天才と星の子   作:もう何も辛くない

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【仕事が休みだった今日の何も辛くないのとある昼下がり】

 午前中にちょっと遊びに出掛けて昼ご飯を食べて帰って来た私は、うとうとと眠くなって昼寝に落ちた。
 眠りに落ちてから二時間後くらいに目が覚めて、今日中に一話投稿しようと思い立ち、イヤホンで音楽を流しながら、パソコンの前で腰を下ろして電源を入れた。
 …ふと視界に何かが飛んでいるのが見えた。視線を上げる。
 蜂だった。イヤホンを外せば、あの嫌な羽音が部屋中に響いていた。
 初めは驚いたが、私はすぐに落ち着いた。何故なら私には、最強の武器であるキンチ〇
ールがあるからだ。
 手を伸ばしてキンチョ〇ルを取り、念のために中身があるか噴射ボタンを押して確認をする。

 ─────反応がない。

 私は絶望した。部屋ではまだ羽音が鳴っている。
 キン〇ョールが使えない私は呆然とする。

 ─────買いに行かねば。

 外に出ている間に蜂の姿が見えなくなるのを恐れた私はカーテンを閉め、部屋の明かりを点けてから財布を持って家を出た。
 近くのコンビニに入り、殺虫剤を探す。しかし、ない。

 ─────はぁぁあぁぁああぁああああああ!!?何でないんだよ!ふざけんな!もう夏だぞ!殺虫剤くらい置いとけや!!

 心の中で悪態をつきまくりながら次に私は更に少し離れた所にあるコンビニへ向かった。
 そこになければもう、少し遠いがドラッグストアに行こうと思いながらコンビニへと入る。

 ─────あった!これで大丈夫!第三部完!

 コンビニで殺虫剤を買い、意気揚々と家へと戻った私は蜂に殺虫剤をぶっかけて、見事世界(お部屋)の平和を取り戻したのだった。







 今日、こんな事がありました。
 何をトチ狂ったのか小説風に書いてみましたが、いや本当に焦った。普通に怖かった。
 良かった刺されなくて、と思いながら投稿ボタンをポチリます。


天才と怪物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京から京都へ、普通ならば新幹線を使って行くのが自然だしその方が楽なのだが、今回は車を選択する。これは星野の身バレを警戒しての事だ。

 新幹線を使えば当然、周囲には他の乗客がいる。その中に、アイドル星野アイを知ってる奴がいないとは限らない。変装だって必ず通用する、という保証もない。

 

 だから、車を使って六時間半を掛けて行く事を選択した。

 星野は駄々をこねたが、お前の為だと一言掛けたら、最終的には大人しくなった。

 

 本邸へ戻るまでの数日間、俺は内心緊張を抱きながら過ごす事となる。

 いつもと変わらないスケジュール、仕事、生徒会。緊張を外へ出さないよう努めていたが、かぐやが時折俺を気遣わし気な目で見ていた所を見ると、あいつだけは誤魔化せなかったらしい。

 それでも何も言って来なかったのは本当に助かった。かぐやに手を差し伸べられたら、その手をとってしまいそうだったから。

 

 それだけは、絶対にしたくなかった。少なくとも親父との会合が終わるまでは。

 

 あぁ、これを忘れていたな。

 斉藤への報告は、親父との通話を切ってからすぐに行った。

 

 仕事の途中にも関わらず電話に出てくれて、総司さんから電話してくるなんて珍しいっすねー、なんて呑気な事を言っていて。

 星野と付き合ってる事、挙句妊娠させた事を知らせた時はまあ凄かった。

 

『くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!????』

 

 と、言葉にならない悲鳴を発しながら、スピーカーからは盛大に大量の何かが倒れる音がした。

 直後、『社長!?』、『大丈夫ですか社長!?』と斉藤を心配する社員の声がしたのだから、あいつも愛されてるなと少し嬉しくなったりした。

 

 それからはまあ、質問の嵐だ。

 何時から付き合ってるのか、や、第一星野の事を好きだったのか、や、今何週目なのか、等、全ての質問に答え、謝罪を挟みつつ斉藤の鎮静化を図る。

 

 しばらくして落ち着いた斉藤は、これからどうしていくのかと俺に尋ねて来た。

 俺が即座に育てていくつもりだと答えると、次に星野のアイドル活動について尋ねられた。

 そこはこれから、あいつと話していくと。まず、星野が本当に子供を産む事が出来るかも現時点では分からない、と答えた。

 

 どういう事なのか、と尋ねられ、これから親父に許しを貰いに行く事を伝えると、斉藤は力の抜けた声で、あー、と色々と察したように俺に同情を向けた。

 

 不思議だった。

 斉藤は星野の戸籍上の親に当たり、仕事中は一部下として向き合っていたが、プライベートでは親としての愛情を向けていた事を俺は知っている。

 だから、斉藤が大事にしていた星野を孕ませた俺なんか、憤怒の対象になる筈なのに。斉藤はそんな感情を、一切俺には向けて来なかった。

 

『いつかこうなるんじゃないかって気はしてましたし。…こんなに早いとは思いませんでしたが。…おまけに双子の子供までついてくるなんて微塵も思っていませんでしたが』

 

『すまん。本当に申し訳ないと思っている』

 

 近い内に斉藤を美味い店に連れて行こうとこの時、固く誓った。

 そんな程度で詫びになるなんて思わないが、それくらいはしなければと思った。

 

 というのが、親父に報告したあの時からの簡単な流れだ。

 あれからすでに三日が経ち、俺と星野は赤木の運転で東京から京都へと向かった。

 

 京都市上京区、京都御所から少し北へと行った所に、四宮家の本邸はある。

 四宮家の歴史と共に存在する本邸は、建てられてから百年以上が経過している。

 その間、老朽化を無視できなくなった個所のちょっとした補修作業や陳腐化した内部設備の更新こそ行われているものの、建築当初からその姿は殆ど変わっていない。

 

 それ程の時が経とうとも、本邸は堂々とした威厳を醸しながら存在している。

 

 俺がここへ来たのは去年の年末、かぐやと一緒に新年のお祝いという名目で来たのが最後だ。

 基本、俺はかぐやと共に秀知院の小等部に入学してからずっと東京の別邸で暮らしていて、それ以来本邸に帰った回数は両手の指の数では辛うじて足りない程度だ。

 

 ─────まるで、試されているかのようだ。

 その堂々たる立ち姿に、畏怖さえ覚えさせられる。

 これまで本邸に帰って来た日の中で、こんな感覚を覚えた事はなかった。

 

 今日、俺はいつも使う正門からではなく、非常時目的として築かれた小さな裏門を使って敷地内へと入る。

 今回の帰省は親父と親父に近しい者にしか知られていない。兄貴達も、今日俺が帰って来ている事を知らされていない。

 理由は当然、隣にいる星野とお腹にいる子供達だ。いずれ知られるであろう事だが、まだその時じゃない。

 まだ、兄貴達には─────知られる訳にはいかない。せめて、親父の許可を貰うまでは。

 

 親父の許可さえもらえば、正式に星野は四宮家として迎えられ、お腹の子供も当然同じ待遇を受ける。

 そうじゃない今の段階で知られれば、何をされるか分からない。

 決して、今攻められればどうにもならないと言っている訳ではないが、面倒事は少しでも避けておきたい。

 

「御当主様を呼んで参ります」

 

 予め、親父が使用人のスケジュールを操作していたのだろう。

 来賓室に来るまでの間、俺達は誰とも会わずにここまで辿り着いた。

 

 本来なら、俺と星野が親父がいる部屋まで行かなければならないのだが、今回は親父が来賓室まで来る手筈となっている。

 

 俺と星野を来賓室まで送り届けた赤木が、親父を呼びに部屋を去る。

 

 障子が閉じられてから、室内に沈黙が流れる。

 

 いつもなら、こんな大きな屋敷を見れば大はしゃぎをするであろう星野も、今ばかりは興奮する余裕もなく緊張しているらしい。

 

 …そんな星野を元気づける余裕は、今の俺にはない。

 これから俺は、親父と対峙する。昨日の様に電話越しではなく、直接顔を合わせ、舌戦を行わなければならないのだ。

 

 四宮の全てを背負い、守り、大きくし続けたあの男と戦う。

 

「─────総司?」

 

 気付けば無意識に、俺は左隣の星野の右手を握っていた。

 小さく星野に呼び掛けられ、初めて星野の手を握っている事に気付き、そして星野の手が震えている事に─────星野の手を握る俺の手もまた震えている事にも気が付いた。

 

 誤魔化す余裕もない。星野もそれ以上何も言う事はなく、ただ俺達は手を握り合って、親父がここへ来るのを待った。

 

 赤木が行ってからどれくらい経っただろう。

 この部屋には時計がなく、時間の経過は定かじゃない。感覚としてはもう、何時間も待ったような感じだ。

 

 …遠くの方から足音が聞こえてくる。恐らく歩いているのは二人。

 

 その足音が誰のものなのか等、考えるまでもなかった。

 

 ノックもなしに障子が開かれる。

 そこに立っていたのは背が高い、やや痩せ気味の着物姿の老人だった。

 皴も多く、髪も真っ白に色が抜け、外見だけを見れば衰えてしまった老男にしか見えない。

 

「来たか」

 

「─────」

 

 一言、そう口にしたのを聞いただけで、隣の星野が息を呑む音が聞こえた。

 

 外見だけを見ればただの老人。

 しかし、痩せた体から発せられる威圧感は正に四宮の当主に相応しい覇者の威圧。

 御年七十を超えてなお、衰えを見せないその威圧感が、真っ直ぐに俺と星野へと向けられていた。

 

「こうして顔を合わせるのは正月以来か。元気そうだな、総司」

 

「はい。父様も、一昨々日に声を聞いた時も思いましたが、お元気そうで何よりです」

 

 発せられる威圧感はそのままに、内容自体は何の変哲もない親子の会話を行う。

 そうして俺と挨拶を交わした親父は静かに来賓室へと入り、黙って俺と親父の会話を聞いていた星野へと視線を向けた。

 

「っ─────」

 

「そいつが、お前ぇが孕ませたっつう女か」

 

 親父に視線を向けられた星野はまたも息を呑み、まるで蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。

 

 いや、事実その通りなのだろう。

 アイドルとしてデビューしてもうすぐ四年、芸能界でたくさんの人達と関わって来たであろう星野だが、()()と対面するのはこれが初めての筈だ。

 芸能界広しといえど、親父の様な奴が何人もいるとは到底思えない。

 

「知らなかったな。総司、お前ぇはこういう女がタイプだったのか」

 

「そうですね。俺も、好きになってから初めて気付きました」

 

「…ほぉ?」

 

 怖い、恐ろしい、その感情はまだ残っている。

 しかし、隣で震える恋人を見て奮い立つ事が出来ないなら、男として終わっている。

 

 俺の返答を聞き、小さく眉を吊り上げた親父を真っ直ぐ見据えて、口を開く。

 

「父様。俺が今日、ここへ来た理由は─────こいつとの子供を育てる許しを頂くためです」

 

「…」

 

「お願いします」

 

 言ってから、前方に両手を着いて頭を下げる。所謂土下座という体勢だ。

 隣の星野もまた、俺が頭を下げたのを見て真似て、同じように頭を下げる。

 

 目線が下を向いているから、今、親父がどんな顔をしているのかが見えない。何を思っているのかが読み取れない。

 どうなのか、やはり駄目なのか、という不安が俺の胸に過る─────よりも先に、親父から答えが返って来た。

 

「構わねぇぞ。好きにしろ」

 

「…は?」

 

 思わず勢い良く頭を上げる。呆けた声が口から漏れる。

 

 今、この人は何と言った。

 構わない、と言わなかったか?

 

 まさか、許されたというのか?星野との子供を育てる事を。

 これから、星野と一緒に未来を歩いていく事を─────

 

「学生時代の恋愛にとやかく口を挟むつもりはねぇ。ガキについてもお前ぇがしっかり責任を取って育てるっつうなら構わん。そこの女も、愛人にするなり捨てるなり自由にしろ」

 

「─────」

 

 希望に満ちかけた胸の中が、冷や水を掛けられたように一気に冷える。

 

 違う。

 親父が言ったのは、俺が思っていたような事ではなかった。

 

 信じていない。

 先程、俺は星野が好きだと言ったが、その言葉を親父はまるで信じていない。

 俺の言葉は、全くもって親父に届いちゃいなかった。

 

「まさか正妻を娶る前にガキをこさえるたぁな。…しばらく、その女を大人しくさせていろ。黄光達にバレたら面倒だろ」

 

「父様、俺は─────!」

 

「総司」

 

 俺が再度、星野への気持ちを打ち明けようとしたその時、親父の鋭い視線が俺を射貫く。

 

 その目は語る。分かっているのか、と。俺が今言おうとしている言葉を実際に口に出したその時、何が起こるのか分かっているのか、と。

 

 それは、星野が子供を産みたいと言った時、俺が掛けた言葉と全く同じものだった。

 あの時の星野はそれでも構わない、と即断した。だが、今の俺は─────

 

「仮にもお前ぇが惚れた女だ。俺にも一応心っつうもんを持っててな。…俺の言う通りにしておけ。俺にこれ以上、語らせるんじゃねぇ」

 

「っ…!」

 

 俺が譲らないと分かれば、親父は次に星野へと矛先を向けるだろう。

 星野が自身で俺から離れる事を選ぶよう、言葉の刃を容赦なく突き立てるに違いない。

 

 …俺が諦めれば、星野は傷つかずに済むのだろうか。

 

 よく考えろ。たとえ愛人という形でも、星野と未来を歩む事は出来る。

 それが、俺と星野で描いた理想とは違った形でも─────星野と離れずに済む。

 

 甘かった。やはり、まだ早かったのだ。

 今の俺では、親父には敵わない。

 

 ─────退き際か。

 

 とりあえず、子供を育てる許しは得た。これからも星野と付き合って良いという許しも得た。

 最低限の戦果は得られたと考えて、ここは一旦退くべきだ。

 星野とのこれからについては、また後で親父と話をする事も出来る。

 この先、俺と星野を取り巻く状況が変われば、親父の考えも変わるかもしれない。

 

 …そんな事、あり得ない事くらい分かっている。

 だが、俺は星野と離れたくない。それだけは、絶対に──────

 

「─────わかり」

 

「お父さん」

 

 俺が親父の命令を受け入れようとしたその時、隣からハッキリと力が籠もった声が上がった。

 

 小さな驚きと共に、隣に目を向けると、つい先ほどまで震えていた筈の星野が、瞳の中の星を輝かせながら真っ直ぐ親父を見据えていた。

 

「なんだ」

 

 親父が俺から星野へと視線を移す。

 

 俺に向けられていた、僅かにでもあった親愛の感情はその目にはなく、ただ価値のない何かを見る目が星野に向けられる。

 

 あんな視線を向けられた事なんてなかった筈だ。

 親父を見ただけで畏怖し、震えていたというのに、その上無の視線を向けられて、怖い筈なのに。

 星野はそんな様子は微塵も見せず、ただただ親父を真っ直ぐに見据えながら口を開いた。

 

「総司を私にください」

 

「…は?」

 

 俺は、今までの十五年と十か月の人生の中で、初めて見る事となった。

 そして多分、俺も今の親父と全く同じ顔をしているに違いない。

 

 力の抜けた声を漏らし、目と口を丸く開けながら呆ける親父の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱ五千文字前後くらいに収まると超書きやすい。

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