□七月十七日・陽務楽郎
十二時を過ぎてから起きた俺は、【旅狼】のグループチャットで連絡を取り、それから食事をとって、コンビニに行くことにした。
フルダイブVRゲームはどうしても体力が衰えてしまうので、体を動かさなくてはならない。
高校時代からの習慣である、三つ先のコンビニまで行くというのは、今も継続している。
そして、そんな自分ルールを定めた自分を恨むのも、継続している習慣、否、習性である。
「……あっつい」
まだ七月中旬ではあるが、逆に言えばもう七月である。
VRで灼熱の環境にさらされることはあるが、そういうときはHPが減りこそすれ、この肌をじりじりと焼かれる感覚や熱感は無いか、あってもリアルほどではないものが多い。
というか、鯖癌などのごく一部を除いて痛覚がリアルと同じということはまずない。
発狂する奴が出かねないし、適応したとしても、適応したからこそ言えることだが、まず間違いなく健全ではないのだろう。
まあ、健全かどうかなんて気にしてたら、クソゲーマーなんてやってないけどね。
最近も、ゲーム内で反響定位の練習ばっかりやってたからなあ。
自分が普段どれだけ視覚に頼って生きてるかよくわかる、素晴らしいゲームだよな、見えへんメルヘン。
そのすさまじさのあまり公式SNSは大炎上しているからなあ。
クソゲーにはよくあることだけど。
……とまあ、暑さをごまかそうといろいろ考えていたが無理!
くそっ、こんなことなら朝早くにコンビニ行ってから寝ればよかった。
それならまだ暑さもマシだったのに。
「ここは天国か……」
いいえコンビニです。
やはり冷房は最高だよね。
フルダイブゲーマーにとって冷房は命だ。
気づかないうちに脱水症状、とかいうことになりかねないし、同じ姿勢を維持することもあいまって血栓ができるかもしれない、とは武田氏の言葉である。
そういえば、大学でぽろっとあの人の名前だしたら教授たちがめっちゃざわついて……よし、考えるのはやめよう。
えっと栄養補給用のゼリーと、エナドリはおっ、ライオットブラッドがある。
でもなあ、これ日本産なんだよなあ。
昨日は日本産のライオットブラッドを飲んでプレイしたのだが、効果がなかったように感じる。
何というのか、調子が悪いわけではないのだがいつも通りというか、まるで
「やっぱり海外製のを通販で取り寄せるしかないか」
やっぱり日本製はだめだな。
海外製じゃなかったから、効き目が薄かったんだろう。
そうに違いない。
他に、何か買ったほうが良さそうなものは、お?
「おーおー、取り繕っちゃってまあ」
俺が手に取ったのは、一冊のゲーム雑誌。
「週刊プロゲーマー」の最新号であり、表紙を見たことのある人物達が飾っている。
「日米トッププロゲーマーの対談、ねえ」
つい最近、ようやく全米一の怪物に
こいつら中身はさておき見た目はいいからやっぱり映えるよなあ、けっ!
あとはあれだな、玲と付き合う前ぐらいからたまに読んでる、というか読まされてるファッション誌。
表紙はガワだけはいい外道鉛筆で、あ、これ前瑠美が載ってるからって前に買った奴だ。
……もう一冊買っとくか。
結局、栄養補給用のゼリーをいくつかと女性向けファッション雑誌を持ってコンビニのレジの列に並ぶ。
ゲーム雑誌はちらっと見たが、さすがにまだデンドロ関連の記事はないみたいだからな。
そういえば、シャンフロ始めたばっかりの時もこんなことがあったな。
暑い中コンビニに行って、食料やら買って、外道が載ってる雑誌を見て、他にもなんかあったような。
ああそうだ。
玲が、話しかけてきたんだ。
--彼女は、あの時から俺のことを、その、そうだったのだろうか。
だとしたら、嬉しいけど。
いつから好きだったのかって訊いても、頑なに教えてくれないんだよな。
まあ、無理に聞くつもりはないけども。
「お、噂をすれば」
玲から、メッセージが来た。
今実家を出ました、もうすぐ帰りますということが書かれていた。
何というか、口角が上がっているのが自分でわかる。
多分、今の表情見られたら、外道共にはめちゃくちゃイジられるんだろうな。
「すいません、次のお客さまー」
「あ、すいません」
危ない、ぼーっとしてた。
慌ててレジの前まで移動し、財布を取り出した。
「早く、帰ってこないかなあ」
そんな呟きは、きっと誰の耳にも入らなかったと思う。
□【闘牛士】サンラク
コンビニから帰って、水分補給その他を済ませてログイン。
ドロップアイテムを換金したことで、懐にはそれなりの金銭がある。
とりあえず、装備を整えるべきだ。
いくら防具が使えないからと言って、いや防具が使えないからこそ、他の装備枠を無駄に使うべきではない。
まあ、特殊装備品……車や船舶なんかはどうしようもないけどね。
高いし、現時点では使い道もないし。
そんなわけで、いまだ買えていないアクセサリーと、蝙蝠との戦闘で破損してしまったので、替えの武器を買わなくてはならない。
物理無効の対策もしないといけないから、武器はどのみち買い替える必要があったわけだがな。
さて、どの店がいいのかな。
「へい、そこの鳥頭の兄ちゃん」
『おう?』
鳥頭ってのは俺のことなんだろうが。
ふと見ると、足元にシート広げて座っている男がいる。
どうやら露天商らしい。
このゲーム、露天商もいるんだな。
昨日はそんな奴らいなかったような……ん?
『入れ墨あるってことは、プレイヤーか?』
「正解。良かったらなんか買っていかないか?」
『ふむ』
男の前に置かれた商品と、その説明を見た。
ふむ、普通のナイフや剣に、指輪やネックレスなどのアクセサリー、加えてマジックアイテム(というかMPを流すことで魔法攻撃を可能にする剣や槍など)まである。
感想。
『安くね?』
「まあ、そうだな。俺の<エンブリオ>は生産に向いてるからなあ。それのおかげで、そんな値段になってるってわけだ」
『なるほど……』
生産するときに、コストをカットするとかそういうスキルか。
《看破》でジョブが【鍛冶師】だってのはわかる。
俺の所持金ではマジックアイテムは手に入らないと思っていたが、これならギリギリ買える。
『よし、これ下さい』
「はいよ」
そうして商談は成立ーー
「待ちなさいよ、そこの犯罪者」
『「え?」』
--しなかった。
俺と【鍛冶師】以外の、第三者が割り込んでいたからだ。
いったいいつ現れたのか、わからなかった。
先ほどまで全く気配がなく、されど現れた今となってはどうして気づかなかったのかわからないほど特徴的な容姿をしていた。
茶色の髪と、赤色の瞳。
そしてロップイヤーのうさ耳とモノクルをつけている。
身長は、かなり低い。
せいぜいで百三十センチほどだろうか。
一見仮装した小学生のように見えるが、なぜだろう。
子供のようには見えない。
しかし、刺青がないから、NPCで間違いない。
「おいおい嬢ちゃん。いくらなんでも、露出狂呼ばわりは可哀そうだぜ。なあ兄ちゃん?」
「違うわ。あたしは犯罪者予備軍なんて言ってない。あんたに言ってんのよ、この詐欺師」
犯罪者予備軍と呼ばれていることについては、非常に遺憾であるが、今はそれよりも重要な、聞き逃せない発言があった。
「おいおい、なんの話だ嬢ちゃん。俺は詐欺なんて……」
「
「…………」
えーと、どういうこと?
今の発言に、何か意味が?
というか詐欺って言った?
後、一応下着で隠すところは隠してるからセーフでは?
「説明するより、やってみたほうが早いわ。これ付けてみなさい」
『おう?』
差し出されたモノクルを、鳥面の目の部分に着ける。
ちゃんと見えてるの、改めて考えるとすごいよな。
さて、付けたうえで縮こまってる男と、買おうと思った魔剣が目に入ったわけだが……なるほど。
『ふーん、(スティールソード)、スキルなし、かあ。自分で生産したものの表示を偽装できる<エンブリオ>か?』
「……ふん、だったら何だってんだよ。プレイヤー同士なら、なにしても罪には問われねえし、ペナルティもねえんだぞ!」
『え、マジで?』
「そうよ。法律で定められてるわ。あんたたち不死身の<マスター>同士のいさかいには、一切の罰は生じないわ」
なるほど。
つまり、こいつは俺をだましても罪に問われない。
「あがあ!」
ーーで。俺はこいつをPKしても、問題ないってわけね。
ドロップと金銭を残してポリゴンに変わった悪党を成敗。
いやー儲かった儲かった。
「……あんた、思い切りがいいわね」
『え、まだいたの?』
「いるわよ。こっちはあんたに用があるんだから」
『え?』
「あたしはステラ。ちょっと付いてきなさい」
うさ耳少女は不敵な笑みを浮かべ。
「--あんたの求めるような装備が手に入る、うまい話があるわ。ついてきなさい」
そんなことをのたまった。