ガイアメモリ大図鑑(プロローグ&前編)

ガイアメモリ大図鑑(プロローグ&前編)

仮面ライダーダブル×ウマ娘(カフェ&タキオン)

 旧校舎の一角にある小さな部屋、手狭ながらも整理された資料が収められた棚や、古びつつも手入れのされたソファとローテーブルと言った家具を、窓から差し込む柔らかな日差しが照らす…そんな部屋で静かな打鍵音がただ響いていた。

音の出所は、その部屋の奥でデスクに向かっている、青みがかったカッターシャツに黒いベストとスラックスといった、小洒落た格好の男が叩く古そうなタイプライター…自分のを淹れるついでに淹れた珈琲を、そのタイプライターの傍らに置いた。それに気付いたのか、彼は手を止めてこちらを見る。

 ◎???「…どうぞ。」

 ・???「…おう、サンキュー。」

彼は短くお礼を言いながら、手に取ったカップに口をつけ、啜る音と共に僅かに頷くと、カップを一度置いて再びタイプライターのキーを叩き始めた。

私もソファに腰を落ち着け、その様子を眺めながら一口。


 この男、こうして黙ったままいる様子からだと、寡黙で冷ややかな…所謂”ハードボイルド”のような印象を受けるかもしれない。

…けれど、『人は見かけによらない』もの。知れば知る程意外な側面が見えてくるものだ。

例えば、今彼が叩く英文タイプライターで書いているもの…報告書の形で記録をしたためているそうだけれど、全てローマ字による日本語で書かれている。

これまでも何度かしたためている記録を覗かせてもらったこともあるけど、正直…読みづらい。

英語のように単語毎にスペースをしっかり開けているので、読み慣れるとそこそこに読めるようになってくるが…なんというか、イラストに何か英単語を添える男子中学生のような、少し子供っぽいような印象を与えた。


…なんだか彼の事を悪く言ってばかりな気がするので、別の側面も。

 こうして同じ部屋で私と珈琲を啜る仲にこそなっているものの、実のところ彼…左翔太郎はトレーナーではない。

トレーナーなら金色のバッジをつけているであろうベストの襟には、銀色の…研修生のバッジが留められている。

私の正式なトレーナーさんは別に居て、彼はサブトレーナーとしてその業務を手伝いつつトレーナーとしての勉強をしている研修生。

研修生としてトレーナー業に入る人は別に本職を持つ人も多いらしく、例にもれず彼も、付近のある街の”私立探偵”という本職を持っている…先ほどの記録も、探偵として追い、解決した事件を纏めたもの。正式な報告書は、探偵事務所の所長さんが普通のパソコンで作成しているらしい…なら、別にこうやってしたためる必要もない筈。

なぜしたためるのか…その疑問が口をついたときに「これ打たないと事件が片付いた気がしないんだよ。おやっさんもこうやって事件の後打ってたし」…なんて、言葉に迷いつつも答えてくれたのは未だ記憶に新しい。


 彼の敬愛する今は亡き恩師———鳴海壮吉は身なりや言動、探偵としての仕事の仕方、果てには珈琲の淹れ方に至るまで、色々と拘りの多い人だった…もっとも、私の知る鳴海壮吉と出会い、見知った間柄になったのは私が未だ幼く、閉じこもっていた頃。

それでいてその人と過ごした時間はさほど多くないが故、私のよく知るあの人の拘りは珈琲の淹れ方くらいのもの。

…実のところ、私が珈琲と慣れ親しみ、多少なりとも勉強するようになったのもあの人の影響が大きかったりする。

そんなあの人と私よりも長く、あの人の弟子として過ごしてきた彼は私以上にその影響を受けているのか、こうしてあの人の持っていた”ハードボイルド”を体現しようと日々振る舞っている…

…日頃彼の”相棒”さんや署長さんの言う『ハーフボイルド』という表現やタイプライターの例を見るに、体現しきれているかについて少々熟考の余地はあるかもしれないけれど。


記録に一度区切りがついたのか、再びカップを手にした彼が何処を見るでもなく再び珈琲を啜る。丁度その瞬間———


(ドォォォォン!)

———少しの揺れと共にそんな轟音が響いた。反射的に耳を絞って塞ぎ、私は身構える。彼はと言うと…

 ・翔太郎「…!?(ブゥゥーッ!?)ゲホッ…ゴホッ…」

衝撃のあまり気管にでも入ってしまったのか、見事なまでの霧に変えて珈琲を吹き出し、咳込んでいた。


 ◎???「…大丈夫ですか?」

 顔を背けたことでタイプライターが汚れるのは避けられたみたいだけど、代わりにすぐ近くの壁に出来てしまったシミになりそうな汚れ。それを珈琲と一緒に持ってきていた濡れ布巾でふき取りながら彼の身を労わると、息を落ち着けた彼は申し訳なさそうに頭を下げる。

 ・翔太郎「ゴッフ…ああ…せっかく淹れてくれたってのに悪い。」

 ◎???「いえ…あなたは悪くありません。」

 ・翔太郎「ごめんな…しっかしなんだ今の音は…?」

確かに珈琲は少し無駄になってしまったけど、流石に『あの轟音に全く動じずに居ろ』なんて言うのは酷な話…最も悪いのは何かと問えば大半の人はこの轟音の原因を挙げると思う。それに…正直、確かめに向かうまでもなくこの轟音の犯人には見当がついている。

 ◎???「…きっとタキオンさんの仕業でしょうから。」

 & ・翔太郎「…またフィリップがなんかやらかしたのか!?」

・・・・・。

 ◎???「…え?」 & ・翔太郎「…へ?」


見当をつけた犯人がタキオンさん一人であれば無視を決め込むつもりだったけど、彼の相棒さんの名が出てくるとなると少し話が変わってくる。部屋を飛び出していった翔太郎さんについて行き、向かった先は音のしてきた方向、旧理科室の準備室。

彼の相棒さんであるフィリップさんのスペースと化しているその部屋を少し乱暴に開け放ち、彼は相棒さんの名を呼びながら入って行った。

 ・翔太郎「おーいフィリップー…なっ!?」

その驚愕の声に私も続いて中に入ると、彼の目線の先にある、雑貨や資料の散らかった床に、カットソーとロングパーカー姿の男…彼の相棒であるフィリップさんが仰向けに倒れていた。すぐ近くにはフィリップさんが日頃よく抱えている本と…鮮やかなクリア外装が特徴的な、大きなUSBメモリのような端末が三本、落ちていた。本は開かれ、中のまっさらな白紙のページが晒されている。

 ・翔太郎「おい、フィリップ?、大丈夫か?おい!」

私が驚いている間に彼が溜息と共に駆け寄り、しゃがみこんで頬を軽く叩きながら呼びかけると、フィリップさんはすぐに眼を開けた。彼と、そして私を見て、

 ・フィリップ「…翔太郎。それと…マンハッタンカフェ、か…すまない。気を失っていたみたいだ。」

それぞれ名前を口にすると、勢いよく起き上がった。頭が痛むのか額を指先で抑えるフィリップさん…

 ◎カフェ「あの…いったい何が…?」

私の質問に指を立てながら、思い返すようにゆっくりと、時折急に振り返りながら答える。

 ・フィリップ「歩きながら本を読んでいて…急に、頭に衝撃が走って…あとはそのまま…」

その回答に、彼はため息をつきながら、指先で首筋をかく。その様子は、どこか親近感を感じさせた。

 ・????「…ポッケ君には感謝しなくてはねえ…聞いてくれ助手君、なかなか貴重なデータが…」

丁度、私が親近感を彼に感じる主な原因となった人が旧理科室の方の扉から入ってきた。この状況に流石に驚いたのか、”データ”の記されているであろうバインダーを手に固まっている。

 ・フィリップ「ああ…なんだい?アグネスタキオン。」

アグネスタキオン。フィリップさんがサブトレーナーとしてついている担当ウマ娘であり、”研究”と称して度々私のトレーニングをサポートしてくれている…のだけど、その…色々とあれな人。

 ・タキオン「…助手君?…カフェ、彼に何があったんだい?」

 ◎カフェ「タキオンさん…私に聞かないでください。」

実際私も何があったかは全く分からない。フィリップさんと付き合いの長いはずの彼でさえ、何があったかの想像がついていないのだから、タキオンさん程の関りもない私に聞かれても困る。

・フィリップ「アグネスタキオンも、心配は要らない…少し頭は痛むが許容範囲だ。」

・タキオン「そうかい?なら、何も言うことはないんだが…」


立ち上がろうとした彼はフィリップさんの呼びかけに、少し気怠そうに応じる。

 ・フィリップ「…翔太郎!」

 ・翔太郎「んあ?」

私も少し近づいてみると、フィリップさんは周囲に散らばった、USBメモリのような端末を手に取っていた。

 ・フィリップ「これは一体何だ?中に回路が入っている…何かの装置のようだが…」

…え?

 ・翔太郎「…は?…何言ってんだお前」

気の抜けた声と共に、私が抱いたそれと同じ気持ちで聞き返す彼。フィリップさんはそれには答えず、手元の端末を見つめる。

 ・フィリップ「うーん…」

数秒、黄色い端末を見つめると、部屋の隅に置かれた小さなモニターを見るフィリップさん。

 ・フィリップ「…テレビのリモコンかな?」

そう言いながら、端子の部分をモニターに向けて側面のスイッチを押す。『LUNA!…LUNA!LUNA!』と、スイッチを押す度に少し渋い男の声で端末の名前が響く。

…そういえば、会長さんがぬいぐるみによる腹話術でそんな風に名乗っていたなあ…なんて、どう見ても場違いなことを考えてしまう。

この場に居る人の中で、あの端末について誰よりも知り尽くしている筈のフィリップさんがそんなことを、見る限り特によくないものに憑かれている訳でもないのに口にしているのだから、それくらいのことを考えてしまっても仕方ないでしょう。

 ・タキオン「…?」

タキオンさんの方を見てみると、何が起きてるのか理解できない…というより理解したくなさそうな、呆気にとられた表情で口をぽかん、と開けている。私の視線に気付いたのか、タキオンさんも私を見て今度は眼で、『彼に何があったんだい?』と、さっきとは少し違う感情で問いかけてくる。

私も黙ったまま、『私に聞かないでください』と先ほどと同じ回答を首を横に振って返し、フィリップさんの方に視線を戻す。

勿論、あれはテレビのリモコンなどではない。スイッチも一つしかついていないし、そのスイッチと読み上げでモニターが何かを語る訳もない。

 ・フィリップ「…体温計?」

モニターが全く動かない事が分かると、そう言って今度は赤い端末を脇に挟む。スイッチが押されたのか、今度は『HEAT!』と読み上げが凍り付いた空気の中響く。”ヒート”とはいっても、その名に相応しい熱気もこの凍り付いた空気が融ける兆しも、特に感じられない。

その様子を一通り見た彼は再び溜息をついた。今度は目頭を押さえ、軽く天を仰ぎながら。

・翔太郎「はぁ…フィリップぅー…お前まさか忘れちまったのか?”ガイアメモリ”」

・フィリップ「…”ガイアメモリ”?」

…彼の問いに対するフィリップさんの答えに、脇に挟まれた赤い端末が『HEAT!』と読み上げ音声で便乗した。


 ◎カフェ「フィリップさんって…こんな冗談も言う人だったんですか…?」

彼に駆け寄り、フィリップさんの耳に入らないよう耳打ちで、念のため質問をしておく…彼の様子を見るに、最早質問ではなく確認に近いけれど。

 ・翔太郎「…多分お前も想像ついてるだろ?」

『敢えて言うまい』と言わんばかりに渋い顔をして、そう一言。

気付くとタキオンさんもバインダーを近くの机に置き、フィリップさんの方へ駆け寄ってきていた。

 ・タキオン「念のためだ。じっとしていてくれたまえよ?」

日頃何処に隠し持っているのか、何処かから取り出した非接触体温計のような器械をフィリップさんの額や首筋に当て、何かを診ている。

 ・タキオン「今のところ、目立った異常は見られないねえ…」


 …フィリップさんもタキオンさんと似て、色々と変わった人だ。

何か気になることがあるとすぐに調べ、調べきれないことは何でも体験して知ろうとする。調べたことの中に気になる事があればさらにそれについても調べ、その中に気になることがあれば…という具合に、分からないことが無くなるまで延々と調べ続け、それでも分からないことは実際に体験しようと、どこまでも体験しようとする…彼の『知識の暴走列車』という表現も、これまでに聞いてきた逸話を鑑みれば確かに頷けるような気がした。

…そんなことを思い返しながら、今一度辺りを見回してみる。

準備室に置かれ、壁にもかけられた何枚ものホワイトボードには、そうしてフィリップさんが調べて来たであろうことが簡潔に、それでいて所狭しと書き連ねられている。二人がこの学園に通い始めてからそれほど年月が経っていないにもかかわらず、私たちのトレーナー室のホワイトボード以上に”消して書き直した跡”が所々目立っていた。

…彼曰く、『一度気が散るとその検索で丸一日潰れることもある』のだとか。


 フィリップさんに視線を戻すと…端末を端子を下にして立て並べ、端をドミノのように指ではじき倒して遊んでいた。

…本気で忘れてしまっているらしい。あの端末———”ガイアメモリ”についてのほぼ全てを。

再び彼が首を掻く…今度は5本の指で、掻き毟るように。

 ・翔太郎「だぁーくっそ…この分じゃ『地球の本棚』も望み薄か…?」

 ・フィリップ「…君は何を言っているんだい?僕があんな大切な場所へのアクセス手段を忘れる訳がないだろう。」

また予想外の答えにガクン、と脱力して変な姿勢をとる彼。

”ガイアメモリ”と”気絶までの瞬間”だけ抜け落ちる…そんな局所的な記憶喪失があるのでしょうか。

 ・タキオン「あー、一応聞いておくが…助手君、私が『”あのメモリ”を、研究中常時使わせてもらう』なんて言ったら、君はどうする?」

 ・フィリップ「…”あのメモリ”とやらは良く分からないが…『結果に後悔なく正しく使えるのなら別に良いんじゃないかい?』」

何ともなしに返ってきたその答えは、どうやらタキオンさんにとって確信を持つには十分だったらしい。

気を取り直したのか普段通りの笑みを浮かべている…ように見える。

 ・タキオン「なるほど…これは重症だ」

 ・翔太郎「…マジでそこだけ抜け落ちてやがんのか。」


『フィリップさんがガイアメモリについての記憶を取り戻せば、何があったのか分かるかもしれない。』

…そう考えた彼は、今一度調べ直してもらう為、フィリップさんを送りだした…『地球の本棚』と二人が呼ぶ何処かへ。

送りだされたフィリップさんは眼を閉じて、閉じた本を持ちつつ両手を広げ、その何処かに心を飛ばしている…

 ・タキオン「毎度の事だが、これだけは解せないねえ…」

そんなフィリップさんの様子を腕を組みながら眺めているタキオンさんがそう零す。

…確かに、何をしているのかは私にも良く分からない。

『地球の本棚』という、この世とも、彼方とも違う何処か。けれど、私にだけ見えるものがあるように、フィリップさんにしか見えないもの、フィリップさんと彼の二人にしか分からないものがある。きっと、それだけの事に思う…

私のトレーナーさんが、私にしか見えないもの…例えば『お友だち』のような…その存在を認めてくれたように。

 ・翔太郎「おい、何やってんだフィリップ。」

不意に彼の言葉が耳に入り、フィリップさんに視線を戻すと…本を読んでいるにしては少し不自然な持ち方で手元の本を広げていた。

あれは表紙が薄く、やわらかくなければむしろ読みにくい筈の持ち方…そう、例えば”月間トゥインクル”のような雑誌…『本棚』と言うからには雑誌等もあるのでしょうか。

 ・フィリップ「ああ、翔太郎…すまない…あまりの、面白さに…つい…」

呼びかけられた本人は、ぎこちない様子で本を持ち直し、何事もなかったかのように。

 ・フィリップ「では…検索を始めよう。キーワードは」

 ・翔太郎「ああまずは…そうだな。”ガイアメモリ”からだ。」


こうして、フィリップさんは調べ出した情報を、手元の本…まっさらなページの上に指を走らせながら暗唱し始めた。

その情報量は途方もなく多く、殆どは私には理解できない内容…タキオンさんもこの時は黙ってフィリップさんの暗唱にその耳を傾ける。

私が理解できている部分…以前、二人の正体に至った時に彼から聞き出した部分からかいつまんでまとめ直すとするなら…


”ガイアメモリ”とは、使用者に超能力を与えてその身を怪物のごとき超人に変える。それと引き換えに毒素が身も心も蝕み、やがて心身ともに完全な怪物へと変えてしまう…そんな魔力の籠った、良くない薬のような、危険な代物。

”良くないもの”と違い、それ自体は単なる物でしかないため彼方に還すことも叶わない、とても厄介な物。

二人は探偵として受ける依頼の他に、そんな危険な代物を手にして悪事を働く超人、”ドーパント”による事件も追っている…人の身でも取り扱えるように特別な工夫が何重にも施された”ガイアメモリ”を用いて戦う、二人が”ダブル”と呼ぶ特別なドーパントとなって。


・翔太郎「…今はそんくらいで充分だろ。…悪い」

彼が一度フィリップさんから本を取り上げて少し手荒く暗唱を止め、すぐに返すと、少し不服そうにするフィリップさん…

(あんな顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない…)に一言謝りながら、

・翔太郎「次のキーワード、いくぞ。」

先ほどフィリップさんが遊んでいた三色のガイアメモリを見せた。

・翔太郎「まずは…サイクロンメモリだ。」

…そのうちの一つ、緑色のメモリを手にして、スイッチを押した。

『CYCRONE!』


……

(ここまでをプロローグ、前編として、中・後編に続く…)

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