そこは、静かな庭園だった。
穏やかな陽光を浴びて、緑の葉を思うがままに伸ばす木々達。
庭園全体に質素ながら、落ち着いた雰囲気が満ちている。
見渡せば、幾つかの東屋が見える。
庭園の雰囲気に良くなじんだそこは、樫材のテーブル等が置かれ、一時の休息をもたらす場となっている。
その中で一番大きいのは、庭園のほぼ中央に位置する、他と比べやや大きめの東屋だ。
そこは、この庭園の主が好んで使う場所であり、僕達が今居る場所。
さっきまで、修羅場中の修羅場に居た身にとっては、この場所は緊張を解きほぐしてくれる素晴らしい場所だった。
気に入りの場所を解放してくれたことにも、後でお礼をしなきゃな…
そう思いながら、僕は目の前の神官服の女性へと頭を下げた。
…正確には、僕の分身であるモニターの中のアバターが、頭を下げる。
そう、この素晴らしい庭も、キャラクターたちも、MMORPG『AE』の中の存在だった。
MMORPG、『Another Earth』、通称『AE』は、根強いファンを抱えた、それなりに名の知れたMMORPGだ。
プレイ人数や規模自体は中堅と言えるが、多彩なスキル、アイテム、モンスターは有名大規模MMORPGと比べてもそん色がなく、またある理由により『派手』な戦闘が楽しめるのが特徴だ。
『AE』のシステムは、レベル制、職業制、スキル制3つの複合型を採用している。
プレイヤーキャラは、他ゲームで職業に相当する
<
また総合経験値によってキャラクターの
ところで、ペット職という用語をご存じだろうか?
プレイヤーが操るキャラクター以外に、手懐けたり契約したモンスターや作成したゴーレムなどを連れ歩け、その能力を操れる職業の事をMMO等でそう呼ぶ。
まるでペットを連れ歩く様な姿から来る呼び名であり、
これらは、コンシュマーゲームであれば、かなりの力を持つことが多い。
元々のキャラに連れ歩くモンスターの力を更に足せるというのは、単身のキャラよりも力を持つのは仕方ない事だろう。
だが、これがMMORPGとなると話が違ってくる。
多数のプレイヤーが存在するMMOに置いては、基本的に同クラスの全ての職業が均等に力を持つように調整する必要がある。
そのため、ペット職は他の職業が単身で100の力を持つとした時、ペット職+召喚したモンスターの合計で100の力になるような調整がされる場合が多い。
結果単身では半人前、召喚したモンスターと合わせて一人前、などという不遇な扱いをされやすいのだ。
更には、召喚したモンスターは半人前の力程度に抑えられるため、敵の通常のモンスターよりも脆い場合が多く…結果死に易い。
召喚したモンスターを失えば、ペット職もまた半人前の力しか持たない設定の為、落されやすい。
また、モンスターとの契約を行う際、狩場に存在するモンスターを奪われるとして、他のプレイヤーから良い目をされないこともままある。
逆に、召喚モンスターを強く設定すると、今度は他の職業よりも有利になってしまうという、運営としても調整の難しい職業なのだ。
そして『AE』が『派手』であるとさせる最大の理由が、このペット職にあった。
『AE』にもペット職は存在する。
それは、例えば<
しかしそれだけではなく、実質ほぼすべての称号が、ペット職の面を持っている。
例えば、<戦士>の称号を取得したとしよう。
この場合、キャラクターの位階に応じて、戦士系のスキルを持ったNPCを呼び出せる。
流石に最初期の位階
だが、位階を下級から、
伝説級で取得可能な軍統率系称号<
むろん、それらは通常の冒険では制限がかかるが、『AE』では
また、特定のフィールドは大規模戦闘用に常時開放されており、自由にプレイヤー同士で軍同士での戦闘が行えたりもする。
画面を覆うほどの大軍のぶつかり合いが、プレイヤー1対1の戦闘シーンだというのもよくある話だ。
また、こうした大規模戦闘専用の召喚モンスターや
山ほどの巨大な魔獣を、≪創造魔術≫で生み出した巨大なゴーレムで迎え撃つという、ロボットアニメを髣髴とさせるような光景すら、『AE』ではよくある大規模戦闘の一つなのだ。
そして僕こと刈谷光司の分身であるプレイヤーキャラ『夜光』は、そんなペット職にあふれた『AE』の中でも、更にペット職としての特色を強めた召喚術師だ。
それも位階制限の許す限り、あらゆるモンスターと契約、召喚可能にするという伝説級称号、<
…そう、
頭を下げるアバターを感慨深く思いながら、僕はボイスチャットの回線を開く。
「お陰様で、何とか間に合いました。本当にありがとうございます、ホーリィさん」
「いいのよ、やっくん。私も、最後の最後にとても楽しめたから」
「最後の最後って、ホーリィさん、『AE2』へのコンバートはこの前終わってるって言ってたような? もしかして、引退するんですか?」
「ああ、ごめん、勘違いさせちゃった? 別にそういう訳じゃないの。『AE2』をプレイしたいのは山々なんだけど……まだVRゴーグルが届いてないのよ」
「え? あぁ、今ちょっと品薄ですしね……」
「そうなのよ……コンバート自体は別にVRゴーグル無しでもできるからいいんだけどね…いわゆる、コノザマって奴」
「あはは……じゃぁ、『AE2』で会えるのはちょっと先ですか?」
「そうなるわ。まぁ、やっくん自身とは、毎日顔を合わせてるんだからいいじゃない」
「それは、そうですけど…」
ニコニコと、優しげに微笑む神官服の女性、ホーリィさん。
白を基調とした神官服と、肩まで伸びた栗色の髪、包容力のある美しい容姿。
まさしく神に仕える女性神官の鏡と言った風情だ。
その全てを裏切るのが、アバターの表情では隠し切れないボイスチャットからのコノザマ状態な声と、背後に据えた巨大な
彼女は、このMMORPG『AE』でも、名の知れた『殴り僧侶』なのだ。
位階はプレイヤーキャラのカンスト値である伝説級:100。
<
その暴れっぷりは凄まじく、ある特定のドロップ品を持つ
とはいえ、僕にとっては頼りになる先輩プレイヤーの一人であり、互いにソロメインながら時折パーティーを組んできた仲間という思いが強い。
今日は、MMORPG『AE』のサービス最終日。
こんな日に、よりにもよって伝説級ボス相手の大規模戦闘に臨んだ僕のサポートを快く引き受けてくれたのだ。
普段のプレイスタイルと違うのに、
もしホーリィさんが居なければ、僕は今日の大規模戦闘の目標を達成できず、『Another Earth』の冒険の日々の最後を失敗で飾ることになっていただろう。
本当に頭が上がらない。
……ちなみに言うと、リアルでは高校、大学を通じての先輩だ。
…………本当に頭が上がらない。
『AE2』というのは、MMORPGからVRMMORPGに移行する、『AE』の正統後継タイトル『Another Earth 2』の略称だ。
急速に発達したVR技術は、MMORPGにも取り入れが始まっている。
先行した有名大規模MMORPGでは、かなりの反響があったらしい。
その流れは、長年中規模MMORPGとして堅実に運営してきた『AE』の運営会社も無視できなかったらしく、ついにVRMMORPG『Another Earth 2』として『AE』を生まれ変わらせるまでになってしまった。
幸いプレイヤーキャラのコンバートは可能だったため、『AE』の一旦の終了をプレイヤーの大勢は大きな混乱も無く受け入れているらしい。
むしろ『AE』で育てたキャラでVRMMORPGができると、かなり好意的に受け止められていると聞いている。
僕も、既にクローズドβに参加してVRMMORPG『AE2』の面白さを実感している。
だからこそ、ある一点について寂しさを感じずにはいられなかった。
「それにしても、やっくん、勿体無いよねぇ……せっかく大罪の魔王をコンプしたのに、殆ど連れまわせずに終わるなんて」
「仕方ないですよ。開始直後のMMOでいきなり魔王連れまわすとか、どんなチートですか」
「あはは……そりゃ祭り必至だね。でも、少しくらいコンバートできてもいいだろうにね~」
モニターの中のホーリィさんの表情は変わらないが、何となく僕には、先輩の視線が『夜光』の背後に向けられているように感じる。
そこには『AE』最終日の今日になってようやく
僕の寂しさの原因、それは召喚NPCや召喚モンスターのコンバートが出来ないと言う事だ。
『AE2』は、業界では初となる、全感覚投入型のVRMMORPGらしい。
全感覚投入型と言う事は、それはつまり、扱う情報量も大量になると言う事だ。
開発段階で『AE』と同じくペット職を処理しようとしたが、上手くいかなかったと聞いている。
また、コンバート可能と言っても、キャラの位階は初期値まで戻されてしまい、また初期ではレベルキャップを設定するため、旧『AE』で呼んでいた召喚モンスターをレベル的に呼び出せないという、システム的な問題もあった。
そこで運営はひとまず、召喚モンスターのコンバートの無期延期を発表したのだった。
それはつまり、僕が育て上げてきたパーティーモンスター達との別れを意味していた。
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