––––ダンジョン内、ユグドラシル駐屯地。
長いようで短かった東京観光が終わり、透たちはダンジョンでの生活に戻った。
四条はまだ編集作業があるとのことで、早々に女子寮へ。
透も早く休みたかったが、どうしても確認しなければならないことがあった。
「失礼します」
ドアを数回ノック。
中から返事が来ると、テオドールと共に入室した。
そこは、もはや入り慣れた狂人の執務室。
「お久しぶりです、錠前1佐」
部屋の奥では、透たちより一足早く帰還していた第1特務小隊の監督官。
錠前1佐が座っていた。
「ッ……!!」
彼の顔を見たテオドールが、緊張で強張る。
無理もない、彼女にとって錠前は初めて会った日本人にして恐ろしい強敵。
ベルセリオンを逃す際には、銃弾まで撃ち込まれているのだ。
警戒するなと言う方が無茶である。
「お帰りー2人共、あれ……四条2曹は?」
「アイツなら仕事です、1佐が振ったんじゃないんですか?」
「あぁそうだった、彼女出来るからつい編集作業たくさんさせちゃうんだよね。若い女の子には少し可哀想だったと反省しているよ」
「今度労うくらいはしてやってください」
「わかってるさ、それくらいの上官意識は持ってる」
未だ固い表情のテオドールに、錠前は優しく話しかけた。
「……随分と変わったね、見違えたよ」
「そういうあなたも、さらに先の世界へ行かれたようですね」
「ほぉ、具体的には?」
「微弱ですが魔力を感じます、日本人が本格的に使えるとは思ってなかったので……少々驚いていますが」
テオドールの言葉に、透だけ置いてきぼりを食らう。
察したのだろう錠前が、ボールペンを透に渡した。
「新海、それをダーツみたいに僕へ投げてくれ」
「えっ、いや危ないですよ?」
「良いから、ほれ早く」
上官の命とあらば仕方ない。
透は少し離れ、器用にダーツ感覚でペンを投げた。
だが、それが錠前に届くことは無い。
「……なんですかそれ」
ペンは錠前の眼前で止まってしまい、宙へ浮いている。
それを見たテオドールが、興味深そうに呟いた。
「なるほど、空間操作魔法ですか……しかも、わたしより数段上のレベル」
「正解、さすが執行者だ……理解が早い」
空中のペンが掴まれる。
テオドールの言葉で、透もとりあえず状況がわかった。
理屈は不明だが、この男……さらに最強の道を進んだようだと。
「改めまして、こんにちはテオドールくん。我が日本国へ味方してくれたこと……感謝する」
「別に、わたしは透がいるから味方しただけです」
スンとした表情で一言。
彼女の言葉に、錠前は嫌らしい笑みを見せた。
「やはり君は相当の女たらしだな新海、ちょっとどうかと思うぞ?」
「からかわないでください、テオはそんなこと思ってな––––」
「はい、透は酷い女たらしです」
「テオ!?」
突然の裏切りに、動揺する透。
ケタケタと笑った錠前が、机の引き出しを開けた。
「クック……だってさ新海、反省しとけよ」
「心外です……」
「眷属ちゃんが言うんだから真実でしょ、あとこれ––––頼まれてたやつ」
分厚い書類の束が、机の上に出される。
どれもこれも。既にサインや判子がされていた。
「法務省と人事院に掛け合って、テオドールくんの身分諸々を作っておいた。読んでみ」
言われた通り、書類を手に取る。
内容は小難しく書いてあったが、意味は大体わかった。
・異世界人テオドールに、日本国籍と相応の身分を与える。
・職業は暫定的に特別職国家公務員とする。
・年齢は18歳と規定、新海透の被扶養者とする。
つまり、この日本において彼女は基本的人権と職業、身分を手に入れたことになるのだ。
これは『ひゅうが』艦内で、透が錠前にお願いしていたものだった。
「いつまでも立場が宙ぶらりんという訳にはいかないからね、ちょっとこっちの都合の良いようにはしたが」
よくよく見れば、戸籍上……18歳に設定されている。
隣の小ちゃい眷属を見て、疑念を抱く。
「テオドールが18に見えますか? どう見ても13かそこらでしょ」
「異世界の
確かに、18にでもしないと職業を与えられない。
そこはわかる、わかるのだが……。
「被扶養者扱いになるんですね」
「眷属なんて概念、日本には無いからね……無難にそうしといた。実際、これ以外無いだろう?」
「まぁ確かに……」
「扶養者控除とかはそっちで頼むよ、僕詳しくないから––––受けられるかとか知らないけど」
「まぁ了解です、ありがとうございます」
書類を受け取った透に、「そうそう」と錠前は続けた。
「テオドールくんの配信なんだけどね、彼女は自衛官じゃないし……特例でスパチャや案件が受けられるようになったよ」
「マジっすか……」
「インフルエンサー大好きの四条くんは喜ぶだろうね、もちろん制約はある。得た収入や案件は、テオドールくんしか使用できないから。なんせ––––無理矢理立ち上げた法人使ってるからね」
以前からスパチャなどは要望が多かった。
この超人は、こんな僅かな間でここまでテオドールの足元を固めてくれたのだ。
「ありがとうございます、錠前1佐」
「そんなに頭を下げなくて良いよ、言っただろう? 信頼ならいくらでもしてくれて構わないと」
だが信仰だけは絶対しちゃいけない男は、笑顔で手を振る。
「まぁそんだけだ、ご苦労だったね。みんな今日はゆっくり休んでくれ」
退室する透とテオドール。
見届けた錠前は、誰もいない部屋でタバコを取り出した。
もちろん、口内ケアのスプレーとガムも持って。
腰を上げ、屋上の喫煙スペースへ向かう。
「さて……“嫌な客人”を出迎える準備でもするか」
そして、部屋には誰もいなくなった。
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