時間はほんの少し遡って、リヴァイアサン討伐直後。
未知のアノマリーを倒した護衛艦『ひゅうが』率いる艦隊は、その残骸を回収していた。
「内火艇下ろーせー!」
リヴァイアサンの死骸を囲んだ各護衛艦から、小型のボートが下ろされる。
毒性物質の危険があるため、回収は本土からヘリでやって来た陸上自衛隊化学防護隊が主体で行った。
絶命は確認しているため、艦隊司令官は号令を掛ける。
「水上戦闘、用具収め!」
「水上戦闘用具収め!!」
戦いが終わり、『ひゅうが』艦内は大盛り上がりだった。
怪獣退治は自衛隊の伝統とはいえ、本当に倒したのは当然これが初めて。
命を賭けた実戦での勝利は、隊員たちに絶大な自信を与えた。
一方で、1人––––本当に死にかけている少女がいた。
「もうフラフラです……! 透っ、お腹と背中がくっついて死んじゃいます!」
今回の大功労者たる透の眷属、テオドールがヨタヨタと艦内通路を歩く。
リヴァイアサンのトドメに繋がった魔法を撃った彼女は、今絶賛––––地獄の空腹を味わっていた。
「食堂で四条が準備して待ってくれてる、あと少し頑張れ」
横を歩いていた透が、背中を撫でる。
『2連装・ショックカノン』の反動はかなり凄まじかったようで、今回……覚醒したテオドールにはだいぶ無茶をさせてしまった。
あまりに顔色が悪いので、透はすぐさま行動に出る。
「はわっ!?」
「ほれ、しっかり掴まれ」
今にも倒れそうなテオドールを、透は迷わず背負った。
小さく華奢な身体は、彼の思っていたより遥かにすんなり持ち上がる。
これ以上長い通路を歩かせるのは、少し可哀想だと思ったが故の行動だ。
「わっ、悪いです! 下ろしてください」
「何言ってんだ、今回のMVPに倒れられたらマスターの俺が困る。眷属のケアも、大事な俺の仕事だよ」
「わ、わかりました……」
不承不承ながらも、テオドールは透の背中に全身を預けた。
静かな艦内通路で、足音だけが鳴り渡る……。
それがどこか心地良くて、思ったことをつい聞いてしまった。
「透……」
「ん? なんだ?」
「わたし……、頑張ったでしょうか。透の役に立てたでしょうか?」
不安気な脱力した声に、自分の全部を預けたマスターは軽く笑って見せた。
「当然だろ、テオは頑張った。凄く凄く頑張ってくれた。さすが俺の眷属だ、マジ––––これ以上ないくらいカッコよかったぞ」
「ッ…………」
不思議だった……。
つい先日まで敵だったこの人間の言葉が、活力が宿ったスープのごとく身に染み渡る。
もっと褒められたい、もっと良いところを見せたい。
そんなどうしようもない……いたってしょうもない理由が、テオドールの行動指針へいつの間にか変わっていく。
––––生まれて初めて、褒められた……。
嬉しさで心が湧き立つ。
透の言葉は、今まで彼女の人生に存在しなかった“充足感”と“満足感”を与えていたのだ。
背中に身を預け、ポツリと呟く。
「……やっぱり、透は酷い女たらしです」
温かい……たくましい身体が、彼女から自然と意識を奪う。
ほんの5分にも満たない短い時間だったが、テオドールは透の背で眠ってしまった。
「––––ほれ、着いたぞ」
体感時間にして数秒で、目的地に着く。
起きてすぐ、テオドールの鼻を強烈なスパイスの香りが貫いた。
「あっ、来ましたね2人共。もう準備できてますよ」
食堂で迎えたのは、四条と大勢の海自隊員たちだった。
「来たぞ! 俺たちの守護女神ちゃんだ!!」
「『ひゅうが』を守った英雄だ!」
「よく頑張った! 本当に偉いぞ!!」
飛び交う激励に、思わず困惑するテオドール。
「透……、これは一体……」
「みんなお前が守った人たちだよ、大事な俺の仲間だ。もうすぐ約束の物が渡されるから、ここに座ってくれ」
机にテオドールを座らせ、透は四条に近づく。
「坂本と久里浜は?」
「さっきヘリで一足早くユグドラシル駐屯地へ戻りました、なんでも……“お届け物”が来たらしく」
「お届け物ねぇ……一体今度は何を買ったんだか。まぁ了解、錠前1佐から指示とかある?」
「『自分は市ヶ谷で楽しい残り仕事があるから、テオドールくんの労いは頼んだ』……っとのことです」
「それ絶対ロクな残り仕事じゃないな……、俺にとっては倫理的にアウトで、1佐にとっては日常的なヤツだ。とりあえずわかった、じゃあ……始めるか」
四条からクラッカーを受け取る。
配信ボタンは既に押されており、同接数は1億人を超えていた。
世界中のスマホやPC、タブレットに––––可愛らしいテオドールの姿が映った。
「祝、リヴァイアサン討伐記念! 俺たちの魔法少女を労わる––––大感謝パーティー、その配信をなッ!!」
その場の全員が、隠し持っていたクラッカーを一斉にテオドールへ放った。
賑やかな火薬の炸裂音が、艦内に響き渡る。
猛烈に舞ったカラフルな紙吹雪が、銀髪の魔法少女を美しく色取った。
厨房の奥から、大盛りのご馳走が運ばれて来る。
欠食我慢児童だったほえドールは、いくら甘やかしても良いと条約で明記されています。
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