□【闘牛士】サンラク
人生で初めての修羅場を無事終えた後、俺はデンドロにログインしていた。
あの後、玲にはちゃんと、NPCに彼女の手の内について口止めされていることと、その関係で連れていけなかったことを話した。
で、ステラがいないし夜の狩りに誘おうと思ったのだが、なんかもう玲がトリップしてしまっており、今日一緒にゲームするのは無理そうだなと思った。
「結婚、ずっと一緒……」などと幸せそうな顔をしたまま、うわごとを言っているのが聞こえてくるので、ちょっと選択肢を間違えたのかもしれない。
というか、勢いに任せてかなりやばいことを口走ってしまった気がする。
やらかしたな俺。
これ外道共にばれたら、未来永劫イジられるレベルの黒歴史だと思う。
「さて、やるか!」
人生にリセットボタンはない。
なら、前へ前へと現実逃避するだけよ!
ステラから【暗視のコンタクト】という、夜でもはっきり見える装備を借りている。
おかげで、夜間戦闘が可能になっている。
『とはいっても、割と光源はあるんだけど』
あたりにある、自然魔力によるものらしい、光の霞を見ながら独り言ちる。
何というかな、都会の深夜レベルの明るさだ。
《暗視》スキルはいらないわけじゃないけど、これがなくてもギリギリ戦えなくはないかなってレベルだからな。
実際昨日までは無しで戦ってたからな。
妙に光ってるのって、ゲーム的な配慮だと思ってたんだが、フィガロから聞いた話だと、他の国ではなさそうなんだよなこの光。
他の国では、また別の配慮があるんだろうか。
まあ、明るくするための設定に、<アクシデントサ-クル>なんて罠を組み込んでる時点でいろいろだめだよなって思う。
何というか、リアリティがある割にゲーム的な部分は雑なんだよな。
リアリティを持たせるために、意図的にゲーム部分を雑にしているんじゃないかとすら思える。
要らんわそんな配慮。
『おっまただな』
「KYUUUUUUUUU!」
急降下してきたのは、一匹のカナブンか?
【エメラルド・バグ】とかいう名前のモンスターがかじりつこうとしてくるが。
はい、跳んでよけつつ、カウンターで柔らかい翅切りましたあ!
残念!跳べなくなったので逃げられませんね。
ありがとうございまあす。
『んー、索敵要員がいなくなったのは痛いな』
ドロップを拾い集めつつも、そんな愚痴がこぼれる。
いや本当にね、ステラがいるといないで大違いなんだよね、効率が。
特に俺の場合、ステラがいない状況だと、一度戦闘が終わるごとに《回遊》が解除されてしまうので、戦闘能力が半減してしまうのだ。
だから、比較的都市から近い場所、モンスターがさほど強くない場所でしか動けないということでもある。
昼間に戦った【クリムズン・ロックバード】だって、今戦ったら間違いなく負けるだろう。
まあ、あれはフィガロによって怪我してたってのもあるだろうけど。
『モンスターをおびき寄せるのも、囲まれるとつらいしなあ』
なにせ俺のビルドは防御力と防具を犠牲にしたビルド。
かすれば、それだけで死にかねない。
実際、結構危なかったしなあ、火炎放射。
まあ、ヘイト系のスキルもないのに、どうやっておびき寄せるんだって話もあるんだが、こんだけリアルだと普通に叫んだだけできそうなんだよね。
おっ、次のモンスター発見!
とりあえず、《看破》、を。
『これは……』
「UOOOOOOO」
見えたのは、四足歩行の地竜。
鎧のような甲羅に覆われており、アンキロサウルスを連想、いやハンマーがないからサウロペルタか?
【メイル・ハイドラゴン】という名のモンスターだった。
うーん。
確かステラが言ってた限りでは、モンスターにはランクが存在する。
亜竜級、【クリムズン・ロックバード】などが該当し、上級職一人分の強さを誇る。
純竜級、上級職六人分に相当する強さを誇る。
上位純竜級、更にその上。
確か、更にその上もあったような気がするけど、まあいいや。
『無理ゲーでは?』
「UOOOOOOOOOOOOO!」
あの焼き鳥七羽分くらいの強さとしても、死ぬ未来しか見えん。
……そういえば、このゲームのデスペナルティってアイテムのドロップだけなのかな?
そのはずだよ、多分。
うん、なにか特殊なペナルティがあったら、さすがにチュートリアルで説明されるはずだし。
「来いよデブトカゲ!」
「UOOOOOOOOO」
死ぬのだって時には覚悟の上!
素寒貧上等!
こういう状況で逃げて、背後をつかれるのが一番腹立つんだよ!
■【■■■■ ■■■■■】
それは、長い間封じられていた。
【■■■■ ■■■■■】と世界によって認定された直後からずっと。
数多の封印結界と、神話級金属の強度ゆえに、脱出することはかなわない。
しかし、それ自身に脱出方法がなくとも、脱出できる可能性はあった。
転移魔法というものが、この<Infinite Dendrogram>には存在している。
何者かが、転移魔法を使って、【四封の牢獄】から連れ出すことは可能である。
だが、それは理論的にはあり得ても、現実的にはあり得ない話だ。
転移魔法はそのコストの重さと、難易度の高さゆえに習得しているものが十人といない、魔術の秘奥。
なにより、【■■■■ ■■■■■】の存在を知るものの中に、それを外に出そうとする者はいなかった。
だから、【■■■■ ■■■■■】を連れ出しうる生物は、それ自身を含めて存在しない。
--だが、この
レジェンダリアでよく起こる、自然魔法現象、<アクシデントサークル>。
起こる魔法すらランダムだが、比較的転移魔法の割合が大きいことはよく知られている。
基本的に、レジェンダリアにある物体や生物をどこかに送り出すことが多いが、その逆も稀にある。
地球人にもわかりやすく説明すれば、召喚魔法といってもいいだろう。
◇
『…………は?』
「UO?」
サンラクは、たった今起こった現象に驚愕していた。
戦闘を開始してから早くも十分。
速度が遅いために、サンラクは一度も攻撃は受けていない。
しかし、サンラクの攻撃もまた、一度も傷をつけることが出来ていない。
【メイル・ハイドラゴン】のENDの高さと、ダメージ減算系のスキルゆえである。
しかし、お互いに勝算があった。
サンラクは《回遊する蛇神》の戦闘時間比例速度強化を生かした攻撃をすれば、いずれは攻撃が通るようになると踏んでいた。
一方、【メイル・ハイドラゴン】もまた、直撃にこそ至っていないものの、蹴り上げた土くれで、サンラクのHPの三割を削っていた。
お互い、勝負はここからというところで、周囲の光の霞が一段と濃くなり、サンラクと【メイル・ハイドラゴン】が気づいた時にはすでに遅く。
<アクシデントサークル>が、二人の近くで発生して。
ーーそして、それは唐突に表れた。
それは、狼のようなシルエットをしていた。
それは、十メテルほどの体長の、巨大なモノだった。
それは、【スケルトン】のように、骨がむき出しで、眼下には赤い光が瞬いていた。
それは、禍々しくも毒々しい、黒紫色のオーラを骨の内側に持っていた。
かつてレジェンダリアで、”神殺の六”と呼ばれた者の一人。
”狼王”と呼ばれた、元レジェンダリア決闘ランキング三位の英雄、【
その成れの果て。
伝説級<UBM>【霊骨狼狼 ロウファン】が、長きにわたる封印から、たった今解き放たれた。
To be continued