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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第百三十七章 厨二の勲章

(うーん。もうちょっと言い方に気を配るべきだったか……)


 当然だが、元々叙勲式は魔王を倒したメンバーだけで行く予定だったので、イーナにはどこかで待ってもらうというのは既定路線だ。

 ただ、ベンチで魂が抜けた顔をして天を仰いでいるイーナを振り返ると、流石に罪悪感が湧いてくる。


 イーナはあの指輪が「愛を力に変える」ものだと信じ込んでいたようだが、この『猫耳猫』世界に、愛……つまりは友好度が高いだけで大幅能力値アップ、なんて都合のいい装備が存在しているはずがない。

 いや、あるかもしれないが、その場合は誰かほかの『猫耳猫』プレイヤーたちの目にも留まっていたはずなので、今回は違うだろう。


 むしろ強そうに見える装備ほど、隠れた欠点があったりするのが『猫耳猫』。

 情報がそろってない内に、あまり軽々しく装備の効果を決めつけるのは危険だ。

 そう釘を刺したつもりだったのだが、少し言い方がきつすぎたのか、イーナはやたらと落ち込んでしまった。


 その内に叙勲式の時間が迫ってきて、フォローする間もなく急いで移動してしまったが、イーナにはちょっとかわいそうなことをしたかもしれない。



 ところで、指輪の本当の効果についてだが、まだ確定は出来ないが、俺の能力が全く変わらなかったことからある程度想像はつく。


 一つはイーナの想像通り、本当に「愛を力に変える」、友好度に応じて補正がかかる装備だった可能性。

 そもそも『猫耳猫』ではNPCからプレイヤーへの友好度は設定されているが、その逆、プレイヤーからNPCへの友好度はシステム上は存在しない。

 だから、俺のイーナへの友好度をシステムがゼロと判断して、俺は強化されなかったという理屈だ。


 こうなるとこの『相思相愛の指輪』は、プレイヤーの指輪枠一つとイーナの指輪枠一つを使って、イーナの能力値だけを上げるアイテムということになる。

 今の十個の指輪をつけられる状態ならともかく、二個までしか指輪をつけられないゲームではそこまで使える装備とは言えないだろう。


 ただ、いくら『猫耳猫』スタッフでも、存在しないパラメーターを参照させようとするだろうかという疑問は残る。

 それでも『猫耳猫』ならありえないと言えないのが怖いところだが、普通だったらイーナの友好度を俺の指輪にも適用させるなどの措置を取るだろう。


 それを考慮に入れて浮上するのは、この指輪が低レベルキャラクターの補助をするための指輪だったという可能性だ。

 つまり今回、イーナが大幅なパワーアップを果たしたのはイーナのパラメーターが低かったからで、仮にイーナが俺と同じくらい強くなれば、指輪の能力強化は起こらないことも考えられる。

 そうするとイーナは、「専用装備の効果で育てやすくはあるが、最終的な強さはほかと同じ」という立ち位置になるので、wiki上の評価とはそれでつじつまが合う気はする。


 その辺りについてはもうちょっと細かく検証すれば明らかになるだろうが……。


(まあ、ここで考えていても始まらないな)


 検証すれば分かるというのは、逆に言えばイーナなしには何も分からない訳で、イーナのフォローにしても、今は出来るだけ早く叙勲式を終え、急いでもどってくることくらいしか打つ手がない。


 今回もらえる勲章は、『封剣聖猫勲章』と言って、この国の勲章の中では最高ランクのものらしい。

 邪神を封じ、この国の建国王になった勇者『アレクス』。

 彼に匹敵する功績を修めた者だけがこの勲章をもらうことが出来、アレクスはこの国唯一の宗教、レディス教の聖人でもあるので、その叙勲式はレディス教の総本山である大聖堂で行われるのが通例なんだとか。


 その長ったらしい名前の勲章、実は『封魔の迷宮』の解除に必要な紋章の一つ。

 おまけに叙勲式の最後にあるはずの『ご褒美』を考えても、式をすっぽかす訳にはいかない。


 幸いこの時間帯は朝よりも人通りが少ないようで、比較的あっさり大聖堂前まで辿り着けたものの、この辺りは少し危険なので出来るだけ長居は避けたい。

 さっさと中に入ってしまおうと思い、大聖堂まであと数歩の所まで足を進めたのだが、


「ま、待て! それはまだ早い!」


 訳の分からないことを叫んで、一人だけついてこようとしない奴がいた。


「僕の闇のカルマが、ここより先に進んではいけないと警告している!」

「お前は一体、何を言ってるんだ?」


 ……サザーンだ。

 サザーンは完全に足を止め、大聖堂に入るのをためらっていた。

 あれほど怖がっているはずのくまにせっつかれても、前に進もうとしない。


「何を、言ってるか、だと?」


 逆に俺の言葉に激昂した様子のサザーンは、バサッとマントを翻すと、その場にうずくまった。



「――おなかいたい。やしきかえるぅ」



 いや、あの屋敷、お前の家じゃねーから。




 大の男が駄々をこねる姿ほど、見苦しいモノはない。

 しかし結局、サザーンはそこから一歩も動こうとはせず、俺はやむなく話を聞くことにした。

 俺としては適当に事情を聞いた後で一発ぶん殴って、無理矢理引きずって連れて行こうと思っていたのだが……。


「僕はさながら、大いなる邪悪(グレイテストイービル)を討つべく敢えて暗黒道ブラッドロードに堕ちた背徳の超暗黒ハイブラック魔術師マジシャン

 故に、禍々しき神聖(ホーリーフォーリン)なる遺物(アーティファクト)姑息なる退魔の波動(クレセントオーラ)にこの身を侵される訳にはいかないんだ!!」


 まずもって何を言ってるんだか意味不明だった。

 とりあえず大聖堂に行きたくないのは分かったが、理由がさっぱりだ。


「頼むから、俺にも分かる言葉でしゃべってくれないか?」


 俺がイライラしながら言うと、サザーンは口をとがらせて言い直した。


「……あそこは雰囲気が実家に似てるから行きたくない」

「分かりやすいな、おい!」


 ツッコミを入れながら、背後の巨大建築物を振り返る。


 この街の大聖堂というのは、要するに教会の巨大版だ。

 お城の裏側にあるせいか、もうこれお城って呼んでもいいんじゃない、と言いたくなるくらい大きな教会が後ろにそびえたっている。

 心得のない俺に詳しいことは分からないが、なかなかに壮麗なデザインだと思う。


 これと雰囲気が似てるというのなら、サザーンの家は城と見まがうくらい立派だったか、教会だったかのどちらかになるだろう。

 ゲーム脳的に考えて、前者だったらサザーンは貴族の子供の確率が高く、後者であれば一転、教会に捨てられた孤児の確率が高くなるように思うが、


「そうか。お前も、大変だったんだな」

「んぅ…? う、うん。あ、ありがとう」


 ゲーム設定とはいえ、まさかサザーンが本当に高貴な生まれなんてことがあるはずがない。

 サザーンは孤児だったと考えるのが妥当だろう。

 間違いない。


「仕方ないな……」


 本来であればサザーンのワガママになんて付き合う義理はないのだが、今回だけは特別だ。

 実は、ちょうどこいつにぴったりのアイテムを持っていたことに気付いたのだ。


「ほら。これを貸してやるから、元気出せよ」


 俺は鞄から『とある武器』を取り出すと、うずくまるサザーンに差し出した。


「……この薄汚いグローブは何だ?」


 歯に衣着せないサザーンの言い種にイラッとしたが、俺は何とか抑えて、サザーンにもう一度『それ』を押しつけた。


「いいから、ちょっとつけてみろよ」


 俺が強引に勧めると、サザーンは「何で僕が」とぐちぐちとこぼしながらも、グローブを受け取った。

 そして、


「い、今からつけてみるから、見るなよ!」


 と言って、なぜか俺に背中を向けてごそごそとやり始めた。


「はいはい」


 どうして後ろを向いたのかは謎だが、俺は余裕の表情で鷹揚に答える。

 焦る必要はない。

 なぜなら俺には、サザーンが俺の渡したグローブを必ず気に入るという確信があった。


 何しろ、あれはただのグローブではない。

 あれは、俺が王都にやってきてすぐに買った特別な武器。

 厨二病患者垂涎のレアアイテム、『指貫グローブ』なのだから!


「なっ!? ば、バカな! こ、これは……!?」


 装着を終えたサザーンから、驚きの声が上がる。

 振り向いたサザーンは、身の内より自然と湧き上がる衝動によって、両手をクロスさせていた。


「まるで、僕のためにあつらえたようなフィット感!

 つけた途端に込み上げる、全能感!

 そして何より、グローブなのに指を保護しないという前衛的かつ挑戦的なデザインが生み出す、暴力的なまでの格好よさ!

 これは、これこそは、英雄たる僕が持つのにふさわしい装備!!」


 まあ、魔法でサイズ調整されるからあつらえたようにフィットするのは当然だし、指貫グローブに攻撃力はないのでむしろ戦力的には弱くなってるだろうし、そもそもそれはお前の物じゃないが、かっこいいというところだけには同意しておこう。


 俺が内心でうなずいていると、サザーンはいきなり俺を抜き去って、先頭に立って大聖堂に入っていく。


「フッ! 何を呆けている、愚民共!

 僕のこの邪滅ダークキリング秘掌フィンガーハンドさえあれば、どんな巨悪も敵ではない。

 いざ、悪の居城へ乗り込むぞ!」

「何だよ、そのネーミングセンス……じゃなくて、それ俺のだからな!?

 ちゃんと後で洗って返せよ!」


 こうして復活したサザーンの後を追って、俺たちは大聖堂に足を踏み入れた。


 ……やっぱり一発、殴っとけばよかったかな。




 大聖堂に入ると、まずそこには円形のフロアが広がる。

 その中心には大きな漏斗のような形をした穴があり、そこに向かって天井のステンドグラスから伸びた光が、まっすぐに差し込んでいる。


 不思議な光だ。

 決して暗くはない室内なのに、穴に差し込む優しい光が、そこを舞う粒子が、はっきりと見える。

 素直に神秘的だと言える光景。

 これは単なるゲーム製作者の演出だと分かっていて、しかも神様なんてほとんど信じていない現代人の俺にも、何か感じさせるものがある。


「奇蹟、か……」


 思わず漏らした俺の言葉を、前を歩いていたサザーンが拾った。

 不愉快そうに鼻を鳴らす。


「ふん。あんなの奇蹟じゃない。ただの奇術だ」


 両手に指貫グローブをはめたままのサザーンが、天井を指さした。

 俺も視線を上に向ける。

 天井のガラスはステンドグラスになっていて、卍のような細かい模様がある。

 それも、何度かゲームで見たことがあるような……。


「あの模様は周りにある魔力を集めて、中心に送る魔法の陣。

 しかも、あれを描くのに使われてるのは魔法に適した金属、ミスリルだ。

 あれで魔力を下に流して、奇蹟の演出をしてるのさ。

 それにしたって異常な魔力量だが、手品には違いない」


 これだから宗教は、とサザーンは吐き捨てるように言った。


「お前、ずいぶんとアレが気に入らないみたいだな」

「……別に。僕の家の連中だったら、『神聖な術を見世物に使って』と怒るかもしれない。

 だが、僕には関係のない話さ」


 口ではそう言いながらも、サザーンは天井のガラスをにらみつける。

 ……なんだろう、この展開。

 これではまるでサザーンのキャライベントに突入してしまったみたいだし、それ以上にサザーンが本当に魔法に詳しい元名家のおぼっちゃまみたいに思えてしまう。


 俺が思わぬ話の流れに戸惑っていると、突然サザーンは言った。


「……二箇所だ」

「は?」


 不思議そうな顔をする俺に構わず、サザーンは天井のステンドグラスを親の仇のようににらんだまま、言葉を続ける。


「僕なら、あの陣を二箇所変えるだけで陣の中心をずらして、この光が穴に入っていかないように調整出来る。

 ……ふふ。本当にやってやってもいいな」


 仮面の顔に含み笑いを浮かべるサザーンは、いつもとまるで雰囲気が違った。

 もう見ていられない。

 俺はサザーンの肩をつかんで止めた。



「――いい加減にしろよ、サザーン」



 肩をつかまれたサザーンが、意外そうな顔で俺を見る。

 俺は仮面の奥を見通すようにサザーンの目をまっすぐに見据えて、はっきりと言った。


「その台詞、ほかの誰が言ってもいい。

 だけど、お前だけは絶対、そんなことを言っちゃ駄目だ。

 だってお前がそんなこと言うと……まるで頭のいいキャラみたいじゃないか」

「ぼ、僕をアホみたいに言うな!!」


 などとサザーンとふざけ合っている間に叙勲式の時間が迫り、俺たちは急いで奥のフロアに向かうことになったのだった。




 叙勲式は最初の円形のフロアの奥、結婚式の時に使うような、大きな長方形のフロアで行われる。

 無駄に広いフロアだったのは覚えているが、大聖堂に来たことはそんなにないので、ほかに何のイベントが起こる場所なのかは知らない。


「じゃ、開けるぞ?」


 俺は次のフロアに通じる扉に手をかけると、仲間たちを振り返って最後の確認をした。

 ここに足を踏み入れればすぐに式が始まる流れになっている。

 この扉を開けたらもう引き返せない。


 ただ、叙勲式と言っても、所詮中身は単なるゲームの一イベント。

 あんまり本格的な式なんてされてもプレイヤーが退屈するし、『猫耳猫』スタッフがそんなに手の込んだイベントを作るはずがない。

 仮にも一国の王なんて重要人物の前に出るのに、俺やミツキが帯剣したままだったり、サザーンが変な仮面をつけたままだという時点で、その辺りはお察し、というところだ。


 少なくともゲームでは二分ほどで終わる簡単なイベントだった。

 必要以上に緊張する必要はないだろう。


 みんながうなずいたのを見届けて、俺は気負いなく扉を開け放った。

 すると……。



 ――ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 



 扉を開いた瞬間、圧力を伴うほどの歓声が俺を襲い、俺は後ろによろめきそうになる。


「な、何だ、これ……」


 その部屋には、この街にこれだけの人がいたのか、と思ってしまうほどのたくさんの人間がいて、俺たちを待ち受けていた。

 呆然とする俺に、ミツキがそっと近付いて耳打ちする。


「ここに来る時、朝と比べて妙に人通りが少ないと思いませんでしたか?

 皆、魔王を倒した英雄を一目見ようと、こうして集まってきたのですよ」


 まさか、と思ったが、確かに聞こえる言葉は、俺たちの魔王討伐の功績を讃えるものばかりだった。

 方法が方法だったせいか、ちょっと苦笑いな人もいるが、それでもこの歓迎ぶりは心からのものだろう。


(なんか、凄いな……)


 向こうの世界に生きてきた二十年近い人生を全部合わせても、他人からこんなに感謝されたことはない。

 俺は自分の身体が感動に震えるのを感じた。


「さぁ、胸を張って下さい。

 皆さんに、英雄の姿を目に焼き付けさせてやりましょう」


 そっと、後ろからミツキに背中を押される。

 街の人たちによってフロアの両側は隙間なく固められているものの、中央の赤いカーペットが敷かれた道だけは、全く障害物がなかった。 

 俺は腹を決め、仲間たちの先頭に立って前へ、その即席の花道を歩いていく。


「そーま!」


 途中、横から飛び出してきた真希が、俺たちの列に加わる。

 今まで城にいたせいか、真希は俺が見たこともない、王女らしいドレス姿をしていた。


「真希、遅いぞ」

「遅いのはそーまだよ!

 今度はお城の中から助け出してくれると思ったのに!!」


 せっかくお姫様になったのに意味ないよー、と元気に文句を言うドレス姿の真希を加え、フルメンバーとなった俺たちは、王の数メートル手前で立ち止まった。

 群衆のざわめきが小さくなるまで待って、王は口を開く。


「よく来てくれた。魔王を討ちし勇者、ミツキ、サザーン、リンゴ、くま、マキ、そして……」


 そこで、王の目がなぜか一瞬真希にもどり、俺を捉える。

 その仕種になぜか嫌な予感を覚えた俺の前で、王は唇をにぃっと悪戯っぽく歪ませて、高らかに呼ばわった。



「――救国の英雄、『水没王子』ソーマよ!!」



 ワァアアアア、と一気に沸き上がる左右からの歓声を聞きながら、俺は、


(この名前、一生ついてまわったりしないよなぁ……)


 と密かに案じたのだった。


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました

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