第3話 初陣、いざ祓葬
人差し指と中指をぴんと伸ばし、薬指と小指を曲げて畳む。いわゆる刀印を結んだ状態の右手を振ると、青い妖力の弾丸が放たれ、木の幹を抉った。
「やっと出た……」
妖力のコントロール訓練を始めて五日目。地道な瞑想と、椿姫の補助を込みにした妖力の錬成、循環のサイクルを経てようやくそれを形にできた。
「様にはなったわね。でも威力がいまいち。……まあ、あんたはこういう中距離戦闘より殴る蹴るのほうが得意そうだけど」
「だよな、俺も思った」
木陰で萩餅を齧っている椿姫がそう言って、同じくと言ったように相槌を打つのは兄弟子である
狐とハクビシン(の雷獣)は、一応は姉弟子と兄弟子ということになるが放任主義もいいところであった。ときどきアドバイスをくれるが、基本はサボっているのである。
光希は白いメッシュが特徴的な焦茶色の髪に落ちた木の葉をつまんで地面に置く。着る物を変えればそのまま性別を交換できるような可愛らしい顔立ちで、尻から生えた二本の尻尾を風に任せ、ハンディサイズのクロッキー帳に、ボールペンで切り株のスケッチを取っている最中である。片やおやつ、片やスケッチ。大した先輩方だ。
と、燈真が文句の一つでも言おうとした時、村の方から警鐘が聞こえてきた。妖力を込めた札で音量を拡大したそれは、魍魎の襲来を告げるものである。遠見ができる者がやぐらに立ち、周囲を監視しているのだ。それは現代のレーダーに勝るとも劣らない機能を有していた。
「げ、外にいる俺らがやるのかこれ」
光希がクロッキー帳を閉じ、
燈真は急な事態に慌てつつも、深呼吸をして妖力を練る。
「見なさい、燈真はやる気よ」
「マジかよ。給料出るんだろうな」
言いながらも椿姫は刀を抜き放ち、光希もナイフを鞘から抜いて逆手に構えた。燈真は得物を持たないので己の身一つといくつかの式符で戦うことになる。
左手に結界札を挟み、右手で刀印を結ぶ。椿姫がちらっとそれを見たが、何も言わず敵が迫る方を顎で示した。粒あんがひっついている顎を左の親指で拭い、舐めとる。
木々と茂みをかき分けて現れたのは、四等級魍魎の
上背は一七〇ほどで、腹はビールっ腹のようにでっぷりと出ている。腕が異様に長く、短足。醜怪な顔立ちであり、鼻から上を髑髏ヅラの外骨格が覆っていた。
「燈真、一対一の状況にしてあげるから、一人で倒してみなさい」
「やれるなら、もっとやっちまっていいぜ」
言って、椿姫と光希が動いた。椿姫はまるで地面が縮んだかのような足捌きで肉薄し、袈裟懸けに刀を振るい、即座に切り上げる運剣術——燕返しを披露して一匹を即座に
光希は尻尾から毛針を飛ばして二匹を牽制し、飛びかかってきた一匹に蹴りを叩き込む。瞬時に足を踏み替えて、接近。顔面にナイフを突き立てて通電し、内側から焼いた。
霧散する最初の二匹。残った三匹のうち一匹が、この面子の中では最も弱い燈真を睨む。
来る、と思い燈真は妖力弾を撃った。
二度腕を振るい、二射。餓鬼はサイドステップで一発を避け、もう一発を腕を跳ね上げてガードする。
「おいおいいいのか? 鬼つっても角すら生えてねえヒヨッコだろ?」
「あれくらい倒せなきゃやっていけないわよ」
椿姫のスパルタ発言に、余計火がついた。
燈真は結界札を放り、結界を張る。その内側で両手を組んで刀印を作った。
餓鬼が鋭い爪を振るって、わずか二発で結界を破壊。素人の結界術などこんなものだ。しかしそこに、神経を集中した妖力弾が撃ち込まれた。
バスケットボール大の弾丸が、咄嗟に腕をクロスした餓鬼にぶち当たる。
ゴム毬のように跳ねた餓鬼だったが、根本的な威力不足だった。椿姫のように鋭く妖力を研ぎ澄ましたわけでもなければ、光希のように電撃術にしたわけでもない。
それでもダメージを受けたのは確かだった。餓鬼の左腕が不自然に折れ曲がり、垂れ下がっている。
燈真はさっきの椿姫の言葉を思い出す——殴る蹴るの方がいい、という趣旨の発言だ。
(なら、こうだ)
燈真は妖力弾を形成する要領で拳に妖力を纏わせた。両手の肘から先が、妖力で青く輝く。
「ふぅん」
「応用できてんじゃん」
餓鬼が右腕の爪を振りかざし、突っ込んできた。
燈真は反時計回りに回り込んで回避し、相手のガードが働かない左側面に周りこむと牽制の左ジャブを繰り出す。
拳が顔面に食い込み、餓鬼がすぐさま反応。右腕を薙ぐ——それを燈真は右肘でブロックするや否や、左足を折り曲げて体に寄せ、上足底——足裏の指側を押し付けるように押し出した。前蹴り、と呼ばれる技だ。
「まだまだァ!」
顎を打ち据えた蹴りで、餓鬼がたたらを踏む。燈真はここだとばかりに左右のラッシュを叩き込み、右拳を振り上げて脳天に捩じ込んだ。
地面に叩きつけられた餓鬼が立ちあがろうとするのを見咎め、瞬時に妖力を込めた右拳を後頭部に振り下ろす。
「とどめだ!」
ゴシャッと音を立てて、餓鬼の頭部が陥没した。
一度、大きく跳ねて痙攣した餓鬼が沈黙する。
しかし、背後——残る二体のうち一体をあえて行かせた椿姫たちの粋な計らいで、燈真は油断していたのもあり不意打ちを喰らった。
「があっ」
強烈なショルダータックルが背骨に食い込み、燈真はもんどりうって倒れ込む。
二転三転し、なんとか起き上がった。口の中のやけに酸っぱい唾液を、入り込んだ土と一緒に吐き捨てる。
「くそ……」
左手でポーチを弄り、手にした氷結札を振った。
「いけっ」
霜が瞬時に生じて地面を走っていき、餓鬼を包囲。四方から伸びる霜が、そいつのくるぶしまでを凍結させる。
「ギッ」
短く悲鳴をあげた餓鬼に、燈真は中距離から妖力弾を浴びせた。霜に突っ込めば自分も凍るからだ。
連続、八回ほど妖力弾を撃ち込むと餓鬼が大きくのけぞり、胸の瘴気膜を破ることができた。露出した瘴気瘤が、禍々しく脈打つ。
「燈真、そこからのやり方は覚えてる?」
「引き抜いて潰すんだろ」
燈真は両手の妖力を糸状に形成。
そして力を込めて引き抜き、両手で握り込み、潰す。
一定の抵抗はあったが、やがてバチュン、と呆気ないほど容易く潰れたそれが霧散すると、魍魎側の方も悔しげにうめいて消滅した。
「光希」
「はいはい」
毛針を食らって牽制されていた餓鬼に向かい、光希が左手の人差し指を向ける。
「逝ってよし」
通電され、針を避雷針の代わりにされた餓鬼が内側から焼かれ、破裂した。
電撃術の強みは発動から着弾地点までの到達の速度と、その威力である。狙いを定められ撃たれれば、まず回避は不可能。雷速で移動するものを見て回避など、できるわけがない。
それでいて妖力によるガードが間に合わなければ即死級の威力である。雷獣はそれを生得的に取得しているのだ。主人公補正という言葉がここまで似合う、こんなに不公平な種族はない。
燈真は術が解けて霜が消えたのを確認し、歩き出した。
「素材回収忘れないでね」
「わかってるよ」
魍魎は祓葬——祓い葬った後、妖力が強く宿っていた部位が残る。それらの生体素材は研究資材や、呪具の素材となるため回収が推奨されていた。
今回集めたのは餓鬼の爪が三つに、下級魍魎骨が二つである。回収素材の配分は、チームの話し合い次第であるが、とっくにこの等級帯の素材に用がない椿姫と光希は、快く燈真に譲ってくれた。
「不意打ちを喰らったのは減点だけど、初陣で死ななかったことが大きな収穫ね」
「だな。次に二体祓葬できたことだ」
「生き残れたことの方が重要なんだな」
燈真が言うと、椿姫が「当たり前でしょ」と鼻を鳴らす。
「死んだらおしまいよ。勝っても負けても死んだらそれまでなんだから」
「最悪手足をもがれてもあの村にはそれを直せる奴がいるしな。生きてさえいりゃいいんだよ」
「そういうもんか……」
もっとガツガツ勝てとか戦えとか言われるのかと思ったが、どうやらそれ以上に生き延びることが重要らしい。
「帰ろうぜ。腹減ったしこれ以上哨戒してこいみたいな面倒ごと押し付けられたくねえし」
「ったくあんたは……」
「んだよ、尾張家男子としての役目は果たすって。画家になって、家の名を広めて——」
「失礼、椿姫さん……先ほどの魍魎は?」
そこへ、村からやってきた術師三名が声をかけてくる。狩衣のようなデザインの白と紅色の術師服を身に纏っていた。
「今し方祓葬したわ。周囲の警戒を頼める?」
「は! そちらの男性は……」
「俺は……その、修行の……」
「俺らの弟弟子だよ。稲尾の家で厄介になってんだ」
「ああ、
光希が助け舟を出し、村の術師は納得した様子で部下を連れ去っていった。
「堂々と柊の名前を出しなさい。恥ずかしいことじゃないんだから」
「すまん。ぽんぽん言っていいもんかどうかわからなくて」
椿姫は変に生真面目な燈真に、やれやれと言う様子で肩をすくめた。
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