うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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押忍!猥褻生徒会長!!涙の乳首漢イキ!

 

 

 ここは夢の世界だ。

 

「ごめんなさい、葉月」

 

 猫耳を生やした秋川やよい──つまり擬人化した先生が目の前に正座で座っているということが、今いるこのだだっ広い草原が夢の世界だという何よりの証である。

 では、どうしてこうなっているのか。

 彼女が何に対して謝っているのかは一旦置いといて、一度ここまでの経緯を整理しよう。

 

 まずクリスマスにヤベー連中と戦いまくって肉体が消耗し、相棒を喪いつつ自分もショタ化。

 その後何故かワープした大阪でタマモクロスに拾われ、紆余曲折ありつつも元に戻り。

 帰りを待ってくれていた仲間たちに無事を伝えつつ、夢の世界よりも更に下のよくわからん世界で相棒を取り戻して。

 元の世界に戻ってからも怪異とは別タイプの妙な運命に見初められているウマ娘を友人のもとへ届けて。

 

 ──その間ワケあってずっと“性欲”というものを抑え込んでいた。

 クリスマスから数週間の間、普通の人間がアクメしてぶっ倒れるレベルまで性欲が増幅する仕様に苦しめられても、それでも延々と我慢し続けていたのだ。

 理由はひとえにタイミングが悪かったからに他ならないが、故意だろうと仕方のない事情であろうと、俺の心と身体からすればそんなことは関係ない。

 

 まぁ要するに──限界を迎えてしまったのだ。

 なんというか、物理的に。

 だから家に帰ったその瞬間にぶっ倒れて普通に風邪を引いた。

 抑圧され続けた精神状態と疲弊しきった肉体がたたって体調不良に陥り寝込んだその先で、遂にこの現在の状況に繋がるワケだ。

 

 で。

 

「先生は何を謝っているんですか?」

「……その、葉月が風邪を引いているとは知らなくて。なのにここへ呼んでしまったので……」

 

 あぁ、寝落ちした俺が勝手に夢の世界に落ちたのではなくて、わざわざ彼女が俺を召喚してくれたのか。玄関で気絶したからやよいのそばにいない事を知らなかった。

 

「ここで何かあったんですか」

「だ、大丈夫。自分で何とかするから。葉月は自身の夢のテリトリーに戻っていただいて……」

 

 そうは問屋がおろさねえってんだよべらぼうめ。

 

「あっ……葉月?」

 

 しょぼくれて正座している先生の両脇に手を突っ込んで持ち上げ、そのまま彼女を俺の膝の上に乗せた。

 

「なでなで」

「あぅ……」

 

 頭を撫でていくと、垂れ下がっていた猫耳が次第にピクピク動き始めた。さてはマゾやね。

 

「前に一人で抱え込みすぎないようにって忠告してくれたのは先生のほうでしょ。俺も力になりますよ」

「し、しかし……」

「もし放っておくと周囲に危険を及ぼす内容なら、俺が手伝うことでやよいを守ることにも繋がります。だから──ね、先生」

 

 なるべく優しい声音で諭してみる。

 先生は俺以上に多くの責任を負う立場なので、頼ることに対して遠慮がちなのは知っているが逃がすわけにはいかない。

 やよいと俺は家族で、彼女のそばに居続けてくれている先生もまたこちらにとっては家族も同然の存在だ。

 だからこそここで引いてはいけないのだ。先生の為にも、やよいの為にも。

 

「……わかった」

 

 そうは言いつつも膝の上にいた先生はぴょこんと跳ねるように俺から離れていった。可愛がろうとすると距離を置くあたり先生もやはり猫なんだなと感じる。

 

「夏のイベントの時のこと……覚えてる?」

 

 それはもちろん覚えているが、先生はあの時のどの事柄に対して言及しているのだろうか。

 夏のイベントと言えば今回の年末年始並みに様々な珍事に見舞われた時期だ。

 おむライスとの出逢いや相棒の救出から始まり、マンハッタンカフェやサイレンススズカから受けた頬へのキス、俺の腕に尻尾を絡めてくるメジロドーベルなど例を挙げればキリがない。

 中でも──あぁ、アレの事だな。

 

 まるで俺がエロゲの主人公かのような三択を提示されたその日の夜、あまりにも強力な怪異が夏祭りを襲ったんだった。

 

「あのヤベー怪異のことですか?」

「そう、葉月が祓ったあの怪異が……夢の境界から脱出した」

 

 それで先生は開幕謝罪から入ってきたのか。少々面倒な事態ではあるが、先生がそこまで責任を感じるようなことではないような気もするが。

 

「……葉月と一緒に深層領域へ落ちていた時、上層階にある夢の境界の管理を一時的に放置したから、その隙を狙われた。これは弱体化したように見せかけて力を蓄えていたあの怪異に気づけなかった私の責任」

 

 ちょっと真面目な態度すぎて一人称も真面目になってしまっている。耳や尻尾も再び萎れている。

 どうやらもう少しフォローを入れておいたほうがいいらしい。ほれ早く脱いでみぃ、テキパキとせい! 慌てず冷静に。急がば回れだからね♡

 

「確かに先生は夢の管理人ですけど、あなたをわざわざ深層領域まで同行させたのは俺だ。夏イベ怪異のことに関しては先生だけの責任じゃありませんって」

「う……そんな葉月に庇われてしまったら……私の立場がない……」

 

 かなり申し訳なさそうに俯いているところ悪いのだが、そもそも先生が務めている夢の管理人という役職自体がファンタジーすぎてよく理解できていないのが正直なところだ。

 自主的にやっているのか他の誰かに抜擢されて勤務に当たっているのか──何も知らない中で俺が分かっている事は、目の前にいる猫少女がひたすらに自分の役割に対して真摯で、且つ家族思いな頑張り屋さんだという事実だけである。

 

「俺の助けになりたいやよいの為に、わざわざ危ない場所まで付いてきて手を貸してくれたんですよね」

「……やよいの為だけじゃない。サンデーだって、私を慕ってくれる唯一の超常存在。葉月だけに任せるのは無責任だと思ったから。でも……」

 

 大切な人を救う。

 この街の人々の夢も守る。

 両方やらなくちゃならないのが先生であり管理人でもある彼女の辛いところだが、別にこの少女は一人ではない。

 そして聡い先生は既にその事を理解していて──だからこそ()()()()()()()()()()()

 

「呼んでくれてありがとうございます先生、頼ってくれて嬉しいです」

「葉月……」

「その、変なタイミングで風邪を引いててすいません。カラ子の事や夏野郎の件も後で一緒に話し合いましょう」

「……分かったにゃ」

 

 どうやら少しは気持ちを持ち直せたようで、萎れていた尻尾が動き始め語尾も復活した。とりあえずはこれくらいで大丈夫だろうか。

 

「葉月の体調や諸々がしっかり本調子に戻ってから改めて呼ぶ。周囲の状況は気にしなくていいから、今はとにかく自分のことだけを考えて休息をとって」

「わかりました。治り次第連絡しますね」

「よろしく……あっ、ついでにオイラの力も少し渡しておきます。ぺろぺろ」

 

 そのまま流れで解散するかと思いきや、膝上に乗ってきた先生が俺の頬を舐めてきた。もしかして発情期?

 

「あの先生。コレはどういう効果があるんですか」

「オイラの権能の一部を譲渡してる。ぺろぺろ。期間限定だけど夢の内容を葉月自身でコントロールできるようになるにゃ」

 

 つまり夢の中なら何でもできるようになるという事だろうか。VRウマ娘ガチ恋距離恋愛シミュレーションやろ。

 

「慰安に使ってほしいのもあるけど……脳内情報を検索する力も備わるからコレで過去の記憶の閲覧もできるようになる。幼児化やウマ娘化、その他の体調不良などできっと脳の本棚が散らかってしまっているだろうから、一度整理しておくとよいかも」

「……脳内がとっ散らかってるってのがよく分からないんですけど、整頓しないとダメなんですか?」

「今の葉月の中には様々なエネルギーが滞留している。その本来抑えておくべき力を放っておくと、意図しないタイミングで外側に暴発する──それが以前のウマ娘化の理屈」

 

 あれ俺の秘められし力の暴走が生んだ惨事だったんだ。闇落ちとか破壊衝動の増幅とかじゃなくてなんかやたら美少女なウマ娘に変身しちゃうんだ俺の場合。なんでだよ。

 

「とにかく頭の中(お部屋)を掃除して、必要なものは必要な時にのみ取り出してそれ以外の時は棚にしまっておく……そんな感じの状態にしておいたほうがいい」

「なるほど……とりあえず了解です。確かに往来で変身したらヤバいですもんね」

「うん、適度に休みつつお掃除もがんばって。では、オイラは一旦消えます」

「はい、お気をつけて」

「ぺろぺろ」

「あの」

 

 なぜか別れ際にもう一度頬を舐めた淫猥ドクターは宣言通り夢の世界からいなくなり、広い青空が澄み渡る草原に俺は一人取り残された。

 

「夢のコントロール、か」

 

 自分の手のひらを見つめながらぽつりと呟く──すると、背後に気配を感じた。

 

「あれ、サンデー? お前いつからいたんだ」

「……最初から、いた……眠い……」

 

 俺の後ろで猫のように丸まりながら眠っていた相棒を発見し、そばまで近寄ると彼女の顔が若干赤いことに気が付いた。

 もしやと思いサンデーの額に手を当てると、そこそこの熱さが伝わってきた。

 紅潮した頬に熱い額、それから非常に気だるげな様子からして、これは普通に発熱している症状だ。

 

「お前も風邪を引いちゃったか」

「……というより葉月のがうつった。今は魂が連動してるから葉月の体調不良が私にも飛んでくる……」

 

 俺が熱を出せばサンデーも同様の症状に見舞われる、とはこれまた困った状況だ。概念の再構築で存在を近づけることの弊害が出てきてしまっているらしい。二人で一人というのも良いことばかりではないようだ。

 

「……そういえば俺、今は体調がかなり回復してるな」

「一時的に葉月の分まで……私が引き受けてる。免疫力は私のほうが高いし、私が治れば葉月も治るから……」

「サンキュなサンデー。必要なものを準備するからちょっと待っててくれ」

 

 先ほど先生から渡された境界の管理人としての権能の一部を行使し、温かい布団や熱さましのシートなどを出現させた。うおすっげこの力。魔術師になれそう。

 

「おでこに貼って、お水飲ませて……と」

「誰かに看病されるの初めて……」

「こんなんで良ければいつだってやるよ。ほら、毛布かぶって安静にな」

「ん……葉月もお掃除がんばって……」

 

 そっと頭を撫でられた白髪の少女は小さくつぶやき、そのまま布団の中で眠りについた。スヤスヤでワロタ。

 

 ──さて。

 先生との必要最低限の情報共有は済ませ、療養中ではあるもののそばに相棒もいる状態でようやく腰を落ち着けることができた。

 まだやるべき事は残っているが、とりあえずはひと段落と言っていい状況だろう。

 サンデーが完治した後にカラ子の処遇を皆で話し合えば、あとは以前一度祓ったあの夏の怪異を何とかすればここに至るまでの騒動の全てに決着がつく。

 ふたりきりの大決戦から始まりおねショタやらTSやら諸々あった激動の年末年始も遂に終結するというわけだ。なんだその年末年始。

 

「──はぁ。さすがにちょっと疲れたな」

 

 というわけで少々気が抜けたのか、非常に情けないため息が漏れるのを我慢できなかった。相棒以外の女子の前では絶対に聞かせられない弱々しい声だ。

 そもそもあのオカルト現象から来るこれまでの現代ファンタジー事象は俺には荷が重いものだったのだ。

 よくここまで頑張ったと思う。

 

「デカ乳……アストンマーチャンやばかったな……」

 

 あまりにも気持ちいい青空を仰ぎながら仰臥し、あの感触を思い出した。重っ……米俵くらい重てぇだよ。

 俺は、秋川葉月という人間は、元を辿ればデカい胸をした美少女たちを拝もうとウマ娘がよくトレーニングに使う河川敷まで赴くような、普通にちょっと気持ち悪い性欲に忠実なただの高校生だ。

 たぶん不可思議現象とのトラブルに関してはかなり前からキャパオーバーしていて、それが長らく続いたせいで自分が限界を迎えるボーダーラインを見失ってしまっていたのだと思う。

 

「……よし、()()すっか」

 

 だから、今一度“自分”というものを振り返ってみよう。

 なぜデカ乳ウマ娘が好きなのか。

 いつから好きだったのか。

 結局自分はどういう人間で──()()()()()ではなく、これから()()()()()()()()()()

 そういった俺自身の物語の縦筋を決めるために、先生から賜った不思議パワーで過去を振り返ってみよう。

 あのウマ娘たちとの運命の出会いを経て変わっていく秋川葉月()()()()

 

 彼女たちと巡り合うよりもずっと前の──“俺”という人間の始まりを。金曜ロードショー。

 

 

 

 

 検索を始めよう。

 メジロドーベルとの邂逅よりも以前の自分の記憶だ。

 あの少女たちとワチャワチャし始めて以降の自分は基本的にいつも無駄にカッコつけてるので、自分を知る上ではあまり参考にならない。

 まずは一年前──いや年を跨いだから二年前か。

 最初のキーワードは、高校一年生。

 

『あー……秋川、くん? ペア決め余ったから一緒にやらない……?』

 

 そうしてヒットした記憶は高校一年の初夏。

 体育の時間で柔道をやることになった際に二人一組になるように指示されたとき、最後に余った俺はとある少年とペアを組んだ。

 山田だ。

 柔和に感じる丸い体形と高いコミュ力の相乗効果で既に周囲から親しまれていた彼は引く手数多だったが、反対にクラス内でもまだ友人と呼べる存在がいない頃の俺は誰にも声をかけられずにいた。

 そんな中で何となく俺を気にかけ、他の誘いを断り『余った』と言いながらわざわざ声をかけてくれた──これが山田とのファーストコンタクトだった。

 

『へへ、僕太いから技をかけづらいと思うけど……よろしくね』

 

 ……秋川本家から逃げて間もない頃で、なおかつ赤坂にフラれてまだ二ヵ月というのもあるが、どうやら俺は普通にコミュニケーション能力が低いタイプの人間だったようだ。

 これ以降は山田を起点として人間関係が広がっていったので、対人関係におけるスキルが多少なりとも改善されたのは、間違いなくこの時の山田のおかげだろう。

 

 俺の本来の性格が判明した。

 じゃあ次だ。

 

『駿川たづな、です。……ふふっ、はい。やよいさん──いえ、次期理事長のことは()()私にお任せください』

 

 これは高校に入学する直前の時期か。

 トレセンの理事長に就任することが決まったやよいの秘書として抜擢された駿川たづなという女性と知り合った。

 やよいについての諸々を彼女に伝え、無責任にも『あとはお願いします』と彼女に託したのがこの時の俺だ。

 

『っ? えぇ、一旦です。もちろん理事長の補佐に関しては秘書である私の仕事ですので、そこは心配なさらないでください。ですが“やよいさん”の事は──いえ、ごめんなさい。忘れてください』

 

 思い返せば駿川さんはこの頃からやよいとの関係性を理解してくれていて、彼女が理事長になることを強く望む周囲の声に屈してあの子を説得した弱い俺を見限らず、もう一度やよいと繋がるチャンスをくれた言わば大恩人だ。

 

『これ、私の連絡先です。秋川理事長に関してはまだまだ相談したいこともございますので、今後ともよろしくお願いいたしますね? 秋川葉月くんっ♪』

 

 まさに子供を導く大人としての振る舞いというものを学んだ瞬間だった。エロ臭香るマゼラン星雲。

 このあと帰っていく駿川さんの後ろ姿からデカいケツの魅力を知りそればかりが記憶に残っていたが、こんな大事な伏線を用意してくれていただなんて感謝してもしきれない。

 今度改めて礼をしに行かないとと考えつつ、デカい乳はもちろん良いがデカいケツも素晴らしいという事実を再認識できた。丸みを帯びたケツだね♡ 近づけるな!

 

 それでは、次。

 この様子で行くと中学三年生辺りか。

 

『ご、ごめんね、別に秋川君のことは特別好きではないかな……』

 

 ひぃーッ!!!!!!

 次。

 

 ……あぁ、次と言っても中学校時代はそこまで特別な出来事はなかったんだっけか。

 やよいが本家の人間たちの意識を改めさせたのもこのくらいの時期だが、失恋した記憶の割合があまりにデカすぎてすぐに出てこなかった。

 まぁいいか、ここまでの検索で大体わかった。

 俺自身の本質はかなりダメな方の人間のソレだが、山田や駿川さんのおかげで人として破滅するギリギリ一歩手前の状態で何とか保たれていた、というのが秋川葉月の真実だったようだ。

 

「こんなもんかな……?」

 

 ここまで本棚の整理は順調だ。

 記憶の整頓に付随してガッタガタになっていた特殊なエネルギーたちも順番通りにしまわれていっている。

 これらを行使するときは脳内でこの本棚をイメージして都度取り出して終わったら戻す、というようにすればいい。

 

「──あっ、いやまだだろ」

 

 俺に備わった特別な能力の整理整頓は何とかなったが、部屋の中はまだ全てが片付いたわけではない。

 

「俺の真の願い……デカパイを追う旅の、始まり」

 

 そうだ、俺という人間の軸は大きい乳への渇望で構成されているといっても過言ではない。

 その始まりを薄っすら忘れたままでは、やりたい事など見えてこないに決まっている。

 中学校時代よりも前。

 樫本先輩と別離するよりも、さらに前。

 マジモンのショタだった頃──つまり小学校時代だ。

 

 あの時、俺は()を獲得した。

 やよいを守りたい自分ではなく、樫本先輩に与えられた人間性でもなく、俺を秋川葉月たらしめる“起源”だ。

 その始まりがいま必要なんだ。グリーングリーンズ。

 

 

『──興味索然(きょーみさくぜん)かな。パーティ、つまらないのかい?』

 

 七歳の頃だったか。

 秋川家が日本ウマ娘のレース界を牽引する複数の名家となんかよくわからんパーティをしていた時、俺もそこに連れられていた。

 やよいは強制的にラスボスもとい彼女の母親である理事長のそばに置かれ、挨拶回りに忙しい両親が構ってくれるはずもなく俺は会場の隅で座りながら呆けていた。

 そんな時だった。

 俺に声をかけた人物がいたのだ。

 

『どうしてって……そんな死んだ魚のような目で虚空(こくー)を見つめているのは、きみくらいだし。……あっしつれい、ボクの名前を言ってなかったね。ルナでいいよ』

 

 俺とギリ同年代か、もしくは一つほど上の年齢に見える少女が、難しい言葉を舌足らずで喋りながら隣の席に座ってきた──のだがそっちではない。

 

『かれの分の飲み物をおねがい』

『承知しました、お嬢様』

『たすかるよ』

 

 その少女には付き人が存在しており、いま思えば護衛か何かであっただろうそのウマ娘の女性はパンツスーツを凛々しく着こなしていた。

 しかしその胸部には違和感があった。

 始めは気がつかなかったが、その女性がグラスを持って俺の前でかがんだその瞬間──ひとつの概念を知った。

 

『どうぞ。……どうやらお堅いパーティを退屈に思っていらっしゃるようですね。実はお嬢様もそうなのです』

『い、言わなくていいのに……』

 

 彼女が俺の運命を変えた。

 生真面目に見えて、その実フレンドリーで優しいこの女性が。

 

『お食事のほうは? 希望がございましたら持ってこさせましょう』

『もうっ、かれとはボクが話すから……!』

『ふふっ……お邪魔でしたね』

 

 そう、揺れた。

 

(────ッ!?)

 

 困惑した。

 目の前で、大きなものが揺れた。

 

(っッ゛!!? っ!?!!?)

 

 畏怖と恐怖と驚嘆。

 まさに文字通りの衝撃であった。

 その白いシャツのボタンを弾き飛ばさんばかりに大きさを主張する()()()()が、彼女の微笑と共に蠢いた。リンパというリンパが異常事態です! 会場のみんな、リンパを! ウルトラチャージ。

 突如として現れたそのスーツの爆乳ウマ娘こそが、俺の今後の生涯をバチボコに破壊してくれやがった張本人なのだ。お仕事舐めてんの? 素敵なキャリアウーマン♡

 

 

 あぁ、そうだったな。

 この時に地を砕き天を裂き世界のすべてを超えてきた爆乳という概念に何もかもを破壊されたんだ。

 そこから本家のウマ娘の指導をする際に、彼女たちのその部分ばかりを注視してしまいいつしかこの手で掴みたいという欲望が生まれ成長していった。

 それが俺の始まりだ。

 秋川葉月の起源はここだったのだ。

 

 目の前にあり手が届かない夢、それがデカ乳。

 それをこの手で掴みたい。

 余さず自分のものにしたい。

 始まりであり、終ぞ潤せなかったその渇きを求め、やはり俺はここに行き着いた。

 

 どうすれば掴める。

 どうなれば許される。

 どこまでいけば手に入る。

 子供ながらに思い悩み、しかし子供だからこそ答えを知っていた。

 

 すべてを支配する王に等しい人間になればきっと、アレをつかんでも許されるのだと。

 (ちん)。きわめて希少、かつ価値のあるもの。

 (ちん)。欲望を留め、内なる獣を鎮めること。

 (てい)。王──至上を持つに相応しい人間、皇帝。

 

 至上の宝を理性を以てこの手につかむ。

 それが珍鎮帝。

 それが俺。

 それが秋川葉月だ──! ヤバいマジで興奮してきた。オットセイの真似します。おうおうおうおっうぉうおっ!パンッパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)

 

 

 

 

 起きた。

 ふと目を覚ますといつも通りの見慣れた内装が陽の明かりで照らされており、もう時刻が昼を回っていることを嫌でも自覚させられた。

 一応スマホを確認するとやはり正午を過ぎており、ため息を吐いてもう少々画面を操作するとやよいからメッセージが届いていることにも気が付いた。

 

【ごめんね葉月、どうしても顔を出さないといけない会議があって】

 

 確かやよいは俺が深層領域へ落ちる直前までこの家にいたはずなので、風邪を引いて気絶してる間に出て行ってしまったようだ。仕事ならばしょうがない。ベロチューで手を打つ。

 

【起きても無理しないでね! 夜には帰るからそれまで絶対安静!】

 

 とのことで、この家にいるのは俺とサンデーだけなようだ。

 夢の中で脳内の本棚を整理していた間は平気だったが──

 

「ゲホゲホッ。……ずび、ぜんぜん普通に風邪ひいてるな」

 

 現実に戻ったと理解した途端、倦怠感が全身を支配した。

 横を見るとサンデーが寝ている。やよいが用意してくれていた布団でグッスリだ。

 試しに額に手を当ててみても熱はさほど感じなかった。

 

「……あぁ、起きるとき無意識にサンデーの分の風邪も奪ったのか、俺」

 

 どうやら俺の本能は相棒の健康第一になっているようで、本棚の整理をする間風邪の症状を肩代わりしてくれていた相棒への感謝の証として、現実世界での風邪はこっちが背負うことにしたらしい。俺らしい判断だ。

 

「うぅ゛ー……なにか食い物……なんも無ぇ……」

 

 冷蔵庫の中はほぼ空っぽだった。

 やよいのメッセージも早朝に届いているあたり、彼女も食料を用意する時間がなくやむなく出て行ったのだろう。布団をかけてくれただけ感謝だ。

 

「スポドリとか諸々、買いに行くか……」

 

 ゾンビの如く緩慢な足取りで家を歩き回り、最低限の着替えと財布を用意して家を出立した。

 夢の中で高熱の症状を耐えてくれていたサンデーを起こすのも忍びなかったので出かけるのは俺一人だ。あいつの分の飯も買って帰ろう。

 

「寒っ……! ありえん……冬とかいう季節ふざけすぎ……」

 

 あまりにも冷たすぎる寒風についつい悪態が漏れ出た。文字通り熱に浮かされているのもあって若干冷静さも欠いている気がする。

 唯一幸いなのはヤバかった性欲が発熱の体調不良のおかげで最低値まで減退していることくらいだ。

 歩く。

 冷蔵庫の中にでも入ってしまったのではないかと錯覚するほどの冷えた路地をひたすら歩く。

 老人も驚くほどゆっくりと歩を進めながら、ドラッグストアへ向かっていった。

 

「ども……」

 

 そうして食料品と市販薬を購入し、重くなったレジ袋を携えて帰路に就く。

 指がかじかんで凍りそうだ。どんどん感覚が奪われていく。

 

「あぁ゛ー」

 

 フラフラと進んでいき、人通りの少ない住宅街の路地に差し掛かった。

 

「うぅ……」

 

 頭は熱いというより重い。

 気持ち悪さはないが、ひたすら倦怠感がある。ただのコンクリートの地面だがいっそここに寝ころびたい。

 

「……はぁ、はあっ」

 

 そうして遂に疲れ切った俺は一旦休憩するべく、住宅街の塀に少しだけ寄り掛かった。

 もうすぐで自宅だが感覚的にはまだ遠い。

 休日の昼だが、不気味なほどに誰ともすれ違わない。

 誰かに連絡をして手を貸してもらうことも考えたが、スマホを取り出してメッセージやら通話やらをする気力すら湧かない。

 歩いて、帰る。

 それだけでいいのに、それができない。忸怩たる思いだよ。これでは日本の未来が……。

 本当に一瞬でいいから助けてほしい。

 そんな思いで壁にもたれ掛かりながら硬直して、数分。

 

 つい目を閉じて休んでいたせいか眠気に襲われ始めた──その時だった。

 

「も、もし。そこの貴方、大丈夫ですか?」

 

 運よく誰かが声をかけてくれた。助かった~! 感謝で熱くなりすぎてしまうかも♡

 

「ごめんなさい……かぜ、ひいてて……」

「謝る事ではありませんよ。……もしかして一人でお買い物を?」

「ぁ、はい、いえ、めのまえで──」

「危ないっ。……と、大丈夫……ではありませんね。肩をお貸しします」

 

 油断して転びかけたところを支えてもらってしまった。ひぃ、赤の他人に迷惑をかけまくっている。

 

「ご自宅は? 荷物も持ちますから、場所だけ教えていただけますか」

「わ、わるいです」

「こんな状態の人を放ってはおけません。……不安でしたら、私の身元を証明できるものをお見せします。いま学生証を──」

 

 バチクソに茫々とした視界に揺れる中、壁に背を預けながら目の前の人物を眺めた。

 そして一か所、顔すらまともに認識できない中で唯一特徴的な部分が目に留まった。

 額、というより前髪だ。

 そこに三日月のような曲線を描く白髪が目に映った。

 少し前、夢の中で見た過去の記憶にそんな特徴を持つ人物がいた。

 

「……ルナ?」

「えっ──」

 

 脳内で一つ目にヒットした記憶は数ヵ月前、ユナイトした状態で街の中を疾走した時の事だった。

 あの時俺を目撃し、トレセン学園の生徒会長を名乗った少女のことをなんやかんやでルナちゃんと呼んだ。

 そのルナちゃんにも特徴的な流星が前髪に走っていた気がする。

 

 そしてもう一つは今日夢で思い出したばかりの小学生の頃のものだ。

 パーティで俺に声をかけた、むつかしい言葉遣いにハマってたおませで変なウマ娘。

 その少女がルナと名乗っていたので前後の記憶と結びついた。のでルナと口走っちゃった。絶対関係ないのに恥ずかしい。許せ! 心からのお願い。

 

「……以前、私とどこかで会ったことが?」

「しらん……」

「ふぇっ」

「倒れそう、やば……」

「あっ、とっ、とにかく自宅までお連れしますから! 場所だけ教えてください!」

 

 そんなこんなで必死に介抱してくれる初対面の少女に助けられながらなんとか自宅にたどり着いた俺は、感謝に噎び泣き涙ながらに漢イキしそうな気持ちを抑えながら、後日お礼をするために電話番号だけは交換しておいた。

 朦朧としすぎて相手が普通の人かウマ娘なのかも分からなかったが、別れる直前に名乗ってくれたおかげでルナちゃんではない事だけは確定した。

 あの。

 たしか……シンボリ、るー……なんだっけ……いやたぶん新堀(しんぼり)さんだ。正体見たり!って感じだな。結婚して秋川になろう。

 

 


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