––––午後11時30分。
とっくに就寝時間を過ぎた駐屯地。
屋外の喫煙所に1つの影があった。
「ふぅっ…………」
柵にもたれ掛かりながら、坂本3曹は夜空を眺めていた。
その右手には、火の付いていない真っ白なタバコが挟んである。
「良いなぁ……隊長、守りたいと思える存在がいて」
無駄に長い前髪を垂らし、ボーッと上を向いていた彼に––––ふと声が掛けられた。
「就寝時間はとっくに過ぎてるのに、こんなところで一服とか……アンタやっぱ不良ね」
見れば、隣にもたれ掛かる形で久里浜が立っていた。
接近に全く気づけなかった辺り、さすがは特戦群と言ったところだろう。
長いセミロングの茶髪を揺らし、しかも相変わらずどこか良い匂いがする。
それが……妙に腹立たしかった。
2人の距離は、1メートルも無い。
「不良はお前もだろ、僕は部屋に戻れないからここにいるだけだし」
「何それ、言い訳になってないわよ?」
「うっせガキンチョ、子供が夜中にうろついてんじゃねーよ」
「残念でした〜、わたしはちゃんと遠灯許可貰ってますー。アンタみたいな不良自衛官と違うのよ」
ドヤ顔を見せる久里浜に、坂本は冷静に突っ込んだ。
「20歳未満は喫煙所に立ち入り禁止な、お前まだギリギリ未成年だろ」
「ッ……」
ワザとらしく咳払いした久里浜は、体勢を直す。
「きょ、今日は月綺麗ね」
「逃げたなクソガキ」
「ガキガキ言わないで! アンタも所詮まだ20代じゃないのよ、それがタバコ吸ってイキって……バカじゃないの? クソボッチ乙!」
「なんだよ、だったら火でもつけてくれんの?」
「つけない!」
プイッと顔を反対に向けた久里浜は、しばらくして……チラリと振り返る。
「……タバコって美味しい?」
「は? なんだよいきなり」
「だってアンタ……普段吸わないでしょ? なんで改まって持ってんのよ」
彼女の言う通りで、彼は小隊の面々の前で吸ったことなど無い。
現に、今も持ってはいるが火はつけていない状態。
吸うつもりがあまり感じられなかった。
「さぁな……美味しいと感じたことは無い、現に今年度に入ってからは殆ど吸ってないし」
「へぇ、依存症とかじゃないんだ」
「気分転換ってやつだよ……、なんならさ」
ライターを取り出し、先端に火をつける。
赤く灯ったそれを口に咥えて、紫煙を吐き出しながら一言。
「内緒でこっそり吸ってみる?」
「意味わかんない、わたしが未成年なの忘れた?」
「冗談だよ、お前が吸ってもむせるだけだろうし」
坂本としても、ラインは弁えている。
だが、どうしても……ここで教えておきたかった。
「お前はこんなの吸うなよ、不味いし……肺を悪くするだけだからさ」
「ッ…………」
直後だった。
坂本が咥えていたタバコを、久里浜が手で奪い取った。
そして、躊躇なく口に挟み……。
「…………まっず」
顔を歪ませる。
突然の奇行に、坂本は思わず苦笑した。
「バカかお前? さっき言ったばっかじゃん。未成年喫煙で警務に言いつけんぞ」
「別に、良い子ちゃんばかりが自衛隊にいるわけじゃないのは……アンタが一番知ってるでしょ」
「確かにな」
無許可での深夜徘徊、未成年喫煙。
2人の不良は夜空を見上げた。
「ウケる、今のわたし達……MP(警務隊)に見つかったら処分確定よね。給料どんくらい減るかなー」
「そんなくだらない心配、しないだろお前は……。そもそもさっ!」
背を伸ばした坂本が、久里浜から奪い返したタバコを吸う。
「自衛隊でも特に捻くれ者の集まりだろ、第1特務小隊って。他で馴染めなかった奴らの溜まり場だよ」
「あら、アンタ自分で自覚あったんだ」
「お前もな、ったく……人を未成年喫煙の共犯にしやがって。特戦って錠前1佐といいぶっ飛んだやつしかいないのか?」
「ぶっ飛んでなきゃこんな仕事してないわよ、言ったっけ」
柵にもたれながら、久里浜は何の気なしに呟く。
「わたしね、8年付き合ってた恋人と……今年別れたの」
「フーン……」
動揺を隠したつもりだが、タバコの先端が一気に短くなる。
「理由、聞いても良い?」
「単純よ、自衛隊で頑張ってたら必然的に会える時間が減る。そこからはまぁ……自然消滅ってやつよ」
声が少し揺れていたのを、坂本は見逃さない。
「わたしがガキだからかな、チビだし……人より頑張らなきゃ認められなかった。そういう意味では、自衛隊って自分にとっては最高の場所なのよ」
トーンが落ちる彼女に、坂本がタバコを消しながら呟いた。
「良いんじゃね? お前みたいに真っ直ぐなバカがいるのも、自衛隊にとってはプラスになる。俺は好きだよ……そういうの」
久里浜の表情が少し和らぐ。
まさか肯定されるとは思ってなかったので、赤面した顔を思わず逸らす。
「バカ」
「互いにな、そろそろ部屋に戻れ……こんなところにいたら四条2曹に怒られんぞ」
坂本が言ったのと、殆ど同時に足音が響いた。
「あら、まるで不良カップルですね。2人共」
声の先には、ショートヘアの黒髪を揺らした令嬢自衛官。
四条エリカが立っていた。
「このまま警務に通報しても良いですが……、それも少しつまりませんね」
強張る坂本と、半泣きの久里浜。
端正な四条の顔は、良くない笑みを浮かべていた。
コミカライズの進捗報告ですが、現在編集者さんと拘ってジックリ進めております。
大きな発表はまだ少し先になりますが、企画はちゃんと進んでいるのでご安心ください。
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