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徒歩10分
それは誰かの愛しい人 - 徒歩10分の小説 - pixiv
それは誰かの愛しい人 - 徒歩10分の小説 - pixiv
11,407文字
それは誰かの愛しい人
C102で頒布した会場限定の局ナイssです。
内容を一部修正したので期間限定で公開します。(挿絵は非公開)

ナイチンゲールに片想いする局長。しかし副官にはすでに慕っている相手がいて…、、。
恋の駆け引きって難しいよね、山あり谷ありのそんな二人のお話。
局→副→局 の目線で展開していきます。

p.s.
これは普段お絵描きしてるオタクがノリと勢いで書いた小説もどきなので、文が拙いのは目を瞑ってね!楽しんでいただければ幸いです。
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2024年1月19日 12:43

 ああ、これが失恋か。

 初めに抱いたのはやけにあっさりとした感想で、冷静な思考とは裏腹に身体の方は油の切れたロボットのように上手く動かせなかった。
 扉にかけた指先がみるみる冷えていくのが分かる。
 意識して聞こうとしたわけではない。その時の私は次の任務についてナイチンゲールに話があったから、通りがかった文に彼女の居場所を聞いてそこへ足を運んだ。
 急用ではなかったから、話は別に今日でなくてもよかったけれど。それでも彼女を探していたのは私がミノスの"局長"として目覚めた頃から今に至るまで密かに抱いていた恋愛感情のせいもあるのだろう。
 目的の場所であるスタッフルームのドアは僅かに開いていて、隙間からは青磁色の髪が見えた。
 彼女がそこにいたことに安堵とどこか浮ついた気持ちを覚えたのは束の間。部屋にはどうやらもう一人いたようで、ナイチンゲールはその人物と何やら仲睦まじげに談笑していた。
 局員同士の仲が良いのは私としても喜ばしいことだ。
 だからその光景は何の変哲もない日常の一コマのはず、…だったのに。

 部屋の戸を引こうとした瞬間、より鮮明に聞こえてきた彼女の声は普段聞く凛とした声とは異なる甘やかな声で。
 部屋の中にいたもう一人が「ナイチンゲール」と彼女を呼び捨てにした時に、いっそその場から走り去ってしまえばよかったと後悔する。
 なぜなら、ドアの隙間から見えた彼女の
表情(かお)は今まで誰も見たことがないほどに柔らかく、慈愛に満ちていたから。
 脳が警鐘を鳴らしていたことにも関わらず、身体のほうは縛り付けられたみたいに言うことを聞いてはくれなかった。
 ……私はその顔をよく知っている。
 ずっと貴方のことを見ていたから分かってしまったんだ。…私が貴方を好きなように。
 あれは紛れもなく『恋』をしている顔だった。



 ___それとなくアピールしてきたつもりでも、既に想う相手がいたのなら、いずれこうなるのも時間の問題だったのだろう。
 むしろ何も知らないまま彼女にしつこく迫ることがなくて良かったとさえ思う。
 あの日を境に、私はナイチンゲールへの接し方を改めた。
 と言っても、私から食事に誘う回数を減らしたり、職務をなるべく一人で解決できるように務めたりしただけだ。
 実際にそうしてみると、過去の私は彼女に頼りすぎだったのではないか?と思うほどには反省と感謝の気持ちを再確認することになった訳で…。
 ああ、これでは好かれるどころの話しではなかったな…と少し項垂れる。
 好きな人には幸せでいて欲しい。それだけは本心だった。
 だから、なるべく彼女が大切な人との時間を過ごせるように、彼女の負担にならないように私は私なりに手を尽くした。
 決して不自然ではなかったはずだ。
 ナイチンゲールのことを"副官"と呼び始めたこと以外は。
 私がそう呼び始めた頃、彼女は「どうしたのですか?」と怪訝そうな表情を浮かべることが多かった。
 心苦しい言い訳ばかりだとは思ったけれど、「プライベートと仕事ではメリハリを付けようと思って」だとか、「こちらの方が周りに示しがつくだろう?」となんだかんだ曖昧に濁していれば、ほどなくして何も言われなくなった。
 実際、その名前を口にするには少しだけ罪悪感があったのだ。彼女の然るべき相手に対して。
 彼女を純粋に慕い、頼りにしてくれている文などの局員ならまだしも、不純な気持ちを抱えた自分など…。
 だから私は彼女のことを___と呼ぶ資格がないような気がしていた。
 いいじゃないか。だって彼女の幸せが私の幸せなのだから。隣に誰がいても、例え名前を呼ばなくても。それが私の…、
 ……嘘だ。そんなの本当は。



「局長、無理をされていませんか?とても体調が良いようには見えません」

 追加の書類を取ろうとした私の手を副官の声が出て遮った。
 上手くやっていたつもりだったのに、どうしてこうもボロが出てしまうのか。

「大丈夫だ。それよりも貴方はもう退勤の時間だろう?」

 ほら、あとは一人で出来るから…と、あくまでその時の私は彼女を気遣ったつもりだった。
 けれど、予想していた反応とは反対に目の前の副官は顔を顰める。
 …何かまずいことでもしてしまったのだろうか。

「あ、私の仕事にミスでもあった…とか?それなら言ってくれればすぐにでも…」

 しばし考えあぐねていると、副官のグローブをしていないほうの手が突如として私の額に触れた。

「心なしか熱いような気がします。仮に熱がなかったとしても目の下に隈が、」

 彼女がそう言いかけた時、私は反射で一歩後ずさってしまった。
 「…ぁ」という微かな声が聞こえて、たった今、彼女を傷つけたかもしれないという事実に己の愚かさを知る。
 まずい、これは違うんだ。今のは…と先の不可解な行動をどう弁明したものか。
 数秒間、ともすれば数十分にも感じられる気まずい沈黙を破ったのは彼女のほうからだった。

「…………局長は、いつからか私をあまり頼ってくれなくなりましたね」

「それは…」

「貴方が心配をかけまいと、いつも周りに気を遣ってくれていることは知っています」

「そんなの…」

「でも、何か悩んでいるのなら力になりたいのです。貴方を…支えたいのです」

「……」

「私では力不足ですか?……それとも私が貴方に何かしてしまったのでしょうか…」

「違う!…それは違うんだ…」

「なら!何で何も教えてくれないんですか!!!!!」

 ダン!と大きな音が響いた。机が強く叩かれた音。
 一拍遅れて、それが目の前の副官によってもたらされたものだと知る。
 あれだけ普段は冷静沈着な副官が今、怒りを露わにしている。その矛先を私に向けて。

「すまない…貴方には、貴方にだけは言えないんだ」

「どうしてそこまで…!私は貴方の副官なのに…!」

 この状況は非常ににまずい。私の本心なんて口が裂けても言えるはずがない。
 だってそんなことをしたら…

「だからだよ。貴方は私の"副官"で、私は貴方の"局長"だから。困らせたくないんだ。傷つけたくもない…聞いたら必ず後悔させてしまうから」

 頼む…取り返しの付かなくなる前に、と再度押し黙った副官に対して切に願う。
 人と人との距離感をよく弁えている彼女のことだ。きっとこれ以上は私と話しても無駄なことを察して踏み込んでは来まい。
 心配をかけてすまない、そう一言謝って今夜はお開きにしよう。
 きっと明日には冷静になっているはずだから…と、そこまで思考を巡らせてから口を開こうとするものの、目の前の彼女はそれを許してはくれなかった。

「構いません。それでも私は貴方のことを聞きたい」

 嗚呼、なんて運命の神様は意地の悪い。それとも副官は実は空気の読めない人間だったのかと少しだけ失礼なことを考えながら、どうしたって食い下がる彼女を前に私はもうこれ以上は心の内を隠し通せないことを悟った。
 本当に仕方のない人だ。献身的で責任感が強いというのは、時と場合によっては困りものだなと思う。
 けれど、そんな彼女に結局は打ち明けてしまうのだから、これも惚れた弱みというやつなのだろうか。
 ねぇ、"ナイチンゲール"
 私の好きな人の話を聞いてくれる?



「好きな人がいるんだ」

 誰を、とはっきり言わなかったのは、臆病な私のせめてもの悪あがきだと思ってくれていい。
 けれど聡い彼女のことだ。私が濁した言葉の真意を既に理解してしまったのだろう。
 それから固まってしまった彼女は視線を彷徨わせては綺麗な眉を八の字に曲げて、やはりと言ったところか私の告白に応えあぐねていた。

「……わ、たし…には、その………」

 結局、困らせてしまった。
 でも、忠告はしたはずだ。必ず後悔することになると。私の中では随分バッドな方向に進んでしまったけれど致し方ない。
 これからも彼女の上司でいるために、軌道修正くらいはしてあげよう。

「ああ、知っている。大丈夫、付き合ってほしいなんて言わないから」

 上手く…笑えていただろうか。この時の自分がどんな顔をしていたのか分からない。今となってはそんなもの何でも構わないけれど。
 貴方が気を遣う必要はないんだよ、とせめて笑みは浮かべようと努力していたとは思う。

「貴方は既に想う相手がいるのだろう。……ずっと見ていたから、分かるよ」

 彼女は大きく目わ見開いて、今度こそ完全に黙り込んでしまった。
 そんなに驚かなくていいのに。

「貴方には幸せになって欲しいんだ。…私もそれを心から祝福したい。……だから、今は少しだけ時間をくれないか?私が貴方の局長でいるための」

 次第に彼女の目の端が赤みがかってきて、ああほら、泣いたら綺麗な顔が台無しになってしまうぞ?と少しおどけて見せるものの、目の前の彼女は首を左右に振るばかり。

「……はは、私はいつも貴方を困らせてばかりだな。でも、聞いてくれてありがとう。泣かせてしまったのは…その、すまない」

 泣いてません…と見れば分かる嘘までついて子どもみたいに強がる彼女をやはり今でも愛おしく感じてしまう。
 けれど、けじめは付けなくてはならない。
 振り返って部屋の壁掛け時計を見ると、秒針はもうすぐ日付を跨ぎそうな位置を指していた。
 今日はもう仕事どころではないなと、せめてこのしんみりとした空気を払うように帰りを即した瞬間だった。

「…"ナイチンゲール"」

 トンと、背中に感じる体温と微かに啜り泣く声が聞こえたかと思えば、私は彼女に背後から抱きつかれていた。
 脇を通って腹に回された彼女の腕が視界に入る。…同情しているのだろうか。私を捕まえたその腕は僅かに震えていた。

「ナイチンゲール、」

 再び声をかけると、腕の拘束は先ほどよりもきつくなる。まるで私に行かないで、とでも言っているような素振りに少しだけ暗い欲望が頭をもたげたが、一時の迷いは互いを滅ぼしかねないと冷静な思考は判断する。
 本当は今すぐにでも彼女の眦から溢れる涙を拭い、この両腕で抱きしめてあげたい。
 けれど、彼女の良心につけ込むことだけはしてはならないと強く思う。
 もとより、その役目は私のものではないのだから。
 やんわりと拘束を解いた私は再度彼女に向き直る。

「明日からは、またいつも通りで頼むぞ。"副官"」

 それだけ告げて、今度こそ執務室を後にした。
 今までありがとう。裏切ってごめんなさい。
 自室に向かう道すがら、ぐるぐると色々な気持ちが頭を駆け巡るが、それはもう後の祭り。
 だから私は振り返らない。
 さようなら、ナイチンゲール。

「大好きだったなぁ…」

 誰に聞かせるわけでもない呟きは静かに管理局の廊下へと消えていった。



◇ Side : Nightingale ◇

 なんとなく、その可能性を考えなかったわけではない。目覚めてから右も左も分からない貴方の傍に、始めこそ誰よりも寄り添っていたのは私のはずだ。
 彼女が局長としての自覚を持った頃、管理局も同じように忙しくなってきて、とんだブラック企業だと、奇跡的にとれるかとれないかで勝ち取った休日に「一緒に出かけないか?」と誘ってくれたことは今でもよく覚えている。
 生まれたての雛が初めて見たものを親だと認識するように、立場的にも献身を捧げていたから、きっと貴方のその感情は刷り込みのようなものだと気づかないフリをした。
 自分には既に好いた相手がいたから、貴方の感情を都合の良いように解釈したのだ。
 決してその気持ちの輪郭を確かなものにしないように。
 でもある日を境に、貴方から距離を感じるようになった。今までそんな素振りすらなかったというのに。
 まず、目が合うことが減った。いつもなら少しだけ照れくさそうにした後、やんわりと微笑みを返してくれたのに。
 食事や休日の息抜きに誘う相手も私じゃなくなった。フェイと何やら仲睦まじげに話している貴方を見た時、言い現しようのない気持ちになったのは一度や二度とじゃない。
 一番は…名前を呼んでくれなくなったこと。
 『ナイチンゲール』という呼び名はいつしか"副官"という職位を現す二文字になっていた。
 流石の私もこれには違和感を持ち、何度か彼女に問い詰めた。
 けれど貴方は困ったように笑うばかりで「呼びやすいから」とか「威厳が出るだろう?」と確信には触れさせてくれなかった。
 まるで"これ以上は踏み込むな"そう言われている気がして、しばらくは慣れるように努めた。
 局長が望むのならば、その距離感で貴方を支えよう、そう思っていたのに。



 ミノス危機管理局で休暇が取れることはそう滅多にあることじゃない。ましてや万年人手不足なのだから尚更のこと。
 それなのに、最近では職員たちに定期的に休日が設けられるようになった。勿論私も含めて。
 一体何が起きているのかと、思い当たるのはその人しかいなかったから、暫くこっそりと彼女の様子を観察することにした。
 驚いたことに分かったのは、目が回るほどの業務を局長がただ一人でこなしていたという事実で、その仕事の中には私の分も僅かに含まれていた。
 (…どうしてこんな)
 悩みでもあるのだろうか?
 至らない点があったのだろうか?
 それとも何か…嫌なことでも忘れようとしているのだろうか?
 思考を巡らすも、貴方との距離は日に日に遠くなっていくばかりで。
 先に我慢ならなくなったのは結果的に私の方だったのだろう。
 その日私は退勤時間になっても、変わらず机で作業をこなしていた局長に声をかけた。「無理をしているのではないですか?」と。
 実際に目の下には隈が出来ていて、心なしか顔色が悪いように見えた。
 再三言っても聞かない人だ。ここは一つ実力行使で熱でも測って納得してもらおうと額に触れると…
 "驚いた"というより"怯えた"に近いような形相で、局長は私の手から逃げるように後ずさった。
 もうこれは確信犯だろう。彼女は私のことで悩んでいるのではないか?
 だから問い詰めた。悩みがあるのなら力になりたかった。一緒に考えたかった。貴方がいつも皆に、私にそうしてくれたように。
 けれど、貴方から告げられた言葉に私は戸惑ってしまった。
 だって私には既に想いを寄せた人がいて、目の前で打ち明けられた気持ちに応える術を持ち合わせていなかったから。…それなのに。
 付き合うつもりはないと言った貴方の言葉に酷く胸が痛んだ。
 それどころか、私に慕う相手がいると知っていて尚、自分の気持ちを隠そうとしていた貴方に、私は半ばそれを無理やり暴くような真似をしてしまったのだ。
 犯した罪の重さを前に何も言えないでいると、「貴方には幸せになって欲しい」なんてあまりにも悲しい笑みを浮かべて言われたものだから、今度こそ堰を切ったように涙が溢れて止まない。
 私にはなく資格なんてないのに。むしろ泣きたいのは貴方の方だというのに。私が捧げる献身より、彼女の気持ちの方がよっぽど献身的だったことを今になって気づく。
 同時に見て見ぬフリをしていた彼女の気持ちに対して、自分が本当は何を感じていたのかを思い知ってしまった。
 けれど、気づいたところで私に取れる選択肢など二つに一つだった。だから…
 彼女の背中に腕を伸ばして身体を密着させた。意識してもらえるように、もう一度こちらを見て貰えるように。
 愚かな女だと嗤ってくれていい。
 浅はかな女だと詰ってくれていい。
 同情が全くないと言えば嘘になるけれど、貴方が私から離れていってしまうという現実のほうが耐え難かったから。
 いいじゃない。例え仄暗い関係でも。
 数秒かともすれば数分か、僅かに続いた静寂に「ナイチンゲール」と私の名を呼ぶ声が響いて酷く安堵する。
 もう一度名前を呼ばれて、堪らず彼女を抱きしめる力を強くした。
 お願い、どこにもいかないで。
 けれど、二兎を追う者は一兎をも得ず、とはよく言ったもので、彼女は私の両腕に優しく触れた後、決して間違ってはいけないよ と諭すように、やんわりとその拘束を解いた。

「明日からは、またいつも通りで頼むぞ。"副官"」

 心が痛いと悲鳴をあげている。
 告げられた言葉にはどこまでも誠実さと気遣いが伴っているというのに、その言葉の性質が彼女を彼女たらしめるものだからこそ、私はより一層絶望を感じていた。
 縋るように伸ばしたては虚しくも空を切って、彼女の後ろ髪を引くことさえ叶わない。
 きっと、彼女が振り返ることはもうないのだろうと妙に確信めいた直感がそう告げていた。
 ああ、私が貴方のように枷を持っていたなら、今も変わらずここにいてくれただろうか。…ここに繋ぎ止めておけただろうか。
 否、私が枷を持っていたところで、きっと望んだ答えは手に入らない。
 局長にとって枷とは、拘束し、繋ぎ止めておくものではなく、心を通わせるために結ぶものなのだから。
 感傷に浸る私を無慈悲にも現実に引き戻したのは、バタン、とドアが閉まる音で。
 私は局長との関係が、今この時断絶されたのだと深く深く思い知ったのだった。
 私には好いた相手がいる。それは事実だ。
 けれどこの場合、『恋』をあえて定義するならば、あの感情はきっと恋と呼べる代物ではなかったのだろう。
 だってあの気持ちはこんなに苦しくなかったはずだ。涙が込み上げてきて、胸が詰まって、失いそうになってやっと気づいた。
 見て見ぬフリをしてきた貴方の感情と同じものを私も持ち合わせていたということを。

「局長、私は貴方を……」

 愛しています。気づくのが遅れてごめんなさい。だからどうか、遅いよって叱ってください。
 もう迷わないから、貴方とちゃんと同じ気持ちだと伝えるから。
 もう一度私を見て、名前を呼んで。
 お願い、お願い…どうか私を待っていて。



◇ Side : Chief ◇

 あの日から、私と彼女は変わらず"局長"と"副官"の関係を維持している。尚、それらは勤務中に限った話だけれど。
 私は自分の気持ちを打ち明けてから、彼女と二人きりになることを極力避けていた。
 なんとなく…そう、これはなんとなくだが、彼女は事あるごとに私と接触を試みようとしてくるのだ。今更そんな…一体何があるって言うんだろうか。
 彼女に限って同情なんてしないだろうけど、気持ちの整理をしようとしている私にこれはあんまりな仕打ちではないのか。
 そんな鬱憤を晴らすように私は以前にも増して仕事に打ち込むようになった。
 どうせ管理局は常に人手不足だ。新たなコンビクトたちへの対応や死瞳の殲滅などに、より多く貢献したほうが吉と言えるだろう。
 何より私がそうすることで、思い出したくないことを意識せずに済む。
 だから今日も今日とて、多少のオーバワークは想定の範囲内だったはずなのに。
 自分でも気づかないうちに無理が祟ったのだろう。
 任務中の、それも戦場の真っ只中で私は今、自分で歩くことさえままならない状況に陥っていた。
 枷による体力の消耗が普段よりも激しかったのか、或いは今朝から度々感じていた眩暈を押し切って出撃したせいだろうか。
 考えられる原因はきっとどちらも正解で、それ以外のことも起因しているのかもしれない。
 目の前では、先ほど倒したはずの死瞳がゆらゆらと立ち上がり、再びこちらに戦闘態勢をとっていた。
 遠くでヘカテーとヘラの叫び声が聞こえる。
 ああ、二人がいるなら、ここの死瞳の処理は安心だな。
 けれど、せめてもの時間稼ぎはしなくてはと、なけなしの力を振り絞って枷を発動する。
 赤い閃光が走って、今度こそ自分の意識が途絶える刹那、今際にもなり得るこの状況で私は呑気にもある一人の女性に想いを馳せていた。

「ナイチンゲール…」

 会いたいな…会いたい。
 でも今更合わせる顔なんてないから、やっぱりこのままでもいいかもしれない。
 でももし…もしも私に"次"があったのならその時は…、
 あと少しで何かの答えに辿り着く前に、頭部に鈍い痛みを感じて、そこで私の意識は完全に途絶えた。



 幸か不幸か、次に目が覚めたのは見慣れた医療棟のベッドの上で、漠然とああ助かったんだなと、なんとも味気ない感想が浮かんだ。
 私が戦闘不能になってから、一体どれくらいの時間が経っていたのだろう。ブラインドカーテンの隙間から覗く景色から分かるのは今の時間帯は夜にあたるということだけだ。
 身体のあちこちがギシギシ痛むけれど、心なしか眠たい気もする。
 現状把握は外が明るくなってきた頃に務めるとして、することもないからと再び眠りに就こうとした瞬間だった。
 寝返りを打った先で身体に何かがぶつかる。

「……っ!??」

 声こそあげなかったが、驚いて身を起こすと…

「ナイチンゲール…」

 そこには、ここ最近ずっと避け続けていた副官の姿があった。
 察するに付きっきりで私を看病してくれていたのだろう。
 目の下には隈が出来ていて今は疲れて寝落ちでしまったと見るのが妥当か。

「どうしてここに…、私のことなんて医療部の者にでも任せればいいのに…」

 彼女が寝ているのを良いことに、私はナイチンゲールの髪を一房とって指先でそれを持て余す。
 きっと彼女は真面目な人だから、私を捨て置けなかったのだろう。
 ナイチンゲールが起きる気配はない。もう少しいいかとポツリポツリと私は本音を零していく。

「私はよく周りから鈍感と言われるが、副官も大概では?」

「普通、あの状況で私には抱きつかないだろう…何を考えていたんだ…」

「貴方のこと、これでも忘れようと思ったのに…」

「勘違いしてしまうよ。こんな風に優しくされたら」

 そうして感情を吐露していると、緩やかに頭を撫でていたナイチンゲールが「んん…」と身じろぎをした。
 まずい、起こしてしまったか。
 しばらく硬直して様子を伺ってみたが、幸いにも彼女が目を覚ます様子はまだ無い。
 出来ればこのまま…というのは流石に忍びなく、私はベッドの脇の机に畳まれていた自分のコートを未だ夢の中の住人である彼女の肩にかけておくに留めた。
 あどけない寝顔を晒している彼女は今、どんな夢を見ているのだろうか。

「ナイチンゲール。本当はまだ、私は貴方のことを…」

 そこまで言って口を噤む。
 彼女がここで寝落ちていたことに気づくのは明日が初めてということにしておこう。今夜は私が都合良く解釈した泡沫の夢だ。

「おやすみ」

 それ以上、何をするでもなく彼女に背を向けて目を瞑ったその時だった。

「続きは…言ってくれないのですか?」

 背後から聞こえたのは、寝ているはずの副官の声だった。

「……(っ!?)」

「なんだか前と似た状況ですね」

「……」

「まただんまりですか。あの時は私の早とちりで貴方の気持ちを暴いてしまいましたが…。まぁ…結果的にそれで良かったのかもしれません」

「……?(何を言っているんだ)」

 彼女が何を考えているのか分からない。思わず何を、と口を開こうとしたが、そこから先の音が紡がれることは無かった。

「んっ…????な、っ…、に……んん…ふぅ…っ!」

 突如として唇にあたる柔らかい感触。ともすればそれは一瞬の出来事で、舌が歯列を割って入ってくる。誰の、…ナイチンゲールの舌が。

「やめ…、っぁ…やめるんだ……ナイチンゲール!!」

 彼女が本気で私を押さえていたのならば、純粋な体力や筋力で平均を下回る私に勝ち目などない。
 けれど、声をあげて抵抗すると彼女は意外にも素直にその拘束を解いた。

「一体何を考えているんだ…!?訳が分からない。同情しているのならば本当に貴方はどうかして…、っ?!」

 今夜はやたらと言葉を遮られることが多い。それもこれも今、目の前にいる副官によって。
 気がつけば、今度は自分の右手が彼女の左胸のあたりに充てがわれていた。
 それも、これでもかと感触が伝わるように強く押し付けられている。

「本当に、何を………」

 遅れてやってきた羞恥心で思わず目の前の彼女から目を背けてしまう。ドクドクと脈打つ音は自分の心臓の音か、それとも彼女のものか………彼女の??
 ハッとなって顔を上げると、少しだけ上気しながらも「やっとこちらを見てくれましたね」と微笑む副官がそこにいた。

「私の心臓の音、聞こえますか」

「あ、ああ…」

「貴方といるとここが温かいのに切なくなるんです」

「でも、貴方には心に決めた人がいるんじゃ…」

「いつの話をしているんですか…確かに、一時期はそんな感情を抱いていましたけど、そもそも付き合ってすらいません」

「え」

「でも、」と食い下がる私に、彼女はまるで子どもに言い聞かせるようにこれまでのことを話してくれた。
 曰く、もともとは私の見立て通り、ナイチンゲールは件の男性局員に好意を寄せていたらしい。けれど私とのことがあって、ひどく心が揺すぶられたのだと言う。私が離れていくことを考えて夜も眠れなかったのだとか。
 目の下の隈は、私のことを付きっきりで看病していたものだけが由来しているのではなく、ナイチンゲールを拒絶した日から今日に至るまでに日に日に刻まれていったものなのだと。
 「気づかなかった…」と思わず本音を零せば、「鈍感なのはやはり貴方のほうでしょう」と本気で頬をつねられた。病人なのに…と、じんと痛む頬を押さえる。
 いや、そんなことよりも彼女が眠っている間に私が零した本音が全て筒抜けだったという事実が発覚して私は阿鼻叫喚した。
 加えて、概ね話は理解したものの気持ちを諦めていたはずの相手にいきなり猛烈なアプローチを受けたことで、情けないことに私はかなりキャパオーバーを迎えていた。
 しかし、ナイチンゲールは私のことなんてお構いなしに告白を続ける。

「局長…私は貴方のことが好きです。愛しています」

「ああ…」

「もう貴方を傷つけるような真似はしません。貴方をいつまでも支えたいのです……だから」

 どうか私を貴方の傍に置いてください。
 貴方の『恋人』にしてください。

 彼女からそう告げられた時、思わず涙が溢れた。
 正面から真っ直ぐにぶつけられた等身大の愛を一体どうやって受け止めればいい?心の準備くらいさせてくれないか。
 泣いた私を見て、ぎょっと目を見開いた彼女は先ほどまで私の唇を強引に奪った時の人物とはとても同じように見えない素振りでわたわたと慌てていた。
 それがなんだか可笑しくて愛おしくて…思わず彼女を抱きしめる。

「貴方は本当にずるい女性(ひと)だ」

「そう……ですね。でもお陰で貴方を捕まえることが出来ました」

「この場合、私が捕まえているのでは?」

「なら、捕まってしまいました。これから先も離さないでください。私も離してあげませんから」

 愛しい人の目には今、私だけが映っている。その幸福をしばらく静かに噛み締めていると、「局長…?」と少しだけ不安と期待に満ちた彼女が私を呼んだ。
 ああ、そういえば答え合わせはまだ終わっていなかったな。

 ねぇ、ナイチンゲール。私の気持ちも聞いてくれる?

 私はこの時の彼女の表情(かお)を生涯忘れはしないだろう。腕の中に収まる彼女は数秒だけ呆気に取られた顔をした後、少しだけ切なそうに眉を歪めて、やがて花が綻ぶようにして笑ったのだ。

「はい、私は貴方のナイチンゲールですから」

 それはもう、誰かの愛しい人ではない。
 私の愛しい人。

それは誰かの愛しい人
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ナイチンゲールに片想いする局長。しかし副官にはすでに慕っている相手がいて…、、。
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