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第125話・月明かりの下の不良たち

 

 ––––午後11時30分。


 とっくに就寝時間を過ぎた駐屯地。

 屋外の喫煙所に1つの影があった。


「ふぅっ…………」


 柵にもたれ掛かりながら、坂本3曹は夜空を眺めていた。

 その右手には、火の付いていない真っ白なタバコが挟んである。


「良いなぁ……隊長、守りたいと思える存在がいて」


 無駄に長い前髪を垂らし、ボーッと上を向いていた彼に––––ふと声が掛けられた。


「就寝時間はとっくに過ぎてるのに、こんなところで一服とか……アンタやっぱ不良ね」


 見れば、隣にもたれ掛かる形で久里浜が立っていた。

 接近に全く気づけなかった辺り、さすがは特戦群と言ったところだろう。


 長いセミロングの茶髪を揺らし、しかも相変わらずどこか良い匂いがする。

 それが……妙に腹立たしかった。


 2人の距離は、1メートルも無い。


「不良はお前もだろ、僕は部屋に戻れないからここにいるだけだし」


「何それ、言い訳になってないわよ?」


「うっせガキンチョ、子供が夜中にうろついてんじゃねーよ」


「残念でした〜、わたしはちゃんと遠灯許可貰ってますー。アンタみたいな不良自衛官と違うのよ」


 ドヤ顔を見せる久里浜に、坂本は冷静に突っ込んだ。


「20歳未満は喫煙所に立ち入り禁止な、お前まだギリギリ未成年だろ」


「ッ……」


 ワザとらしく咳払いした久里浜は、体勢を直す。


「きょ、今日は月綺麗ね」


「逃げたなクソガキ」


「ガキガキ言わないで! アンタも所詮まだ20代じゃないのよ、それがタバコ吸ってイキって……バカじゃないの? クソボッチ乙!」


「なんだよ、だったら火でもつけてくれんの?」


「つけない!」


 プイッと顔を反対に向けた久里浜は、しばらくして……チラリと振り返る。


「……タバコって美味しい?」


「は? なんだよいきなり」


「だってアンタ……普段吸わないでしょ? なんで改まって持ってんのよ」


 彼女の言う通りで、彼は小隊の面々の前で吸ったことなど無い。

 現に、今も持ってはいるが火はつけていない状態。

 吸うつもりがあまり感じられなかった。


「さぁな……美味しいと感じたことは無い、現に今年度に入ってからは殆ど吸ってないし」


「へぇ、依存症とかじゃないんだ」


「気分転換ってやつだよ……、なんならさ」


 ライターを取り出し、先端に火をつける。

 赤く灯ったそれを口に咥えて、紫煙を吐き出しながら一言。


「内緒でこっそり吸ってみる?」


「意味わかんない、わたしが未成年なの忘れた?」


「冗談だよ、お前が吸ってもむせるだけだろうし」


 坂本としても、ラインは弁えている。

 だが、どうしても……ここで教えておきたかった。


「お前はこんなの吸うなよ、不味いし……肺を悪くするだけだからさ」


「ッ…………」


 直後だった。

 坂本が咥えていたタバコを、久里浜が手で奪い取った。

 そして、躊躇なく口に挟み……。


「…………まっず」


 顔を歪ませる。

 突然の奇行に、坂本は思わず苦笑した。


「バカかお前? さっき言ったばっかじゃん。未成年喫煙で警務に言いつけんぞ」


「別に、良い子ちゃんばかりが自衛隊にいるわけじゃないのは……アンタが一番知ってるでしょ」


「確かにな」


 無許可での深夜徘徊、未成年喫煙。

 2人の不良は夜空を見上げた。


「ウケる、今のわたし達……MP(警務隊)に見つかったら処分確定よね。給料どんくらい減るかなー」


「そんなくだらない心配、しないだろお前は……。そもそもさっ!」


 背を伸ばした坂本が、久里浜から奪い返したタバコを吸う。


「自衛隊でも特に捻くれ者の集まりだろ、第1特務小隊って。他で馴染めなかった奴らの溜まり場だよ」


「あら、アンタ自分で自覚あったんだ」


「お前もな、ったく……人を未成年喫煙の共犯にしやがって。特戦って錠前1佐といいぶっ飛んだやつしかいないのか?」


「ぶっ飛んでなきゃこんな仕事してないわよ、言ったっけ」


 柵にもたれながら、久里浜は何の気なしに呟く。


「わたしね、8年付き合ってた恋人と……今年別れたの」


「フーン……」


 動揺を隠したつもりだが、タバコの先端が一気に短くなる。


「理由、聞いても良い?」


「単純よ、自衛隊で頑張ってたら必然的に会える時間が減る。そこからはまぁ……自然消滅ってやつよ」


 声が少し揺れていたのを、坂本は見逃さない。


「わたしがガキだからかな、チビだし……人より頑張らなきゃ認められなかった。そういう意味では、自衛隊って自分にとっては最高の場所なのよ」


 トーンが落ちる彼女に、坂本がタバコを消しながら呟いた。


「良いんじゃね? お前みたいに真っ直ぐなバカがいるのも、自衛隊にとってはプラスになる。俺は好きだよ……そういうの」


 久里浜の表情が少し和らぐ。

 まさか肯定されるとは思ってなかったので、赤面した顔を思わず逸らす。


「バカ」


「互いにな、そろそろ部屋に戻れ……こんなところにいたら四条2曹に怒られんぞ」


 坂本が言ったのと、殆ど同時に足音が響いた。


「あら、まるで不良カップルですね。2人共」


 声の先には、ショートヘアの黒髪を揺らした令嬢自衛官。

 四条エリカが立っていた。


「このまま警務に通報しても良いですが……、それも少しつまりませんね」


 強張る坂本と、半泣きの久里浜。

 端正な四条の顔は、良くない笑みを浮かべていた。


コミカライズの進捗報告ですが、現在編集者さんと拘ってジックリ進めております。

大きな発表はまだ少し先になりますが、企画はちゃんと進んでいるのでご安心ください。

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