第3話 担任と、自己紹介と
「学園長のご挨拶を賜ります。全校生徒、起立、休め!」
司会の生徒——生徒会長のキッとした声に、新入生といえど電気を流されたように立ち上がり、休めの姿勢を取った。統率された軍隊のような動きである。
学園長——すらりと背の高い女性が壇上に上がる。冷艶な美女だった。背中には折り畳んだ鷹のような翼。鼻が高く筋が通っており、目元はアイラインとアイシャドウでくっきり濃いメイクが施されている。ノーメイクでも美女であろうが、目元のメイクのおかげで余計にくっきりとした顔立ちが際立っていた。
スレンダーな体型で、背は高い。切れ長の目を教壇に向け、一礼などせずそこへ立つ。
パリッとしたスーツと、タイトスカート。足は、革靴。しかし高いヒールがつけられており、歩くたびカツンッと高圧的な音が鳴っていた。
「んだよまた天狗か」
隣で雷疾がぼやいた。すると、学園長が素早く反応した。顔だけこちらに向け、素早く手を振る。するとパァンと風船が爆ぜるような音がして、雷疾が仰け反った。
「いてっ」
額を抑える雷疾と、くすくす笑う生徒。しかし学園長が咳払いすると、さざなみのように広がった笑いはすっと消えた。
「おはようございます、みなさん」
「「「おはようございます!」」」
地鳴りのような挨拶。学園長は「元気でよろしい」と頷き、
「まず、話の前に一つはっきりさせておこう。私は命令されることが大嫌いだ。その次に馬鹿にされるとはらわたが煮え繰り返る。わかるかね。目上の者は敬え、ということだ。そしてここでは私が最も偉い。理事など知ったことではない。無論新入生諸君には私がそれだけの経歴を持つに値するかどうかわからぬ者も多いだろう——」
ガンッ、とヒールを鳴らした。
「わからなければ、挑め。この学園には決闘制度がある。私に挑んでくれても構わん。だが、私は創立一二七年の間無敗である。先生方の中にも私に挑んだ者はいたが、ことごとく叩き潰した。さて——」
生徒が怯んだ。けれど中にはどうにか勝とうと野心を燃やす者も見られる。無論その頭の中には有利な地形なら、天候ならばと、全くの対等な条件下での戦闘を放棄しているような状態だったが。
「天狗は子供好きというだろうが、私もそうだ。無論、健全な意味でな。弱い男に興味はない故、諸君らを襲う気などない。安心したまえ」
あまりに物騒な安心したまえ、というセリフを前に、誰も笑えない。
「今ここに、新たな妖術師の卵を迎えられたことを嬉しく思う」
妖術師の……卵……。妖術師、だって?
「我が葉傀学園では高等部から短大までが一貫となる、五年制の職業高校だ。無論その職業とは妖術師のことを指すが、卒業後どのような進路を取るかは諸君らの自由である。
在学中の依頼で稼いだ金を元手に事務所を開いてくれていいし、それで奨学金返済に充てても構わない。何をするのも君たちの自由だが、ああそうだ、そう。しっかりと学則は守ってもらう。破ったものは指導室行きだ。言い訳は聞かん」
学園長は茶化したつもりだろうが、その圧を前にしてはお追従笑いもできない。
「こういう話は苦手だから、あとは各々クラスで聞いてもらうとして……最後に一つ」
生徒がごく、と生唾を飲んだ。
「限りある学生生活だ。存分に楽しみたまえ。以上だ」
学園長が教壇から離れた。命令されるのが嫌い、という圧倒的なプライドを持つ彼女は壇上から降りるときに頭を下げたりはしない。堂々と、鳥類妖怪らしいスレンダーなボディを大きく見せながら去っていく。きっと胸の膨らみは胸筋と、あとは体を大きく見せようと息を吸い込んでいるからだろう。
「ありがとうございました。全校生徒、着席。つづいて学校長の挨拶とさせていただきます——」
×
入学式を終え、生徒たちがそれぞれのクラスに向かう。クラスは一学年につき五つ。一クラスにつき四十名が定員で、定員割れはなしだった。
燎真は一年二組の教室に向かい、美琴と雷疾と談笑しながら廊下を歩いていた。
「毎年やらかす馬鹿がいるって聞いたけど、よりによって私とつるんでたあんたが……」
「天狗って嫌いなんだよ。偉そうに威張り散らしやがってよ」
「気持ちはわかるけど、みんながみんなそういうわけじゃないのよ。教職に就く天狗は、往々にして子供好きがこうじたり、物を教える楽しみに気づいた方たちなんだから。どこぞの権力主義とは違うのよ」
「プライドの高さは学園長の方が圧倒的って感じだったけどな。でも、怖いひとじゃなかった」
燎真が言うと、雷疾は「怖かったろ。猛禽類なんだぞ、あの翼」と言った。
「狼には天敵がいないって聞いたことあるけど」
「私は前にミーチューブで、モンゴルかどっかで二羽の鷹に狼が仕留められてる動画を見たわ」
「マジでやめてくれ……」
雷疾が青ざめていたので、この話題はやめた。
一年二組に入ると、すでに六割ほどの生徒がいる。席は番号順とかではなく、好き勝手に決めていいらしい。
「俺最後尾がいい」
雷疾が窓際最後尾に座った。燎真はその一個前に座り、美琴は燎真の隣に座る。
「後ろの方が結構見えやすいんだけどね」
「マジ? まあいいや。日当たりいいし」
「それは言えてる」
クラスに妖怪や、人間が集まり出した。
「人間もいるけど、どういうやつらなんだ?」
「隠れ里の存在を知ってる術師の家系だよ。現世にも妖怪が紛れてたり、ああいうのがいてな。知る人ぞ知るって感じだが。術師は犯罪に走る妖怪や危険な術師……呪術師を取り締まってんだよ。俺らがこれから目指す妖術師のことだな」
「何も知らないでここに来たらしいけど、むしろよく何も知らないのにこれたわね。どうやってこの学校を知ったの?」
美琴の問いはごもっともである。普通、高校を知るきっかけ、入る動機があって然るべしだ。その過程で絶対に高校のことを知ることになる。
「俺はその……本当は中学でたら就職する気だったんだ。孤児院の出身だからこれ以上みんなに迷惑かけられねえし、独り立ちしなきゃって」
「あんたって、孤児だったの?」
「うん。捨てられてたんだってさ。……んで、高校なんて行く気ないから職安行ってて、でも孤児院の先生からは高校には行けって言われててさ。したら、町内会の掲示板に葉傀学園のチラシが貼ってあったんだ。書類審査だけで入れるっていうから、だるい受験勉強なしで入れるんなら、最悪ここでいいやって」
不真面目極まりない理由である。
けれど雷疾は違った感想を持ってた。
「あのチラシってな、望んだ者の前に現れることがあるって聞いたことがある。この高校は在学中に依頼を受けて報酬をもらえるから、勉強も仕事もできるんだよ。それって、お前の望みを叶えられるんじゃないか?」
「本当は高校生活を満喫したかったんでしょ、燎真」
二人に言われ、燎真は頬を掻きながら頷いた。
「なあ、俺の思いつきなんだけど——」
「これから依頼を受けるとき、この三人で回さない? 報酬はしっかり山分けになっちゃうけど、安全性は遥かに上がるわ」
「おい俺の言葉を取るなよ!」
「誰が言ったって同じじゃない。ケツの穴の小さい男ね」
「デカかったらそれはそれで問題だろ。俺お釜掘られる趣味ねーからな」
「ふふっ……ありがとう、二人とも」
と、教室に大人妖怪が入ってきた。二名だ。担任と副担任だろう。
「みんな、おはよう」
「「「おはようございます」」」
教壇に手をついて穏やかな笑みを浮かべているのは、ハクビシンのような耳と尾を伸ばす青年。尻尾は四本。黒髪に白いメッシュを持ち、金色の瞳を宿している。細身だが立ち姿に隙がない。歴戦の雷獣であることは明らかだった。
と、ブラックボードにタッチペンを使って書いた。名前の隣に、簡略化したハクビシンの絵が添えられていた。途中でブラシモードを筆ブラシに変えているあたり、こだわりを感じられる。
「新任教師の挨拶でも話した通り、先生はまだ教師一年目です。みんなとおんなじなわけだな。先生が皆さんに教えるのは美術です。といっても美術史ではなく、実践的なものになるかな。簡単なスケッチからクロッキー、デッサン……そんな感じです」
慣れていないことがありありと浮かんでいた。フランクになったり敬語になったり。
雷疾が、「せんせー、フランクな喋りでいいと思いまーす」と言った。
周りの生徒も「無理してそう」とか、「背伸びしてるよね」とか言っている。
「ああもう、わかったよ。とりあえず先生から言いたいのは、クラス替えのない学校だから仲良くしてくれってことだ。先生も未だに高校時代のダチと飲み歩くしな。学園にちらほら知った顔はあるけど、先生たちは忖度ないからな。馬鹿をやらかしたら指導室に叩き込むぞ。じゃあ、神谷先生」
隣の、同い年くらいの妖狐の教師に変わった。三尾の妖狐は微笑み、まずはブラックボードに名前を書く。
「初めまして、神谷雄途です。先生としては二年目となります。一年二組の副担任を任されました。尾張先生はクラス替えがないとおっしゃいましたが、担任及び副担任も原則変わりません。むさ苦しい教師が当たってしまって、男子のみんなは残念かなと思います」
そこで、控えめな笑いが起きた。
「何はともあれ、五年間よろしくお願いします。私は日本史の授業で皆さんとご一緒しますが、テストは厳しめに作りますから、テスト勉強期間は遊び歩かないようにね」
最後は砕けた口調で言った。生徒はえぇーという顔だが、尾張先生が「ありがとうございます。ちなみに俺と神谷先生は同級生なんだ」と言って、お茶を濁した。
何はともあれ、先生の自己紹介が終わった。
「じゃあ、廊下側の列から順繰りに、簡単な自己紹介を」
尾張先生がそう言って、廊下側先頭の生徒が自己紹介を始めた。
三、四人目あたりで名前、趣味を簡潔にいう流れになった。
美琴の順番がやってくる。
「籠目美琴です。趣味は読書と、散歩です。五年間よろしくお願いします」
ざわめきが起きた。
「籠目って……」「稲尾から分化した一族だよ」「稲原みないな?」「うわ、超一流妖狐じゃん」
美琴があからさまに不機嫌そうな顔をした。彼女が家柄で判断されるのを嫌っていることは、燎真たちはよく知っている。
そのまま挨拶が進み、燎真の番となった。
「真淵燎真です。趣味は……食べ歩きです」
ここでも少しざわめいた。
術師でも妖怪でもない、純粋な人間がここへ来たことに対する疑問だ。
それを打ち消すように雷疾が無造作に立ち上がり、
「大瀧雷疾。趣味は食って寝ること。よろしく」
「魅雲中の狼じゃん!」「あいつ中学ん時上級生に喧嘩売られて全員病院送りにしたらしいぜ」「俺駅であいつが真淵と籠目さんとつるんでるの見ちゃったんだけど……」
ち、と舌を打って雷疾がどっかり席に座った。燎真が「武闘派だったんだな」と揶揄うと、雷疾は中指を立てる。
「はい静かに。生徒同士仲良くしてくれよ。あと、家柄がどうとか人間がどうとか、そういうのは見聞を狭めるだけだと言っておく。先生は経験上、人間から妖怪になった親友もいるし、いろんな繋がりを持ってくれると嬉しいと思ってる。みんなは五年間切磋琢磨する仲間だからな」
尾張先生がそう言って、締め括った。
燎真は妖術師は稼げる仕事なのだろうかと、そんなことを考えていた。
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