第2話 いざ入学
学術都市葉傀に入り、学園前の駅で汽車は止まった。大伽藍のプラットフォームは西洋風の趣も見られる作りで、雄大だ。金属のアーチが絡み合い、アラベスクのような数学的幾何学模様を描く飾りが彩られている。
他のホームにもどこかから生徒や乗客を乗せてきた汽車が停まり、乗客を吐き出し、新たな乗客を迎え入れていく。
燎真たちも汽車から降りた。その際駅員に切符を渡す。学生はタダで切符をもらえるのだが、そこには車掌直筆のサインがあるらしく、それをみたがしゃどくろの駅員は「頑張れよ、少年」と言ってくれた。見た目は肉のない剥き出しの骨で酷くおっかないが、性格はごく普通の駅員である。
「お上りさんみたいにきょろきょろしないで」
燎真と雷疾があちこちに視線を投げていると、美琴がそう言って二人の尻を叩いた。
「おいなんだよ、セクハラだぞ」
「小心者の雷獣ね」
「誰がだよ! これでも俺は喧嘩番長で——」
「はいはい。どこの隠れ里で番長だったか知らないけど、そんなの学園じゃ通用しないわよ」
喧嘩番長。まるで昭和の不良少年のような肩書きに燎真は半笑いだ。彼とて孤児院の出ということで人並みに虐められ、反撃のためという不純な動機で鍛えて喧嘩をしていたこともあるが、番長というほどではない。中学二年の時に、高校三年生と喧嘩したときは見事に返り討ちに遭い、肋軟骨を折られている。
「確かに雷疾は喧嘩っぱやそうだけど……自分から喧嘩売るタイプじゃないだろ?」
燎真がそう言うと、美琴が「まあ、確かに」と頷いた。
駅舎に一旦入った。燎真は購買をチラッと見る。
「なんでわかんだよ」
「雷疾、あの鞍馬ってのが挑発してきた時突っ掛からなかったろ。少なくとも単細胞じゃないよ」
「あれは……お前感じなかったか? あいつ性格はあんなだけどすげえ妖気だったろ。正直俺は勝てる気しなかったんだ」
「そこがあんたと鞍馬の違いよ。力差がわかっていて、家柄を傘に着ない。あんたあの大瀧家の男児なのに、しれーっとしてるんだもん。私もあんたが名乗るまでわからなかったし」
「次男だけどな、俺。それに権力とか家柄とか興味ねえよ。うちは縁の下の力持ちでいいんだよ」
「さすがね」
あの大瀧家……?
「んだよ、購買なんか見て」
「いや、見ないもん売ってんなあって」
「イモリの黒焼きとかネズミ団子とか、マムシ団子とか、確かに人間の世界ではあんまり見ないかもね」
美琴が購買に歩いていくのでついていく。「黒焼き三つください」と言って、見慣れぬ通貨を差し出した。店番の、鹿の角が生えた男性が黒焼きの串を三つ渡してきた。
燎真もひとつ受け取り、「あ、ありがとう」と礼を言った。
気持ちは嬉しいが、イモリの黒焼きなんて黒魔術をする魔女が使うもの、というイメージしかなかったので、それを食べると言うのがなんとも……抵抗を抱くことだった。
「滋養強壮にいいから食えって」
雷疾は躊躇いなく黒焼きの頭を噛み潰し、咀嚼する。隣では美琴が良家の息女とは思えぬ健啖ぶりで、一口でイモリを頬張っていた。
燎真も意を決し、勢いよく黒焼きを齧った。
「ゴッホ。ゴホッ……」
「? 美術館に行きてーのか?」
「違うわい! すっげえ焦げた味する……香ばしいっつうか苦い」
「いらねえんならもらうぞ。サンガツ」
雷疾が横から串を取って食べてしまった。
「なあ美琴、イモリの黒焼きってなれそめ薬つって、一種の惚れ薬として現世では伝わってんだぜ」
「だから?」
「いや、別にぃ」
「言っておくけど私と番になりたいんなら、私を一撃でノックアウトできるくらい強くなることね」
美琴は毅然と言い放ち、駅舎の外に向かって歩き出した。
燎真と雷疾は顔を見合わせ、
「怖いな、あいつ」
「妖怪の女はみんなあんなだぜ」
学園前駅から出ると、すぐにメインストリートが広がっていた。
商店街のような雰囲気である。学生には必須な文房具店や本屋、おそらく妖怪の学校には必要であろう用品店から、飲食店まで並んでいる。
安くて量が多いタイプの店もあれば、テラス席の優美なカフェ。骨董店のような店構えの建物の上の階は、ディスカウントストアになっていた。
無秩序で混沌としている。都市計画という規格化された町並みが一般化した現世では見ない光景だ。
美琴は目の前の学校を指差した。
作りは大学のようにも見える。が、学園と言っているのだから、高等部だけではないのだろう。大学や、あるいは中等部もあるかもしれない。
「本当にいいのかな。俺人間だぞ? いや、妖怪が危害加える気ならとっくに死んでるだろうし、お前らは優しいから全然怖くないんだけど……」
「場違い感ってやつか? 心配すんな、俺らがレクチャーしてやるよ」
「同じクラスだしね。私の仲間として、何も知らない人間と馬鹿な雷疾は最高だし」
「馬鹿で悪かったな」
頼れる兄貴肌な雷疾と、少し高飛車だが過小評価も過大評価もしない美琴。燎真は意を決し、一歩踏み出した。
校門が迫ってくる。目の前には、若い女性教師が立っていた。耳がエルフのように尖っている。ストレートの黒髪に赤いジャージに竹刀。ステロタイプな熱血指導員という感じだ。
やってくる生徒に向かってハリのある声で「おはよう!」と声をかけている。
「おはよう、新入生諸君!」
「「おはようございます」」
「お、おはようございます……」
キョドってしまった燎真に、指導の先生が眉を上げた。
「珍しいな、純粋な人間が学校に来るなんて。何十年ぶりだろうな。おはよう、学校を楽しめよ」
どうやら人間であるというだけでは追い返されないらしい。
上級生が並んでいるところに向かうよう言われて、新入生の列に並ぶ。どうやら入学式の列らしい。前に美琴、後ろに雷疾。美琴の尻尾が汽車の時より大きくなっており、燎真の鳩尾あたりまで伸びていた。フワフワモコモコ揺れる白い尻尾に、思わず猫吸いならぬ狐吸いをしそうになるのを堪えた。そんなことをすれば、間違いなくワンパンノックアウトの拳骨が飛んできそうだったからだ。
しばらく列に並んでいると、動き出した。上級生が「気をつけて、ゆっくり進んで」と声をかける。
周りは皆——正確には、大半が——妖怪だった。
燎真はかすかに感じるピリッとした極彩色の匂いというか、そういう肌の感覚がさっき雷疾が言っていた妖気ではないかと思えていた。
やがて大きな体育館の前にやってきた。中では諸々、挨拶や準備が進んでいるのだろう。
燎真は「私語は慎むように。決して校長先生や学園長を怒らせないように」という上級生に従い、お口チャックを徹底しておいた。「目上の者と女が喋っている間は黙ること」、それは孤児院の先生がよく言っていた。
先頭の上級生が、「新入生、入場」と言って、体育館のドアが開かれた。触れてもいないのに、重そうなドアがスライドする。機械動力、さもなくば妖術の類で動いているのだろう。
ここまできて後戻りもへちまもない。燎真はとっくに固まっている覚悟を、己が決めた結論を信じ、足を踏み出した。
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