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第8章 奇妙な依頼
第102話 奇妙な依頼と光る羽

 羽が光っているとはどういうことなのか。

 

 ロレーヌの言葉を聞いて俺がまず、そう思ったのは言うまでもないことだ。

 とりあえず、俺はその言葉が事実であるかどうかを確認するため、鏡に自分の背中を映す。

 すると、確かに背中に生えている翼が、先ほどまでとは異なり、ふわりと白く発光しているのが見えた。

 といっても、攻撃的な光ではなく、どことなく暖かいような、ふわりとした柔らかい光り方で、また羽を覆う光が雪のようにはらはらと落ちていっているのも確認できた。

 なるほど、ロレーヌがきれいだ、と口にしたのも理解できる。

 幻想的で、現実味の薄い光がそこにはある。

 ただ、一つ文句があるとすれば、


「……たしかにきれいだが、一体何の意味が……」


 俺はそう言って首を傾げた。

 魔力や気を注いだ時にはしっかりと浮遊したり推進力を生みだしたりと、明確な意味のある効果が発生した。

 しかし、これは……。

 他の二つの力よりも強い力を持つ、聖気である。

 かなりの効果があるものと期待していただけに、ただ光っているだけというのは期待外れもいいところだった。

 人間松明になってもどうしようもない。

 これならモモンガなりムササビなりの方がまだ役に立つと言うものだ。


「夜道でも見つけやすいという意味では役に立ちそうだが……ん? これは……」


 冗談を口にしながら、ロレーヌが何かに気づいたようにふっと視線をずらした。

 どうしたのかと思って彼女の視線の先を見てみると、そこには俺が育てているハーブの鉢があった。

 料理にたまに使うためのものだが、俺が使っている部屋が一番日当たりがいいので置いてあったのだ。

 しかし、それが今なにかあるのか?

 首を傾げていると、ロレーヌはそれをとって、


「少し、成長している気がするぞ……」


 そう言って俺に見せた。

 確かに、さっき見たときより成長しているような気もするが、しかしそう言われたからそう見えるだけのような気もする。

 そんな俺の視線を理解したのか、ロレーヌは、鉢を俺の羽に近づけて、光に当てて見せた。

 すると、驚いたことに、鉢の中のハーブがにょきにょきと成長し始めた。


「これは……」


「お前の羽は聖気を込めると、植物の成長を促進するようだな! ……いったい何の意味があるんだ?」


 自分の頭で考えた仮説が正しかったことが証明されたことが嬉しかったらしく、一瞬勝ち誇ったように言ってから、かくり、と首を傾げて我に返ったように自問したロレーヌである。

 まぁ、確かに……一体何の意味があるんだろうな?それに。

 俺にも分からない。


「……空を飛んで畑を回れば農家の皆さんに豊穣を与えられるんじゃないか?」


「なるほど、今すぐ冒険者を辞めて出張肥料に転身するのか?」


 そんなのは嫌だ。

 しかし、この力なら間違いなくそれが出来るだろう。

 大地の神や精霊の加護を受けた聖気の使い手の中には、そういうことをしている者もいると聞く。

 彼らは大地の力を強めて、豊穣を約束するわけだが、その場合、植物は最終的には豊かに実るが、成長自体は普通にするので、時間はかかる。

 けれど、俺の場合は、その成長時間を短縮できるのだ。

 その有用性は疑うまでもないだろう。

 きっとどこかの宗教団体に入れば、豊穣の聖者として敬ってもらえるだろう。

 そして口さがない者たちには、出張肥料と呼ばれる……。

 そんな未来がロレーヌの台詞で一瞬で想像できてしまった。

 当たり前だが、俺はそんなものになるつもりはない。

 あくまでも、俺の目的は神銀ミスリル級冒険者なんだからな。

 だから当然ロレーヌには、こう言うことになる。


「辞めるわけないだろ……でもなぁ、流石に用途がこれだけって、ないぞ」


「まぁ、それはよくわかるが……あとは、うーむ……そうだな」


 この状態をロレーヌは少し気の毒だと思ってくれたらしい。

 少し考えて、それから何か思いついたらしく、懐からごそごそと何かを取り出した。

 何を……と思ってみてみると、


「……ナイフなんかどうするんだ?」


「いや、こうする」


 俺の質問に軽くそう答えて、自分の指先を僅かに傷つけた。

 慣れた手つきなのは、契約魔術とか、錬金術などで、自分の血を使うことは日常茶飯事であり、自分の指先を傷つけるくらいは抵抗がないからだろう。

 最近では俺のために血を貯めたりもしてくれているわけだし、余計に抵抗が薄くなっているのかもしれない。

 しかし、なぜ今そんなことをするのかと思って首を傾げていると、ロレーヌはその指を俺の羽に翳した。

 すると、


「……消えたな」


 と言って、それから俺にたった今、傷つけた指を見せてきた。

 

「なるほど、完全に治ってるな。治癒の力もあるってことか」


「そういうことだろうな……良かったな、出張肥料だけでなく、ついでに農家の皆さんの疲労も癒せるぞ」


 流石にそれは冗談だろうが、これならまだ、用途はあるかもしれない。

 羽に聖気を流して、一定範囲内を飛び回れば、その範囲内の者に治癒をかけられる、ということだからな。

 強力な治癒系の聖気を持つ聖者や聖女なら、そんなことは余裕でやるのだが、今の俺には一人ずつしか治癒をかけることはできない。

 それが多少改善されるわけだ。

 

「地味な効果だが……ないよりはいいか」


「そうだな。光っていることと合わせて、うまく使えば敬われるぞ。神の使いとかなんとか」

 

 これもまた、ロレーヌなりの冗談だろうが、実際にやろうと思えば出来るかもしれないところがなんとなく恐ろしかった。

 別に俺はそういう妙な注目を集めたいわけではない。

 この力は使いどころを選びそうだな、と思う。


「……まぁ、ソロの俺が使うこともなさそうな力だけどな」


 寂しいが、俺は基本的にソロである。

 一人旅しかしない俺に、範囲治癒能力などあっても仕方がない気がしたからこその台詞だった。

 しかしロレーヌは、


「そうとも限らんさ。たまに魔物が異常繁殖することがあるだろう。そういうときは皆で狩りに行くじゃないか。範囲治癒を出来る奴がいると相当重宝するぞ……間違いなく、強制依頼だな」


 ロレーヌが言うのは、街の周辺の魔物が何らかの事情で異常な繁殖をすることがあり、そういうときには危険を排除するため、冒険者組合ギルド総出で駆除を行うことがたまにあるのだが、そういうときは半ば戦争のような戦いになってくるため、治癒をできる人間が非常に貴重なのだ。

 治癒魔術も聖気も、そもそも使える者の絶対数が少なく、更に、そのほとんどが個別治癒しか出来ないため、範囲治癒はそういう場合には相当に重宝される。

 本来、そういうときは絶対に出撃しなければならない、というわけではないので行きたくないなら行かなくてもいいのだが、治癒能力があるとなると強制的に行かせられる可能性は高い。

 それが嫌なら隠しておくしかないだろうが……。

 まぁ、そもそも、冒険者の良心と言うものがあるからな。

 今の俺でも、やっぱりそういう時は行かなきゃならないと思う。

 放っておいたら最後、街に魔物が入り込む可能性があるし、そうなったときに後味の悪い思いをするのは俺なのだから。

 それに、今なら魔物扱いされずに済みそうだしな。

 あんまり目が良すぎる奴がいるとまずいが、よっぽど注目されない限りは大丈夫だろう。

 だから俺は答えた。


「そのときは諦めてやるさ……ただ、あんまり光っているのは困るよな……」


 やるにしても、どうにか、それだけは何とかならないかと頭を抱えた俺だった。

 流石に天使扱いは遠慮したいところだ。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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