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「ジョーカー男」はなぜ京王線刺傷事件を起こしたのか

2024.01.09 公開

2021年10月31日、八王子から新宿に向かう京王線の車内で、一人の男が突如乗客たちをナイフで襲った事件。これにより男性一人が意識不明の重体になり、さらにその車内には火が放たれた。

事件を起こしたのは派手な衣装で金髪の男。事件直後、車内で悠々煙草を吹かす姿から「ジョーカー男」と呼ばれた。ジョーカーとは、アメリカの人気コミック『バットマン』に出てくる悪役キャラ。社会に恨みを抱く悪のカリスマだ。

ジョーカー男とは何者だったのか?この京王線刺傷事件について、裁判資料・関係者への取材などをもとに再現ドラマで紹介した。

事件の5か月前、福岡県のとある通信会社で犯人である服部恭太は会社員として働いていた。服部はお客様サポートセンター(顧客相談窓口)のチャットオペレーターをしていたのだが、ある日、1人の顧客とのやり取りで何度も同じ質問を繰り返す相手に対し思わず「あなたは日本人ですか?」という趣旨の返答をしてしまい、社内で問題となっていた。服部はこのトラブルが原因で異動することになった。

そして、これまでの人生もこんなことの連続だったと事件を起こす決心をしたのだ。事件の4か月前のことだった。

この頃はコロナ禍で夜の街から人が消えていた。その中で多くの人が確実に集まる場所として、服部が考えたのが渋谷のハロウィーン。

6月、ハロウィーンまで4か月以上。東京五輪の開催で東京は警備が厳重かもしれないと考え7月に神戸へ。ホテル暮らしが始まった。

その費用は消費者金融からの借金。どうせ事件を起こすからと、返済することなど考えていなかった。犯行まで服部は数々のメモを残している。後にメモについて、殺意を保つための「自己暗示」だったと話している。

神戸に滞在中の2021年8月6日、東京・世田谷区ではある事件が起きていた。逮捕されたのは対馬悠介。対馬は小田急線の快速電車に乗り込むと突如、刃渡り20cmの包丁で近くにいた20代の女性を切りつけ、その後も乗客たちを襲い始めたという。この事件が服部に大きな影響を与え、渋谷の街中から鉄道の車内に計画を変更したのだ。さらに服部は放火殺人も計画。対馬は犯行時、車内に油をまき散らし、火をつけ、車両に放火しようとしたものの料理用の油だったため火が付かなかったという。もしあの時火がついていたら、と服部は考えたのだった。そして神戸と名古屋で1か月ずつ過ごした服部は東京へ。

福岡県で生まれ育った服部は幼い頃、正義のヒーロー・仮面ライダーに憧れていたという。両親は小学生の時に離婚。そして服部の人生に大きな影響を与えることになった出来事があった。

たまたま服部のランドセルから虫が出てきて、その日から女子を中心にゴキブリと暮らしていると揶揄されるようになり、服部にとって学校は居場所のないところになっていったのだ。中学に上がっても女子が苦手で怖かったというが、陸上部で自信がついたのか彼女ができた。そして、高校時代も同じ彼女と交際を続けていた。

高校卒業後介護の職に就いた服部だが、職場になじめなかったという。服部は少しでもきつい言い方や扱いをされると、人間関係に悩みストレスがたまるタイプだった。そして半年で退職。

そんな中でも交際を続けている彼女は寄り添ってくれていたが、服部の24歳の誕生日に彼女から「別れてほしい」と言われ交際は終了。もちろん彼女も考えたうえでの決断だった。

ショックを引きずったまま、その半年後に、職場で起こしたのが冒頭の顧客とのトラブルだった。自宅待機を命ぜられ、どうして自分ばかりいつもこうなのかとうんざりした思いを抱え、ふと無料通話アプリの彼女を見ると表示名が変わっていた。

プロフィールを確認すると彼女は結婚していた。もちろん別れた後なので何一つ問題はない。だが服部にとってとてつもなくショックな出来事だった。さらにその直後、職場でも異動が決定。

同じ時期に起きた出来事に服部は「自分には存在価値はない」「死にたい」と思ったという。だが、一人でそんなことはできなかった。こうして服部が選んだ方法が重大事件を起こし死刑になることだった。服部は自らの死刑を叶える手段として事件を実行したのだ。

東京で、服部は喫煙用のライターオイルや、威嚇用の殺虫スプレーといった準備を始めた。服部は死刑になるためとはいえ殺人には躊躇やためらいもあったという。そして、何かになりきろうと選んだのが悪のカリスマ、ジョーカー。ジョーカーになり切るため、衣装を購入した。その費用は24万円。もちろんこれも借りたお金から払っている。

事件当日、ハロウィーンにジョーカーの衣装に身を包んだ服部はオイルの入ったペットボトルに殺虫スプレー、ナイフを入れホテルを出発した。

元々のターゲットだった渋谷のハロウィーンを見たかったのか、30分ほど渋谷をウロウロしてから渋谷駅へ向かった。そして渋谷から調布へ。乗客に逃げ場を与えないよう駅と駅との走行時間の長い特急電車に狙いを定めていた。京王線の調布から明大前はおよそ10分間停車駅がなかった(現在はダイヤ改正を経て千歳烏山にも停車)。

一方そのころ、京王八王子駅では後に服部と同じ車両に乗り合わせることになる吉田涼さんが、新宿で行われる友人の送別会に向かうためこの特急列車に乗り込んでいた。今回、番組では吉田さんにも話を聞いた。

午後7時54分。吉田さんの乗った列車が調布駅に到着。服部は3号車に乗り込んだ。コロナ禍もあってか人はまばらだったという。

服部は計画を実行する。殺虫スプレーとナイフを使い乗客を脅し、ひとつの車両に追い込みこれ以上逃げられなくなったところでライターオイルを浴びせ火をつけるというものだった。だが乗客の男性に声をあげられ、反撃されたと感じた服部はその男性の右胸を刺した。突然の凶行に乗客は別の車両へと逃げ出した。

一方そのころ、3号車に乗っていた服部は乗客を威嚇し5号車にまで移動していた。そして6号車との間に乗客が溜まっているのを確認。服部はペットボトルに入った2リットル以上のオイルを乗客に向け撒き散らし、辺りはオイルの臭いに包まれた。

そしてライターを取り出し火をつけたその時、ライターを持つ服部自身の手袋に火が引火した。オイルをまいた際自身の手袋にオイルが付着し、それに気が付かず火をつけたため引火してしまったのだ。

パニックになった服部は慌てて落とした殺虫スプレーにも引火。そして炎上と爆発を引き起こす。

この時服部が火を放ったのは先頭車両ではなかったこともあり、乗客たちは別の車両に逃げ出すことができ誰一人、火に包まれることはなかった。

その少し前にはようやく乗務員に状況が伝わり、列車は通過するはずの国領駅で緊急停止。刺された男性も一命を取り留めた。

服部の計画はこうして失敗に終わった。服部は犯行後、タバコに火をつけ吸っていた。ジョーカーに憧れた男・服部は身勝手な死刑を望んだ割には、最後まで人にどう見られるかを気にしていたように見受けられた。

そして昨年7月31日、判決が下された。服部は一歩間違えれば大惨事につながる状況であったことや、オイルに火が付く可能性のあった10人の乗客への殺人未遂が認められ懲役23年となった。そして前述の小田急での事件の犯人・対馬の裁判では切りつけた3人への殺人未遂が認められ懲役19年となった。

事件を受け鉄道各社はより警備体制を強化。防刃手袋や盾の配備、さらに実地訓練を行い車両にも防犯カメラの設置を進めている。自分勝手な理由で、全く罪のない無関係な人々を狙った卑劣な犯行で、乗客たちを死の恐怖に陥れた罪は重い。

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