□某所
「はあ」
斎賀家ーー実家に戻る電車の中で、彼女はため息を吐く。
祖父のことーーではない。
命に別状はない、と電車に乗ってから仙から連絡があった。
ゆえに、楽郎は呼ばれていないのだろう、と考えたし自分が呼び出されている理由も、電車に乗ったであろうタイミングで命に別状はないと連絡があった理由も、想像はつくし、自身に非があるのもわかる。
「だからと言って、なんでこのタイミングで……」
ここのところ、彼と同じゲームをプレイできず、というか彼がはまっていた「メルヘン・ワールド」というゲームに自分が適応できなかったのだ。
低予算ゆえに時々視界がランダムなタイミングでブラックアウトする、というバグを修正できずに発売されたこのゲームは、「見えへんワールド」と揶揄されている。
彼女はどうしても適応できずに挫折し、サンラクも、クリアはしたものの好事家の間では割と評判の良かったエンディング映像が、流れだした瞬間ブラックアウトしてしまい、「二度とやらない」と断言していた。
そんなときに、<Infinite Dendrogram>が発売された。
そうして彼はそのゲームをいたく気にいり、二人でプレイしよう、という話になったのだ。
また、リアリティの高さは玲にもチュートリアルの段階で分かったため、彼女自身も楽しみにしていた。
そんな矢先に、呼び出されたのである。
玲にしてみれば、「何でよりにもよってこんな時に」、と考えるのも無理はない話である。
◇◇◇
「だって貴方、こうでもしないと帰ってこないでしょう?お正月もあちらで過ごしたようですし」
「…………」
実家に帰って、仙に理由を聞いたところ、返ってきたのはこれである。
そして、図星である。
この斎賀玲という女、正月でさえも実家に帰省せず、楽郎と共にあることを選んだ筋金入り。
大晦日も初詣も半ば強引に彼の実家で過ごしたのである。
そもそもが、付き合うまでの時点でこっそり住所を特定していたような女である。
ブレーキなど、あるはずがない。
「百もそうですが、たまには実家に帰ってきてください。心配なのです」
「……はい」
家族が自分を心配してくれていることはわかっているので、玲も反論するつもりはなかった。
……家族のタゲがむしろ、恋人も作れずリュカオーンの陰を追い求めて様々なVRゲームをやりこみ、現実を捨てている次女のほうに向いているから、というのもあったが。
つい先程まで、それはもうこの世のものとは思えないレベルのお説教をされていた。
今頃、彼女は母から見合いについての話をされているのだろう、と玲は推測した。
「ですが、それはそれとして、よく頑張っていますね、玲」
「はい?」
「楽郎君とのことですよ。私も、あなたたちがうまくいくことを心から願っています」
「仙姉さん……」
それは紛れもない事実だ。
彼女は本当に、妹の恋を応援してくれている。
誰よりも、二人の同棲を後押ししてくれたのも彼女だし、異性と交流する際の様々なマナーを教えてくれたのも彼女だ。
後半については、どちらかというとロックロールの店主の貢献が大きいかもしれないが、それでも今の玲と楽郎との関係性は、仙の協力あってこそだ。
「これはそのために、あなたと彼との関係をより良いものとするために、あなたに渡そうと思っていたものです」
「……仙姉さん」
彼女が例に渡したのは一つの箱。
中身はわからないが、綺麗に包装されている。
それが彼女の善意によって用意された、極めて重要なものだと理解した。
「開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
言われるままに開ける。
中身が何かは分からずとも、姉の気持ちと贈り物には感謝したし、嬉しかった。
「仙姉さん」
「はい?」
「これは、一体、何で、しょうか?」
中身を、取り出して、玲は仙に聞いた。
「“不良品”です」
「……失礼しました」
「待ちなさい、待つのです、玲」
”不良品”いや、”細工品”とでもいうべき品物ーーいわゆる避妊具を残して、玲はその場を離れることにした。
(早く帰りたいな。早く、楽郎君に
そんなことを考えながら。
To be continued