温泉卵を上手に作るコツ
土鍋でとろり甘く
黄身は半熟、白身はとろ~り。温泉地の旅館の食事で、温泉卵の小鉢が出るとうれしくなる記者(43)。ダシじょうゆとの相性がなんともいえない。文字通り、温泉のお湯で温めて作ることが由来とされるが、わざわざ出かけなくても温泉気分の味わいを楽しみたい。自宅にある道具で作れるものか、試してみた。
「フランスにある日本政府機関でパーティー料理を調理していたころ、温泉卵を使ったらそれは何か、とよく質問されました」。そう振り返るのは辻調理師専門学校のグループ校「エコール辻 大阪」の日本料理教授、橋本宣勝さん。
欧米ではなじみが薄い温泉卵。米国では生卵を割りお湯の中に入れて作るポーチドエッグが一般的だが、温泉卵より白身は硬めで黄身がとろりとしている。
さて、その作り方。ゆで卵は沸騰したお湯で作るが、温泉地で湯につけてある卵を見ると、ぐつぐつと煮え立ってはいない。
黄身が半熟で、白身がしっかり固まったのが半熟卵。一方、温泉卵は白身がとろりとしている。女子栄養大学短期大学部の豊満美峰子准教授に聞くと、温泉卵ができるからくりは「卵白と卵黄が固まる温度が違うから」だという。
「卵黄はおおむね65度で、卵白はそれより高い70度ぐらいで固まり出す。この温度の差に注目すると、理屈の上では、70度前後で20分程度加熱すれば温泉卵ができる」(豊満さん)
70度前後で20分程度。「答え」を聞いた気になったが、実はその状態を作ることが難しい。温泉卵といっても、温泉地によっては湯の温度が高すぎて半熟卵になっているところもある。家で作るとしても、70度を保てるように火力を調節するのはかなり難しい。
そこで、知恵を借りようと訪ねたのは料理研究家の町田えり子さん。一般的なステンレス鍋を使い、いかに適温を保つかを一緒に試してみた。
80度の湯用意 余熱を利用
町田さんのアドバイスは「80度くらいのお湯につけ、その余熱で温泉卵を作る」こと。適温は70度前後だが、湯の温度が下がる分も計算すると、これぐらいの温度がちょうどよさそうだという。問題は80度をどうやって作るか。この日の水温は約25度で、いろいろ試した結果、沸騰水と水道水を10対3の割合で混ぜると、約80度のお湯ができた。
次は、何分ぐらいで温泉卵ができるか。鍋に5個の生卵を入れ、10分後から30分後まで5分刻みで卵を取り出し、すぐに水道水で冷やした。これは「卵を取り出した後も加熱が続くことを防ぐため」(町田さん)。これらの卵を試食すると、15分後と20分後の卵が、あのとろっとした温泉卵の状態に近かった。
80度のお湯に卵をいれて15~20分。ひとつの目安がわかった。次に自宅で試したのは、保温効果がありそうな容器を使ったらどうなるのか。用意したのは、ホーロー鍋とカップめん容器、土鍋、魔法瓶。加えて、電子レンジを使う調理法でも試してみた。
自宅の実験では冷蔵卵を使った。町田さんとの実験では、卵が加熱時に割れないよう、常温の卵を使っていた。だが、考えてみれば一般家庭では卵を冷蔵保存する人がほとんど。試しに、3~6度に冷やした冷蔵卵を放置しておくと、常温(26度)になるまで約3時間もかかった。
湯温は常温卵を使う場合より高めで、沸騰水と水道水を4対1ほどで混ぜるぐらいの85度から始めることにした。
結果は表の通り。水温の下がり方がいちばん緩やかだったのは、ナイロンの網袋に卵を入れ、魔法瓶で保温する方法だ。15分待って取り出すと、しっかりと温泉卵に仕上がった。保温性を試すために80度に下がったお湯で冷蔵卵を試してみると、20分待った状態でうまくいった。
ただ、わざわざ袋から出し入れするのは少し面倒。鍋に入れた湯加減だけでうまくいけば、その方が簡単だ。試したホーロー鍋と土鍋は最初の85度から70度前後まで湯温が下がったが、土鍋は15分、ホーロー鍋は18分程度で取り出した卵がいい感じの温泉卵になった。個人的には、土鍋でできた卵に甘みを感じた。これは土鍋が加熱後に放つ遠赤外線の効果だろうか。
ただし、いずれの鍋も、80度の湯温でスタートすると冷蔵卵はいつまでたっても温泉卵にならず、生卵に近い状態だった。
一方、カップめん容器に皿でフタをする方法では保温がいまひとつ。冷蔵卵ではいくら待っても温泉卵にならなかったが、常温卵を使い沸騰水をそのまま使うと20分でできた。
電子レンジは白身固まる
電子レンジでは、直径10センチ程度の深めのおわんに卵を割り入れ、黄身にようじで5カ所に穴を開けて、大さじ3杯の水をたらしてから加熱した。黄身に穴を開けるのは、レンジ内で黄身の膜が破れるのを防ぐためだ。電力は500ワットと600ワット、時間は40、50、60秒をそれぞれ試したが、どれも白身が固まってしまいうまくいかなかった。
魔法瓶や鍋でうまくできた温泉卵は、町田さんに教わったたれと青ネギをかけて味わった。たれは、かつお節と昆布で作っただしに、しょうゆと酒を少々入れると辛口に。みりんを加えれば甘口になる。
温泉卵や半熟卵は、生卵やゆで卵、卵焼きと比べて消化がよいという話も女子栄養大の豊満さんから聞いた。自分でつくった達成感も加わり、なかなかの"温泉気分"。次は風呂上がりに楽しみたいと思った。
温泉卵は白身が柔らかいので、殻をむくのが難しい。細心の注意を払いながら殻全体に細かいひびを入れ、卵の固まりが抜け出るくらい殻をむいたら、皿に近づけてそっと中身を落とす。うまくいくと、ちょっとした達成感を味わえる。
「常温の卵だと殻をむきにくいが、冷蔵しておくと簡単」と町田さん。殻むきが成功するかどうかは、最初の卵の温度にかかっている。
(稲川哲浩)
[日経プラスワン2010年10月23日付]