第5話 夜半の侵入者

 真淵燎真まぶちりょうまらが入学してきたその日から一夜跨ぎ、西暦二〇三四年の四月四日。その夜半。

 時刻は午前〇時二十分頃である。小雨が降り、風は微風。月は綺麗に隠れていた。

 小雨自体は気にならないが、匂いが流れてしまうのが問題だった。そのせいで、得られる情報が制限されてしまう。


「四月の夜行、今年はいつだ?」

「八日の甲牛きのえうまと二十日の丙午ひのえうまだな。四日後が一番近い」


 都市の外周に巡らされた城壁の上で警護にあたっているのは、妖怪であり術師資格を持つ若者の守衛術師だ。学園の卒業生であり、葉傀という組織に所属する術師でもある。

 百鬼夜行——それは、妖怪の祭りだ。昔から起こる日が決まっており、彼らが言っているのは四月の午の日のことだ。三月と四月は午の日に夜行が起こるのである。


「学生連中も夜行が楽しみなんだろうな。魍魎もうりょうを締め出す陽の気を高めるどんちゃん騒ぎだし」

「だからって若い子に粉をかけるの、お前やめろよ。俺まで馬鹿っぽく思われるだろう」


 犬妖怪の青年は肩をすくめ、真面目に注意したカマイタチの先輩は外周を見下ろした。

 都市の向こう側は森林になっている。山がちな土地であり、渓谷や湖沼なども見られた。


 全くの闇夜だが、妖怪の多くは夜目が利く上、術師は基礎的な強化術の一環で暗視能力を身につける。

 元来妖怪や術師——彼らは闇に紛れ暮らす生き物だったのだ。人間の術師もその特異な才能ゆえ人里では疎まれていたし、結果的に妖怪と同じ生き方を選んだ経緯がある。

 と、犬妖怪が目を眇めた。


「どうした?」

「この区域に学生が仕事に出てる記録なんてねえよな」

「先輩に向かって口の利き方……。確かに、ないが」

「誰かが魍魎と戦ってる。あそこ」


 犬妖怪が指差した。カマイタチが目を細めると、確かに草木が揺れて、微かに戦闘音が響いている。

 魍魎と原住生物の争いとも思えたが——それにしては激しい。

 カマイタチは念話で〔第七区域に侵入者の恐れあり。調査に向かう。城門周辺及び城壁上部の守りを固めろ〕と伝え、犬妖怪に顎で下を示した。

 二人は壁から鉤縄で下に降りていく。頑丈なグローブが発火しそうなくらいにギュッと縄を握り、地面激突寸前で止まった。


「あちっ、あちち……」

「こっちだ。くそ、雨のせいで匂いがしない」


 これで雨が上がってくれれば、蒸発した水分に乗って地上の匂いが上昇し、上にいる仲間も気づいただろうが——相手如何によってはその対策すらしていそうだが、無断で外に出ている悪ガキくらいならばそんなこともできまい。欺瞞の術は、言うが易し。意外と高度なのだ。

 カマイタチを先頭に、二人は森を進んだ。彼らの等級は二等級。大半の術師が二等級で御の字、一等級で頭打ちとなることを踏まえれば実力者と言える。

 手にした脇差を抜刀したカマイタチを見て、犬妖怪も妖力銃をホルスターから抜いた。


「見てみろ」

「冗談、だろ」


 今まさにこの世界とのよすがを失い、霧散している魍魎の死体——それは痩忌鬼そうききと呼ばれる二等級魍魎だった。しかも、三体。

 二人はごく、と生唾を飲んだ。人数にもよるが、相手が一人だとしたらそいつは二等級以上。三等級の術師が二等級の魍魎と同格とされるのが常であるため、そう判断するが——それ以上である可能性も——、最悪、一等級なんてことも。


「っ、先輩!」


 樹上から何かが降ってきた。二人は後ろに飛び退く。降ってきたのは黒犬という獣妖怪だ。尾の数は一本。まだ、人語も話せないレベルだろう。

 それが三体。唸り、吠え、攻撃を仕掛けてくる。


「構うな、迎撃しろ!」

「わかってる!」


 飛びかかってくる黒犬に、カマイタチは素早く脇差を振るった。首筋を狙った飛びかかりに、半身になって回避。すれ違いざま、尻から頭部にかけて一閃して上下に切り分ける。

 血飛沫が上がり、カマイタチは頭を狙う爪の一撃を屈んで避けた。そこへ、犬妖怪の射撃が襲いかかる。

 妖力の弾丸が黒犬を吹っ飛ばし、最後の一体が変化した。大きな、ヒグマほどの大きさになる。


「体重は変わらん。所詮犬だ」

「俺にそれを言いますかね」


 犬妖怪が上着を脱ぎ、本来の姿に戻った。完全な犬ではなく、二足歩行の半獣人であった。筋骨逞しい上半身が逆三角形に膨らみ、髪の毛と同じ赤茶色の毛皮に覆われる。顔もマズルが伸び、犬というか狼のような外見に。三本の尾が、蛇のように揺れる。

 ヒグマ並みに巨大化した黒犬と茶髪の犬獣人が組み合う。互いの首筋に食らいつくが、犬妖怪の方が圧倒的に咬筋力が優っていた。毛皮を引き裂き、肉を噛み裂く。血が滲み、しかし相手も負けじと頸椎を噛み砕こうとしてきた。


 そこへカマイタチが本来の姿に戻り、鎌と一体化した前足で相手の喉を両断した。

 小柄なイタチは、柴犬ほどの大きさしかない。しかしその切れ味は先ほど握っていた脇差以上だった。


 二人から二匹になった守衛の術師は、周囲を睨む。


「罠だったみたいだ。呪術師——ああ、十中八九呪術師のクソ野郎は通り抜けた」

「懲罰問題だなこれ。祭りまでに懲罰房から出られりゃいいけど」


 若い二匹の妖怪はそう軽口を叩き、しかし祭り云々より呪術師の存在を危惧していた。

 何はともあれ、しっかり警告せねばなるまい——。

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葉傀学園戦記 — あやかしだらけの学校で最強の妖術師を目指します! — 夢咲蕾花 @FoxHunter

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