばそれになることは憧れだ。
もちろん、なれるような人材は限られるはずなのだが……。
「……それは、本当ですか? いくら何でも……」
信じられなかったのは俺だけではなく、リリアンもそうだったようで、口に手を当てて瞳を大きく見開き、そう言った。
しかしロレーヌは首を振って、
「驚くお気持ちは分かります。私も驚きましたから。しかし、嘘や冗談のつもりはありません。しっかりとした教育と修行を行えば、彼女は不世出の魔術師になれるでしょう。もちろん、怠ければ凡人で終わることもあるでしょうから、そこは努力次第としか申し上げられませんが……」
まぁ、確かに大きな魔力を持っていても、結局は普通の魔術師で終わるということもないではない。
どれだけの魔力を持っているか、というのは非常に重要だが、それだけでは一流の魔術師になることはできない。
魔力の大きさと、魔術についてどれだけ深く知り学んだかというのは魔術師の両輪であり、どちらが欠けても大した魔術師にはなれないのだから。
俺の場合は魔術についての勉学がさっぱりだから使えないようなものである。
もちろん、せっかく魔力が大きくなっているのだから、魔術についても勉強していこうとは思っていたのだが、それよりも存在進化を出来るだけ早くしたいと思っていたので後回しになっていたのだ。
もともと剣士であるし、魔力を身体強化や武具の強化に使う技法は、魔力が少なかろうと魔力を持っている限りは使える簡単な技法だったので覚えていたため、それで行けるところまで行こうと思ってやってきたのだ。
詰まったらそのときに方向転換を図ればいいかと思って。
実際のところ、未だ何とかなっているが、この間の《タラスクの沼》では、なくても何とかなったにしろ、あったらきっともっと色々と楽になっただろうなと言うのは感じた。
遠くから矢を打ち込んでくるゴブリンたちには反撃の遠距離魔術を、水の中にいる大魚には雷撃か氷結の魔術を使えればもっと楽に行けただろう。
橋が落ちかけていた時も、土系統の魔術で補強すればあんな風に落ちたりはしなかったかもしれない。
少なくともロレーヌならばいずれも俺が進んだ時よりもスマートに攻略していっただろうなと言うのは容易に想像できる。
「そうですか……でも、あの子は……どうなのでしょう。魔術師になりたいのでしょうか?」
少し悩んでリリアンがそう言ったのは、魔術師という職業が、基本的に過酷なものだからだ。
まず、修行そのものからして結構つらいというイメージがある。
魔術について学ぶのは生半可な努力では足りないとされるし、座学をしっかり身に着けたところで、今度は実践で失敗したときにいかなる反動があるかわからないからだ。
それに、魔術師が活躍できる場で一番最初に想像されるのは、大抵が戦闘である。
もちろん、魔道具作りや研究の道も存在しているわけだが、多くは国に所属し、その力を振るったり、冒険者などになって魔物と戦うなどの道を進む。
それが最も魔術師の技能を活かすことが出来、また高額な報酬をもらえる職種だからだ。
そのため、たとえ魔術師になれるだけの力があっても、なりたくない、という者は意外と少なくない。
その点、アリゼはどうなのか、とリリアンは悩んでいるのだろう。
これについては最初に俺が話をすべきだろうと思い、口を開く。
「それなんだが……アリゼは、以前俺がここに来た時に、冒険者になれたら、という話をしていた」
「えっ?」
「先ほど、
まぁ、そうはいっても俺は結局他人であるから、なんとなくそう思ったというだけでその感覚が絶対正しい、なんて言っているつもりではない。
ただ、リリアンに今まで知らなかっただろうアリゼの夢を話して判断材料にしてもらおうと思っただけだ。
本人の許可を得ないで話していいのか、という問題はあるが、そういう夢があるみたいだ、というくらいならまだセーフだろう。
リリアンも人の夢を頭から全否定するようなタイプではないことだし。
そもそも、なんとなくあれになりたいなぁというのはアリゼくらいの年頃なら普通だしな。
良くも悪くもあのくらいの年頃の夢をまともに受け取る奴は少ない。
ちなみに俺は小さなころからずっと
リリアンは俺の言葉を少し考えてから頷き、
「そうでしたか……本人がそれを望むのであれば、私としても無理に止めることはありませんが……しかし、またどうして冒険者に」
と、疑問を口にしたところで、部屋の扉が叩かれた。
どうやらアリゼが戻って来たらしい。
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