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歪んだパズルのつなげ方

悲恋姫†無双

後話 第九話 華花の琳琅たる調べ桂冠を得るは何れなりや

 
 細く真白い手だった。

 とても動乱の大戦を戦い抜いたとは思えないほど

 だが、そこには間違いなく大鎌が握られていたのだ・・・

 国の運命のみならず、己の誇りだけでもなく、民の生活を祈る心と共に。

 弓手を、目の前の少女と自分を隔てる机上に置き。
 馬手を簡素とは言えない服の上から柳腰に当て。
 左足を半歩詰めた立ち姿で・・・上から押しつぶすように顎を引いた華琳

 冴え冴えと凍りつくほどに、冷たい知性の光をこぼす瞳が
 挑みくるものを拒まず・・・その勇気を讃えながら、叩き潰さんとする口元の笑みが
 僅かに吊り上がった、何処か楽しげな細い眉が・・・
 その表情が、言葉より雄弁に物語っている。

 先ほど自分が口にした言葉に、対する答え・・・簡単にこの曹孟徳の首、とれるなどとおもうな、と。

 余りに美しく、背筋の伸びた堂々たる姿、張り詰めた様な身に纏う空気
 しかし、そこには暴力的で荒々しい香りが紛れ込む隙は、微塵もなく
 小さな体躯からは信じられないほどの・・・否
 未だかつて人が遭遇したことがないほどの、深淵なる懐の深さがひとつの事実を示す。

 そこに立つは曹孟徳なれど、覇王にあらず・・・丞相としての華琳の覚悟であり姿であると。

「そう、理性的ね・・・
 第一声くらいは怒鳴られると予想はしていたのだけれど」

 その姿を見て尚、平然と返した言葉は、銀鈴の音の如く澄み渡った声。
 しかし、それもまた当然・・・
 執務机の奥から華琳に向かいそう返した者も、華琳。

 言いながら、手にした筆を硯の方へと避けて置き。
 今しがたしたため終えた文字に、可憐な唇を細め軽く息を吹きかけ
 指をそっと押し当て、乾いていることを確かめてから、脇に積んである決済し終えた書類の山へと重ねる。

 小さく吐息を漏らし・・・

 それで、と視線を上げ、相手の視線を受け止めると、無言のままに問いかけ、続く言葉を待つ。

「単刀直入に話しましょう、言葉遊びも時と場合だわ。
 貴女は一体何処まで理解して、そこに座っているの」

「董仲穎が『魔王』の思惑を見抜いていること。
 一刀も、それに気付いて董仲穎の誘いに乗ったこと。
 そして、貴女はそれに気づいていながら・・・気付かぬふりをしたということ」

 一本づつ細く白い指を立てながら、凄絶な笑みを執務机の奥から相手に投げかける。
 その目が・・・

 全部解っているのよ・・・相手のことも、貴女のことも

 そう静かに告げる中、華琳は小さくため息をついて、近くにある椅子を引き寄せ、そっと腰を下ろす。

「それで・・・態々そんな事を言う為に、仕組んだの」

 何処か腹立たしげに返す声に返って来たのは・・・
 銀鈴を転がすような、上品で楽しげな音の声。

「まさか、私はそれほど暇ではないわ。
 だいたい、説明を求めたのは貴女だということを忘れないで欲しいものね」
 執務机に手を置き、ゆっくりと椅子の背もたれに体重を掛けながら、小さく笑い声を上げる。

 その目が鋭く豹変し、目の前に座る『自分』を見据える・・・いや、睨んだ。

「どうして一刀を、董仲穎に差し出したの」

 射ぬくような視線を受け、華琳は・・・軽く肩をすくめた。

「随分と一方的で勝手な物言いね。
 そういう言い分が通るのなら・・・こう言い返してあげる」

 ふふっと猫の様に笑いながら、それでも細めた目は笑わず

 真直ぐに相手の目を射貫き返す・・・否、噛みちぎる。

「一刀をとられて怒るくらいなら・・・
 何故最初から他所など向かぬほど・・・一刀の心を引きつけ、つなぎ止めて置かなかったの」

 首から下げたペンダントを軽く弄りながら
 相手が『自分』であるにもかかわらず、その舌鋒は些かも容赦がない。
 そして、勝機と見るや・・・その機を見逃すはずも無い。

「それが、貴女の限界なのであるのなら・・・いえ、そうね。
 どんなに私と同じ姿、同じ思考が出来ても、材料と成る知識がなければ、届かない。
 例えば・・・劉備の『国』が魏、呉、涼州、河北を監視する為に、『魔王』が赤壁前に打ち込んでいた楔だとはわかっても・・・
 何故、一刀が他の国から、董仲穎を選んだのかが貴女には解らない・・・違うかしら」

「それは、董仲穎の側から誘いがあったから、ということでしょう」
 などと答えるほど、華琳は馬鹿ではない。
 ましてや、涼州が魏とは隣接している立地条件が原因だと答えるほど、脳天気な答えを出すはずもない。

「最高権力者を、押さえに出た・・・」

 苦しげな表情を浮かべながら、執務机の奥から答えが帰って来るのに、華琳が満足気に頷き返す。
 その表情は、相手が・・・『眼の前にいる自分』が何を思い、どう結論に至ったのかを理解していて
 何が足りないのかも、解っていると・・・

 相手が、早急に一刀との子をなすべきだと思っていることを・・・嘲笑っているのだ。

「そう・・・それが『私』が出す結論という訳。
 正解よ・・・『覇王・曹孟徳』であるのなら、ね。
 貴女は三つ思い違いをしている・・・
 一つ、一刀が董仲穎と接触したのは、後継を董仲穎の子にしたかったからよ」

 音が聞こえる様な程、一瞬にして執務机の奥にいる華琳が顔から血の気を失う。
 その説明を聞いただけで、誤解を差し挟むこと無く・・・それが意味する所を悟ったのだ。
 月が子をなさずに没したとなれば、後継者争いで分裂する・・・

 否・・・そんなものは、起こらないと。

 月の領土はそっくりそのまま、転がり込むことに成る

 実質的な、河北の支配者である・・・朧へと。

 大陸の六割を抑えても、朧は何も事を起こさないだろう。
 だが、次代はどうか・・・
 朧が『魔王』に惚れ抜いているのは、周知の事実だ。
 生涯、他の男を寄せ付けない事、あり得ないとは笑えない。

 そのまま後継をもうけず、朧がいなくなれば・・・
 再び大陸を巻き込んだ戦乱の世に逆戻りする可能性は・・・残念ながら低くない。
 それを防ぐには、桃香の『国』だけでは足りない・・・

 一刀の打った手は、朧という稀代の天才が
 野心を持って、大陸の覇権を握りにでないと確信した・・・

 目先の二、三年でも
 次代の十年でもなく
 後の三代をにらんだ・・・まるで『魔王』の視点からの一手。

 では、二人の華琳が何故、異なる解を得たのか・・・

「二つ、今回の作に一刀が敢えて乗ってみせたのは・・・
 此方に野心がないと、胸襟を開いてみせたのよ。
 これは魏に対する、一刀の裏切りでも、不義理でも無く・・・
 私達を守るために、一刀にできる護り方をしてみせたということ」

 続く華琳の説明に、執務机の奥に座る『自分』の表情が暗く沈んでいくのを、華琳は静かに眺めながら。
 帰って来る言葉が、聞こえるような錯覚を覚えていた。
 手に取るように、相手の考えがたどる道筋が見える。
 当然だろう、今眼の前にいるのは、自分なのだから・・・

 思考がそうたどるように、会話を進めているのだから。

「待ちなさい、今・・・一刀が策に乗ったといったわね。
 賈文和は・・・一刀が、そこまで気付きえると踏んで、仕掛けてきたと言うつもりなの」

 その言葉に、華琳の口角が吊り上がる。

「貴女が思い違いをしている二つ目はそこよ。
 派手に目をひくことに視線を向かせながら、その死角に真の狙いを沈め
 民心を操って流れをねじ曲げ、自らの望む方へと流れを呼び込む・・・
 今回仕掛けてきたのは、間違いなく『魔王』の手筋」

 立ち上がり、茶を入れて戻ってきた華琳は片方のカップを机越しに、もう一人の華琳へ差し出し、手渡しながら・・・
 圧倒的なまでの深い瞳で、相手を・・・『自分』を見据える。

「時と共に変化し流れゆく現実・・・
 それも、二年もの未来を・・・乱世に身を置きながら、治世の二年を
 これ程、正確に予測し手を打つことなど、如何に『魔王』とはいえ、出来るはずがない、と。
 ええ・・・その通りよ、今回の作を仕掛けたのは『彼』ではない。
 そして、貴女の言う賈文和でも・・・本物の董仲穎でもない」

 一旦言葉を切り、お互いの視線が真正面から切り結ぶ。



「貴女は知らない。
 『魔王』は・・・もう一人いる」



 視線の鍔迫りを制した華琳が、言葉の刃を、振り落とす。

「今回の策は、朧・・・司馬仲達が打った一手。
 『魔王』の幻影で、各国の王を・・・狂走させた。
 朧というバケモノの存在を、明確に理解していない貴女には、この解は得られない」

 如何に外見をそっくりに真似ようと

 いかに思考をなぞり、同じ考え方を真似ようと

 例え・・・同じ人間であろうと

 記憶と経験が異なれば、届き得る思考の到達点は異なるのは当然。

 知らなければ、そこから伸びる思考の枝は育たない。
 だが、つけるべき実の形だけが示されても、そこへ伸びる枝は、歪に捻くれる。
 知って尚、己の力で、そこに辿りつけぬものにとって、知識とは禁断の果実

 ・・・堕落の毒。

「だから、私に一刀と世継ぎをつくる時間をつくる為に、貴女が私の仕事を処理する
 ・・・などということを私は望んでいないのよ。
 そして、一刀を庇う為に慌てて私のところに来る必要もなかった・・・
 解ったかしら『華琳』・・・いいえ、敢えてこう呼ばせてもらうわね、桂花」

 わずかに冷めてしまった自ら淹れた茶を、喉を鳴らして飲む華琳は・・・何処か楽しげで。
 その笑顔は、優しく柔らかかった。

「もう一つ、私が思い違いをしていると・・・」

 カップを握りしめ、それでも勝気を瞳に込めた『華琳』が、華琳を見上げる。
 その視線に気づいた華琳は、小さく肩をすくめると、いたずらっぽく少女の笑みを浮かべ
 椅子に座る『華琳』の目を覗き込むように、上半身を屈める。

「そういえば、三つ目を言っていなかったわね。
 貴女が『覇王』を名乗るのなら、気がつけないでしょう・・・」
 
 胸元を飾るペンダントを、細い指先で弄りながら。

「一刀は心底私に惚れ込んでいるわ。
 他の女になんて、目が向く筈がないでしょ」

 


   

~ Comment ~

NoTitle 

更新乙です

ただバカな私には意味がよくわからなかったですorz
最初は記憶を失う前の華琳と今の華琳の話しかと思ったけど桂花の名前が出てきてよくわからなくなった

誰か解説求みます

NoTitle 

結論・・わからんorz

 

d様、前話で桂花が変装する為の
道具を用意していたのを忘れてますよ。

ぁ、更新お疲れ様です。

桂花ってこんなに胆力ありましたっけ?(笑)成長したんでしょうが強いですね

華琳を神格化しなくなったとは言っても主である華琳と堂々と言葉を交わせるとは…

言わなくてもいい事ですが、馬騰の真名「竜胆」ですが一ヶ月前まで読み方知りませんでした(´;ω;`)ぶわっ
リンドウとか難しすぎっす(-_-;)リュウタンって読んだよ…

NoTitle 

更新来てたーお疲れ様です。毎度楽しませて貰ってます。
最後のセリフのパンチがすごいですね、貫禄の一言。
本人の悪戯っぽい笑みは他人には絶対別物に見えてるはず。
自惚れでも負け惜しみでもない信頼の証が羨ましい。
惚れ込む想いの強さは魔王が証明してますし、後は董陣営の真意次第。
このどっちに転ぶか分からない緊張感が好きです。

Re: dさん 

コメントに感謝を。

悲恋姫は、『読んだ人』が、どう『感じ、解釈し、受け止めるのか』と言うお話だと思っております
ですので、『意味がよくわからなかった』とかんじたのであれば、それが貴方の答えだと思います。

答えは全て自分のうちにあるものなので、誰かに模範解答を求めても、あまり意味がないのではないかと

文才のない文章で、何が書いてあるのかわからない、と言うのはまぁ今までどおりなので、そこはご容赦ください。

Re: patishinさん 

コメントに感謝を。

結論が出たということは、それが貴方の答えということです。
読んでくれた人それぞれが、それぞれに答えを出してくれれば良いなと思っております。

Re: Lucyさん 

コメントに感謝を。

桂花はそこにいません、ただ二人の華琳がいるのみ
百九十八話辺りを読めば、胆力のあたりは解かるのではないでしょうか?

竜胆は、植物の名前ですね。
紫苑、桔梗とあのあたりの、あの年代の女性の真名は植物からとるのが流行ったのかも知れない
という思惑もあり、竜胆は良い真名を貰ったと思っております。

Re: ハンマーワロスさん 

コメントに感謝を。

最後の華琳の台詞は、ハンマーワロスさんにはそう見えましたか。
そのあたりも、人によってはいろいろな解釈が入るあたりかと思っておりますが
多分、一番素直な受け取り方をしていただけたのではないかと思い、ほっと安堵しております。

今話は、いろいろなメッセージが含まれていると、私自身は思っておりますが。
それが、読み手の方々には変則でよくわからないものになっているのかもしれません
そういう中で、このコメントをいただけたことに、重ねて感謝を。

NoTitle 

更新お疲れ様です。

7話の桂花の行動が此方に繋がってきているんですね。
ちょっと間を置いた事もあり、最初は「おおうw」と思ってしまいました。
月の懐妊から始まったこの一連の動き、色々と思考も絡み合っているようで着地地点が自分ではまだ見えません。
どのような展開になるのか、本編が終わっても読者をハラハラさせてくれる悲恋姫の続きを楽しみにさせて頂きます。

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: ヒンメル さん 

コメントに感謝を。

目に見えるところでは、百九十八話と後話の七話が此処につながっているかと思います。
目に見え見えにくいいところは・・・何処へ繋げるかは読み手の方によってちがうかな、とも。

作中で、キャラクターによっても今回の件に関しては解釈が違う通り、複雑にそれぞれの思惑が絡んでいたりしますが
さて、どうなっていくのかは・・・まだ出ていないキャラたちが、それぞれの出番で語ってくれるのではないかなと
それにより、一層わかりにくくなる可能性も否めませんが。
頑張ります。

Re: 鍵付きコメントさん 

コメントに感謝を。

まず、鍵付きでコメントをしていただけた気遣いに、感謝を。
内容についてですが、その受け取り方が最も素直なものだと思っております。
現在の事象についてという観点で見るのなら、正しく物質的にはそのとおりです。

それについて、どの様に解釈をするかは、読者の方それぞれの楽しみ方ではないかと思っております。

更新お疲れ様です 

旦那…これはもはや後話ではなくて新章では?

Re:ねこじゃらしさん 

コメントに感謝を。

後話は、恋姫らしく
あくまで二百九話の後日談の・・・たどるかもしれない可能性の一つ、と考えています。
ですので、新章という捉え方もあながち間違いではないかと。

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