□とあるマンションの一室
「では、質問を変えましょう」
「…………」
斎賀玲と陽務楽郎が同棲しているマンションの一室。
基本的に、そこには甘い雰囲気が漂い、穏やかな空気が流れる楽郎にとって最高の憩いの場である。
ゲーマー、特にクソゲーマーにとって重要なのがモチベーションの管理である。
言ってしまえば時には
大体の楽郎の趣味に付き合ってくれることだけではなく、そういった癒しの空間を作り出してくれるという意味でも、楽郎にとって斎賀玲という人物は最高のパートナーだった。
「どうして、二人でいたんですか?」
「いや、さっき言ったようにNPCとレベル上げをしていたのであって……」
ただし、今は甘い雰囲気は微塵もない。
凍り付いた空気と、それ以上におどろおどろしい威圧感を発した玲が恐ろしい、と楽郎は思った。
「どうして、女性と二人きりでレベル上げしていたんですか?」
「いや、だからそれは」
「楽郎君、確か『大事な用があるから一緒にレベル上げはできない』って言いませんでしたか?」
「いや、それは」
「言いましたよね」
「……はい」
「女の子とデートするのが、大事な用事なんですか?私とのデートよりも?」
「…………」
楽郎は内心「なるほど、これが修羅場というやつか。やっべえ」と思っていた。
VRゲームや、リアルで美女美少女に耐性のあるだけあって浮気はしたことがない、どころではなく浮気心すら抱いたことのない楽郎。
そして趣味:陽務楽郎と言い切れるほど一途であり、恋愛関係がきちんと成立していればまず動じることのない玲。
これまで一度も修羅場になど発展する要素はなかったのである。
だが、今日この日は違った。
彼のすぐ後にログアウトしてきた玲が、携帯端末に表示した画像が問題だった。
サンラクとステラが、二人で門をくぐったところである。
たまたま見かけた所を何らかのアイテムで撮影し、こうしてリアルの端末にダウンロードしたのだろうな、と楽郎は推測した。
……実際には若干事情が異なるのだが、楽郎がそれに気づくことはない。
……実際には、斎賀玲の行動は浮気以上にまずい、かつては法に触れかねない行動すらしているのだが、楽郎がそれに気づくことはない。
閑話休題。
あるいは写真を見せられた直後に、サンラクが正直に全てを話せばすぐに場は収まったのかもしれない。
だが、すべてを話そうとした時、彼の頭に浮かんだのはステラとの約束である。
ステラ曰く、あの光学探査は彼女
サンラク、陽務楽郎という人間は、約束は基本的には守る。
それこそ、それは相手が外道であっても変わらない。
ゆえに、約束した相手がNPCであったとしても、恋人に問われたとしても、わずかな時間、全てを告白することにためらいが生じた。
斎賀玲という人間は、勘が特別鋭いわけでもないが、楽郎のことをもっとも深く理解している人間の一人である。
ゆえに、彼が他の女のことを考えていることだけは察した。
そして、「何かを隠そうとしている」と理解した。
そうして、「何かやましいことがあるのでは」と、彼女は誤解してしまった。
そんな二人のすれ違いが原因となって、今現在この修羅場は形成されているのである。
「…………」
斎賀玲は動かない。
弁明であれ、謝罪であれ、楽郎の返答を待っている。
「…………」
楽郎も動けない。
選択肢を間違えれば、関節が外れると理解していたから。
両者とも動けない中、先に動いたのは楽郎だった。
それは正解である。
時間がたてばたつほど、彼にとっては不利だからだ。
いつ爆発するかわからないのだから、爆発を防ぐために行動するタイミングは早いほうがいい。
楽郎の脳みそは高速で回転し、彼にとって、実現可能な最適解を探し出していた。
「玲」
「えっ」
サンラクは、間合いを詰めて、玲を抱きしめた。
予想外の行動に玲が硬直する。
「あ、あの、楽郎君?」
「玲、俺には君だけなんだ」
「へあっ!」
玲の顔が一瞬でトマトのように真っ赤になる。
楽郎がとった方法、それは真実を伝えること。
嘘やごまかしをするから疑われる。
恥じらいも、虚飾もすべては遠く、ただ心のままに言葉を紡ぐ。
「俺にとって恋人でいたい女性は、玲だけなんだ。玲以外に興味ないんだ」
「あ、ああ、あの、あああ、あの」
はっきりと、顔を上げて目と目をあわせる。
真剣な顔で、自分の偽りない本心を告げる。
「これからも、ずっと一緒にいたい、お互いに好き同士でいたいと思ってる。それは、信じてほしい」
「……はい」
とりあえず、誠意は伝わり、一応玲としては納得した。
ただし。
「ふきゅう……」
「ちょ、玲!大丈夫!」
文字通り茹で上がり、煙を出さんばかりに赤面している玲を見て、楽郎は狼狽することとなる。
なおその後、楽郎は自分の発言を思い返し、羞恥心と後悔で赤面することになる。
更にそんな風に言われたことを、うっかりのろけた玲が外道鉛筆に漏らしてしまい、生涯残るレベルの黒歴史になるのだが、それはまた別の話である。
□■???
レジェンダリアには、多くの英雄と呼ばれるものが現れる。
もっとも有名な者は、【妖精女王】だが、それ以外にも多くの英雄と呼ばれたものがいる。
レジェンダリアには、適性が優れた、あるいは偏った亜人も多く、そういった傑物が生まれやすい国ではあった。
その中には、”神殺の六”と呼ばれたものがいる。
主な功績としては、超級職を多数含む秘密結社の殲滅や、神話級UBMの討伐がある。
【幻姫】サン・ラクイラ。
【杖神】ケイン・フルフル。
【超騎兵】ロウファン。
【修羅王】イオリ・アキツキ。
【泥将軍】ルーピッド。
--そして、【神器造】ルナティック。
彼らのうち何人かは死亡、あるいは行方不明になったこともあって、今では”神殺の六”の称号はさほど有名でもない。
しかし、彼らのうち一人は、今でもレジェンダリアにとどまっていた。
「頃合いかねえ」
ルナティックはそんなことをつぶやく。
誰に聞かせるでもない、独り言だ。
「ほんとは、ステラに殺させるつもりだったんだが、そもそもあいつと
彼の目の前にあるのは、一つの部屋の扉、否、
大きさで言えば、学校の教室、という表現が適切であろうか。
地属性魔法で強化された神話級金属で構成され、海属性や聖属性の結界が使われており、囚われてしまえば、古代伝説級UBMでさえ脱出は難しい。
魔法武器製造に秀でた【神器造】が作り上げた檻。
銘を【四封の牢獄】という。
ルナティックは、あらかじめ設定してあるコードを打ち込み、【四封の牢獄】の蓋を開ける。
「マジで居やがらねえのか」
ーーそして、中身は空だった。
本来、この【四封の牢獄】はとあるモノを封印するために使われていた。
しかし、【幻姫】の協力を得て作った監視装置に捕獲対象が映らなくなった。
何らかの手段で、抜け出したと考えるのが自然だった。
彼がそれを確認するために開け、もぬけの殻であることを確認したのである。
「……どうやって、いやそれよりも。どこに行ったかのほうが重要か」
ルナティックは脱出方法を考えるのは無意味と判断した。
相手が相手だ。
脱出するためのスキルを、いつ獲得してもおかしくなかった。
それを見過ごし、アレを殺す日を先延ばしにしてきたのは他ならぬルナティックの責任だ。
「こりゃ、殺り方にまでこだわってられねえな」
一つ、ため息を吐くと彼は上を見上げる。
自分では殺したくなかったから。
娘に壁を越えさせてやりたかったから。
だから、終わらせることをしなかった。
だが、自分のエゴが原因で、自分一人で収拾できない状況になった今、手段を選んではいられない。
「とりあえず、【妖精女王】と、冒険者ギルドに報告しとくか」
国の力、冒険者ギルド、可能な限りのつては使おうと考える。
それでも、無理だったなら。
「--俺が終わらせるしかないのか、ロウファン」
その言葉を聞くものは、いなかった。
それは、誰かに向けた言葉ではなかった。
To be continued