第4話 部屋割り
「皆さん、荷物を持ってください。寮に案内します」
神谷先生に続いて移動し、生徒たちは校舎の外に出た。他のクラスの生徒も副担任らしき成人妖怪に連れられて歩いている。
学園の敷地内にある団地のようなエリアに向かっていた。
「腹減った。昼過ぎてんじゃん」
エレフォンで時計を見ていた雷疾がぼやいた。時刻は十二時半。過ぎていることは確かだが、そう騒ぐほどではない。
「妖怪って、家が——、その、出自っていうか、血筋が大事なのか?」
燎真は気になっていることを雷疾に聞いてみた。美琴に聞いたら気を悪くすると思ったからだ。
汽車で絡んできた鞍馬といい、クラスでの反応といい、家の格や血筋がものを言うということは、肌感として得られる。けれど確証がなかった。それに、そういった身分制度というものがいまいち理解できない現代人の燎真には、家の格式とか言われてもピンとこない。
親がいるかどうかとか、そういうヒエラルキーは常に感じるものではあるが、それと似たものだろうか。いわゆる、学歴がどうとかそういうことだろうか。
「あー……どういやいいんだか……」
「イエスでありノーである、ね」
「うわっ」
燎真と雷疾の間に美琴が現れた。
「ごめん、気分悪くさせる気はなかったんだけど」
「別に大丈夫よ。妖怪は徹底した実力主義よ。そこにあるのは力を求める弱者か、力から逃げる敗北者のいずれか」
「強者はいないのか?」
「じゃあいっこ付け加えてあげる。自分を強いと勘違いしたバカ、をね。いい、妖怪は強くないと子孫を残せない。だから爪や牙を研ぐ。上のものを引き摺り落とし、這い上がり、落とされる。それを延々と繰り返すの」
凄まじい社会だ。ぬるま湯に浸っていた人間である燎真には、想像がつかない。
「雷疾が喧嘩腰なのも、生存戦略としては充分ありなのよ。同時に、鞍馬のように権力を磨くのもいい。とにかく力を磨き、得る。それが妖怪の生き方」
「どうしてそこまでする?」
「そりゃ力があれば全部が手に入るからだよ。俺らの世界はそうできてるからな。現世で会社組織作ってる妖怪も、突き詰めれば力を得るための資金稼ぎだぜ」
神谷先生が手を叩いた。
「はい静かに。寮は第一棟から第五棟まであります。今年は第一棟が一年生ですね。この第一棟は、五年間あなたたちの家になります。メンバーはこちらですでに決めています。喧嘩にならないようにしましたが、まあ、多少の喧嘩は目を瞑ります。ですが本気でやり合うなら決闘届を提出した上で決闘を行なってくださいね」
普通の高校では決してあり得ない言葉だ。多少の喧嘩は黙認すると言ったのである。普通の学校ならちょっとしたふざけ合いですら厳しい叱責が飛んでくるほどで、遊びさえ満足にできない始末なのに。
極め付けはやはり、決闘——だろう。これは絶対にあり得ないものである。少なくとも日本の高校に、そんな制度はない。
それはともかくとして燎真たちは第一棟の前にある看板を見て、部屋割りを確認した。
真淵燎真 大瀧雷疾
「雷疾、知ってるやついる?」
「垂氷は知ってる。俺の父さんの弟分って
「マジか、肩身狭いな」
「んだよ、別に仲間はずれになんか——」
ふわっと、雪の香りがした。冷たく透明な水の匂い。そこに、柔らかい声が添えられた。
「久しぶり、雷疾」
男にしてはやや高い、中性的な声。顔を向けると、そこには白髪の美しい少年が立っていた。
獣の耳はない。人耳だが、狐の尻尾は二本ある。瞳は吸い込まれるような紫色で、尻尾の先端も紫だ。なんというか冷気を感じる少年である。肌は雪のように白い。
装いは黒い和装であり、なんなら着物。男版雪女のようだ。
「よお垂氷。竜胆叔父さんたち、元気か?」
「うん。父さんも母さんも、稲尾の一族はみんな元気だよ」
「そりゃよかった。……こいつ、俺のダチ」
「え、あ……真淵です。真淵燎真」
「稲尾垂氷だよ。妖狐と雪女の混血でね。混血仲間の雷疾とは昔から仲がいいんだ」
垂氷は少女のように微笑んで、遠慮がちな燎真の手を握って上下した。体温は冷たいが、心は温かい。そんな子だった。
「混血仲間って言えば、
「三年生で準特なんて、聞いたことないよ。
「桜花先輩って?」
「ああ、垂氷の従兄弟だよ。稲尾家、っつう九尾の一族の中でも最強の剣士って言われる
「特等級ってのは、どういうもんなんだ?」
燎真の質問に、垂氷が答えた。
「単独で軍事力を左右するレベルの等級が特等級だね。ま、そういう雷疾のお父さんもそうなんだけど」
「うるっさいなあ。父さんのことはいいんだよ。子供好きかなんだか知らねえけど鬱陶しいんだよな」
「親はそうだろ。俺も先生はそんな感じだったし」
「先生?」
垂氷が首を傾げた。
「移動しながら話すよ」
しまった、という顔をする雷疾。三人は寮の階段を上りながら、
「俺孤児院育ちでさ、先生が親の代わりだったんだよ。でも勘違いしてほしくないのは、俺は別にそれを不幸だと思ってるわけじゃないんだ」
「え、あ……そうなのか。わり、勝手にネガティブに考えてた」
「いや……。先生は入れ替わりはあったけど常に二人いて、同じ境遇の子が兄弟姉妹みたいに仲良くて……だから、でかい家に大家族で住んでるみたいだった」
無論、平和なだけではなかった。周辺住民から白い目で見られたり、学校でいじめられたりもした。けれどそれが返ってみんなの結束を強めた。全員で支え合い、決して負けぬ闘志を燃やした。
「俺はここで妖術師ってのになったら……その金で孤児院を援助したい」
「君は……凄いな。僕ならそんなに前向きにはなれないよ」
「マジでな。垂氷、こいつはこっちの事情知らねえんだ。色々教えてやってくれよ」
「いいよ、構わない。僕は結界術が得意だから、それについては色々教えられる」
「ありがとう。本当に助かる。……四〇三、ここだ」
燎真たちは部屋を開けた。そこは、さながらリビングのようである。二十五畳はありそうな広々とした空間には生活必需品が揃っており、簡易的なキッチンや洗濯機など、シャワールームもある。
「おお、いいじゃんいいじゃん。古い学校だからあんま期待してなかったけど、キレーじゃん」
雷疾が奥に進んだ。それぞれの荷物を詰めたバッグやらが既に運び込まれている。
垂氷はシャワールームを確認して、ついでにトイレも見て、それぞれシャワールームや洗面台で水の水圧をチェックしている。
「配管も問題なさそうだよ。お風呂は大浴場で入るし、シャワールームは朝使う分だね」
「垂氷が大浴場行ったら、騒ぎになりそうだけど」
「燎真、僕は紛れもない男だよ。恥ずかしがってたらよけいそれっぽく見えるだろ?」
それはそうだ。男だと堂々としていた方が、男らしさは確かにあるかもしれない。
「二段ベッドとシングルか。俺高いとこがいいから、二段目もらっていいか?」
「いいよ。僕はどうしよう。燎真、どっちがいい?」
「狭いところに安らぐから、一段目かな」
「じゃあシングルは僕が贅沢に使うね」
ベッドも決まった。さて、荷解きである——が。
ぐぅ、と燎真の腹が鳴った。
「ごめん、腹減った」
「だな。学食行くか」
雷疾がそう言った。
「待った、俺金がないんだ。どうしよう」
情けない、と思いながら白状する。
「奨学金もらってるんなら、学食代くらいエレフォンに振り込まれてるはずだよ。それにこれからは依頼で稼げるし、気にしなくていいよ」
垂氷に言われて確認すると、エレフォンに見慣れぬ電子決済アプリが入っていた。ポンポンという狸の顔のようなマークのアプリを開くと、そこには一万五千
この働貨というのが、駅で美琴が払っていたお金だろう。
「じゃ、行こうぜ。俺も挨拶んときからずーっと腹減ってたんだよなあ」
「僕も。アイス食べたいなあ」
垂氷が雪女の子どもらしいことを言って、燎真は、ふっと笑いながらエレフォンをしまった。
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