年が明けて雪も時折降る1月の寒い日の夜。暖房を効かせたリビングのソファで横になり、少しだけまどろむ。
「Thank you for... 」
最近は目を閉じて静かにしていると、あの日の事を思い出してメロディを口ずさむ。5年前の2月13日、夜遅くに帰宅するとパパがピアノを弾いていた。ママはそばで聞いていた。優しくて、ゆっくりと語りかけてくるようなメロディ。
「..ん...ふぅ」
ちょっと苦しい。また目を閉じる。
"Thank you for being born."
私が生まれる前日にママが頼んで、パパがピアノで作ってくれた曲。パパが言ってた。ママが私を産むために大変な時に男にはなにも出来ないから、ピアノくらいって。そう言うパパの横顔をのぞき込んで見たら、少しだけはにかむような笑顔だった。
でも、私は知ってる。あの日、16歳になった私に誕生日おめでとうと言ってから照れくさそうにパパが部屋へ戻っていた後にママがこっそりと私に教えてくれた。パパはあんな風に言ってたけど、ママの体が辛くなったとき気付くとそばに居て何も言わず腰や背中をさすってくれたって。夜中でもいつでもどこでも、パパに居て欲しい時にはパパがそばに居てママを支えてくれたって。寄りかかって安心できたって。そうやってパパの事を話してくれるママは本当に嬉しそうだった。
でも、今なら判るよ。ママがピアノを弾いてってお願いした理由。パパから充分にしてもらっているとママが思っていても、大変そうなママを見ているパパは自分は何も出来ないと思う人だから。パパのピアノをママが大好きだって事をパパは知っているから。ママの事でパパが思い詰めないようにって。
「はぁ...」
また少し苦しくなってきた。体勢を変える。
私がまだ何も知らない子供だった頃、ママはパパの事を嫌いなんだって誤解した事があった。結にたくさん怒られた。
でも、今なら判るよ。ママが北海道へ行っている間もパパとママは気持ちをずっと結びあっていたって。離れていても大丈夫だったって。パパとママの間に私と結が居たからだって。
だからね、私も今日コウジを送り出してやった。アンタの事をファンのみんなが待っているんだから早く行っておいでって。アンタがあんまりにも心配そうな顔ばかりしてるから、大丈夫?ってメールがヒロとカヅキから届いて大変なんだからねって。私は大丈夫。離れていたってコウジの事は感じるし、ママも奈津子さん...お義母さんもそばに居るし、何より、この子がいるから。
すっかり大きくなった自分のお腹に触れ、ベランダ越しに夜の冬空を見上げて願う。
でも早く帰ってきてね、コウジ。帰ってきたらコウジにお願いしたい事があるから。
二人で作ろう、ありがとうの音楽を。