そのプレイヤーは名をレイジと言う。
苦節三ヶ月、懸想する女性と何とか仲良くなるべく手回しと賄賂(スイーツを奢るなど)の駆使が身を結び、遂に意中の女性がシャングリラ・フロンティアを始めるにあたって経験者たる自分にビギナーへのレクチャーをする、という流れに持ち込むことができたのだが。
「なんか、すごいの見ちゃったね……レイジくん」
「そう、だな……」
2人は何処かぎこちなかった。何故か?つい数分前に爆速で駆け抜けていった半裸の変態のインパクトが強すぎた為である。
プレイヤーネームとはいえ苗字呼びから名前呼びに昇格したことに喜びを感じていたレイジだったがそれも鳥頭によりなかなか素直に喜べずにいた。いやまぁ、その鳥頭のおかげで彼女に褒められたのもあって何とも言えない気持ちになったのもあるが。
「…………あーー、ミーア、取り敢えず気を取り直して犬系のモンスターのテイムに行かないか?」
「そ、そうだね!行こうよ!」
グッジョブ俺、よくぞ空気を戻せた俺。
自分で自分のことを褒めつつあらかじめかなり細かいところまで調べておいたテイム手順を話そうとして――――
再度2人はこの場にぐずぐず止まっていたことを呪う事となる。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「「…………えっ?」」
「ゔぉぉおおおおそこどいてくれぇぇぇえ!!頼むぅぅぅう!!」
あれは確かウカの弧面と呼ばれるアクセサリー、特別な効果などは特に何もないが「凝視の鳥面」や「呆然の馬面」のような変態装備よりはよっぽどまともな部類に位置するものだったはず、というか狐面が気に入って終盤までアクセサリー枠を一つ潰してでも使い込み続けるプレイヤーすら存在していたな。と、つい数分前の自らの思考をなぞるかの如くほぼ全く同じ感想を抱きながら
凄まじい速度でこちらに突っ込んでくる上裸の狐面は頭の上にプレイヤーネームが無ければ新たにサイレント実装されたレアエネミーとすら思ってしまうかもしれない。
「…………あれもプレイヤーなの?」
「……うん、プレイヤーネームあるから間違いなくプレイヤーだね。攻撃しちゃダメだよ」
しれっと弓を構え矢をつがえ始めたミーアを静止しつつどうせ先ほどの半裸と同じ理由なのだろうと当たりをつけてレイジは声をかける。
実際のところ半裸の方はホームレス生活から舐めプかまして回復手段皆無の状態で挑んだツケを支払わされ、上裸の方はアクションゲーム初心者であるにも関わらず「まぁなんとかなるやろ、レベルあるし」というレベルパワーの過信と薬草切れや耐久値の減少を考慮しなかったツケを払わされている。どちらも対して変わりはしない、言い方を直接的にすれば2人とも「舐めプ」して痛い目を見たのだから。
「おーーーい!そこの…………ビャッコってプレイヤー!宿屋はまっすぐ行って白い屋根の建物だからなーーーっ!!」
「ぁぁぁああありがとおおおおおおぉぉぉ!」
一瞬で走り去っていくビャッコにどうも半裸の鳥頭がダブって見える。
(お前もその
かつての自分や先ほどの鳥頭と近しいステータス配分……AGI偏重ステータスにしているのであろうビャッコに同情を浮かべながら「セカンディル」から「サードレマ」に続く道を塞ぐボスを脳裏に思い浮かばせる。
「あいつ……ほんと洒落にならないくらいかったいんだよなぁ……」
「レイジ君…さっきの鳥頭の人の時も思ったけど本当にベテランみたいだね!かっこいいよ!」
「」
しばしのフリーズ。なんなら2回目。
そして正気に戻ったレイジは心の内で期せずして幸運を運んだ
◇◇◇◇
「はい、105号室が空いております。鍵は空いておりま――――」
「はぁぁぁあいありがとぉぉぉぉぉぉ!!」
やばいって!HPが1しか残ってない!死ぬ!どうなんだ、寝ればOKなのか!?いやもうどうでもいい取り敢えずベッドにダーーーイブッ!
――――リスポーン
「おっしゃおらぁおばぁ」
結論から言えば俺は毒のスリップダメージで死んだ。まぁ心優しい先達プレイヤーのおかげでリスポーン地点は更新できたから無事セカンディルには辿り着けたんだが。
「た…………助かったぁ……」
セカンディル手前で「宿屋どこなんだこれ」という特大の事実に気づいてしまった時は最早これまで、諦めて森に戻るしかないと思っていたが本当に助かった。
実際問題死んだらどうなるかはハッキリした所が定かでは無いのでできることなら死にたく無いとは思っていたが進んで試す様なものでは絶対にないだろう。
ステータス画面を開きアイテムを確認、良かったちゃんと全部残ってる。ようやく肩の荷が降りた様な感じがして息を吐き出してしまう。
「えーーっと…………たしか……レイジとかいう名前だったな」
今度もし会う様な事があれば感謝しなければならないだろうな。
「…………ん、このゲームペナルティなんてもんがつくのか。えーーっと、ステータスに一定時間デバフ補正?」
…………本来ならここは一度やめて、ある程度時間が経ってデスペナが消えてから再度プレイを始めるべきなんだろうが。
「…………いやぁ、こんだけ楽しいゲームをこのタイミングで止めるわけないんだなぁ」
取り敢えず装備でも整えるかな、流石にこれ以上上裸は耐えられん。
◇◇◇◇
「いらっしゃいま……せ。どの防具をお求めでしょうか?」
すげぇなこの店員NPC、営業スマイルが崩れてねぇぞ。入店時の挨拶にほんの少しの
というかNPCには初遭遇なんだがAI凄いんだな、確かこのゲームは惜しげなく軍用AIを積んでると聞いたことがあるが本当に人と話してる様にしか思えない。
「あ、すみません一覧とかって……」
「こちらになります」
羊皮紙……らしい見た目をしたウィンドウが目の前に表示されて大まかな情報が出てくる。
・蛇革装備一式(個別購入可):12,000マーニ
・ハードチェーン装備一式(装備個別購入可):6,000マーニ
・黒道の黒衣装備一式(個別購入不可):9,000マーニ
・白道の白衣装備一式(個別購入不可):9,000マーニ
・
「そうだなぁ……うん、隔て刃装備の胴装備でお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
安いことはいいことだと思う。なんなら胴以外はちゃんと着ているんだから何も問題ないだろう。
今回の装備購入は上裸を卒業するのが最優先だし俺のHPやらを考えると真正面からぶつかり合った瞬間粉々のミンチになってる気がするだろうから、防御なんてさっさと捨てて動きやすさを優先させるべきだろう……俺の職業なんだっけ?戦士だよな?
「…………戦士って、そんな触れたら死ぬようなもんだったっけ…………?」
「お客様、何か申されましたか?」
「あ、いえいえお構いなく〜」
「そうですか?あ、お待たせいたしましたこちら商品です」
「これはご丁寧にどうも、はい代金」
「ありがとうございます!装備が破損した場合持ち込んでいただければ破損に応じた代金で修理させていただきます!」
へー、そんなシステムがあるんだ。
礼を伝えながら店を出ようとすると何か違和感を感じる。横を見れば風船に目鼻口を開けただけの覆面……これ隔て刃装備の頭装備じゃね?
「買わなくてよかった……」
自分の判断を褒め称えながら今度こそ店を出る。……今度は武器かな?
「さて、武器屋探しますか」
儚く散った戦士の双刃君に続く武器が欲しい。数回振ったら吹き飛ぶ手斧と強いけど確実にレア武器の香りがする致命の包丁ばっかり使うわけにはいかないしな。