人物デザインの創作現場から vol.9 ~ 不二陣羽織とペルシャ絨毯陣羽織 ~
個性豊かな登場人物が一年にわたって数多く登場する大河ドラマ「どうする家康」。その登場人物ひとりひとりのキャラクターを際立たせているのが、着物、履物、髪型、ひげ、眉毛、化粧、武具、装身具……つまり扮装です。登場人物全員の扮装を統括している柘植伊佐夫さんが、人物デザイン監修の立場から、キャラクター表現の可能性について語ります!
柘植伊佐夫 人物デザイン監修
1960年生まれ、長野県出身。「人物デザイナー」として作品中の登場人物のビジュアルを総合的にディレクション、デザインする。主なNHK作品は『龍馬伝』『平清盛』『精霊の守り人』『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』『岸辺露伴は動かない』『雪国』など。主な映画は『おくりびと』(08)、『十三人の刺客』(10)、『シン・ゴジラ』(16)、『翔んで埼玉』(19)、『シン・仮面ライダー』『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(23)。演劇はシアター・ミラノ座こけら落とし公演『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』(23)などがある。第1回日本ヘアデザイナー大賞/大賞、第30回毎日ファッション大賞/鯨岡阿美子賞 、第9回アジア・フィルム・アワード 優秀衣装デザイン賞受賞。
今日は「陣羽織」の特集とお伺いしましたが、そもそも陣羽織とは何でしょうか?
戦国武将が鎧や小具足の上に羽織ったのが陣羽織です。寒さをしのぎ具足を雨から防ぐなどの機能とともに、ハレの場で自らを鼓舞し敵を威嚇し権威を表す装飾でもありました。それは大将が家臣に褒美とするほどの価値があります。今回、家康と家臣団の陣羽織をデザインする機会をいただきました。それぞれの武将には由緒ある陣羽織が残されている場合もあります。それを写すのも一つの方法だと思いましたが全員に残されているわけではないうえに、写しても本物の威風を超えることはないだろうと思いました。そこで陣羽織に「徳川の結束」という思いを託して、それを伝える媒体にできないだろうかと考えました。平安時代から家紋はありましたので、仮に個人を差分する印が陣羽織の中にあったとしても、「統一記号」のように共通性を成り立たせる方法はないだろうか。そこで思いついたのが「霊峰富士」の意匠でした。
三河家臣団に共通する意匠に富士山を用いて、柘植さんがオリジナルの陣羽織をデザインされたわけですね。富士山にはどのような思い入れがおありだったのですか?
万葉の歌人高橋蟲麻呂は「日の本の大和の国の鎮めとも、います神かも、宝ともなれる山かも、駿河なる富士の高嶺は見れど飽かぬかも」と詠んでいます。いにしえより信仰の対象である富士山は、公家はもとより武家からも重んじられていました。天下人を目指す決意を一つにする徳川家康と家臣団が背負うのにこれほど適切な象徴はありません。甲州と駿河をまたいで鎮座する霊峰の力を背負える人物は、甲州武田信玄・勝頼なきあと、徳川家康のほかにはないでしょう。私はこれら『どうする家康』のオリジナルで作った陣羽織に「不二」と名づけました。「不二」は富士山の意味であると同時に、「二つとないもの」、「反して見える二つのものも実は一つであること」などの意味があり、本阿弥光悦の白楽茶碗にも『不二山』という銘品があります。この陣羽織に「家康と家臣団の結束は二つとないもの」の意を込めました。
富士山は二つとない不二山でもある。なるほど、二つとない高みを目指す三河家臣団。威勢がいいですね!
「不二」は家康を含めて13領を作りました。「二つとない」のは陣羽織の数ではなく「結束」という志なのはいうまでもありません。第31回「史上最大の決戦」から正信を除く家臣団全員が着用します。正信は第37回「さらば三河家臣団」から。またゆくゆくは、家康側室の阿茶の局も陣羽織を着用する予定です。
<家康と家臣団の不二陣羽織>
【徳川家康】
1 不二 白銀二色地葵紋紺富士陣羽織
葵紋は徳川家の家紋ですが、実はこれまで家康の羽織や胴服には入れてきませんでした。この陣羽織で初めて葵紋を背負わせたいというねらいがあったからです。陣羽織の背中には紺色で霊峰富士の意匠を入れ、その上に葵紋を配置しました。この配置は富士山と太陽を暗喩しています。水色の家康ブルーからの変遷を構成する「紺色」「白色」がバランスよく配されています。家康の着物、袴が水色から紺色へ変化したのと同様に、袖なしや胴服、陣羽織もそれに準じています。仕上げがこの白色です。こうして見ていますと「家康ブルー」は水色を定義していますが、「水色・紺色・白色」は人生の状況によって姿を変えて現れる「家康カラー」なのでしょう。
若々しい水色から円熟味を増した濃紺へと家康カラーも家康の年齢に応じて変遷していったわけですね……。
はい。またこのデザインは、第1回で今川義元公が桶狭間へ出陣する際に召されていた白陣羽織を意識しています。
2023年5月5日に開催された静岡県「浜松まつり 家康公騎馬武者行列」に松本潤さんが参加された時もこの陣羽織が使用されました。陣羽織を着た馬上の“松本家康”の威光は私の心を揺さぶるものがありました。ドラマにいずれ登場しますので楽しみにお待ちください。
2 不二 紺地葵紋白富士陣羽織
第31回「史上最大の決戦」から家康と家臣団の陣羽織が総変わりしました。建造したてのピラミッドのように輝く霊峰富士。太陽に見立てた葵紋が天上に浮き立ちます。「白銀二色地〜」と同様に、白い富士と紺地の境界には「金駒」という刺繍を施しています。これにより染めのグラデーションの曖昧さの中に光る輪郭を生みました。正面には富士の三角を回転させて右から発光するかのような左広がりの意匠を置きました。これは徳川美術館「葵紋付斜取染分小袖」から着想しています。この小袖は江戸前期のものですが陣羽織の意匠として徳川の源流にあったと設定しました。したがって本作のオリジナルです。話が進み二代目 秀忠が戦場に出る際にこの陣羽織は継承されます。
陣羽織というものは、父親から息子へと引き継がれていくべき大きな価値のあるものだったわけですね。
【酒井忠次】
3 不二 鶯松葉二色地白富士陣羽織
大森南朋さんが演じられる徳川四天王の一人、酒井忠次の衣装は一貫して渋めの緑色です。懐の深い人格者で周囲を包む忠次に緑はふさわしい色だと考えました。白富士を背に置くと鶯色と松葉色の地色は天空というより地面のような印象になります。その効果は日本画の巨匠、東山魁夷画伯代表作のひとつ『道』のような、一筋の人生であるかのようなイメージを醸し出しました。
陣羽織の白の部分に墨色の汚れが入っていますが……。
これは陣羽織が出来上がった翌日の収録で忠次が差配する戦のシーンがあり、泣く泣く汚しをかけたものです。洗うわけにもまいりませんので払うくらいでその跡が残されています。
【石川数正】
4 不二 藍炭茶地白富士陣羽織
一貫して石川数正には黒のイメージを与えています。これは数正の生き方から冷静沈着で質実剛健な人物像がくみ取れるからです。プランの段階から演じられる松重豊さんの雰囲気にも黒がお似合いだなと思いました。また徳川から出奔したのちに豊臣から初代松本藩主に任じられて築城した松本城は、黒漆で外壁を塗られた美しい威風をたたえており、数正の人となりを表す証左のようにも思われます。そのような文脈から石川数正が黒の衣装を着ているのはいずれくる出奔という宿命を代弁させたかったという潜在的な思いもあったのかもしれません。
柘植さんの頭の中で無意識に石川数正の宿命と「黒」という色使いが結びついていたのかもしれませんね。それにしても結果的に松本城の「黒」と通じる色使いにもなったとは……面白い符号ですね!
【大久保忠世】
5 不二 薄萌葱地銀箔雲柄白富士陣羽織
徳川十六神将の一人、大久保忠世の着物・袴・袖なしの基本色は桜色のバリエーションです。これは脚本の「三河一の色男」と自称する設定や演じられる小手伸也さんの雰囲気を感じとりながら当てました。この色でドラマの終盤まで通していくのは勇気が必要でしたが、草木染めによる発色はほかのさまざまな渋い色の中にあっても悪目立ちしないことに気づき採用しました。対して陣羽織は薄萌葱色を当てました。
あれ? 大久保忠世のテーマカラーは桜色なのに、なぜ薄萌葱色なんですか?
桜色系も候補として考えましたが、反対色に位置するものを羽織らせて目立たせるほうが色男らしいと判断しました。また大久保忠世といえば『三河物語』で織田信長が長篠の戦いの際にその奮闘に感嘆したとありますが、その時に背にしていたのが「金の揚羽蝶の旗指物」です。
うわ……これは戦場でも目立ちますね。いやぁ、想像を超えていました。さすが色男と言いたい(笑)。
武将はそれぞれハレの戦さ場にふさわしい装束を工夫するものですが、金の羽根を背負うというのはなかなか現代人がいにしえの戦装束を想像するのに湧いてこない発想でそのような大胆さや明るさに忠世の人となりを嗅ぎ取ることができます。「不二陣羽織」には白の富士の上に銀箔の雲を施して忠世らしい明るさ、おおらかさを表現しました。
【鳥居元忠】
6 不二 黒鳶地納戸色鳥居文波柄白富士陣羽織
家康が今川の人質であったころからの近侍である鳥居元忠は、『三河物語』でも「三河武士の鑑」と称される忠義の人です。元忠は伏見城の戦いで壮絶な最期を迎えます。この役を音尾琢真さんが演じられることを知った時から、でしゃばらず、かと言って地味におさまりもしない「出ず入らず」な人物デザインを作りたいと考えました。深緑や茶色の混ぜ合わさったような色彩で、衣装によって何かを押し出すというよりも、音尾さんの実直でそこはかとないユーモアのある性格が自然とにじみ出るよう配慮しました。陣羽織の背には鳥居の柄を配して三河武士としての意志の強さや誇り高さを意図しました。
名前の通り「鳥居」を背負っているのですね!
【平岩親吉】
7 不二 黒鳶朽葉二色地白富士陣羽織
岡部大さん演じる平岩親吉は鳥居元忠とともに家康の人質時代からの忠臣です。小姓から上り詰めて甲斐を統治、また犬山藩主となります。豊臣秀吉から伏見城築城の祝いのあと、歳末の祝儀に黄金百枚を与えられましたが、自分の主君は家康だから賜り物を受け取ることはできないと使者を返した逸話もあります。私欲なく殿に従うまっすぐな人格者は岡部さんの雰囲気にぴったりですね。鳥居元忠同様に衣装を派手にせず、地味な装いで本人の人柄が前に出るよう仕立てました。見ようによっては家臣中もっとも渋い意匠ですが、背中の富士山の落ち着いた風情を美しく感じます。
【本多忠勝】
8 不二 藍鉄地白富士長陣羽織
山田裕貴さん演じる本多忠勝は戦国最強の武将、天下無双の大将と鳴り響いた人物です。多くのファンを持つこの突出したキャラクターを生み出すのに、第1回から着物の袖を取り、縁を切りっぱなしに壊して風雪にさらされたかのようなエイジングを施した長羽織に仕立てました。現存する「鹿角脇立」の兜と「黒糸威胴丸具足」は漆黒です。
良玄寺に残される有名な肖像画を拝見すると大袖が肩に乗って勇猛ですが、本作では当世具足を使い袖は小さめです。陣羽織を着用した際にこの肖像画の「大袖感」を生み出せるように二、三分程度に陣羽織の袖をつけて肩が張るよう工夫しています。ほかの家臣よりも丈が長いので富士の柄の位置をどこに設定するのが良いかいろいろと試した結果、やはり皆と同サイズの柄が裾から配置されているのがもっとも美しく、そのように定めました。
丈が長い分、白の部分が空間のように感じられ、遠目に後ろ姿を見ますと燕尾服のようにも感じられますね。
【榊原康政】
9 不二 路考茶千歳緑二色地墨龍柄白富士陣羽織
榊原康政は家康の信任厚く、徳川四天王の一人に数えられる人物です。残された肖像で有名な鎧下の萌葱色をさらに渋めに陣羽織の地色にしました。東京国立博物館に収蔵される「黒糸威二枚胴具足」の胴に横這う龍の意匠を墨絵に代え、陣羽織の袖に立てて描きこんでいます。
杉野遥亮さんが演じられる康政は一貫して清潔さと精悍さを併せ持ち、それでいてちゃめっ気も感じられ、私もとてもファンです。本作では「無」の文字が銀で置かれた具足を一貫して使用させていただいているのも、杉野さんが演じられる康政が血気盛んではあっても知的でどこか達観した風情がある部分にふさわしく感じてのことです。
「無」の文字!? 気づきませんでした。これからはちょっと注意して見てみます。
【井伊直政】
10 不二 濡羽深緋二色地白富士陣羽織
徳川四天王「赤鬼」井伊直政はもっとも血気盛んな印象に仕立てたいと考えました。武田軍山県昌景の赤備えを継承して「井伊の赤備え」の軍装を率いるところから「赤」を中心にした陣羽織にしています。まるで富士から噴火するような黒の柄や袖に配した金の筋は直政の特徴的な兜の脇立から曲線を着想しています。陣羽織のデザインもほかの家臣団とはちょっと違って、グラデーションのないエッジが効いた印象ですね。白黒赤金をぼかすことなく明快に配置することで板垣李光人さん演じる直政の、忠義にまっすぐで少しむちゃで跳ねっ返りなキャラクターを浮き彫りにしようと考えました。四天王の中にあって唯一三河出身ではないという出自の違いも、この陣羽織のわずかな趣の違いにこめています。
【渡辺守綱】
11 不二 枯茶蒲葡二色地片身変リ白富士陣羽織
出来上がったばかりで正中線にまだしつけ糸がついたままですね(笑)。木村昴さん演じる渡辺守綱は作中かなりお調子者に描かれていますが「槍半蔵」と呼ばれるほど勇猛な槍の使い手です。前半の三河一向一揆の際には一向宗徒として夏目広次や本多正信と同じく家康に反旗を翻しますが、敗れると罪を許されます。それに報いるように数々の戦で武功を立てていきます。家康は敵対したものを許して、のちに取り込んで家臣にしていく事例が多いのですが、それによって自身の徳を重ねて力を大きくしていく様子がうかがえます。本多正信と同様に守綱もお調子者のようでいて複雑な心情や背景を持っていたのかもしれません。そんな二面性を二色に染め分けた片身変わりで表しました。
【本多正信】
12 不二 赤墨黒二色地上弦ノ月柄白富士陣羽織
茶と黒の地色に白い富士と上弦の月。家臣団の中でできる限り目立たないような渋い色合いに設定しています。一向一揆で家康に逆らい一時は袂を分かったものの再び鷹匠として登用されて家臣に戻り、やがて家康に「友」と呼ばれるほどの参謀になります。しかし武闘派の多い徳川家臣団の中では、正信は自身を嫌われ者であると自覚しています。私には二人の関係が太陽と月のように分かち難い関係に思えました。それが証拠に、正信の家紋は「本多立ち葵」と呼ばれる「葵」を使った図版です。
権威の証しである葵紋の使用が許されたことから、いかに本多正信が特別な存在であったかうかがい知ることができます。ただし葵紋を背負う家康を強調するために正信の陣羽織に家紋を背負わすことはせず、二人の関係を象徴するため上弦の月を配置しました。この意匠は本作オリジナルです。
確かに家康と同じように背中に葵の御紋を背負ってしまっては恐れ多いですもんね。主君が「太陽」ならば自分は「月」だと、つまりあくまでも威光を受け取る側の「影の存在」だと、正信は自覚しているわけですね。
【阿茶局】
13 不二 紺地朱襟白富士陣羽織
さまざまな軍議に参加し家康の代わりとなって交渉に赴いた阿茶は、見方によればこれまで登場した女性たちの中でもとりわけ現代的な価値観と行動力を持ち合わせていたかもしれません。もっともその活動を許す家康がいるからこそですので、いかに阿茶が家康から信頼されていたかの証左です。軍装をしたかもしれないこの稀有な側室に対して家康の雰囲気に近い陣羽織を作りました。この原稿を書いている時点でまだ現物が出来上がってきていませんのでデザイン画だけ掲載いたします。阿茶についてはまた別枠で語れればと思います。
<豊臣秀吉のペルシャ絨毯陣羽織>
2022年10月に秀吉のためにカラーチャートを描きました。
「派手」なだけでなく、いかにも存在自体を「危険」と感じさせるような「毒々しい」色使いですね。できればあまり近づきたくない、イヤなにおいがプンプンします。
はい。「際限のない欲望」を象徴する混沌とした色彩を活用したいという確信はありました。しかしそれを、どこで表現するのが適切かについては、長く考えました。さまざま豪奢な胴服や着物を登場させておりますが、それらは秀吉の金満な趣味や主君信長への憧憬を象徴するために金襴や緞子を主な素材にすえています。金襴や緞子などの金色を主体にした衣装設計の中で、突出した極彩色を活用するならば、どこに当てはめるべきか……。考えに考えた末、陣羽織に当てはめるのが最も効果的だろうという答えに行き着きました。
秀吉の陣羽織は、現存しているのですか?
現存する秀吉の陣羽織は何種類かあり、歴史に造詣が深い方であればそのうちの「鳥獣文様陣羽織」がペルシャ織りの敷物を陣羽織に仕立て直したものであることはご存じだろうと思いました。これ以外にも「蜻蛉燕文様陣羽織」「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」などどれも奇抜です。
でも、実際に現存している陣羽織を忠実に再現すれば良い……とは思わなかったのですね。
はい。これらのデザインは魅力的ですが、新しい秀吉の陣羽織を作るにあたって現存の意匠を写して同じものを制作することは考えませんでした。当時と同じデザインを写せば史実に裏付けされる安心感も得られるし、史実の知識を啓蒙できますが、現在この陣羽織を大河ドラマで復元するのは時間・予算面から難しく、また仮に既存の復元物をお借りしても役者の体に対して借り物となり、ドラマや秀吉の本質にとどく表現になるとは思えませんでした。表現したいのは「陣羽織が同じ」という記号ではなかったからです。そこで考えたのが「鳥獣文様陣羽織」の技法に倣い、既存のペルシャ絨毯からふさわしい色柄を選びだして陣羽織に仕立てるという「発想の引用」でした。当時と同じ色柄にすることに執着するのではなく、そもそも「ペルシャ絨毯を陣羽織に仕立てる」という発想こそが秀吉らしい「破格さ」なのではないか。ならばその考え方を見習うことが本作にふさわしい表現だろうと考えました。
うーん、なるほど! 秀吉の精神をくみ取って、ペルシャ絨毯を陣羽織に仕立てる発想はそのまま踏襲しつつも色柄についてはオリジナルのデザインを模索したわけですね。
はい。「秀吉がどのような思いや感覚をもって陣羽織のデザインに行き着いたのだろうか」という根本を感じとりながら、当時の秀吉の陣羽織姿を見た人の「驚きや違和感の追体験」を、このドラマをご覧になる皆さまに対して生み出せないだろうか。歴史をご存じの方は「あのペルシャ絨毯の陣羽織なのかな」と楽しみ、また初見の方は「見たこともないものだな」と奇抜さに驚く。
確かに驚きました。ものすごく分厚そうで重そうですし、どちらかというと実戦向きというよりも「威光」を放つことが主たる目的であるかのような……本当にアレを着て敵と斬り合うわけじゃないよな !? と、正直な話ちょっと違和感を持ってしまいました。
知識のある方もお持ちでない方も、本作の秀吉の陣羽織をご覧になって抱く「違和感」こそが大切な効果ではないだろうかと考えていました。それこそが当時秀吉の姿を見た家臣や戦国の武将たちの感想であったのではないかと推測できるからです。秀吉も、そのような反応を楽しみながら人の器量を推し量るような抜け目のなさがあったのではないでしょうか。
確かに秀吉は、相手をうまいこと油断させておいてその反応を見透かして相手の心を掌握しようとするような……どこか無遠慮に相手の心の襞の奥に踏み分け入って本音を読み取ってしまうような、そんな野心と邪悪さの持ち主として描かれていますよね。ネットでも「最恐秀吉」「目が笑っていない」「ダークピエロ」などの言葉が、ムロツヨシさん演じる秀吉に投げかけられていますね。底知れない恐ろしさが漂う色使いは、まさにカラーチャートからも感じられます。そんな極彩色を含むペルシャ絨毯をピックアップされたわけですね。
はい。『どうする家康』の世界線で成立する強い色柄を選び、「ペルシャ絨毯を使う」という「鳥獣文様陣羽織」の技法に倣ってオリジナルで作ったのが今回の陣羽織です。大河ドラマの和裁部はペルシャ絨毯生地で陣羽織を作るという通常では考えられない技術的に過酷なオーダーに本当によく応えてくださいました。ありがとうございます。
こうして出来上がった秀吉の毒々しい陣羽織と、家康たちが着用する「不二」と名付けられた13領の陣羽織とを見比べると、同じ陣羽織でもそこに流れる根本的な思想が全く正反対のようにも感じられてきました。家康たちの陣羽織がどこか、理知的な筋の通った世界観を感じさせるのと違って、秀吉の陣羽織はなにか禍々しいものを感じさせられます。
「不二」が秩序ある世界を意味するコスモスなら、「ペルシャ絨毯」の色や柄は混沌……まさにカオスの象徴かもしれませんね。「小牧長久手の激闘」の果てに、果たしてどんな結果が待ち受けているのか。秀吉自身が自分の欲望が際限なく肥大化していくのを止められない怪物と化してしまう時に、戦国の世を終わらせたいと願う家康たちはどう立ち向かっていくのか。陣羽織を着ずに済む日はいつになったらやってくるのか!? 秀吉の陣羽織についてはまだエピソードがありますが、まずはここまでといたします。
え? それ、気になりますね。
はい、またきっとお伝えします(笑)。
【vol.9 終】
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