「もっと国際的な尺度で、日本酒に付加価値をつけねばならない」と説くフランス人がいる。高級シャンパン「ドン・ペリニヨン」の最高醸造責任者を28年間務めたリシャール・ジョフロワ氏だ。6年前に創業した日本酒醸造企業、白岩(富山県立山町)で会長を務めている。なぜ高級日本酒の世界展開を狙うのか。

ジョフロワ氏は日本酒の文化的背景を学んだ上で、あえてフランス人として新風を吹き込む(写真:伊藤菜々子)
ジョフロワ氏は日本酒の文化的背景を学んだ上で、あえてフランス人として新風を吹き込む(写真:伊藤菜々子)

 「伝統的な日本酒を引き継がれてきた方々に敬意を表しますが、長く続けてきたからこそ変化を起こすことが難しい面もあるかもしれません。私は『新参者』としてのアドバンテージを生かし、国際的な日本酒のブランド力とポジショニングを確立すべく貢献したい」

 ジョフロワ氏は、日本酒への尊敬と挑戦について真っすぐな目線でこう語った。フランス東部、シャンパーニュ地方で代々ワインを醸造してきた一家に生まれ、自らはドン・ペリニヨンを世界に広めてきた。その責任者を務めていた頃、東洋の味覚に興味を持って訪れた京都で、忘れがたい味わいの日本酒に出合ったという。「私の新たなジャーニー(冒険)が始まったのです」と目を細める。

 世界最大のブランドグループである仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンも、ドン・ペリニヨンを製造するモエ・エ・シャンドンの親会社として同氏の熱意に理解を示す。そうした後押しもあり、同氏の20年来の友人でもある建築家の隈研吾氏が白岩のために新たな蔵を設計。立山連峰を見渡せる風景と溶け合う、ガラス張りのおしゃれな空間を2021年に創り上げた。通常の蔵だと紫外線を遮断する必要があるため「ご法度」とも言えるデザインだが、そうした醸造に影響を与えかねない光はカットするガラスを採用している。

 そして隈氏の紹介で、ジョフロワ氏は日本酒「満寿泉(ますいずみ)」で知られる枡田酒造店(富山市)の桝田隆一郎代表と知り合った。醸造の技術的な助言などを仰ぐためだ。日本酒への新規参入は政府が頑固に規制してきたが、白岩は日本酒のブランド力向上というメリットを入念に計画。「辛抱強く待って実現したのです」(ジョフロワ氏)

隈研吾氏の設計で、新たな蔵の外観は周囲の風景に溶け込むデザインとなった
隈研吾氏の設計で、新たな蔵の外観は周囲の風景に溶け込むデザインとなった

 そして「新参者」としての野望の一つが、日本酒を高級酒として世界に認めさせることだ。「IWA 5」と名付けた同社の日本酒は、720mlで1万4300円と高価だが、「ドル換算で考えると適切な価格だと断言できます」。

IWA 5のボトルのデザインは、ルイ・ヴィトンやアップルとも仕事をしてきた著名デザイナーのマーク・ニューソン氏が手がけた
IWA 5のボトルのデザインは、ルイ・ヴィトンやアップルとも仕事をしてきた著名デザイナーのマーク・ニューソン氏が手がけた

 ワインの醸造一家としてブドウ栽培にも携わってきた同氏は、日本で農家が減り続けていることを憂えている。「日本酒の市場価値に一段とプレミアムをつける戦略を実行しないと、酒米を供給してくれる農家を引き留めることも難しくなるのでは」と表情を曇らせた。日仏という違いはあれど、同じく伝統的な醸造酒に注力してきた経験を生かし、前向きな循環を創りたいという。

価値を高める2つのポイント

 ジョフロワ氏は醸造家として自らの五感を大切にしつつ、ブランド力のある日本酒ビジネスの国際展開を考えている。この新たなプロジェクトを成功させるべく、スタートアップの世界でもよく使われる「プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)」というビジネス用語を取材中に何度も強調した。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます

残り1938文字 / 全文3220文字

日経ビジネス電子版登録会員なら

登録会員限定記事(毎月150本程度配信)が読み放題

音声サービス日経ビジネスAUDIOも聴き放題

新着・おすすめ記事をメルマガでお届け

この記事はシリーズ「Xの胎動」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。