Thank you
バレンタインの前日、チョコを買って帰宅した涼野いとさんはピアノの音が聞こえてくる事に気がつきました...
→続きあります novel/3655018
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- 2,015
「この曲は?」
まだ寒い2月13日の夜。コウジへ贈るバレンタインチョコを買って帰宅したいとは、聞こえてくるピアノの音に惹かれるようにリビングへ向かった。
「ピアノ、ママが弾いてるの?」
リビングのドアを開けるとピアノを弾く父・弦と、弦の傍らに寄り添う母・鶴の姿。
「おかえりなさい、いと」
「ただいまママ。ピアノ、パパが弾いてたんだね」
ピアノからはゆったりとした優しいメロディ。聞いた事の無い曲だ。パパの曲ではないだろう。
「パパが弾いてるの珍しいね。ママが帰ってきてからはパパはずっとギターの練習していたのに」
「そうね、ピアノはいつもママが使っている事もあるけど...今日は特別だから」
「特別?」
「そう。特別」
不思議そうな表情をする娘を優しく愛おしそうに見つめる鶴。会話を鶴に任せ、目を閉じピアノを弾き続ける弦。 今日はどんな”特別”なんだろう、この曲は何だろう... 判らない。気になる。だけどパパが弾く優しい音色を聞いていると心が落ち着く。
弦の手が止まり曲が終わる。
「この曲はね、あなたが産まれる前の日にパパが作ってくれた曲なのよ、いと」
「...えっ!?」
「ママが病院へ行く前にね、パパに何か弾いてってお願いしたら弾いてくれた曲なの」
「パパが...」
「これ、即興なのよ」
ピアノへ向かい合ったままの弦が会話へ加わる。
「男なんざ出産の時にはなんにも出来ないからな。ピアノくらい、な」
「でもよく覚えてたね、パパ。あの時以来パパが弾いているの聴いた事は無かったけど」
「そりゃな... 忘れるはずは無いさ。」
弦が振り返り片手を伸ばし、そばに立ついとを抱き寄せる。
「おまえの事を想って弾いた曲なんだからな」
パパに急に抱き寄せられて少し驚いた。でも、全然嫌じゃない。暖かい。
気になっていた事を聞いてみる。
「ねぇパパ。この曲に曲名はあるの?」
「曲名は... "Thank you for being born." 」
「Thank you for... 」
ママも寄り添い、挟まれる様にパパとママの二人に抱きしめられる。
「ありがとう、いと。 誕生日おめでとう」
リビングの時計から日付が変わった事を伝えるアラームが鳴った。
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※結君はもう寝てます。深夜なので。