たけし軍団の「理不尽」があったから
田崎 博士の立場はある意味、ぼくのような芸能界、「藝人」の世界の外にいる書き手からすると、すごく羨ましくもあり、すごくキツイだろうな、とも思いますね。だって、共演者でありながら、いわばスパイでもある。
先日、大崎洋さんの取材で中田カウスさんとお会いしたんですが、彼が面白いことを言っていたんです。「芸人とは理不尽の積み重ねである」と。師匠から理不尽な仕打ちを受けるからこそ、人の機微が分かるようになると。そのことが分からないと、芸能の世界は書けないよ、というカウスさんなりのアドバイスかなと思っているんですが。
その点、博士なんてムチャクチャやられてきたわけじゃないですか(笑)。その理不尽を飲み込んで、自分の内面に取り込んできたかどうかは、芸能界を描くにあたって大きなアドバンテージになると思うんですよね。
博士 そうだね。芸人というのは「義理と人情」に縛られる生き物だし、この世界は上下関係の理不尽こそ掟だと思ってますね。ボク自身もビートたけしを師匠とする「徒弟制度」の中で生きている。だから、「自分にとっての『ルール』は師匠・ビートたけしだけだ」と、この本には明確に書いたんですよね。
それこそ、今、講談社で話しているけど、たけし軍団で「FRIDAY」編集部を襲撃した時なんか…。
田崎 超理不尽!(笑)
博士 そうそう。ボク自身は「FRIDAY襲撃」には加わっていないんですけど、軍団全員が犯罪者になっちゃうわけですよ。でも、そんなことは恐れていないし、「師匠に言われれば、死地だって行くのが当然」と思ってる。
当時のたけし軍団は、「萩本欽一のところは『ファミリー』だけど、ウチは『アーミー』だ!」という気風だったし、芸も全部体当たりじゃないとダメだったから。そういう芸能の世界の気持ちや空気を共有しているかどうか、というのは大きな差があるよね。たけし軍団って、パワハラとセクハラを中心とした芸能だったんだから(笑)。
それに名誉の負傷もあるしね。みんな、傷痍軍人ですよ。ボクは長年、深刻な椎間板ヘルニアに苦しんでいるんですが、なぜヘルニアになったかと言うと、若い時に、番組の企画で巨大なサイコロの中に入って雪山のスロープを落とされた人間サイコロと、あとは(註・往年の悪役レスラーの)キラー・カーン。わんこ蕎麦を食べてたら、机の中からいきなりキラー・カーンがバーン!って現れて、アルバトロス殺法でさんざんに痛めつけられるというドッキリにあって……この2つが大きな原因。
田崎 かつて、キラー・カーンはアルバトロス殺法でアンドレ・ザ・ジャイアントを骨折させて、アメリカ全土で名前が知られるようになった。アンドレに加えて、博士の身体も密かに破壊していたんですね(笑)。
博士 それで病院に行って、医者にケガの理由を説明しなきゃいけないわけだけど、「大きなサイコロがありまして…」とか「キラー・カーンにやられて…」なんて言っても伝わらないから、カルテに巨大なサイコロの絵とか、モンゴリアンチョップの絵を描いて図解してね(笑)。
でも今、ボクは芸人としてそんな理不尽も笑いに変え、作品に変えて生きているわけじゃないですか。そう考えると全ては報われているというか、やっぱり自分でこの道を選んでいると思うんですよね。
最近は芸人の世界も、養成学校を出て芸能界に「就職」してくる人が増えているけれど、ボクたちが見てきた「藝」の世界は、無茶振りを掻い潜って生き延びてきた、サバイバルであり、やはり、そういう価値観を描きたいと。
デーブをここまで調べ尽くすなんて…
田崎 本にも出てくる、泰葉さんと亡くなる間際の立川談志師匠のエピソードなんて、まずわれわれ「外の人間」では立ち入れない話ですよね。読みながら、僕らはいま、芸人しか見てはいけないとんでもない世界を覗いているんじゃないか、という緊張感さえ感じます。でも、読後感は極めて爽やかなんですよ。それは、文中にいろんな「ギミック」が詰め込まれているからなんですが。
博士 サブタイトル(『ハカセより愛をこめて』『死ぬのは奴らだ』)で分かると思うけれど、作品の根底にあるのは『007』のオマージュです。前作はボクが「芸能人ではなく芸能界に潜入したルポライター」っていう設定だったけど、今回は、さらに推し進めて「芸能界に潜入した秘密工作員、スパイ」って設定をとった。
これを書くために、このシリーズを見まくって、フレミングの原作も読み直しました。「週刊文春」の新谷学編集長をMI6のボンドの上司の「M」に見立てたり、悪の首領「スペクター」(註・『007』シリーズ最大の敵)の背後に、さらなる黒幕がいるという設定にしたり…。全篇に『007』のジョン・バリーのテーマ曲が鳴り響くようチューニングしています。
田崎 そこへ「スペクター」つながりでデーブ・スペクターが入ってくるのには笑いました(笑)。デーブさんについて、某国のスパイだという本当なのか嘘なのか分からない話はよく耳にしていましたが、その「真相」もこの本でようやくわかりました。
博士 これだけデーブ・スペクターについて詳しく調べてる本はないですよ。彼に関して書かれた英文の資料も全部取り寄せて、翻訳したんだから。デーブは自分の章を読んで「なんでここまで僕のことを知っているの?」と驚いていましたからね。でも、オチは新幹線の「フェラハラ」事件でしょ。「この本が出ると自分は恥をかくから、初版3万部全部買い取ります」って連絡がありましたよ(笑)。
〈番組の最後に、最も気になっている”ある噂”について(デーブ氏に)直撃した。
「昔、(AV女優の)黒木香さんを新幹線内で口説き続けたって本当ですか?」
「うぅん。そぉれはホントですよぉ。サンテレビの『おとなの絵本』っていう関西限定のお色気番組で共演して、帰りの新幹線の席がタマタマ隣だったから話しかけたら、話が弾んじゃってね。あの人ぉ可愛いし頭イイから、もうずっとお話したかったぁ…」
でも、黒木証言によれば、お話とは言いながら、デーブさんが『黒木さんでオナニーしてもいいですか?』って聞いたって」
「そぉれはないよぉおお!!」
僕の直撃にデーブは突如、うろたえた。そして、顔がみるみる紅潮していく〉(上巻第3章「芸能奇人2 デーブ・スペクター」より)