歪んだパズルのつなげ方
悲恋姫†無双
後話 第四話 魔王の残したる音は恋ではなく
朝靄が立ち込める程の早い時刻
街のあちこちで、朝の仕込みを始める店の物音が鳴り始め
澄み切った大空が朝日に輝く時間・・・
ひっそりと佇んでいた夜は、街を追い遣られ何処へか消えて行った。
何を聞き取ったのか、伏せられていた耳が立てられ、左右を伺う様に二度三度と方向を変えたため
その柔らかな毛並みに撫でられた頬のくすぐったさに、少女は小さく首をすくめる。
温もりを求め伸ばした、無意識の手が空を掴み・・・眠い目を小さな手で擦りながら
上半身を起こした寝床から、見上げたそこに・・・一人の人物が立っていた。
伸ばした・・・いや、伸びるに任せ手を入れていない、襟足の長い髪。
肩に無造作に担いだだけの方天画戟・・・
そして、鋭く細められた双眸。
朝日に縁どられたその後姿に・・・少女は一瞬言葉を失い。
「・・・ねね、誰か来た」
片言のように言葉を切る、その特有の口調に・・・
それが誰の背であるのかを、直ぐ様思い至った。
・・・そんな筈がないと、解っていたはずなのに。
最愛の相手から、自らの真名を呼ばれたというのに。
心の中に芽吹いた希望が・・・一瞬にして、絶望の花を咲かせた。
影殿はもう居ないと・・・
詠に言われて、解っていたのに・・・
頭では理解していた
心でも、朧の硝子のように何も映さない・・・
痛々しいほど透明な真紅の瞳を見て、解っていた。
それでも、何処かで都合よく、生きているのではないかと
一度だけ見なかったことにしてしまうから、世界の理をねじ曲げて・・・
何事もなかったかのように、戻ってきて来て欲しい。
・・・そう思ってしまう、心は止められなかった。
初めて、自分を認めてくれた・・・
今まで虚勢を張り、口汚く相手につっかかってでも、『自分は此処に居る』と自己主張をし続けて来てすら
自分を認めてくれたものが無かった中で・・・
流石はねねだ・・・と。
・・・見事だ、と。
認め、尊重し、褒めてくれたのは・・・一影だけだった。
だから、頑張った。
不器用で、ほんの短い一言・・・
でも、嘘偽りのない、心からの賞賛の言葉を聞きたくて。
だから、頑張れた。
ただの、恋のおまけ。
騒がしいだけの腰巾着として、迷惑そうにではなく・・・
ねねを軍師として、一人前で・・・頼りになる相手として、認めてくれた人だから。
・・・その期待に応えられるように。
いや、純粋に、役に立ちたかった・・・
だが、褒めてもらう機会は永遠に失われ
荀文若の策にはまった汚名を、返上する機会もまた・・・二度と無い。
相手の策を見抜き、その上で罠を張り巡らせ、勝利したのは影殿だけで・・・
ねねのやった事は・・・此方が相手の策に気付かずに
頭からはまっていると思わせ、安心させるための・・・囮役。
それも・・・囮役だと、自覚すら無い。
本当にただ、相手の策にはまっただけの・・・信頼を裏切った、無能者という結末。
・・・何と言う無様。
悲しくて、悔しくて、情けなくて・・・
ねねは唇を噛み締めて、漏れ出そうに成る嗚咽を喉の奥へと押し込める。
どんなに苦しくとも・・・泣くわけにはいかない。
一影に対し、ねねが抱いていたのは憧憬・・・言い換えるのであれば、尊敬であり、親愛の情。
朧のように、恋愛感情を抱いているわけではなく・・・なにより、最愛の恋は今以て健在である。
その自分が、朧を差し置いて、泣くことなど・・・許されるはずがない。
それでも、ねねが心の支えを失い、苦しいと思う気持ちを抑えこみ・・・そろそろ一月という時が経つ。
悔恨の念は尽きること無く・・・
振り捨てて前に進めるほど、非情には成り切れず・・・
小さな軍師は、師に心の中で問い掛ける。
影殿・・・無様なねねを、嘲笑いますか。
「たのもーっ」
早朝の静けさの中、馬鹿でかい叫び声に続き、扉を"のっく"する音が鳴り響く。
流石に、早朝から押しかけておいてそれは・・・と、隣に立つ一人が押しとどめようとするが。
止められた方は、自分の行動の何が悪いのか、さっぱり理解出来ない・・・
どころか、自分にしては礼儀を尽くした行動であるのに、何故怒られるのか不思議で成らない、という表情を浮かべ、唇を尖らせる。
扉を開けた恋の目の前に立っていたのは、二人の女の子。
終戦当初は痛々しい有様で、打ち身、切り傷、擦り傷、捻挫・・・とどめに脳震盪による、一時的な記憶障害まで起こし。
重傷ではないものの、様子見と治療の為に洛陽へとどまることを、ゴットヴェイドォ側から勧められ、本国送還を引き止められた、季衣と流琉の二人である。
「・・・なに」
それは、恋という人物を集約した様な一言。
感情表現に乏しい為、親しくなければその表情からは、何を思っているのかを読み取ることが、容易には出来ないのと同様
言葉数が極端に少ない為に、そこから恋の気持ちを読み取ることは非常に困難で・・・その上、声色も目立って変化するわけでもない。
何処か突き放すような・・・理解を求めない口調でありながら、けっして相手を拒絶しているわけではないのだ。
そして何より、相手とは別の世界を見て・・・
いや、恋の眼に見える世界は、他の誰ともまったく異なっている。
一人誰にも理解されない地に立つ者を、天才という。
「私達二人を・・・鍛えてください」
大声でそれだけ言って、さっと頭を下げる流琉。
それに少し遅れて、季衣も同じように、流琉の隣で頭を下げる。
今は大半が完治しているとはいえ、二人が負った傷は全て、恋により体に刻み込まれた物・・・
「・・・嫌」
すげなく言い放つや、二人に背を向け、乾いた音を立てて扉を閉ざす。
恋の目から見れば、季衣も流琉も、いや・・・二人相手ですら、力不足に過ぎる。
そんな相手に対する教え方が解らない、という訳でもない。
現に、月に弓の手解きをし、あそこまでの腕に鍛え上げたのは、誰あろう恋である。
言うまでもなく、月の才や努力が有ってのことであり、星や華が時間をひねり出しては、恋と一緒に・・・あるいは恋の居ない間の師として教えていたのも事実。
素人同然の月を教えられたのだ、季衣と流琉の二人を鍛えられない理由は、実力不足ではない。
月は家族だが、二人は元敵である・・・ということでもない。
月が終戦のおりに発した宣言を、恋は素直に受け止めている。
でなくば、曹魏の旗艦に乗っていた三人が生きているはずがなく、被害もこの程度では済む筈がない。
ならば何故に・・・
二人が質量兵器の中距離戦主体で、それが恋には教えられないのか。
あるいは、二人が幼すぎ、戦場で武器を振るうことに対しての・・・嫌悪感からか。
それとも、ことが起こった際・・・華琳を討ち取るための防壁が厚くなることへの、懸念か。
否・・・全てが否。
見誤っている、恋という存在を・・・
問おう
方天画戟を持ち、近接戦闘であること、恋の無双の強さは・・・そんな限定状況下だけの強さか。
汜水関で鈴々に対し、欠片でも躊躇いを胸に抱いたか・・・嫌悪感を感じていたか。
季衣と流琉の二人が、格段にその腕前を上げたとして・・・恋を止めることが出来るのか。
ならば何故に・・・
恋は、飛将とも、人中の呂布とも言われる、天下無双の呂奉先である。
だが、その前に・・・寂しがりで、甘えん坊の少女である。
お兄ぃ、お兄ぃと、子犬の様に一影の後をついてまわり、じゃれついていた・・・
そんな恋が、一影の消失という事実を受け、平然と日常を過ごせるか。
言い換えよう・・・
風を受け、靡き飜える旗が、突然風が止まったのに・・・
どうして変わらず、靡き、飜えることが出来ようか。
そう・・・恋は、『出来ない』ではなく、『嫌だ』と答えたのだ。
戸口に背を向けた恋の目の前に、紫の方天画戟が突き付けられた。
この世界の将が振るうのは、非常識な重量兵器・・・それを両腕でとはいえ、将でもない小さな女の子が持ち上げれば、両の腕は痙攣し、膝は折れそうなほどに撓むは必定。
だが、恋が珍しく目を見開き、驚愕の表情を浮かべたのは・・・その事実によるものではない。
「飛将、天下無双、董卓軍第一師団長、そして・・・一人の少女として、恋殿の行動にねねも文句はありません。
文句どころか、ねねに何かを言うことなど出来ないのです」
ねねの口から流れだした、小さく弱々しい声。
全身を震わせながら、それでも必死に方天画戟を地につけることを拒み、恋の目の前に突きつける。
その奥から、向けられるねねの瞳・・・
そこに、今まで一度として自分に向けられたことのない、殺気にも似た・・・敵意を感じたが為。
「ただ、頭を下げて教えを請う者に、門戸を閉ざし、帰すのであれば・・・
例え恋殿であろうと・・・影殿の妹などとは、名乗らせませんぞ」
恋が大切で有るが故に・・・ねねには、譲れない。
影殿は、河北の地で・・・
身を・・・否、命を削ると解っていて
それでも尚、恋殿を救うために、何かを教えるために、刃を交えることを拒まなかった。
「天意に逆らってまで、乱世を打ち止め築いた治世。
それを、乱さんとする敵が現れたとき・・・そんなざまで、何としますかっ
天意は我に無し、されど・・・負けるわけには・・・失うわけにはいかないのですぞ」
涙を目に貯めたねねの心の叫び。
「影殿の妹である、天下無双の呂奉先が旗とならずに・・・誰が護るのですか、恋殿っ」
一影は一度として旗を掲げなかった。
何故ならば、その身を以て従う兵たちの旗となっていたが故に・・・
であるのなら、一影の妹を称する他の二人・・・朧でも、淡雪でもなく、それは恋の役目だと。
そして、その恋を支え、叱咤激励し前を迷わず向けるようにするのが・・・自分の役割だと。
恋は・・・強くなりたいのか・・・それとも皆を守りたいのか・・・ということだ。
耳元を掠める空耳が、恋の瞳に意志の炎を灯した。
ねねの体にかかっていた重みが不意に消え、へたり込みそうに成るのを歯を食いしばって拒む。
「ねね・・・ありがと」
恋は、相変わらず多くを語らない。
だが、方天画戟を肩に担いだ、何時もの自然体の構えから・・・先程までの恋とは違う、迷いのない絶対的な覚悟が漲っている。
「二人を迎えにいく」
そう言いながらも動こうとせず、しばし視線を上げ、何かを考えていた恋。
こっくりと、何かを思いついたのか小さく頷き・・・
その左手をねねの頭に置くと、くしゃくしゃと髪を撫で回す。
「ねね・・・見事」
歪んだ視界の中、恋が優しい笑みを浮かべていた。
街のあちこちで、朝の仕込みを始める店の物音が鳴り始め
澄み切った大空が朝日に輝く時間・・・
ひっそりと佇んでいた夜は、街を追い遣られ何処へか消えて行った。
何を聞き取ったのか、伏せられていた耳が立てられ、左右を伺う様に二度三度と方向を変えたため
その柔らかな毛並みに撫でられた頬のくすぐったさに、少女は小さく首をすくめる。
温もりを求め伸ばした、無意識の手が空を掴み・・・眠い目を小さな手で擦りながら
上半身を起こした寝床から、見上げたそこに・・・一人の人物が立っていた。
伸ばした・・・いや、伸びるに任せ手を入れていない、襟足の長い髪。
肩に無造作に担いだだけの方天画戟・・・
そして、鋭く細められた双眸。
朝日に縁どられたその後姿に・・・少女は一瞬言葉を失い。
「・・・ねね、誰か来た」
片言のように言葉を切る、その特有の口調に・・・
それが誰の背であるのかを、直ぐ様思い至った。
・・・そんな筈がないと、解っていたはずなのに。
最愛の相手から、自らの真名を呼ばれたというのに。
心の中に芽吹いた希望が・・・一瞬にして、絶望の花を咲かせた。
影殿はもう居ないと・・・
詠に言われて、解っていたのに・・・
頭では理解していた
心でも、朧の硝子のように何も映さない・・・
痛々しいほど透明な真紅の瞳を見て、解っていた。
それでも、何処かで都合よく、生きているのではないかと
一度だけ見なかったことにしてしまうから、世界の理をねじ曲げて・・・
何事もなかったかのように、戻ってきて来て欲しい。
・・・そう思ってしまう、心は止められなかった。
初めて、自分を認めてくれた・・・
今まで虚勢を張り、口汚く相手につっかかってでも、『自分は此処に居る』と自己主張をし続けて来てすら
自分を認めてくれたものが無かった中で・・・
流石はねねだ・・・と。
・・・見事だ、と。
認め、尊重し、褒めてくれたのは・・・一影だけだった。
だから、頑張った。
不器用で、ほんの短い一言・・・
でも、嘘偽りのない、心からの賞賛の言葉を聞きたくて。
だから、頑張れた。
ただの、恋のおまけ。
騒がしいだけの腰巾着として、迷惑そうにではなく・・・
ねねを軍師として、一人前で・・・頼りになる相手として、認めてくれた人だから。
・・・その期待に応えられるように。
いや、純粋に、役に立ちたかった・・・
だが、褒めてもらう機会は永遠に失われ
荀文若の策にはまった汚名を、返上する機会もまた・・・二度と無い。
相手の策を見抜き、その上で罠を張り巡らせ、勝利したのは影殿だけで・・・
ねねのやった事は・・・此方が相手の策に気付かずに
頭からはまっていると思わせ、安心させるための・・・囮役。
それも・・・囮役だと、自覚すら無い。
本当にただ、相手の策にはまっただけの・・・信頼を裏切った、無能者という結末。
・・・何と言う無様。
悲しくて、悔しくて、情けなくて・・・
ねねは唇を噛み締めて、漏れ出そうに成る嗚咽を喉の奥へと押し込める。
どんなに苦しくとも・・・泣くわけにはいかない。
一影に対し、ねねが抱いていたのは憧憬・・・言い換えるのであれば、尊敬であり、親愛の情。
朧のように、恋愛感情を抱いているわけではなく・・・なにより、最愛の恋は今以て健在である。
その自分が、朧を差し置いて、泣くことなど・・・許されるはずがない。
それでも、ねねが心の支えを失い、苦しいと思う気持ちを抑えこみ・・・そろそろ一月という時が経つ。
悔恨の念は尽きること無く・・・
振り捨てて前に進めるほど、非情には成り切れず・・・
小さな軍師は、師に心の中で問い掛ける。
影殿・・・無様なねねを、嘲笑いますか。
「たのもーっ」
早朝の静けさの中、馬鹿でかい叫び声に続き、扉を"のっく"する音が鳴り響く。
流石に、早朝から押しかけておいてそれは・・・と、隣に立つ一人が押しとどめようとするが。
止められた方は、自分の行動の何が悪いのか、さっぱり理解出来ない・・・
どころか、自分にしては礼儀を尽くした行動であるのに、何故怒られるのか不思議で成らない、という表情を浮かべ、唇を尖らせる。
扉を開けた恋の目の前に立っていたのは、二人の女の子。
終戦当初は痛々しい有様で、打ち身、切り傷、擦り傷、捻挫・・・とどめに脳震盪による、一時的な記憶障害まで起こし。
重傷ではないものの、様子見と治療の為に洛陽へとどまることを、ゴットヴェイドォ側から勧められ、本国送還を引き止められた、季衣と流琉の二人である。
「・・・なに」
それは、恋という人物を集約した様な一言。
感情表現に乏しい為、親しくなければその表情からは、何を思っているのかを読み取ることが、容易には出来ないのと同様
言葉数が極端に少ない為に、そこから恋の気持ちを読み取ることは非常に困難で・・・その上、声色も目立って変化するわけでもない。
何処か突き放すような・・・理解を求めない口調でありながら、けっして相手を拒絶しているわけではないのだ。
そして何より、相手とは別の世界を見て・・・
いや、恋の眼に見える世界は、他の誰ともまったく異なっている。
一人誰にも理解されない地に立つ者を、天才という。
「私達二人を・・・鍛えてください」
大声でそれだけ言って、さっと頭を下げる流琉。
それに少し遅れて、季衣も同じように、流琉の隣で頭を下げる。
今は大半が完治しているとはいえ、二人が負った傷は全て、恋により体に刻み込まれた物・・・
「・・・嫌」
すげなく言い放つや、二人に背を向け、乾いた音を立てて扉を閉ざす。
恋の目から見れば、季衣も流琉も、いや・・・二人相手ですら、力不足に過ぎる。
そんな相手に対する教え方が解らない、という訳でもない。
現に、月に弓の手解きをし、あそこまでの腕に鍛え上げたのは、誰あろう恋である。
言うまでもなく、月の才や努力が有ってのことであり、星や華が時間をひねり出しては、恋と一緒に・・・あるいは恋の居ない間の師として教えていたのも事実。
素人同然の月を教えられたのだ、季衣と流琉の二人を鍛えられない理由は、実力不足ではない。
月は家族だが、二人は元敵である・・・ということでもない。
月が終戦のおりに発した宣言を、恋は素直に受け止めている。
でなくば、曹魏の旗艦に乗っていた三人が生きているはずがなく、被害もこの程度では済む筈がない。
ならば何故に・・・
二人が質量兵器の中距離戦主体で、それが恋には教えられないのか。
あるいは、二人が幼すぎ、戦場で武器を振るうことに対しての・・・嫌悪感からか。
それとも、ことが起こった際・・・華琳を討ち取るための防壁が厚くなることへの、懸念か。
否・・・全てが否。
見誤っている、恋という存在を・・・
問おう
方天画戟を持ち、近接戦闘であること、恋の無双の強さは・・・そんな限定状況下だけの強さか。
汜水関で鈴々に対し、欠片でも躊躇いを胸に抱いたか・・・嫌悪感を感じていたか。
季衣と流琉の二人が、格段にその腕前を上げたとして・・・恋を止めることが出来るのか。
ならば何故に・・・
恋は、飛将とも、人中の呂布とも言われる、天下無双の呂奉先である。
だが、その前に・・・寂しがりで、甘えん坊の少女である。
お兄ぃ、お兄ぃと、子犬の様に一影の後をついてまわり、じゃれついていた・・・
そんな恋が、一影の消失という事実を受け、平然と日常を過ごせるか。
言い換えよう・・・
風を受け、靡き飜える旗が、突然風が止まったのに・・・
どうして変わらず、靡き、飜えることが出来ようか。
そう・・・恋は、『出来ない』ではなく、『嫌だ』と答えたのだ。
戸口に背を向けた恋の目の前に、紫の方天画戟が突き付けられた。
この世界の将が振るうのは、非常識な重量兵器・・・それを両腕でとはいえ、将でもない小さな女の子が持ち上げれば、両の腕は痙攣し、膝は折れそうなほどに撓むは必定。
だが、恋が珍しく目を見開き、驚愕の表情を浮かべたのは・・・その事実によるものではない。
「飛将、天下無双、董卓軍第一師団長、そして・・・一人の少女として、恋殿の行動にねねも文句はありません。
文句どころか、ねねに何かを言うことなど出来ないのです」
ねねの口から流れだした、小さく弱々しい声。
全身を震わせながら、それでも必死に方天画戟を地につけることを拒み、恋の目の前に突きつける。
その奥から、向けられるねねの瞳・・・
そこに、今まで一度として自分に向けられたことのない、殺気にも似た・・・敵意を感じたが為。
「ただ、頭を下げて教えを請う者に、門戸を閉ざし、帰すのであれば・・・
例え恋殿であろうと・・・影殿の妹などとは、名乗らせませんぞ」
恋が大切で有るが故に・・・ねねには、譲れない。
影殿は、河北の地で・・・
身を・・・否、命を削ると解っていて
それでも尚、恋殿を救うために、何かを教えるために、刃を交えることを拒まなかった。
「天意に逆らってまで、乱世を打ち止め築いた治世。
それを、乱さんとする敵が現れたとき・・・そんなざまで、何としますかっ
天意は我に無し、されど・・・負けるわけには・・・失うわけにはいかないのですぞ」
涙を目に貯めたねねの心の叫び。
「影殿の妹である、天下無双の呂奉先が旗とならずに・・・誰が護るのですか、恋殿っ」
一影は一度として旗を掲げなかった。
何故ならば、その身を以て従う兵たちの旗となっていたが故に・・・
であるのなら、一影の妹を称する他の二人・・・朧でも、淡雪でもなく、それは恋の役目だと。
そして、その恋を支え、叱咤激励し前を迷わず向けるようにするのが・・・自分の役割だと。
恋は・・・強くなりたいのか・・・それとも皆を守りたいのか・・・ということだ。
耳元を掠める空耳が、恋の瞳に意志の炎を灯した。
ねねの体にかかっていた重みが不意に消え、へたり込みそうに成るのを歯を食いしばって拒む。
「ねね・・・ありがと」
恋は、相変わらず多くを語らない。
だが、方天画戟を肩に担いだ、何時もの自然体の構えから・・・先程までの恋とは違う、迷いのない絶対的な覚悟が漲っている。
「二人を迎えにいく」
そう言いながらも動こうとせず、しばし視線を上げ、何かを考えていた恋。
こっくりと、何かを思いついたのか小さく頷き・・・
その左手をねねの頭に置くと、くしゃくしゃと髪を撫で回す。
「ねね・・・見事」
歪んだ視界の中、恋が優しい笑みを浮かべていた。
~ Comment ~
Re: ささん
コメントに感謝を。
今回は恋とねねという・・・一影と朧によく似ていながらも、真逆の二人組のお話です。
二組の相違点、そして恋とねねが何を思い、一影から何を貰ったのか
というところがかけていれば、と思っています。
恋と一影の対戦結果は、本文中に書かれている事により、読み手の方それぞれに解釈してもらえれば
私の解釈と違っていてもいいのではないかと
今回は恋とねねという・・・一影と朧によく似ていながらも、真逆の二人組のお話です。
二組の相違点、そして恋とねねが何を思い、一影から何を貰ったのか
というところがかけていれば、と思っています。
恋と一影の対戦結果は、本文中に書かれている事により、読み手の方それぞれに解釈してもらえれば
私の解釈と違っていてもいいのではないかと
- #1032 Night
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- 2011.07/08 23:23
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NoTitle
確かに最期のねねは敵の策に気付かなくて囮役状態だったww
そいや恋と一影はかなりの数戦ったみたいだけど一度も負けてないのかな?
遅れたけど更新ありがとうございます