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第136話・俺はロシアをこうしたかった……

 

 ––––神奈川県 横浜市。


 巨大なランドマークタワーと観覧車で有名なここは、多くの観光客にとって良い撮影スポットだ。


 数年前の新型コロナウイルス・パンデミックによって、一時……観光産業は大打撃を受けた。

 この街も、経済都市であると同時に観光で稼いでいる土地。


 当時は人影なんてめっきり減っていたが––––


「どうだ、横浜の潮風は?」


 海辺の柵にもたれ掛かっていた男に、白人の男性が話しかける。

 使っている言語は欧米でもロシアでもない、中国語だった。

 話しかけられたアジア系の中年––––名を“李”大尉は、見下したような口調で返した。


「ようセルゲイ少佐。天下の大ロシアも、今や中華が公用語の時代か……落ちたもんだな。ウクライナ戦争なんてしなければ良かったのに」


 鬱屈とした表情で隣にもたれかかった彼は、名前以前に––––どこからどう見ても風貌でロシア人とわかる。


「あぁ、俺も今になって後悔しているよ大尉……。アレはなんの意味もない独裁者の妄想が起こした悪夢だった、欧米産業は国内から追い出せたが……代わりに中国資本が山ほど入って来た」


「そのスマホ……あと靴もか、中国製だろう?」


「––––携帯はファーウェイの型落ち品、靴は新品だが……履き心地が少し悪いな。あと服も中国製だ。メディアはロシアの戦争継続能力を未だ讃えているが、実態は中国の経済奴隷に成り下がったに過ぎない」


「はっは、おたくの大統領が会談に遅刻しなくなったのも……ちゃんと立場を理解しているからだろうな。ようこそ––––後進国クラブへ」


 世界最貧国と呼ばれる北朝鮮の李大尉の嫌味に、セルゲイ少佐はウンザリしながら返す。


「最悪だよ、今のロシアは……マクドナルドのある日本が青く見えて仕方ない」


「だったらなんで止めなかった? セルゲイ少佐。特殊部隊(スペツナズ)でも“特別”と称されるアンタなら、少しは大統領に意見できただろうに」


「無理だな、我が国のトップは今でもロシアを偉大な国だと思い込んでいる。夢を見る老人を起こせるのは……若い国民の蜂起だけだ」


「でもロシアは今までずっと地方の力を削いできたじゃないか、おかげで反乱の機運はゼロ。その片棒を担いだアンタが言ったんじゃ……本当にロシアは終わりだぜ?」


 中国語で話す北朝鮮人とロシア人。

 一昔前前なら考えられない光景だったが、中国が世界2位の国として君臨してからは別に特別でもなんでもない。


 ロシア人は中国語を何より優先して学ばされ、中国人の作ったEV車両に乗り、中国のために職場へ行って働くのだ。


横浜(ここ)に来るたび思うよ……日本は瀕死の老人だと習ったのに、なぜこうも賑わい、活気に満ち溢れているんだとね」


 セルゲイの前には、赤レンガ倉庫の周囲に建てられた大量の屋台。

 何やら音楽イベントがあるとのことで、非常に大勢の人間が集まっていた。


 屋台の食事は珍しい物ばかりだが、いかんせん値段が高い。

 セルゲイ少佐や李大尉の財布では、手が届かない。


 それもそのはずで、日本はダンジョン出現前の2023年には既に30年以上続いた魔のデフレを脱却。数十年ぶりのインフレ経済へ移行。

 次いで2024年には、落ちぶれた中国市場から逃げて来た株式投資によって海外からの景気印象も向上している。


 海外投資家の好印象は、さらなる投資の引き付け役。

 新NISAも相まって、日経平均株価はバブル期のそれに匹敵。


 さらに同年の春闘では、過去最大となる企業の賃上げがなされた。

 インフレによって上がった物価と、合わせて24年度から跳ね上がった消費者物価指数。


 これにより––––日本は主力の内需を強化すると共に、外需も前例に無い規模で巨大化。


 重度の少子高齢化というデバフがあるにも関わらず、ダンジョン出現前から日本はインドに匹敵する経済成長、その勢いを得る準備をしていた。


 加えて、深刻なデフレに陥った中国よりも日本経済が世界的に見て投資の価値があると判断された。

 筆頭としては、半導体最大手の台湾TSMC、高性能コンピューターに必須のGPU最大手NVDIA。


 特にNVDIAのGPUは、人工知能や高性能コンピューター開発に必要であり、同社は日本へ最優先でGPUを供給すると政府に約束した。


 工業生産の重要拠点として––––中国が手に入れた“世界の工場”という地位のさらに先。


 “世界の先端研究所化計画”を、日本は進めていた。

 既にこれだけでも十分なのだが、極めつけはダンジョンの恩恵による天然資源出現。


「関東の飯は高い……。本国からのお小遣いじゃ、武器の管理に精一杯で……どんぶりすら満足に食えないんだ。ちょっと前から日本は物価が高過ぎる」


「それだけ経済成長しているんだろうな少佐、全く……羨ましい限りだ。しかし欧米も可哀想に……観光客用の飯やサービスを、とんでもない価格で売られてる。聞いたか? 京都じゃ祇園祭の外国人用見物席に1つ40万円。ニセコじゃ1食2000円の牛丼を出してるらしい。日本の企業や店は前からウハウハだ」


「観光大国なら外国人相手にぼったくるのは当然だろう、スイスだって昔からやってるぞ大尉。それだけ日本人が、商売上手になったということだろう」


 2人の前で、音楽イベントのリハーサルが始まる。

 とても賑わっており、大勢の日本人が屋台で買い物をしていた。


「……俺は、ロシアをこうしたかったんだ。金に満ち、飽食の時代を迎え、国民が息つく暇さえ無いくらい娯楽に溢れた国……。世界に誇れ、世界が真似する……俺が求めていた夢が、この国にはあるんだ」


 独白を吐くセルゲイへ、横から声が掛けられる。


「ならその理想は捨てた方が良い、ロシアという病人には過ぎた願いだ」


 2人が振り向けば、長い黒髪の中国人がそこに立っていた。

 目は細く、いかにも善人ですよという顔……。

 しかも夏にも関わらず、全身を分厚い白装束で覆っていた。


「待たせて悪かったね、属国たち♪」


 ––––中華人民共和国、国家安全部 特殊工作課 第666執行大隊所属。

 (ちん)大佐が笑顔で手を振った。


136話を読んでくださりありがとうございます!


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