第1話 幽霊列車の出会い

 燎真りょうまはなかなかこない電車に、ため息をついていた。落花生の袋の中に殻を落とし、中身のナッツを口に放り込む。


「電車、こねえな」


 奇妙な駅だった。この街に、こんな駅あっただろうか? 記憶を手繰る。小学生の頃、この辺の山に虫取りに来たりしたが、線路が通っていた記憶すらない。

 霊園をずっと登った先、山に入って少しのところに廃線ギリギリの鉄道が通っている——説明会でそう言われ、そんな話聞いたことないと思いながら今日来てみたら、本当にあった。

 まるでその話を聞いたことで、この駅がみえるようになったように。


「不気味だな」


 あたりを見回す。人の気配がまるでない。ただ木々と土と、動物の匂いがする。

 その動物達も、

 何見てんだ、という風に足元のニホンリスを見下ろすと、何も持っていない手を口元に持っていって齧る仕草をした。燎真は手持ち無沙汰もあって、孤児院から持ってきた落花生を食べていたのだが、それをよこせと言っていることは明白である。

 塩茹でもしていないまんまの落花生だ。殻すら向いていない。


「ほらよ」


 あまりにも物欲しそうな顔をされた。餌付けは良くないと思っているが、咎めるものはいまいと一つ落花生を渡す。

 ニホンリスはそれを受け取ると、殻を剥いて中身を頬袋に突っ込んだ。もっと寄越せ、と仕草を繰り返すのでいくつか渡すと、顔をパンパンに膨らませてからようやく素早く走っていった。


「礼くらい言えよ」


 無理とわかっていてそう吐き捨てた。

 リスが言葉を話せるわけがな——


「ありがとうな、人間」


 リスの口が素早く動いて、早口でそう言われた。リスは柵の隙間から山へ帰っていく。

 燎真は二、三回目をしばたたかせて、我が目を疑い、耳を疑った。

 妙なことがあるものだ。疲れているのだろうか。幻聴を聞くなんて。


 燎真は落花生の袋のジップロックを閉じ、ボディバッグにしまった。代わりに小脇に抱えていたちょっと厚い学生証を開く。


葉傀学園ようかいがくえん高等部一年二組 真淵燎真まぶちりょうま


 ぺらぺらページをめくると、時々空白のページもある。印刷ミスというより、意図的に空白にした感じだ。あとからプリントを切り抜いて貼り付けるのだろうか?


 必ず携帯すること、と言われて送られてきた学生証を制服の内ポケットに入れた。燎真が着ているのはブレザー型の上着とややたわんでいるズボン。上着の下は自由とされていたので春物の薄い生地のパーカーを着込んでいる。

 背中には学校が指定した説明会場で売っていたものではなく、自前で用意したボディバッグ。腰にはウエストポーチを巻いていて、ポケットにはやはり学校側が送ってきた液晶端末エレフォンが入っていた。


 火の車で経営している孤児院の出身である燎真にとって、書類審査で入れた上学園の好意で携帯を持たせてくれるのはありがたかった。

 学用品などは奨学金を借りて買うことになったが、少々特殊な職業高等学校らしく、普通の高校では使わないものも買わされた。

 荷物はすでに学園に届けられ、寮に送られているという。——と、


 汽笛の音がした。今時汽笛——? そう思ってそちらを見ると、走ってきたのはD五一形蒸気機関車デゴイチである。

 こんなの、国語や歴史の教科書でしか見たことがない。

 駅に停まり、白髪白髭の車掌が言う。


「乗らないのかい? 考える時間はそうないぞ」


 端的な問いだった。それが明らかに、今までとは違う生活に飛び込むか否か、そう問いただしているのは明らかだった。

 燎真は今更退けるか、と思い、「男は度胸」と小さく囁いて頬を打った。


「よろしい。ほら、切符。しっかり持って」


 良く見たら車掌は髪と髭が生えた骸骨だった。息を飲んでいると彼が背中を優しく叩いて客車に導き、ややあって幽霊列車デゴイチは発車した。

 燎真は客車に入った。そこだけ時代をいくつか遡ったような光景であると思っていたが、意外とモダンだ。

 木目調のテーブルとスツールが列の左右に並び、若い男女や老いた者、子供までいる。けれどいずれも人間ではなかった。

 獣の耳を生やしていたり、邪魔にならないようにするためか尾を縮ませている最中の人狼の女がいたり、ずっと角を布で拭っている青年がいる。


「なんだ……ここ」 


 燎真は息を飲んだ。若い男女は明らかに制服を着込んでいる。スーツのようなデザインだったり、カジュアルなものだったり、中には和装だったりもするが、驚いたのはイブニングドレスのようなデザインの女性もいた。いずれも共通するのは学園章である二対の木の葉をあしらった紋様のワッペンを縫い付けていることだ。


 葉傀ようかい——妖怪ようかい学園。


 そういう、ことなんだろうか。

 どうすればいいんだろう、自分は妖怪ではない。純粋な人間だ。人間の中では特殊な出自だが、その血や——フィジカル面は、決して、全くもってただの人間だ。


「よう」


 座ることもままならず突っ立っていると、同い年くらいの少年が声をかけてきた。図鑑で見たシンリンオオカミのような耳と尾が生えている少年だ。その尻尾は、オオカミというにはやや長く、まるで猫のようにも思え、その尻尾は二本ある。

 黒髪に金色のメッシュを入れており、瞳はターコイズの宝石のような色。なんとなく、腕白坊主というような印象を受けた。

 彼も制服を着込んでいた。やたらごついジッパーのジャケットに、ダメージ加工のジーンズというデザインだ。


「ここも席空いてねえの? ……なああそこ空いてんじゃん。座ろうぜ」


 少年は燎真の肩を掴むとぐいぐい押して、スツールに座らせた。力が強いし、もひとつ体格もいい。少年も隣に座る。燎真は少年を見て、左隣の少女に「ごめん」と言ってから、車窓をちら、とみた。そしてまた目を見開いた。

 外に、火山が見える。溶岩が流れ、それらが波飛沫のように散っていた。


「あれが気になるか? 〈庭場〉、つってな。俺らの世界の一つ」

「〈庭場〉?」

「各地に隠れ潜んでいる見えない鳥居から入れる。その鳥居に守られてる要石が、俺らの秘境を形成して守ってんだ」

「……妖怪の隠れ里を?」


 少年は満足げに微笑んだ。


大瀧雷疾おおたきらいと。父さんが雷獣で、母さんが猫又。だから、雷獣と猫又のハーフだな。よろしく」

「へえ……俺、真淵燎真。なんていうか……」

「バニラ」


 燎真の隣で文庫本を読んでいた少女がそう言った。

 燎真と雷疾の目が彼女に向く。

 そこにいたのは青銀色の体毛を持つ三尾の妖狐。尻尾の先端が青く染まっている。邪魔にならないよう短く縮めているのだろうか。狐というには不自然なくらい尻尾が短い。


「純粋な人間をバニラっていうの。純血っていうとなんていうか偉そうでしょ」

「……君は?」

籠目美琴かごめみこと。一年二組。よろしく、燎真、雷疾」


 となりで「いきなりぐいぐい来るな」、と雷疾が苦笑しつつ、


「俺も二組だぜ。真淵は?」

「二組」

「じゃあ下の名前で呼べば? 壁作って人と違いますアピールって明らかに人間的だもん」


 燎真と雷疾は顔を見合わせた。人間の血が入っている者同士、その意見はよくわかる。


「じゃあ雷疾。改めてよろしく」

「こちらこそ、燎真。ついでにお優しい美琴サンも」

「どうも、一言余計な雷疾君」


 燎真は苦笑し、肩をすくめた。仲良くなれそうだ。


「どれくらいかかる? 七時に出たと思うんだが」

「二十分遅れだけどね。そうね、大体一時間くらい」

「それより飲みモン頼もうぜ。俺小遣いあんま持ってねーけど、学生証あれば通学列車の飲みもんはタダだろ?」


 雷疾は喉が渇いているようだ。それについては燎真も同じである。カウンターに立っているモノクルと燕尾服の耳が長い老紳士に声をかけた。

 注文表を渡され、燎真はアイスコーヒーを、雷疾はフルーツオレを、美琴は蜂蜜ミルクを頼んだ。


「アイスコーヒー飲めるんだ。そっか、人間だもんね」

「美琴はカフェオレとか飲まないの?」

「狐の血が入ってるから無理。ちょっとならまだしも、飲み過ぎれば中毒になる」


 そういえば犬や猫にカフェインやネギ、チョコとか、そういうのはよくないと聞いたことがある。


「コーヒーとかチョコは俺も無理。でもハクビシン雷獣はコーヒーに耐性あるぜ」

「なんでハクビシンは耐性があるんだ」


 運ばれてきたドリンクを受け取る。燎真はミルクと砂糖を入れてかき混ぜ、ストローで一口啜った。


「ジャコウネココーヒーだよ。知らないなら、知らないままの方がいいぜ」

「?」


 となりで美琴が肩を振るわせている。明らかに笑っていた。

 と、客車のドアが開いた。


 入ってきたのは上等なスーツにデザインし、材質にも拘ったであろう制服を着た三人組。美男子を先頭に、まるで己の引き立て役のようにノッポと太り気味の、風采の上がらない男子を引き連れている。

 先頭の美男子は黒髪で、服装も全部黒。まるでカラスみたいなやつだ。左右の奴らも、やけに偉そうである。

 なんてありがちなんだ、と燎真は思い、視線を逸らした。


「雷疾、あいつらって」

「鼻持ちならねえ純血主義者だろ。貴族家系のやつらさ。無視しろ」


 やっぱり。

 そしてことはわかりきっていた。


「エテ公と雑種のにおいがするな、ここは。それに混じって気高い一輪の百合の花のような香りもする」


 雷疾がウゲー、という顔をした。燎真も寒いぼが立つくらいに寒気がしていた。キザを通り越して厨二病真っ盛りじゃないか、と。


「美琴嬢。かくも気高き籠目家の御息女がここにおいでとは。僕らの一等客車に参りませんか。ここにいては猿と混ざり物のにおいが移ります」


 美琴はうんざり、という顔だ。


「私は籠目家を捨てた。それに、ただの末席よ。私に取り入っても家の権力には加われないわ、鞍馬くらま殿」

「はは……何を。まるで僕が権力のために君を——」

「違うの? 私の家柄を褒める人は絶対そうよ。悪いけど、散々そういうふうに見られてきたからわかるわ」

「僕はただ、美琴嬢の美しさに——」

「失せろと言っているのよ。それとも形のいい鼻をブチ折られないと理解できない?」


 鞍馬と呼ばれた少年がちらりと燎真、そして雷疾を見た。二人とも素知らぬ顔でドリンクを飲んでいる。


「お節介ですが、付き合うご友人は選ばれた方が賢明ですよ」

「心配なく。友達くらい自分で選ぶから」

「そうですか。……いくぞ」


 鞍馬が子分を連れ、引き返した。

 美琴が肺の空気を全て絞り出すような、生物の限界に挑むようなため息をついた。


「なんだったんだよ、あれ。知り合いか?」


 雷疾が問うと、美琴が吐き捨てた。


「権力狂いの鴉天狗よ。ほっときなさい」


 燎真はアイスカフェオレを飲んで、どこの世界にも嫌な奴っているんだな——と鼻を鳴らした。

 外の景色が切り替わるように変化し、そこは現代都市のような風景になっていた。都会というよりは、地方都市の駅前のような感じだ。


 遠くに馬鹿に大きい学校が見え、あれが葉傀学園であることは、明白であった。


「あれが学術都市・葉傀だぜ」


 雷疾がそう言って、フルーツオレを飲み干した。

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