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石川県の危機管理アドバイザー・室崎益輝は煉獄コロアキを量産したいのか。あるいは「早期一斉投入」が致命的選択であった戦慄すべき理由。

はじめに

石川県災害危機管理アドバイザーに対して、全力で反論する

1月1日に起きた能登半島地震で、石川県や馳浩知事は、「能登への不要不急の移動は避けて欲しい」というメッセージをたびたび出しています。

それに対して、左派クラスタからは、「石川に来るなというのはおかしい」(誰もそんなことは言ってない)・「政府は被災者を見捨てようとしている」「何かを隠蔽しようとしている」といった類の言動が蔓延しています。

そこに今回、石川県の危機管理アドバイザーである、室崎益輝のインタビュー記事がリリースされました。

この記事のすべてが間違っているとは私は言いません。しかし、絶対に看過できない論点があります。

特に問題になるのが、次の二つです。

苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした。

交通渋滞の問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います。

このような論評を一般人が言うのは結構ですが、石川県危機管理アドバイザーという公職にある人間がいうべきことでは絶対にありません

これは文字通りの意味で生命にかかわる問題です。

なので、相手がどれほどの大物であろうと、全力で反論することを決意いたしました。

室崎益輝とは何者か

室崎益輝とは何者なのでしょうか。

肩書きを、本人の公式Webサイトから列挙します。

  • 関西学院大学総合政策学部教授

  • 神戸大学名誉教授

  • 内閣府中央防災会議専門委員会委員

  • 日本災害復興学会会長

など多数。

また、賞罰については以下の通りで、防災研究の第一人者とみなされていることは疑いないようです

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室﨑益輝ウェブサイト 学歴・職歴・賞罰

そして、何より忘れてはならないのは、石川県の危機管理アドバイザーを、過去15年にわたって勤めているということです。

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石川県災害危機管理アドバイザーへの委嘱状交付について

室崎は、石川県の防災計画にもっとも深く携わってきた人間の一人であると判断して間違いないでしょう。その地域防災計画がどのような代物であるのかは、後に検証することにしたいと思います。

朝日新聞の室崎インタビューの要約

まず、室崎のインタビュー記事について、私の責任で、簡単に要約いたします。

今回の震災対応では、迅速に自衛隊、警察、消防を大量に派遣するべきだったのに、初動が遅かった。その原因は、被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかったために、国や県のトップが災害を過小評価したからだ。
迅速な初動体制の構築は、阪神・淡路大震災以後受け継がれてきたが、それが今回はゼロになってしまっている。
自衛隊、警察、消防の邪魔になるからと、民間の支援者やボランティアが駆けつけることを制限したために、マンパワーと専門的な支援が不足している。「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「万難を排して来て下さい」と言うべきだった。そうしなかった結果、水や食事が手に入らず、暖もとれず、命のぎりぎりのところに被災者が直面した。
防災計画はきれいに描けていたのに、そのマネジメントがうまくいっていない。

朝日新聞 「初動に人災」「阪神の教訓ゼロ」 能登入りした防災学者の告白 の要約

政府は災害を過小評価したのか?

室崎の指摘については、すべてが的外れという訳ではない、と私は今のところ判断しています。というのは、岸田総理の判断で特定災害対策本部を非常対策本部に格上げしたと、総理自身がツイートしています。

それは自衛隊の資料によれば、震災発生後6時間半後の1月1日22時40分のことでした。(初期段階で自衛隊はヘリを動かしていないなどという批判が散見されますが、批判の前に公式資料は確認しましょう。)

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防衛省 統合幕僚監部 令和6年能登半島地震に係る災害派遣

なので、確かに政府は、初期段階で被害規模を過小評価した可能性はありうると思います。その原因としてもっとも考えられるのは、情報網が寸断されたことにより、官邸が当時得られた情報を判断材料にしたことです。

ただし、上の図にもあるように、自衛隊は震災発生後、即時に上空からの情報収集や部隊投入を行っていることも事実です。

自衛隊の逐次投入は最善の戦略だったのか

室崎益輝や泉健太(立憲民主党党首)は、自衛隊の逐次投入は間違いだったと批判しています。それについては、1月6日、木原防衛大臣の説明から、毎日新聞は次のように解説しています。

木原氏は、半島では陸路が限られるため、「道路の復旧状況や現地での受け入れ態勢の段階などを見ながら人数を増やしていった」と説明。自衛隊では活動可能なエリアの拡大に応じて人員を増強する手法をとっており、主に平野部が被災した熊本地震とは条件が異なるとの認識を示した。

毎日新聞 自衛隊派遣、増員が容易でない背景 能登半島地震と熊本地震の差

また、逐次投入については、デイリー新潮が自衛隊関係者に取材したところ、能登半島の地理的条件から、むしろ“逐次投入”こそ最善の対応だったという意見がでています。

能登半島は北、東、西の3方向を海に囲まれています。陸路は南から北進するしかなく、しかも道路網に相当な被害が出ました。徒歩で救援物資を運んだ隊員も少なくなく、崖をよじ登る姿もテレビで報じられました。こんな状況で部隊を大量に投入すると、ウクライナ戦争の緒戦でロシア軍が大渋滞を引きおこしたのと同じことが生じたでしょう。消防や警察車両の通行を妨げた可能性もありました。海路も海岸線が津波の被害を受けたため、揚陸が困難だったようです。空路はヘリがフル稼働しましたが、悪天候の影響もありましたし、何よりトラックに比べると輸送量に限界があります

デイリー新潮 「初動が遅すぎ」「逐次投入」と自衛隊の災害派遣に批判殺到 自衛隊関係者が「逐次投入がベスト」と言う根拠

少なくとも、自衛隊が逐次投入を行ったのは、過小評価による単純な判断ミスなどではなさそうです。むしろ、地理的条件や兵站などの物理的条件を前提とした、自衛隊あるいは官邸による戦略的判断であったと考えるべきです。

このあたりは、室崎の主張する「自衛隊の初期一斉投入」が、そもそも物理的に可能だったのか、可能だったとして弊害が発生しないのか、少なくとも意見が対立するところだと思われます。

能登へのアクセスルートは、片道1車線の一本しか存在しなかった

「緊急援助の迷惑にならない道」など存在しない

室崎のインタビューに話しを戻しましょう。

繰り返しになりますが、私が思うに、室崎の主張の中で最も問題になるのは、次の一文です。

交通渋滞の問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います。

本当に「緊急援助の迷惑にならない道」が存在するのでしょうか?

これは、一般論で言っているのでは決してありません。そうではなく、今回の震災における通行状況から、具体的にどのルートがあり得るのかを検討するということです。

そのような「迷惑にならない道」を具体的に指し示さなければ、室崎が主張している初動の遅れやボランティアの一斉投入は、完全に現実を無視した机上の空論ということになります。

まず、以下をご覧ください。石川県が公開しているマップに、ツイート主のみつごごさん(緊急地震速報bot(β)の中の人)が適切な注釈をつけたものです。

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https://twitter.com/mitsugogo/status/1743811551663133067?s=20

穴水~田鶴浜七尾市まで、唯一通行可能なのが国道249号線です。

このあたりをGoogleストリートビューで実際に確認しました。

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国道249号線 穴水町乙ヶ崎付近

確かに、片道一車線しかありません。

1月15日の自動車通行情報も確認しましょう。以下は、乗用車・小型トラック・大型トラックが通行できた実績がある道が青色の線で可視化されています。逆に言えば、地図に存在するけれども通行実績がない道は、事実上通行不可能であると理解できます。

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この図から何が読み取れるでしょうか。

  • 穴水から輪島まで通じる能越自動車道が、(崩落によって)通行止めであること。

  • 能登半島を一周する国道249号線が、能登半島の北側で完全に崩壊していること。

  • 奥能登・珠洲市へと向かうルートは、ようやく2本確保されたこと。しかし、どの道路も片側一車線しかない。

これが能登の現状なのです。

奥能登へ向かう道の、いったいどこに「緊急援助の迷惑にならない道」があると言うのでしょうか?

能登の大動脈・国道249号線の復旧は遅れているのか。

東日本大震災と比較して、今回は道路の復旧が著しく遅いと、政府の無能さ(あるいは国力の低下)を批判する声があります。

もっと早期に土木業者を一斉投入すべきだったという意見もあります。

このような人たちの中で、実際にどのように道路復旧が進んでいるのか、公式情報を引用して批判しているひとは残念ながらほとんどいません。

今回、国土交通省は、道路復旧工事について非常に詳細な情報開示を行っています。

特に素晴らしいのは、1月14日に公開された「見える化マップ」です。ここには、被災箇所・啓開作業箇所とその写真、復旧到達時点、ETC速度データなどが含まれており、かなり網羅的にマップ上に情報が可視化されています。

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国土交通省 令和6年能登半島地震 道路復旧見える化マップ

これを見れば、能登半島の北側の海岸線沿いの被災が凄まじいということが一目でわかります。これが能登唯一の幹線道路である国道249号線です。この「能登の大動脈」が、24カ所もいっぺんに崩落したのです。

ここに地震直後に、大量に重機を搬入し、一斉に啓開作業を行うことは、現実的な選択肢だったのでしょうか。実際の工事現場をいくつか紹介します。


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国土交通省 令和6年能登半島地震 緊急復旧(道路啓開)の状況

これが国道249号線の復旧作業です。もともと片道一車線しか存在しないため、重機は一カ所で1台しか使用できません。(複数台あっても、土砂の搬出の邪魔にしかなりません)。

また、側面からアクセスが不可能なため、崩落箇所を一つ啓開しては進み、また次の崩落現場を啓開せざるを得なかったのです。

この状況は、以下の図で的確に解説されています。

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https://x.com/yfuruse/status/1744604315418014138?s=20

要するに、並列処理が不可能であり、直列的に処理するしかなかったということです。それを理解していたからこそ、余震や大雪の中で、国土交通省や自衛隊は24時間体制で啓開を進めていました。

しかも、国道249号線でそれでも並列的に復旧作業が可能なように、まず能登半島を東西に通す経路(県道303号線ー57号線ー26号線)で穴水ー珠洲間を早急に通し、そこから北に道を開いていく、いわゆる「櫛の歯作戦」を展開していっています。

最初期に工事業者を一斉投入すべきだったと主張する人は、工事を行うためにも重機や人を搬送するルートが必要であるという事実を忘れているとしか思えません。逆に言えば、道路を啓開していったからこそ、復旧作業が可能な現場が増えていったのです。

1月17日、国土交通省が幹線道路の9割での緊急復旧が完了したと報告いたしました。ここに、どのような戦略で半島内の交通網を再構築していったのか、非常にわかりやすく解説されているので、ぜひ熟読ください。

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https://twitter.com/mlit_hokuriku/status/1747513427864744393?s=46&t=VXgyLgn01hC3AYwjgQq99Q

地元の道路復旧業者のインタビュー記事も、ぜひご一読ください。

それでも道路の復旧速度や戦略について政府を批判したい人は、国交省などが情報開示をしている事実関係を踏まえて、改善点を具体的に批判すべきだと思います。

想定外だった海岸線の隆起

災害救助の際に、何よりも真っ先に確認しなければならないのは、被災現場へのアクセス可能な経路です。すべての救援活動・救援物資・避難活動は、その経路を通じて初めて可能だからです。

私は震災の翌朝に、先に紹介したITS Japanの道路通行状況を見て、次のようにツイートしました。

「能登の大動脈」国道249号線が完全に使い物にならなくなっており、多数の孤立集落が発生していることが容易に読み取れました。そして、能登半島の北の海岸線から、なんとか船でアクセスして、救助活動や救援物資の供給ができないかと、祈るような気持ちで地図を見たのです。

残念ながら、その祈りが通じることはありませんでした。完全に誰も予想できなかったと思うのですが、海岸線が最大4メートルも隆起し、海岸線が最大250メートルも海側に広がったのです。

実際の空撮動画を見てください。私は衝撃で、言葉を完全に失いました。あらゆる漁港が完全に陸地と化していることがわかります。

写真から3Dモデル化してくださったものも、ご紹介します。

ダックビルさんが作った能登半島地震フォトグラメトリマップも、大変に素晴らしい仕事なので、ぜひみなさん、触ってみてください。

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能登半島地震フォトグラメトリマップ

こうやって私たちに可視化されている隆起状況も、実は、地表に出ているものだけです。海底も同じく隆起しており、海図が使い物にならなくなっていることが容易に予想できます。安易に海から近づこうとすれば、座礁して二次災害が起こりかねない状況でした。

だから、自衛隊は喫水線がなく浮上航行できるホバークラフト(LCAC)を、海上自衛隊輸送艦「おおすみ」から送り込んで、重機などの搬送を行わざるを得ませんでした。LCACは、日本国内には呉と佐世保(米軍保有)の2箇所しか配備がなく、今回は呉から出動しているとのことです。

なお、ホバークラフトを使った物資輸送の難しさについては、以下のサイトで解説されているので、ぜひご一読ください。

ライフライン完全断絶:「早期一斉投入」が産みかねなかったこの世の地獄について

能登半島の震災対応で、「早期一斉投入」を決して行うべきではなかった理由

このように、今回の能登半島地震の状況を整理してきました。陸路でのアクセスルートが片側一車線しかなく、海岸隆起で海からのアクセスも極めて困難になりました。

とにかく言えることは、今回の震災は本当に最悪のタイミング(元日)で、ほぼ最悪の場所で起きたということです。原発震災を別とすれば、想定される中でほぼ最悪のシナリオだと言わざるをえません。

今回、たくさんの人が、自衛隊やボランティアや工事業者の早期一斉投入を主張しています。いま問題にしている石川県の災害危機管理アドバイザーだけではなく、政治家や新聞記者や評論家も含めてです。

そのように主張している人で、能登半島地震とその災害対応について、その地理的条件と交通状況、気象条件など、具体的な事実とデータにもとづいて言及している人は、ただの一人も見かけたことはありません。はっきり言って、すべて机上の空論です。

大事なことなのでもう一度言いますが、救援物資や人を投入するためには、現場へとアクセスする経路が必要です。そして、この経路は、少なくとも震災後1週間ぐらいは、ほぼ片側一車線の道路たった一本しか存在しなかったのです。

今回、この一本の道路が、能登半島に住まう人と救助活動を行う人すべてのライフラインになりました。

  • 食料

  • ガソリン

  • 医療品

  • 衛生用品

  • 仮設トイレ

  • 救急搬送車

  • 支援者・組織(自衛隊・消防隊含む)

  • 重機

これらすべてを、片側一車線の道路が運ばなければならなかったのです。そして、この文字通りのライフライン(命の道路)が、能登半島で生きる人と救助活動をする人の生命を繋げていたのです。

確かに、おそらく能登半島全体では、これらの資源は足りていなかったのでしょう。そして、そのために健康を害し、生命を落とす人も、残念ながら存在したと思います。

しかし、もしこのか細いライフラインのボトルネックを考えることなく、資源を一斉投入していたら、一体何が起きていたでしょうか。

まず、災害対応を指揮する人間が絶対に理解しなければならないことは、1つの道路が一定時間に運べる量には限界があるということです。

そして、運搬可能限界を超えて一斉に資源を投入すれば、入り口か間の道路で、必ずどこかでスタック(身動きが取れなくなる場所)が発生します。


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スタックされた人たちは、食べ物を調達することもトイレにも行けず、進むことも引き返して離脱することもできず、長時間にわたって車内に閉じ込められます。もはや、これは新たな「難民」といっても過言ではありません。

さらに、スタックが発生すれば、短時間で運べるものが長時間になります。無駄にガソリンも消費します。岸田総理を批判する文脈の中で、おにぎりが期限切れだったという報道がありましたが、食品が劣化するだけではすみません。

被災による直接の怪我人は言うまでもなく、被災地では電源喪失などによって高度医療が受けられなくなっています。それらの人たちを早急に外部に搬送して医療に繋げないと生命が危ぶまれる状況でした。仮に個人ボランティアや自衛隊や重機などが一斉に投入されていれば、そうした人たちが外部の医療に繋がれなくなっていた可能性が極めて高いのです。

ライフライン完全断絶の、底知れぬ恐ろしさを噛み締めろ

もう一つ、考える必要があることがあります。

それは、このライフラインがたった一本だけだったという問題です。IT用語で言えば、リダンダンシー(冗長性)がないのです。

そして余震も続いていたため、この道には思いもよらぬ陥没が発生する可能性が否定できません。

通行可能な道にすら陥没があるのに、日によってはその上に雪が積もっているわけです。これが渋滞を生む可能性もありますし、おそらくJAFも来れません。

たった1台のパンクで、能登のすべてのライフラインが完全停止する可能性が極めて高いのです。


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大事なことなので何度でも言いますが、ライフラインとは文字通りの「命綱」です。すべての人間は、社会生活を営んでいる以上、食糧や水や下水道、ガス、電気・薬など、無数の生命線によって生かされています。ただ、社会が正常に動いているとき、私たちは命綱の存在を気にする必要がないだけです。

大規模な災害が発生すると、この命綱が否応なしに断絶させられます。電気が止まり、ガスが止まり、食料が途絶え、上下水道が使えなくなります。

今回の震災では、避難所生活をしている人だけではなく、全住人と支援者たちの生命を、この片道1車線の道路がすべて支えることになったのです。

このラインが途切れれば、能登は文字通りの意味で陸の孤島になり、穴水町・能登町・輪島市・珠洲市に住む約8万人弱と支援者が数週間の「兵糧攻め」状態になりました。

そして、水洗トイレやお風呂が使えない極めて劣悪な衛生環境の中で、コロナやインフルエンザやノロウイルスなどの感染症が蔓延し、そしてわずかな医薬品が枯渇したでしょう。

自衛隊やボランティアや重機といったあらゆる資源の「一斉投入」が、地震よりもさらに大きな二次災害を産み、被害者が一桁かそれ以上増えていても不思議ではなかった状況なのです。

「資源を一斉投入すべきだった」と平気で言える人は、ライフライン完全断絶の恐ろしさを十分に噛み締めていないのだと私は思います。それは、彼らが、社会がどのようにして動き、人々が生きて生かされているのかを、適切に現実的に想像できていないからです。

室崎益輝は煉獄コロアキを量産したいのか

戦力逐次投入は、政府の隠れたファインプレー

ここまで説明すれば、なぜ政府や石川県や馳浩県知事が「能登への不要不急の移動は控えてほしい」と再三にわたって呼びかけたのか、その理由も理解できるのではないかと思います。

答えは知事が言うように「命に関わる」からであり、そこに嘘偽りは一切ありません。

今回の震災ではライフラインとなる道路は有限で、ここが災害支援の最大のボトルネックであることは明白です。

行政と連携して動き、大量の資源を運ぶ国際NGOや企業ボランティアを優先し、小さな物資しか運べないのに事故を起こして目詰まりさせかねない個人ボランティアには、この段階では遠慮いただくのは最適解だと言わざるを得ません。

その意味で、政府が「資源の一斉投入」を行わず、焦らず逐次投入を行い続けたことは、多くの命を人知れず救ったスーパーファインプレーだと私は考えています。

この選択は、とても目につきにくいし、「一生懸命がんばっている」感も見えず、理解もされにくいでしょう。

資源を投入しようとすればするほど、救おうとしている人の命が大きな危険にさらされるというメカニズムは、直観的には理解しがたい事柄です。ということは、この選択は民意の理解も得にくいということです。

裏金問題で支持率が暴落している岸田政権が、パフォーマンスのために「一斉投入」を行い、結果として被害を拡大させるという世界線も、十分にありえたはずです。政府が資源の早期一斉投入という選択を行わなかったことは、賞賛に値すると私は考えています。

これは、おそらく結果論ではありません。先に紹介した記事で、自衛隊関係者が、「被災地に悪影響を及ぼすリスクを減らした」ために逐次投入が最適解だったというのは、大変に理があることなのです。

情報を確認しない人たちが、陰謀論のエコーチェンバーを産みだした

残念ながら、ライフライン完全断絶の戦慄を想像できない人たちが、たくさん存在しています。

渋滞なんかないじゃないか、政府は被害者救済をやる気がないのだ、という政府批判言説が一気に広がりました。

さらには、岸田政権が何か隠そうとしているのは明らかだ、原発事故で放射能漏れをしていると考えれば辻褄があう、などという安易な陰謀論まで、たくさんのインフルエンサーが撒き散らし、エコーチェンバーを創り出している状況です。

名前は出しませんが、こうした人たちの多くは、ジャーナリストであったり研究者であったりして、少なくとも以前は社会問題について理知的なことを言っていた人たちです。

ところが今回の震災について、そうした粗悪な陰謀論を唱えている人たちが、公開されている通行状況や緊急復旧工事の報告、モニタリングポストのデータなどを引用し、根拠にもとづいた批判や提言を行っている節はほとんどありません。

それどころか、政府は二次避難者からお金を取ろうとしているとか、知事がネトウヨに騙されてありもしない渋滞を信じたから「石川県に来るな」と言ったとか、ほんのちょっと調べればわかるデマを流し、それを多くの人が拡散している状況です。

本当に残念なことだと思います。

室崎益輝は煉獄コロアキを量産するのか

さらに残念なことは、石川県の災害危機管理アドバイザーを15年努めている室崎益輝が、こうした無責任な言説に全面的に乗っかったことです。

もう一度引用します。

苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした。

このような無責任な言葉が発せられる時点で、能登のライフライン完全断絶の危険性、災害救助のロジスティクスについて、本質的なことを何一つ理解していないことは明らかです。

室崎は次のようにも言いました。

交通渋滞の問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います。

しかし事実は、そもそも地震発生後1週間以上、奥能登へ通じる道はたった一本しか存在しなかったのです。その最も基本的な事実を把握できていない時点で、大変に無責任なアドバイザーであると言わざるを得ません。

それでもなお「緊急援助の迷惑にならない道」を確保せよと言うのなら、その道を具体的に示すことが現役の石川県災害危機管理アドバイザーである室崎の仕事ではないでしょうか。

そのルートを具体的に示さずに、個人ボランティアに対して「万難を排して来てください」というメッセージをアドバイザーとして発した訳です。ここで何が起きるのか。

室崎の主張に従えば、もっとも賞賛されるべき行動をしたのは、なんとYoutuberの煉獄コロアキだということになってしまうのです。

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「俺は1人でも奥能登向かいます」「絶対に辿り着いてみせる」。なんと素晴らしい心がけでしょうか(皮肉ではありません)。具体的なやり方はわからないけど、万難を排して、車を使わずに、被災者を救援に行こうとしたのです。

しかしその結果、いったい何が起きたのでしょうか。

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結局、被災地で救急車を呼ぶハメになり、被災地には辿りつけませんでした。どの程度事実かはわかりませんが、残念ながら、少なくとも奥能登に歩いて向かって以降、被災者の役に立てたとは思えません。

私は特に、煉獄コロアキの過去の行動や目的を、ことさらに批判したい訳ではありません。


しかし、ルートを具体的に指示せずに、「迷惑をかけず」に「万難を排して個人ボランティアに来て欲しい」という室崎の言葉通りに動けば、構造的に、大量の「煉獄コロアキ」が生まれることは必然なのです。

石川県の地域防災計画の根本的な欠陥について

なぜ、防災の第一人者と言われている室崎が、このような無責任な提言を行ったのでしょうか。

「万難を廃して来てほしい」などという言葉を読む限り、室崎はロジスティクスというものを全く理解できていないのではないかと思われます。

また、もう一つ、彼が記事内で何度か言及したことがあります。それは、アドバイザーとして、今回の震災に対する罪悪感です。

県の災害危機管理アドバイザーを務めてきましたから。やるせなさ、自戒もこめて、長年防災と復興支援に関わってきた一人として、誰かが言わなければ、言葉にしなければと。今の段階で、声を上げなければと思いました。

しかし、彼は今回の事態を前に、どのような問いを発しているといえば、これです。

防災計画はきれいに描いてきた。でも、そのマネジメントがうまくできていない。なぜなのか?と。

自分が描いてきた防災計画は良かったのに、現場のオペレーションが今回は間違っていたのはなぜか?という訳です。そして、現場が震災を過小評価し、人材を含めた資源の一斉投入を怠ったからだというのが、その答えです。

実際、室崎は、震災の過小評価を戒めるかのように、次のように言っています。

神戸では震度6以上の地震は起きていなかったから、防災計画は震度5を想定した。でも震度7の地震が起き、「震度7を想定してくれていれば」と市民から重い言葉をもらいました。そこから「想定外」を大切に、国内外の被災地を歩き、行政だけでなく市民同士の対話を大切に、復興・減災の支援をしてきました。

それでは、室崎が「きれいに描いてきた」という、石川県の地域防災計画を見てみましょう。


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石川県地域防災計画

石川県の地域防災計画では、4つの地震パターンが予測されていますが、今回の震源地に最も近い「能登半島北方沖地震」はごく局所的な災害とされ、最大震度6弱、死者数7名という予測でした。

この地域防災計画をざっと読む限り、能登半島が交通遮断によって「陸の孤島」になる危険性については、全く記述されておりません。事後孔明かもしれませんが、ロジスティクスの観点が完全に欠落した防災計画となっていると評価せざるを得ない代物だと思われます。

そして、その防災計画の根本的な欠陥が露呈したために、県と国は防災計画の修正をリアルタイムで迫られ、結果的に逐次投入を行うという最適解を選択いたしました

逆に、地域防災計画に15年も関わってきて、この地域特有の問題点に気がつけなかった室崎が、今回の震災のロジスティクス的な困難を理解できないのは、ある意味で当然でしょう。

だから、今回の震災対応が計画通りにうまくいかなくなったため、その原因を、「トップの判断ミス」「ボランティアの欠如」に求めたものと考えられます。

しつこいですが、仮に県や国が災害を過小評価したのだとすれば、その責任のかなりの部分は、ロジスティクス上の弱点を指摘できず、極めて見通しの甘い防災計画を策定した室崎自身にも存在するはずです。

しかし彼は結局のところ、「計画はきれいに描けていた」と言って、自らの責任を否認します。要するに室崎益輝は、責任追及から逃れるために、政権に批判的なクラスタやメディアに乗っかり、「資源を一斉投入すべきだった」と主張しているに過ぎないのです。そして、自らの失点を取り返すために、個人ボランティアを大量動員すべきだと主張しているものと思われます。

牟田口廉也の過ちを二度と繰り返させないために


室崎の保身的言動は、私に、ある歴史的人物を思い起こさせます。インパール作戦の指揮官であった牟田口廉也です。

インパール作戦において牟田口は、牛とともに行軍させ必要に応じて糧食に転じる「ジンギスカン作戦」を考案するなど、無謀な計画を実行にうつし、8万人中3万人が死亡・行方不明となるなどの大損害を与えました。

このように、牟田口が兵站を無視した無謀な作戦を立てるに至ったのは、実は盧溝橋事件で彼の命令で中国軍を殲滅し、大日本帝国を日中戦争から大東亜戦争へと引きずり込んだことに対して、自責の念があったからだと言われています。インドへ侵攻しイギリス軍を叩くことで、「国家に対して申し訳が立つ」ようにしたいというのが、インパール作戦の動機だったのです。

普段は兵站を無視して自軍に大損害を与えてきた大日本帝国の愚かさを嗤っている人たちが、災害救助におけるロジスティクスを無視して、室崎の言説を賞賛しています。室崎が主張していることは、控えめに言って煉獄コロアキの量産であり、極端に言えばインパール作戦の再現でしかありません。しかし、彼の言動を賞賛し、逐次投入をしたといって政府批判を行う人たちは、大日本帝国の敗戦から80年近く経っても、未だに兵站の重要性をまったく理解できずに、戦前の思考に取り残されたままなのです。

能登半島状況は国土交通省と自衛隊・工事業者の懸命の尽力もあり、確かに能登半島では急速に交通網が復旧しつつあります。しかし、能登方面へと繋がる事実上のライフラインの脆弱性は、緩和されたとしても、未だに残っています。道路が新たに開通し、海路が開けたとしても、能登半島が陸の孤島になる可能性は未だに残り続けています。

旧大日本帝国軍の愚を、私たちは二度と繰り返してはならないのです。

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