天才と星の子   作:もう何も辛くない

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本当は最後まで書き切りたかったけど、普通に一万文字超えそうだったので区切ります。


星の襲来

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総司と致してから、特に何事も変わりなく私は日々を過ごしている。

 歌って踊り、握手会も開いて、ファンに笑顔を振り撒きながら、何も変わらずアイドルを続ける。

 

 そうこうしつつ、気付けばあの日から一週間が過ぎようとしていた。

 

 その間、何もなかった。

 

 本当に何もない。何なら、その間、私は総司と会う事すら出来なかった。

 いつもなら週に一度は事務所に仕事をしに来てるのに、何故か今週は一度も来なかった。

 次の日に、総司の代理だという男の人が事務所に来た事はあったけど、それからは総司もその人も来る事はなく、日々が過ぎていった。

 

「…もしかして、避けられてる?」

 

 自宅のソファに腰掛け、背凭れに寄り掛かりながら思う。

 あんな事があった訳だし、総司からは私に会った時にどういう顔をすればいいか分からない、的な気持ちがあるのかもしれない。

 

「それか、本当に私に構ってられない程忙しいか…のどっちかだよね」

 

 もし前者なら何の遠慮もなく攻めていけるけど、後者だとしたらそういう訳にもいかない。

 私だって、総司の邪魔をしたい訳じゃないから。その辺の分別はしっかりつけていかないと、総司の傍にいる資格なんてないもんね。

 

 だけど、ここで難しいのはそのどちらなのか判断が全くつかないという事。

 本当はあの総司の代理で事務所に来た人…えっと…、青木さんだっけ?あの人に聞ければ良かったんだけど、気付けば青木さんは居なくなってたんだよね。

 

「んー…」

 

 どうしよう。

 総司を分からせるって決めたはいいけど、まさかいきなり、こんな形で躓くなんて。

 

 せめて総司が忙しいのかどうかが分かれば、どうにかして会いに行くっていう選択も出来る─────

 

「あ─────」

 

 そこまで考えた時、頭の中でとある考えが閃く。

 体を乗り出して、テーブルの上に置いていたケータイを手に取り、電話帳を開いてその中から一人の名前を映し出す。

 

 この人に聞けばもしかしたら、今、総司が何をしているか分かるかもしれない。

 それに、総司が忙しくないって分かれば、()()()()()()()()()事だって出来る。

 

「…よしっ」

 

 一瞬、迷惑かもしれないって考えが過るけど、電話するだけしてみよう。

 それでこの人が出なかったり、時間が無いみたいだったらまた後で掛け直せばいいだけだし。

 

 僅かな迷いを振り切って、私はケータイの通話ボタンを押してその人物を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、どうよ?高校最初の夏休みは』

 

「何もねぇよ。何なら、今までで一番忙しい夏休みになりそうだ」

 

『ははっ!同じく」

 

 パソコン画面に映る、通話相手の顔が笑顔から一瞬にして曇り顔になる。

 分かってはいたが、こいつも俺と同じく、今年も忙しい夏休み(笑)を過ごす事が決定しているようだ。

 

『しかし、総司と話すのも久しぶりだな。…高校入ってから初めてか。元気そうで何よりだよ』

 

「あぁ。()も元気そうだな。これからその元気が無くなっていくんだろうが」

 

『…それはお前も同じだろ』

 

「…そうだった」

 

 四条帝。今、テレビ電話を通じて話をしている相手の名前だ。

 俺と同じ高校一年生で、全国模試で何度も鎬を削り、一位を奪い合った親友(ライバル)

 

 こうやってたまに電話をするし、模試の結果でどちらが何かをご馳走するという賭けをしたりなど、かなり良好な友人関係を築いているが、四宮家と四条家は言わずとも知られる犬猿の仲だ。

 あまり大っぴらに付き合う事は出来ず、こうして電話をするのだって実は綱渡り状態だったりする。

 

 帝と電話をする前は必ず室内に盗聴器が仕掛けられてないか調べてるし、何なら前に一度、そうやって調べて実際に見つかった事だってある。

 四宮の後継者と四条の後継者が交友関係にあるなんて、関係各所に知られれば天地が引っ繰り返るくらいの大騒ぎになるだろう。

 

 …まあ、今の俺はそれ以上の爆弾を抱えてるといっても過言ではないのだが。

 

『なぁ、総司。何かお前、元気ない?』

 

「…何言ってんだお前。さっき元気そうで何よりっつったばかりだろ」

 

『いやそうなんだけどさ。もしかしたら、俺が思ってる以上に今忙しいのかなって思ってさ。もしそうなら、電話止めるか?』

 

「…」

 

 かぐや、早坂に引き続いて帝にも違和感を持たれてしまうとは。俺ってそこまで分かりやすいのか?

 赤木には何も聞かれなかったんだが─────何も聞いて来ないだけで、気付かれてはいるんだろうか。

 

「別に、忙しいのはいつもの事だ。…ちょっと、悩んでる事があってな」

 

『ほぉ~…?珍しいな。総司が素直に悩んでる、なんて打ち明けるの。どうしたどうした?俺が聞いてやろうか?』

 

「お前じゃ役に立たないから相談しない」

 

『は?』

 

 ちょっと煽ってやると帝は簡単に乗ってくる。

 その様子が面白く、思わず笑みを零してしまった。

 

「大した事じゃねぇよ。人間関係の事で悩んでてな。俺が解決すべき事だし、お前の手は借りないさ」

 

『人間関係って、ますます珍しい。そういや、お前の目、前と比べて生きてるって感じがするな』

 

「…お前今、俺に対してとんでもなく失礼な事を言ったぞ。目が生きてるって何だよ、前は死んでたのかよ」

 

『その通り。もうお前の腹の中の如く真っ黒で、死んだ目をしてたぞ』

 

「お前にだけは腹黒いって言われたくない」

 

 自分の事を棚に上げて他人に腹黒いとか言うの、良くないと思う。

 死んだ目に関しては…これっぽっちも自覚がないし、考えた事もないから言い返す言葉が見つからなかった。

 

『それで、人間関係の悩みって、どんな?』

 

「あのさ、さっきも言ったけどこれは俺が解決すべき事なんだ。お前に話す事は何もない」

 

『何だよ、隠す事ないだろ?他人に聞かれたくない人間関係の悩みか…。まさか、恋の悩みとか?なんて─────』

 

「っ─────」

 

『─────え、何その反応?…えぇ?』

 

 しまった、口を滑らせすぎた。

 こいつとは気の置けない関係だからこそ、油断をしてはならないと前々から肝に命じていたというのに。

 

 四宮に関する機密情報という訳じゃないから気が緩んだか?

 馬鹿な、これはある意味そんなものよりももっと厄介な、外に漏れれば俺の身を滅ぼしかねない代物だぞ。それを─────あぁくそ、やらかした。

 

『マジ?』

 

「違う」

 

『いやだって、今の反応─────』

 

「違う」

 

『総司、それはちょっと苦しいとおも─────』

 

「違うったら違う」

 

 帝が何かを言おうとする度に割り込み、封殺する。

 これではもう、俺が抱いている悩みについて公言しているようなものだが、悩みについて何も言うつもりはない。聞いてくるな、という意思が帝に伝わればそれでいい。

 

『…まあ、聞かれたくないなら無理して聞くつもりはないけどさ』

 

 願いは叶い、帝は自分から引き下がる。

 

「悪い」

 

『いいって。俺にだって、お前に聞かれたくない悩みの一つや二つ、あるってもんさ。…でも、どうしても相談したくなった時は遠慮すんなよ?』

 

「…あぁ。助かる」

 

 本当に、こいつは俺には過ぎた友達だと思う。

 いつかこいつが同じように何かに悩み、それを俺に相談してきたその時には、必ず真摯に向き合ってやるとしよう。

 恥ずかしいからそれを口には出さず、心の中で留めるだけにするが。

 

「総司。今大丈夫かしら?」

 

「かぐや…?」

 

 元々、今日帝と話をしたのは次の模試で賭ける物について話し合う為だった。

 それも鰻にしようと決まり、その後もだいぶ話し続け、そろそろお開きにしようと考え始めたその時、部屋の外からかぐやの声がした。

 

 いつもならノックも声掛けもせず黙って部屋に入ってくるかぐやだが、帝と電話をする時は必ず扉の外に赤木を配置している。

 かぐやだけでなく、他の誰かが勝手に入ってくる可能性もゼロではない。そうなれば、帝と友好関係である事がバレてしまう。

 それを防ぐ為に、赤木を外に待機させていたが、どうやら良い仕事をしてくれたらしい。

 

「じゃあな」

 

『あぁ。またな』

 

 かぐやの声は帝にも聞こえていた。こちらの事情を察し、早急に話を切り上げ通話を切ってくれた。

 すぐに通話アプリの電源を落とし、画面にはデスクトップが映し出される。

 

「入っていいぞ」

 

 外へ届くように声を張る。かぐやはすぐに扉を開けて部屋の中を覗いてきた。

 

 …いつもなら中まで入ってくるんだが、どうしたんだ?

 

「総司。貴方にお客様よ」

 

「は…?客?」

 

 かぐやが扉付近で立ち止まった事に違和感を覚えていると、続けて全く覚えのない単語を耳にして俺は更に困惑した。

 

 俺に客?今日?そんな予定はない筈だ。

 俺が人と会う時は、予め数日前から会う日を決めている。その予定は必ずスケジュール帳に書き記しているから、頭にもその予定はしっかりと入っている。

 それでも念のため引き出しからスケジュール帳を取り出し、今日の予定を確認する。

 

 やはり、今日に来客の予定は入っていなかった。

 それなら、一体何なんだ?

 

 アポイントメントをとらず、更に俺に会いに行きたい事も知らせず、家にまでやって来る()調()()()

 …いや、待て。そんな礼儀知らずを一人、俺は知っている。いやだがまさかそんな、だってあいつは確かにここに来た事はあるが、それもたった一度。ここの住所だって教えていない。来られる筈が─────

 

「…かぐや。まさか、お前─────」

 

「あら、流石ね。もう察しが付くなんて」

 

「…何て事をしてくれた─────っ」

 

 いや、一つだけあいつがここの住所を知る事が出来る方法がある。

 

 この場所を知っている相手から、住所を聞き出せばいい。

 そしてあいつは、以前ここへ来た時に()()()()の連絡先を入手している。

 

「貴方の様子が変だって心配していましたよ?今日は貴方のお見舞いに行きたいと言うので、お通ししました」

 

「…」

 

「よろしいですね?」

 

 あいつは一体、どこのどいつの所為で俺がこうなったのか分かっているのだろうか?

 

 …分かってるんだろうな。分かった上で、俺に直接会いに行くって選択をしたんだろうな、あいつは。

 

 その姿が強くて、俺には眩しすぎる。

 

「通せ」

 

「…()()()()

 

 それでも、ここで逃げる選択をしてはいけない。

 それは、()()()()()()()()()()()()()ではない。

 

 大きく息を吐き、呆れた風を装いながら許可を出す。

 

「来ちゃった!」

 

「お前は…本当に…」

 

 直後、ひょっこりと星野が笑顔を覗かせる。

 こいつは、本当に─────もう形容する言葉が見つからない。

 

 ただ、一つだけ言えるのは─────

 

 あれだけ会いたくないと思っていた癖に、いざ顔を合わせれば、その元気な姿に安堵を覚える自分自身に、今俺はこの上なく呆れ果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、こんな形で俺は星野との一週間ぶりの再会を果たした。

 かぐやには席を外してもらい、今、俺の部屋には俺と星野の二人だけしかいない。

 

 帝との電話中に待機させていた赤木も今は下がらせている。

 正真正銘、この空間で、俺と星野は二人きりだ。

 

「で?かぐやにここの住所を聞いてまでして、何で来た?」

 

 かぐやと赤木が離れてから、どちらからの会話もなく静寂だけが流れる中、俺から話を切り出す。

 

 聞くまでもなく分かり切った、星野がここへやってきた理由を尋ねる。

 

「最近、総司に全く会えてなかったから。総司が忙しいならもう少し後になってからって思ってたけど、かぐやちゃんに聞いたら仕事の量はいつもと変わらないって。それと、今日は休みの筈だって言ってたから」

 

「…」

 

 俺は星野アイという女を見誤っていたらしい。

 

 そうだった。こいつは、自分の願望を成就させる為なら基本手段を選ばない奴だった。

 俺は一週間前にそれを実感していた筈なのに─────バカ野郎。

 

「大丈夫?」

 

「何が」

 

「今週、事務所に来なかったよね?青木さんって人が代わりに来てたし。それに、かぐやちゃんも最近総司の様子が可笑しいって言ってたよ?」

 

「青木…?あぁ、赤木の事か。あいつを苺プロに行かせた日は、少し忙しくてな。だが、別にそれ以外は何も変わらない。俺はいつも通りだ」

 

 星野に悟られないよう、平静を装いながら俺は嘘を吐く。

 

 俺がこうなったのはお前の所為だ、と言いたくなる衝動を抑えながら、大丈夫だと偽る。

 

 嘘、偽り、これが得意分野なのは何もこいつだけじゃない。俺だってそうだ。

 

 嘘を信じ込ませ、偽りの仮面を張り、俺はのし上がって来た。

 

 こいつと俺は同類。だが、年季が違う。

 生まれたその瞬間、四宮家という魔境の中で戦い続ける運命を背負った俺を甘く見るな─────

 

「うそ」

 

「…」

 

 …まぁ、そうだよな。

 こんな嘘を見抜く程度、お前には1+1を解くぐらい簡単だろう。

 

 探るように俺の顔を覗き込む星野の瞳に吸い込まれそうになりながら、俺は諦めの感情を隠しもせず、小さく笑みを零した。

 

 

「あぁ、嘘だよ」

 

「…それは、私の所為?」

 

「そうだ。お前の所為だ」

 

 どうせ嘘を吐いても、隠そうとしても見抜かれる。

 それなら、何もかもぶちまけてしまった方が潔いというものだ。

 

 星野からの問い掛けに、俺は短く、正直に答えていく。

 

「…私を抱いたのが、嫌だった?」

 

 星野はその質問を、不安気に瞳を揺らしながら投げ掛けてきた。

 

「嫌じゃなかったよ」

 

 そして俺は、その質問に対して、何を言うか考える前に否定を返していた。

 

「なら、どうして私を避けてたの?」

 

「お前に顔を合わせづらかったから」

 

「それは、どうして?」

 

「どんな顔して会えばいいのか分からなかったから」

 

 矢継ぎ早に向けられる質問に、全て本音で答える。

 というより、本音を引き出されるという感覚に近かった。

 何と答えようか、考える前に無意識に、本音が俺の中から零れ落ちていく。

 

 質問に答えるというよりは、そっちの方が近いという感じがした。

 

「私は、ずっと総司に会いたかったよ」

 

「総司の目を見たかった。話がしたかった。声が聴きたかった」

 

「総司はどうだった?」

 

 その質問もまた、俺の中から本音を引き出そうとする魔力を持っていた。

 それに引き摺られるように、俺は口を開き、咄嗟に抗って口を閉じた。

 

 ─────今、答えようとしている言葉をそのまま口にしてもいいのだろうか?

 

 真っ直ぐ見つめてくる星野の瞳は変わらず、俺の本音を聞きたいと輝きを発している。

 …どの道、今の俺じゃ嘘を吐いたって誤魔化せないんだ。

 

 さっきも思ったじゃないか。何もかもぶちまけてしまった方が潔い。

 そっちの方が、少しは俺らしいだろう?

 

「俺は星野とは違ったよ」

 

 この答えを星野は覚悟していたのだろうか。思っていたよりも反応は薄くて、ただそれでも、瞳の奥の微かな揺れだけは隠しきれていなかった。

 

「俺は、お前に会いたくなかった」

 

 再び口を開き、今度はハッキリとそう告げる。

 

 それを聞いた直後、星野の瞳の奥が先程よりも大きく、動揺に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きます。

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