「……それは必要なのか?」
街中を歩いていると、横を同様に歩くロレーヌが疑わしそうにそう言った。
俺はその言葉に深く頷いて答える。
「要不要じゃない。持っていきたいから持ってきたんだ」
手に持っているのは、飛空艇の
そこに地味に魔力を注ぎながら、歩いているのだ。
昨日も、俺の種族についての話が終わった後にありったけの魔力を注いだのだが、今の俺でも、一気に魔力を満タンにすることは出来ず、仕方なく回復するごとにこつこつ入れている。
努力の甲斐あって七割方満タンに近づいてきている。
まだ余裕があるが、これでも二時間は飛んでくれるだろうから、問題はないはずだ。
ちなみに、俺たちが今どこに向かっているかと言うと……。
「ふむ、ここだな。ノッカーを……」
目的地に到着したため、ロレーヌが頷いて扉についているノッカーに手を伸ばした。
俺は何も言わないでそれを見ていた。
ロレーヌがノッカーを掴み、叩こうと引っ張ろうとすると、
――ばきっ。
と音が鳴り、ノッカーが金具ごと、外れた。
「……私は悪くないぞ。初めから壊れていたんだ」
ロレーヌがぎぎぎぎ、と首を回転させ、俺を見ながら慌てたようにそう言った。
他人から見ればかなり無表情に見えるが、長い付き合いの俺には分かる。
内心かなり慌てている、と。
まぁ、そりゃ、普通にノッカーを使おうとしたに過ぎないのに金具ごと外れてしまったら誰だって驚くに決まっているだろう。
俺だってすでに二度、驚いていることだしな。
そもそもロレーヌの意見は正しい。
壊したのは俺だ。
しかし特にそのことについて言及はしない。
慌てているロレーヌは珍しい。
そして、俺はこの事態を予測していたので、スライムの体液から作った超強力接着剤を今日も持ってきている。
ロレーヌの持つノッカーの裏側に無言で塗り込み、引き取って壁に押し付けた。
数分待つと、まるで外れたことがあるとは思えないほどしっかりと扉に張り付いたノッカーの姿がそこにある。
それから、俺は静かに扉を叩いた。
もちろん、ノッカーは使わない。
「はい、どちらさま……あぁ、レント!」
と言いながら、孤児院の子供、アリゼが顔を出した。
そう、俺たちがやってきたのは、マルト第二孤児院である。
その目的は、アリゼを弟子にする、というこの間の話について、ロレーヌと共に本人と話をするためだ。
この孤児院の管理人であるリリアンにも話を通しておく必要があり、二人でやってきたわけである。
しかしアリゼは、
「ちょうどいいところに来たわね。実は今日、お薬が出来たって連絡があって……リリアン様の病気、治るのよ!」
嬉しそうにそう言って、俺たちを孤児院の中に招いたのだった。
◇◆◇◆◇
本来、俺が受けた依頼は、《竜血花》を持ってくるところまでで、そのあとの扱いについては実のところ本来、関係はないのだが、リリアンが今後どうなるのかは気になってはいた。
なぜといって、依頼のそもそもの目的はリリアンの病気を治すためだし、せっかくそのために《竜血花》を取って来たのに治ったかどうかについては依頼とは無関係だから特に知らせたりはしない、では寂しいではないか。
まぁ、依頼のものをとってきたのだからそのあとのことについて連絡不要、という者も冒険者には少なくはないが、俺はどちらかと言えばしっかりとその後の始末まで聞いておきたい
そのため、アリゼの話はちょうどよかった。
「……そう言えば、そちらの方は?」
応接室に通されて、まず、アリゼが首を傾げて、ロレーヌを見ながらそう言った。
いつも一人でここにはやってきていたから、誰かと連れだって来ているのが奇妙に感じられるらしかった。
……別に俺だっていつも一人ぼっちで活動しているわけじゃないぞ。
友達くらいいるのだ。
……はっきりとそうだ、と言えそうなのは、今のところ、ロレーヌとシェイラくらいだけども。
ロレーヌはその言葉に頷いて答える。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。初めまして、アリゼ。私はロレーヌ・ヴィヴィエ。学者にして魔術師でもある銀級冒険者だ。今回は、アリゼ、君に魔術を教えるための教師として、ここにやってきたんだ」
そこまで言われて、アリゼは俺との話を思い出したらしい。
「魔術師! しかも銀級なんて……私はアリゼと申します。あの、本当にいいのですか? 私、お金もないし、孤児院の人間で……」
俺に対するものとは違って丁寧な言葉遣いなのは、ロレーヌと初めて会ったからだろう。
俺に対しても最初はこんな感じだったしな。
それと、アリゼの言葉の意味は、遠慮しているのだろう。
そもそも、俺は魔術師を連れてくるとは言っていたが、銀級が来るとは考えていなかったのかもしれない。
魔術師は数が少ないし、銀級ともなると普通の人間からすればとてつもないとしか表現できないようなクラスの魔術も行使可能になる。
本質的に、街のチンピラに絡まれるよりも関われば危険な存在なのだ。
チンピラなら絡まれてもぼこぼこになるくらいで済むが、銀級魔術師の逆鱗に触れればそれこそ比喩でもなんでもなく、消し炭にされて終了である。
……超怖いな、ロレーヌ。
俺が余計なことを考えたことを察してか、ギン、とした視線を一瞬俺に向けたロレーヌである。
しかし、アリゼにはそんな表情は見せずに、いつもよりも三割増しの微笑みで話しかける。
「お金に関してはレントが貸すということで話がついているのだろう? 私もこいつから取り立てるのは気が楽でいいし、問題ない。孤児院の人間であるかどうかは、私にとってはどうでもいい話だ……あぁ、悪い意味じゃないぞ? そうではなく、どういう出自であっても、学ぶ気があるのならばそれだけで歓迎すると言うことだ。私は魔術師だが、同時に学者でもある。学問の道は、金でも出自でもなく、最後には情熱がものを言うものだ。だから尋ねたいとすれば――君にはそれがあるのか? ただそれだけだな」
中々の口説き文句……のような気がしたが、あとの方になるにつれてなんか違くないか?と言う気がしてきた。
学問の道って、アリゼは冒険者になるんだが?
学者にはならないんだが?
と横から突っ込みを入れたくなった。
が、場の空気がそれを許さない。
アリゼはごくりと息を呑み、目をつぶって静かに考えてから、ロレーヌの質問に対する答えを口にする。
「私はお金も何も持っていませんけど……情熱はあります。もともと、リリアン様のために、冒険者になれたらって、それだけ思っていたけれど、今は……レントみたいに、人を助けられる冒険者になりたいって思うんです。楽な仕事じゃないっていうのは、レントが色々話してくれたから分かっていますけど、それでも……私は、人のために働いてみたい。そのために勉強が必要で、一生懸命やらなければならないなら、私、頑張ります。ですから……」
あまり上手な言葉選びではなかったように思う。
話し方もつっかえつっかえで、一つ一つ区切るような話し方だった。
けれど、それだけに、アリゼがよく考えて、ロレーヌに自分の思っていること、感じていることを精一杯伝えようとしている、ということは理解できた。
だからロレーヌはアリゼの言葉に深く頷いて言った。
「……いいだろう。では、契約成立と言うことだ。今日から、アリゼ、君は私、学者兼魔術師ロレーヌ・ヴィヴィエの弟子だ。魔術と学問の道を、これから共に究めようじゃないか」
その言葉に、アリゼは、「はいっ!」と笑顔で頷いた。
はたから見ると、感動的と言うか、師弟の誓いがなされた美しい瞬間である。
しかし……。
魔術と学問の道?
学問の……。
え?
ちょっと待ってくれ、だから、アリゼは学者にはならないって!
冒険者になるんだって!
俺は心の底からそう叫びたいと思っていたが、しかし、やはり場の空気的に無理だった。
なんだか徐々に既成事実が積み重ねられて行って、気づいたらアリゼはロレーヌと似たような学者兼魔術師になってそうである。
……そもそも、俺の弟子でもあるはずなんだけどなぁ……。
色々考えつつも、結局何も言えない俺だった。
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