クリスマスの涼野家小ネタ詰め
2年連続で12月28日にクリスマスネタを投稿する物書きに学習能力なんてあるわけないってだけだろ。
そういうわけで2014年の涼野家のクリスマスネタです。一応連作短編みたいな形式…?
原作準拠?でコウいと前提ですがコウジくん全然出てこないです。涼野家と言いつつ涼野父娘メイン…。
よいお年を!!
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「ねえママ」
ドアが開く音と共に、子供部屋――かつてはいとのものだったその部屋から声が聞こえ、ぼんやりとテレビの画面を眺めていた弦は気まぐれに、ソファから身を乗り出すようにして様子を伺った。
キッチンに向かういとの横顔が目に入る。いつからか伸ばし始め、今では肩に掛かる髪が新鮮に映る。
まだ昼前だと言うのに夕食の下ごしらえをしていた鶴が、どうしたの、と応える。
「これと、これ……どっちがいいと思う? こっちだとちょっと子供っぽくない?」
「女の子らしくていいじゃない。きっと似合うわ」
「そうかな……」
白のシャツの下にタータンチェックのショートパンツを穿いたいとは、手にしたもう一枚のシャツらしきものを体に合わせ、腕を広げたりくるりと回転して見せたりしていた。今着ているものもその上から合わせているものも、遠目では違いがわからず、何やら遠くの世界の出来事のように感じられた。
「ママはこっちの方がいいと思うけど、せっかくだしパパにも聞いてみたら?」
聞き耳を立てていた弦に気付いていたらしい。鶴は声を潜めることもなく、むしろ弦に聞かせるような口振りで提案する。いとは遠慮がちな視線を寄越してきたが、弦と目が合うとおずおずと彼の前に出てきた。
「パパ。あのね、この服と」まずはそう言って手を広げる。襟先がボタンで留められたワイシャツが、彼女のすらりとした体のラインを浮かび上がらせている。
その後で、右腕に提げていた衣服――それはシャツではなくフリルの付いた丸襟のブラウスだったが、それを体の前で広げて見せた。「こっちなんだけど」
「どっちでも」
マニッシュな雰囲気のシャツはもちろん、ふんわりと裾の揺れるブラウスも、髪を伸ばした今の彼女によく似合うことだろう。どっちでも、とはそんな意味だったけれど。
「他人事だと思って」
言葉にしなかった気持ちは彼女には伝わらなかったようだ。そう言って不機嫌そうに唇を曲げると、歳相応の幼さが覗いた。
「コート着たら同じだろ」
「そうだけど、だって……」
「だって?」
口ごもり、手にしたブラウスに目を落とすいとに代わって口を開いたのは鶴だった。
「今日は二十四日だから?」
「べっ、別にそういうわけじゃ!」
見る見るうちに真っ赤になるいとの顔。どうやら図星だったらしい。
何気なく、窓の外に目を遣った。いつもと何も変わらない住宅街の一角が見える。けれど、一歩街に出ればたちまち浮かれた空気に包まれるだろう……そんな風に諦観さえしていた。なにしろ今日は、十二月二十四日だ。
と、それこそ他人事のような弦だったが。
「パパ、照れてるだけなのよ。どっちもいとによく似合ってて可愛いから、選べないんじゃない?」
いとに耳打ちするような素振りをしつつ、しっかりと弦の耳に届く声で言う鶴。弦を焚き付けているつもりらしいが、否定するのも大人げない。
「その……今着てるの。そっちにしろよ」
「う、うん」
異議も唱えずにそのまま部屋に戻っていく。ぱたんと音を立てドアが閉まると、鶴は何か言いたげな微笑を向けてきた。世話のかかる親子だとでも思っているのかもしれない。
『お天気のコーナー、今日はクリスマスムード一色な街から中継です!』
点けっぱなしのテレビから、そんな声が流れ出す。青空の下、赤と緑、金や銀のオーナメントで飾り付けられた商店街で、フリップを手にしたキャスターが天気予報を伝える。東京は晴れ。雲が出る時間もあるけれど、雨や雪の確率は低い。ホワイトクリスマスはお預けですね、などと呑気な口調で言う。
『では、どうぞ良い聖夜をお過ごしください』
気の早いキャスターがそう告げるのと、コートを羽織ったいとが部屋から出てくるのはほぼ同時だった。
「準備できたよ」
「ああ。行くぞ」
ソファに置いてあったライダースを掴み、ソファから立ち上がる。鶴から買い物リストを受け取ったいとと一緒に家を出る。
案の定と言うべきか、街は静かな熱狂の気配に包まれていた。通りを行き交う人々も、赤い三角帽を被せられた銅像も、電飾を纏った街路樹でさえ、どこか浮き足立って見える。
「……にしても、たかが食料品の買い出しだろ。そんなおしゃれする必要あるか?」
黙っていれば街の雰囲気に呑まれてしまう、そんな気がした弦がぽつりと零すように言う。彼の左手側を歩くいとはちらりと父親の顔を見上げ、それからすぐに視線を前に戻し、同じく独り言のように呟いた。
「パパはもう少し気を遣ったらいいんじゃない? いつもそのジャケットだけど」
返す言葉もない。頭を掻いて誤魔化す。