歪んだパズルのつなげ方
悲恋姫†無双
後話 第五話 春や秋や流れる季節に華は咲き
「なんだ、また来たのか。
おれは確かに治すのが専門だから、怪我を負っている以上、何度でも来てくれて構わないが・・・
それにしても、今日だけでもう三度目だぞ。
幾ら人並外れて丈夫な体と体力があっても、少し無理をし過ぎじゃないか」
言葉とは裏腹に、口調は明るく、その顔に浮かんでいるのが笑みであるのは・・・
ボロボロになって、二人でお互いに支えあう・・・というよりも、寄り掛かり合って
此の処、毎日欠かさず、それも日に何度も尋ねてくる季衣と流琉、二人の表情が微塵も暗さを含んでいない為だろう。
砂埃に塗れた二人組が、とんでも無い重量の質量兵器を、引きずって・・・
道にも、街の人々の記憶にも、しっかりとそれは刻み込まれていた。
最初のうちこそ、訝しげな視線や、顰められた話し声が、此れ見よがしに投げかけられたが・・・
季衣と流琉の二人共に、懐っこい裏のない明るい性格であることが解った頃には、受けられる視線は優しくやわらぎ、顰められていた声も威勢のいい応援の声に変わっていた。
「まだ諦めんじゃねぇぞ二人とも、根性見せろっ肉まんやっから」
新しい街中での名物に、寄ってきて両手に持った肉まんを顔の前に差し出す者も入る。
季衣と流琉の両方共が片手には武器を引きずり、もう片方の手でお互いの相棒を、片や肩を組むように腕を回し、片や腰を抱くように回され・・・
よたよたと、それでも負けん気をみなぎらせた目で、華佗のいる診察所を目指して歩いているのだ。
「ま、まだまだ~」
「見ててよね、次は絶対勝つから」
二人の口から出た言葉は、弱音とは全く遠い言葉。
二人、顔を見合わせて一度強く頷きあうと、差し出された肉まんに顔だけ伸ばして齧り付き、ふがふがと御礼の言葉を言いながらまた歩き出す。
次は勝つ、と言う言葉を聞くのは一体何度目だかもう解らない程
日一日ごとに武器を引きずった溝は深くなっていく・・・
その刻まれた溝の始点がどこなのか、皆が知っている。
それでも・・・それを聞いた誰一人として、否定するものも、笑うものも居なかった。
二人が真剣であった為・・・のみ成らず
小さな少女達の、無心に努力し続ける姿に心打たれ
微笑ましく見守りつつも、いつしか応援してしまっていた。
元々が曹魏のマスコット的な地位を占めている二人である・・・
邪気のない、愚直とも言っていい素直さは、直ぐに人に知れ
何よりその理由が・・・厳しくも公平で懐深い新丞相の華琳を守りたいが為と知れ渡るや、二人を見る目が変わった。
民は、『魔王』程には厳格でも、非情でも無いながらも
絶対的な地位に居ながらも、理に則り公平で、誰であろうと例外を許さない華琳の態度に・・・一影の影を見ていた。
求める要求の高さも、己に対する厳しさも・・・
華琳の行う善政が、季衣と流琉を敵意の刃から守り
季衣と流琉のその姿が、華琳への・・・ひいては魏呉に対する、心理障壁を次第に取り外させる・・・という相生関係をなしている。
なにより、一影亡き後の洛陽では・・・朧の姿が街中でみられることが極端に減り。
同様に、淡雪が出てくることも少なくなっていたこともあり・・・
新顔の今までにない姿に、新たなる出発というものを、見ていたのかもしれない。
薄着の二人の服を脱がせることもなく、簡単な触診と問診を済ませ、骨に異常のないことだけを確かめると、意識を集中して経絡の流れを見極め、針を打つ。
どれほど優れた針の腕を持っていても、針を打つだけで傷口が一瞬でふさがることも、捻挫や打撲がすっかり治る等ということも有り得ない。
針を以て華佗がやっていることは、あくまで本人の肉体が本来持っている自然治癒能力
それを引き出してやる、あるいは少しだけ後押しして・・・時によっては、その力を一時弱め、痛みを押さえているだけである。
経絡系の通りが悪くなっている所を見つけ、経穴を針によって刺激して、その流れを淀みなくさせる。
あるいは、途切れてしまっている経絡の繋がりを、気で以て繋き合わせる・・・その手助けのために、細く道を曳いているだけに過ぎない。
患者が気をつけねば、折角繋いで造った道筋も、直ぐに途切れてしまう。
その説明は、最初の治療の時に既にして居る。
その1時間後に、脚を引きずってもう一度尋ねてきた時点で、二度とすることが無くなったというだけの話。
正確に言うのであれば、二人の目を見て・・・そこに灯る意志の強さに、何も言わなくなった。
なさねばならんと覚悟を決めたものに、それ以上何を言っても無駄であり・・・
そんな覚悟を・・・彼は、屈辱と共にかみしめてでも、貫き通せと・・・ある男に言われたのだ。
「そら、もう行っていいぞ二人とも。
一応説明しておくと、内臓にも骨にも重大な損傷はない。
切り傷、擦り傷、打撲に捻挫は、一刻ほど前に見た時より更に増えているが・・・
上手く手加減されて、どれも命に関わるようなものではない」
華佗の言葉に、季衣も流琉も悔しそうな表情を浮かべるが、何も口にはせずにぐっと奥歯を噛み締める。
その戦闘能力で言うのなら、華佗は各国の将に比肩する程ではあるが・・・医者である。
故に、あくまで肉体の健康状態や、負傷による行動への影響を述べたのだが・・・
季衣と流琉は、小さい成はすれども武に誇りを持つ将である。
如何に相手が天下無双と呼ばれる恋であっても、そして、自身でもそう強く感じてはいても
あからさまに『手加減をされた』という事実を突き付けられては、悔しさがこみ上げて来る。
「行こう季衣、他の患者さんの邪魔になっちゃうよ
先生有難う御座いました」
お辞儀して、季衣の肩に手を置きながらそう促すと、胸の前で小さく握りこぶしを作って、気合を入れる流琉の微塵も諦めない
・・・否、諦めるという選択肢など、最初から無いと言わんばかりの姿に、季衣が表情を明るくする。
「そうだね、華琳様の護衛を変わってくれてる凪ちゃん達のためにも、一歩でも二歩でも、前に進まなきゃ。
こんな所でじっとしている暇は無いよね。
華佗先生もちゃんと応援しててよね、そうすればぼく達が此処に来る回数も減るんだから」
「ああ解った、丞相になった曹操殿を護れる武を二人が身につけるということは、洛陽の・・・
いや、今やこの国の民にとっても望ましいことだからな」
この上なく晴れやかな笑顔で頷く華佗に、二人が顔を見合わせ・・・
・・・そうなんですか、と異口同音に問いかける。
「帝は別格としても・・・月殿や詠殿、そして『魔王』の妹君、彼女らに並ぶほどに、曹操殿は今や民達の希望。
その曹操殿が、安心して内政に取り掛かれる環境を、望まぬ民がいる筈がない
余計な心配ごとが減れば、それだけこの国は良くなっていくからな」
部屋を出る際に、もう一度ペコリと頭を下げていく二人に、軽く手を上げて応え
そのまま、その背中に語りかけるように華佗が口を開く。
「・・・と言う訳で、折角一命を取り留めた命を、むざむざと投げ出すような真似はしなくてもいい
大人しく寝台に戻ってくれると、おれとしては手間が省けて助かるんだがな
・・・夏侯惇将軍」
戸口の向こうで、寝間着のまま秋蘭に支えられるように立っていた春蘭が、短く呻く。
「・・・だ、そうだ。
私も華佗殿の言う事は正しいと思う」
「そうは言うがな秋蘭、紫苑は既に通常通りに軍務についているのだぞ
それでありながら、私一人がいつまでもこうして・・・」
歯噛みして悔しがる春蘭の言う通り、被害は大きかったものの、将で大怪我を負った者は、魏では春蘭のほかは紫苑だけ・・・
今も碌に動けずにいるのは、春蘭ただひとりなのだ。
「あれは、たまたま当たった場所が・・・
巨大過ぎる緩衝材がある場所だったので、深手に成らなかった・・・という話だろう」
生死の境を彷徨ったほどの大怪我を負ったという事実は、春蘭の中では理由に成らず、出来ることなら今直ぐにでも華琳のもとに馳せ参じたいというのが、声からも伝わってくる。
それが解っているが故に、秋蘭としては呆れ半分、笑い半分の溜息が漏れる。
つまり姉者は・・・
悔しい・・・のではなく、華琳様のお役に立てずに居ることが、歯がゆいと
「そこまで言うのなら仕方がない・・・臥せったままでも出来るような、事務仕事を華琳様より回してもらえるようお願いしてみるとしよう。
ただし、そこな命の恩人がそれを許可したのなら、という条件のもと私もそれに従う」
「冗談ではない、私は武官だぞっ
文官のような事務仕事など、出来るはずがない。どう頑張っても足を引っ張るだけに終わる・・・」
秋蘭の顔に浮かぶ笑みを見て、春蘭の口が閉ざされる。
浮かんでいる表情は、確かに笑みであった・・・
見たものの、心が凍えるような薄ら寒い、そら恐ろしいものであるだけで・・・笑みであることは間違いない。
「そこまで解ってい居たのか、姉者は賢いな
ならば・・・ついでに今少し、賢くなってみてはどうか」
赤壁での戦いで、春蘭は死んでいたはずであった・・・
腹を半分ぶった切られて、生きている方が・・・はっきり言ってどうかしている。
生き残ったのは、多分に偶然の重なり合った結果・・・
いや、全て偶然と呼ぶのには少々抵抗がある、何故ならば・・・
そこには、ある人物の意思が介入しているが故に。
春蘭があの時、恋に仕掛けたのはタイ捨流の兄弟流派とももくされる・・・示現流、雲耀の太刀
それによって、武器ごと初太刀で恋を斬り伏せる
・・・否、恋の方天画戟を叩き折り、そのまま恋を打ちのめすつもりであり。
その為に、七星餓狼の拵も真桜に頼んで、切れ味を捨ててまで重量と強度を格段にあげられていた。
戦場剣術であり、真っ向からの打ち合いが当たり前の時代である。
不意をついて仕掛けた春蘭の一閃に、恋が真っ向から打ち返してくるのは、当然と考えても誰もその事で春蘭を非難など出来ない。
だが・・・恋は、そうしなかった。
全くこれっぽっちも疑いようがないほどに、天下無双の呂奉先は
戦闘の天才であり・・・一影の妹であった。
打ち合い、瞬間のベクトルを零にし、相手の刃に沿って自らの刃をすべらせる・・・
河北の地で一影が恋にしてみせた、そんな手を・・・そのまま使わず。
打ち合いベクトルを零にした瞬間、相手の刃に自らの刃をそっと添え・・・僅かに引き込みながら
自らの刃の上を、相手の刃を滑らせて・・・斬撃を逸らせた。
そう・・・剣尖の勢いを殺さずに、見当違いな方へ七星餓狼を導き
その一瞬で以て、刃を返し春蘭の腹を斬り抜けた・・・
七星餓狼の上を刃を滑らせるには、それが長すぎ・・・跳ね上げられる危険性が高いと、一瞬にして恋が判断したのだろう。
故に、首を刎ねられること無く、腹を断ち割られ激痛の中、春蘭は自らの血の海に沈んだ。
秋蘭の戦闘能力も既に奪っていた恋は、春蘭に止めを刺すこともせずに、一路華琳・・・に変装していた桂花のもとへと駆けた。
狂い死にしてもおかしくはない程の激痛に、春蘭が耐え切ったのは、直ぐにも駆け寄った秋蘭の・・・傷口を押さえる為に、手を当てるという行為による。
人体で最も気を発しやすい箇所は、掌である。
超一流の武を備えた将が、意識するにしろ無意識にしろ・・・必死に傷口に掌を当て、回復を願った
正式にその使い方を学んでいなかったとしても、それが使えなかったとしても・・・
何も作用しないだろうか・・・否
最後の要因は、真桜の投石機が壊滅させたのが・・・風、稟の半個艦隊側の星の艦隊であったこと。
風と稟が率いる半個艦隊が、中央ではなく最外端に陣取ったこと・・・と言い換えてもいい。
紫苑が、自艦隊だけでも突貫し『魔王』の乗る旗艦に肉薄しようと、艦隊移動をしたことにより・・・
夜光と華佗を乗せた風と稟の半個艦隊は、曹魏艦隊の中央まで、何の抵抗も方向転換も必要とせずに、直進できた。
思惑が介入したのは、正に此処である。
敢えて問おう・・・
一影が、曹魏に対し恋をぶつけてくるという桂花の読み。
仕掛けられた策、戦局の行く末、それによる損害程度・・・
それだけの手がかりを得た、稀代の天才とうたわれる郭奉孝が
かの曹操が惜しんで止まぬほどの才の持ち主が、この状況を・・・
そして、その後の流れを・・・
読み切れない等ということが、有りうるだろうか
否・・・それはありえない。
秋蘭が先ほど言っていたように、春蘭の命を直接救ったのは、華佗である。
だが、華琳の戦闘停止命令を待っては、その生命を繋ぎ留めることは出来なかったであろう・・・
稟の神算鬼謀が・・・春蘭の命を掬い上げた。
「解った・・・」
がっくりと肩を落とした春蘭が、全く誰に似たのだ・・・などと、小声でブツブツ言いながら、痛む腹を庇うように自分にあてがわれた病室に歩き出す。
たった一ヶ月で、歩くどころか身を起こす事自体が、有り得ない程の回復力なのだが・・・
その不満そうな様子に、華佗も呆れながら思わず苦笑する。
秋蘭はそれに笑み返すと、小さく会釈して春蘭の隣に立ち、そっとその身を支えた。
「そう焦らずとも、華琳様は我らを不甲斐ないなどとは言わんさ」
「そんな事は心配しておらんっ」
ムキになって言い返す春蘭に、秋蘭が可笑しそうに笑い返す。
「では、季衣と流琉の心配か。
少しは信頼して二人の成長を見守ってもいいのではないか姉者。
何しろ・・・季衣と流琉は、我らの自慢の妹だ」
おれは確かに治すのが専門だから、怪我を負っている以上、何度でも来てくれて構わないが・・・
それにしても、今日だけでもう三度目だぞ。
幾ら人並外れて丈夫な体と体力があっても、少し無理をし過ぎじゃないか」
言葉とは裏腹に、口調は明るく、その顔に浮かんでいるのが笑みであるのは・・・
ボロボロになって、二人でお互いに支えあう・・・というよりも、寄り掛かり合って
此の処、毎日欠かさず、それも日に何度も尋ねてくる季衣と流琉、二人の表情が微塵も暗さを含んでいない為だろう。
砂埃に塗れた二人組が、とんでも無い重量の質量兵器を、引きずって・・・
道にも、街の人々の記憶にも、しっかりとそれは刻み込まれていた。
最初のうちこそ、訝しげな視線や、顰められた話し声が、此れ見よがしに投げかけられたが・・・
季衣と流琉の二人共に、懐っこい裏のない明るい性格であることが解った頃には、受けられる視線は優しくやわらぎ、顰められていた声も威勢のいい応援の声に変わっていた。
「まだ諦めんじゃねぇぞ二人とも、根性見せろっ肉まんやっから」
新しい街中での名物に、寄ってきて両手に持った肉まんを顔の前に差し出す者も入る。
季衣と流琉の両方共が片手には武器を引きずり、もう片方の手でお互いの相棒を、片や肩を組むように腕を回し、片や腰を抱くように回され・・・
よたよたと、それでも負けん気をみなぎらせた目で、華佗のいる診察所を目指して歩いているのだ。
「ま、まだまだ~」
「見ててよね、次は絶対勝つから」
二人の口から出た言葉は、弱音とは全く遠い言葉。
二人、顔を見合わせて一度強く頷きあうと、差し出された肉まんに顔だけ伸ばして齧り付き、ふがふがと御礼の言葉を言いながらまた歩き出す。
次は勝つ、と言う言葉を聞くのは一体何度目だかもう解らない程
日一日ごとに武器を引きずった溝は深くなっていく・・・
その刻まれた溝の始点がどこなのか、皆が知っている。
それでも・・・それを聞いた誰一人として、否定するものも、笑うものも居なかった。
二人が真剣であった為・・・のみ成らず
小さな少女達の、無心に努力し続ける姿に心打たれ
微笑ましく見守りつつも、いつしか応援してしまっていた。
元々が曹魏のマスコット的な地位を占めている二人である・・・
邪気のない、愚直とも言っていい素直さは、直ぐに人に知れ
何よりその理由が・・・厳しくも公平で懐深い新丞相の華琳を守りたいが為と知れ渡るや、二人を見る目が変わった。
民は、『魔王』程には厳格でも、非情でも無いながらも
絶対的な地位に居ながらも、理に則り公平で、誰であろうと例外を許さない華琳の態度に・・・一影の影を見ていた。
求める要求の高さも、己に対する厳しさも・・・
華琳の行う善政が、季衣と流琉を敵意の刃から守り
季衣と流琉のその姿が、華琳への・・・ひいては魏呉に対する、心理障壁を次第に取り外させる・・・という相生関係をなしている。
なにより、一影亡き後の洛陽では・・・朧の姿が街中でみられることが極端に減り。
同様に、淡雪が出てくることも少なくなっていたこともあり・・・
新顔の今までにない姿に、新たなる出発というものを、見ていたのかもしれない。
薄着の二人の服を脱がせることもなく、簡単な触診と問診を済ませ、骨に異常のないことだけを確かめると、意識を集中して経絡の流れを見極め、針を打つ。
どれほど優れた針の腕を持っていても、針を打つだけで傷口が一瞬でふさがることも、捻挫や打撲がすっかり治る等ということも有り得ない。
針を以て華佗がやっていることは、あくまで本人の肉体が本来持っている自然治癒能力
それを引き出してやる、あるいは少しだけ後押しして・・・時によっては、その力を一時弱め、痛みを押さえているだけである。
経絡系の通りが悪くなっている所を見つけ、経穴を針によって刺激して、その流れを淀みなくさせる。
あるいは、途切れてしまっている経絡の繋がりを、気で以て繋き合わせる・・・その手助けのために、細く道を曳いているだけに過ぎない。
患者が気をつけねば、折角繋いで造った道筋も、直ぐに途切れてしまう。
その説明は、最初の治療の時に既にして居る。
その1時間後に、脚を引きずってもう一度尋ねてきた時点で、二度とすることが無くなったというだけの話。
正確に言うのであれば、二人の目を見て・・・そこに灯る意志の強さに、何も言わなくなった。
なさねばならんと覚悟を決めたものに、それ以上何を言っても無駄であり・・・
そんな覚悟を・・・彼は、屈辱と共にかみしめてでも、貫き通せと・・・ある男に言われたのだ。
「そら、もう行っていいぞ二人とも。
一応説明しておくと、内臓にも骨にも重大な損傷はない。
切り傷、擦り傷、打撲に捻挫は、一刻ほど前に見た時より更に増えているが・・・
上手く手加減されて、どれも命に関わるようなものではない」
華佗の言葉に、季衣も流琉も悔しそうな表情を浮かべるが、何も口にはせずにぐっと奥歯を噛み締める。
その戦闘能力で言うのなら、華佗は各国の将に比肩する程ではあるが・・・医者である。
故に、あくまで肉体の健康状態や、負傷による行動への影響を述べたのだが・・・
季衣と流琉は、小さい成はすれども武に誇りを持つ将である。
如何に相手が天下無双と呼ばれる恋であっても、そして、自身でもそう強く感じてはいても
あからさまに『手加減をされた』という事実を突き付けられては、悔しさがこみ上げて来る。
「行こう季衣、他の患者さんの邪魔になっちゃうよ
先生有難う御座いました」
お辞儀して、季衣の肩に手を置きながらそう促すと、胸の前で小さく握りこぶしを作って、気合を入れる流琉の微塵も諦めない
・・・否、諦めるという選択肢など、最初から無いと言わんばかりの姿に、季衣が表情を明るくする。
「そうだね、華琳様の護衛を変わってくれてる凪ちゃん達のためにも、一歩でも二歩でも、前に進まなきゃ。
こんな所でじっとしている暇は無いよね。
華佗先生もちゃんと応援しててよね、そうすればぼく達が此処に来る回数も減るんだから」
「ああ解った、丞相になった曹操殿を護れる武を二人が身につけるということは、洛陽の・・・
いや、今やこの国の民にとっても望ましいことだからな」
この上なく晴れやかな笑顔で頷く華佗に、二人が顔を見合わせ・・・
・・・そうなんですか、と異口同音に問いかける。
「帝は別格としても・・・月殿や詠殿、そして『魔王』の妹君、彼女らに並ぶほどに、曹操殿は今や民達の希望。
その曹操殿が、安心して内政に取り掛かれる環境を、望まぬ民がいる筈がない
余計な心配ごとが減れば、それだけこの国は良くなっていくからな」
部屋を出る際に、もう一度ペコリと頭を下げていく二人に、軽く手を上げて応え
そのまま、その背中に語りかけるように華佗が口を開く。
「・・・と言う訳で、折角一命を取り留めた命を、むざむざと投げ出すような真似はしなくてもいい
大人しく寝台に戻ってくれると、おれとしては手間が省けて助かるんだがな
・・・夏侯惇将軍」
戸口の向こうで、寝間着のまま秋蘭に支えられるように立っていた春蘭が、短く呻く。
「・・・だ、そうだ。
私も華佗殿の言う事は正しいと思う」
「そうは言うがな秋蘭、紫苑は既に通常通りに軍務についているのだぞ
それでありながら、私一人がいつまでもこうして・・・」
歯噛みして悔しがる春蘭の言う通り、被害は大きかったものの、将で大怪我を負った者は、魏では春蘭のほかは紫苑だけ・・・
今も碌に動けずにいるのは、春蘭ただひとりなのだ。
「あれは、たまたま当たった場所が・・・
巨大過ぎる緩衝材がある場所だったので、深手に成らなかった・・・という話だろう」
生死の境を彷徨ったほどの大怪我を負ったという事実は、春蘭の中では理由に成らず、出来ることなら今直ぐにでも華琳のもとに馳せ参じたいというのが、声からも伝わってくる。
それが解っているが故に、秋蘭としては呆れ半分、笑い半分の溜息が漏れる。
つまり姉者は・・・
悔しい・・・のではなく、華琳様のお役に立てずに居ることが、歯がゆいと
「そこまで言うのなら仕方がない・・・臥せったままでも出来るような、事務仕事を華琳様より回してもらえるようお願いしてみるとしよう。
ただし、そこな命の恩人がそれを許可したのなら、という条件のもと私もそれに従う」
「冗談ではない、私は武官だぞっ
文官のような事務仕事など、出来るはずがない。どう頑張っても足を引っ張るだけに終わる・・・」
秋蘭の顔に浮かぶ笑みを見て、春蘭の口が閉ざされる。
浮かんでいる表情は、確かに笑みであった・・・
見たものの、心が凍えるような薄ら寒い、そら恐ろしいものであるだけで・・・笑みであることは間違いない。
「そこまで解ってい居たのか、姉者は賢いな
ならば・・・ついでに今少し、賢くなってみてはどうか」
赤壁での戦いで、春蘭は死んでいたはずであった・・・
腹を半分ぶった切られて、生きている方が・・・はっきり言ってどうかしている。
生き残ったのは、多分に偶然の重なり合った結果・・・
いや、全て偶然と呼ぶのには少々抵抗がある、何故ならば・・・
そこには、ある人物の意思が介入しているが故に。
春蘭があの時、恋に仕掛けたのはタイ捨流の兄弟流派とももくされる・・・示現流、雲耀の太刀
それによって、武器ごと初太刀で恋を斬り伏せる
・・・否、恋の方天画戟を叩き折り、そのまま恋を打ちのめすつもりであり。
その為に、七星餓狼の拵も真桜に頼んで、切れ味を捨ててまで重量と強度を格段にあげられていた。
戦場剣術であり、真っ向からの打ち合いが当たり前の時代である。
不意をついて仕掛けた春蘭の一閃に、恋が真っ向から打ち返してくるのは、当然と考えても誰もその事で春蘭を非難など出来ない。
だが・・・恋は、そうしなかった。
全くこれっぽっちも疑いようがないほどに、天下無双の呂奉先は
戦闘の天才であり・・・一影の妹であった。
打ち合い、瞬間のベクトルを零にし、相手の刃に沿って自らの刃をすべらせる・・・
河北の地で一影が恋にしてみせた、そんな手を・・・そのまま使わず。
打ち合いベクトルを零にした瞬間、相手の刃に自らの刃をそっと添え・・・僅かに引き込みながら
自らの刃の上を、相手の刃を滑らせて・・・斬撃を逸らせた。
そう・・・剣尖の勢いを殺さずに、見当違いな方へ七星餓狼を導き
その一瞬で以て、刃を返し春蘭の腹を斬り抜けた・・・
七星餓狼の上を刃を滑らせるには、それが長すぎ・・・跳ね上げられる危険性が高いと、一瞬にして恋が判断したのだろう。
故に、首を刎ねられること無く、腹を断ち割られ激痛の中、春蘭は自らの血の海に沈んだ。
秋蘭の戦闘能力も既に奪っていた恋は、春蘭に止めを刺すこともせずに、一路華琳・・・に変装していた桂花のもとへと駆けた。
狂い死にしてもおかしくはない程の激痛に、春蘭が耐え切ったのは、直ぐにも駆け寄った秋蘭の・・・傷口を押さえる為に、手を当てるという行為による。
人体で最も気を発しやすい箇所は、掌である。
超一流の武を備えた将が、意識するにしろ無意識にしろ・・・必死に傷口に掌を当て、回復を願った
正式にその使い方を学んでいなかったとしても、それが使えなかったとしても・・・
何も作用しないだろうか・・・否
最後の要因は、真桜の投石機が壊滅させたのが・・・風、稟の半個艦隊側の星の艦隊であったこと。
風と稟が率いる半個艦隊が、中央ではなく最外端に陣取ったこと・・・と言い換えてもいい。
紫苑が、自艦隊だけでも突貫し『魔王』の乗る旗艦に肉薄しようと、艦隊移動をしたことにより・・・
夜光と華佗を乗せた風と稟の半個艦隊は、曹魏艦隊の中央まで、何の抵抗も方向転換も必要とせずに、直進できた。
思惑が介入したのは、正に此処である。
敢えて問おう・・・
一影が、曹魏に対し恋をぶつけてくるという桂花の読み。
仕掛けられた策、戦局の行く末、それによる損害程度・・・
それだけの手がかりを得た、稀代の天才とうたわれる郭奉孝が
かの曹操が惜しんで止まぬほどの才の持ち主が、この状況を・・・
そして、その後の流れを・・・
読み切れない等ということが、有りうるだろうか
否・・・それはありえない。
秋蘭が先ほど言っていたように、春蘭の命を直接救ったのは、華佗である。
だが、華琳の戦闘停止命令を待っては、その生命を繋ぎ留めることは出来なかったであろう・・・
稟の神算鬼謀が・・・春蘭の命を掬い上げた。
「解った・・・」
がっくりと肩を落とした春蘭が、全く誰に似たのだ・・・などと、小声でブツブツ言いながら、痛む腹を庇うように自分にあてがわれた病室に歩き出す。
たった一ヶ月で、歩くどころか身を起こす事自体が、有り得ない程の回復力なのだが・・・
その不満そうな様子に、華佗も呆れながら思わず苦笑する。
秋蘭はそれに笑み返すと、小さく会釈して春蘭の隣に立ち、そっとその身を支えた。
「そう焦らずとも、華琳様は我らを不甲斐ないなどとは言わんさ」
「そんな事は心配しておらんっ」
ムキになって言い返す春蘭に、秋蘭が可笑しそうに笑い返す。
「では、季衣と流琉の心配か。
少しは信頼して二人の成長を見守ってもいいのではないか姉者。
何しろ・・・季衣と流琉は、我らの自慢の妹だ」
~ Comment ~
Re: あるくさん
コメントに感謝を。
ご質問の内容を・・・言い換えるなら
『真・恋姫†無双に出てこない、有名武将・有名軍師は、何故出てきていないのか?』という質問で・・・
『BASESONさんが製品化に当り、何故入れなかったのか?』と言うのと同義かと
もっと問題を大きく捉えると、『どうして恋姫の世界は、三国志の世界と違うの?』ということで
その質問は、私がではなくシナリオライターの方に・・・
あれこれと想像はしますが、私に答えられる、私が答えて良い範疇ではない、そう思っています。
ご質問の内容を・・・言い換えるなら
『真・恋姫†無双に出てこない、有名武将・有名軍師は、何故出てきていないのか?』という質問で・・・
『BASESONさんが製品化に当り、何故入れなかったのか?』と言うのと同義かと
もっと問題を大きく捉えると、『どうして恋姫の世界は、三国志の世界と違うの?』ということで
その質問は、私がではなくシナリオライターの方に・・・
あれこれと想像はしますが、私に答えられる、私が答えて良い範疇ではない、そう思っています。
- #1034 Night
- URL
- 2011.07/11 18:29
- ▲EntryTop
お答え頂きありがとうございます
ややこしい質問だったのにお答えして頂きありがとうございます。
一影が前の世界で朧は出会った森で死んでいったと言っていたのでどうなのかな?と思い質問したのですがそういえば前の世界は原作の世界ですね。そのことをすっかり忘れていましたw
現在読み返している最中なのでもしかしたらまたこいいった質問をするかもしれませんがそのときはまた相手をしてくれると嬉しいです。
一影が前の世界で朧は出会った森で死んでいったと言っていたのでどうなのかな?と思い質問したのですがそういえば前の世界は原作の世界ですね。そのことをすっかり忘れていましたw
現在読み返している最中なのでもしかしたらまたこいいった質問をするかもしれませんがそのときはまた相手をしてくれると嬉しいです。
- #1035 あるく
- URL
- 2011.07/11 22:00
- ▲EntryTop
Re: あるくさん
前の世界・・・一影が言うところの『あの世界』は、原作魏ルートなので
司馬仲達・朧の存在を知った一影は、そんな存在が生きていて表に出てこないはずがない・・・
ということは、時代に殺されるのだ、と思ったわけです。
これはあくまで一影の中での答えであり、一影にとっての真実で・・・事実かどうかは、解らないわけです。
司馬仲達が、曹操からの仕官の誘いを、あの手この手で断り続けていた、というのは演義ではそうなってますが
その辺りが出ていないだけに、恋姫世界ではオープンペースであるので、二次創作のアクセントとしては楽しいところであるかと思います。
司馬仲達・朧の存在を知った一影は、そんな存在が生きていて表に出てこないはずがない・・・
ということは、時代に殺されるのだ、と思ったわけです。
これはあくまで一影の中での答えであり、一影にとっての真実で・・・事実かどうかは、解らないわけです。
司馬仲達が、曹操からの仕官の誘いを、あの手この手で断り続けていた、というのは演義ではそうなってますが
その辺りが出ていないだけに、恋姫世界ではオープンペースであるので、二次創作のアクセントとしては楽しいところであるかと思います。
- #1036 Night
- URL
- 2011.07/13 00:28
- ▲EntryTop
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ふとした疑問
前の世界で朧は出てきていない設定ですが前の世界では朧は小さくなっていないはずで華琳とも会ってないはず・・・ですよね?
ということは朧は何故表舞台に出てきていないんでしょうか。華琳に強制的に仕官されそうにならなければ自分の屋敷から出ることはなさそうに思ったんですが・・・。
答えていただけたら幸いです。